Date:16/4/7

戦後、イタリアのデザインがスカンジナビアを超えたのは「人、モノ、空間」を重視したためだと(2)に書きましたが、住空間への目の配りようには並々ならぬものがあります。10年以上前に今は亡きガエ・アウレンティと話したとき、「私は(自分のデザインした)空間を前提としない家具や照明器具はある時からデザインしないことにした」とクラシックな言葉を聞き、そこに底知れないプライドを感じたものです。モノだけが先走ることを良しとしないというのは、コンテクストを重視することですね。つまりイタリアデザインはハイコンテクストの性格が殊更強い、ということになります。

そのポイントをもう一度見つめなおそうというのが、トリエンナーレ美術館で開催している「Stanze」です。これは意欲的であり、イタリアデザインを実感させてくれる展覧会です。特に各ルームのコンセプトが、どの本にヒントをもらっているとの説明は抜群に面白い!これを読まないと、この展示をみた意味はないでしょう。


さて今年のミラノデザインの目玉はトリエンナーレの復活です。トリエンナーレ美術館だけでなくさまざまな場所で分散して実施されますが、上記の「Stanze」以上に身体にドスンとくるのがトリエンナーレ美術館での「Neo Preistoria」(新先史時代)です。アンドレア・ブランジと原研哉が100の動詞を選んで、それにマッチしたモノを展示しています。まだ人類が服をまとわずに活動していた頃からの動詞ー「殺す」とかーからスタートして「仮想する」「極小化する」という現代まで至ります。他の展示を見なくても、この展示だけは見逃してはいけない。そういうレベルです。正直なところ、トリエンナーレ美術館は昨年のアートと食の展覧会がものすごく良かったので、冒頭で紹介した「Stanze」以外はやや残念な感は否めない。でもその残念さを帳消しにしてくれる力が「Neo Preistoria」にはあります。

この展示は鏡に囲まれた暗い空間に、一つの動詞がイタリア語、英語、日本語で記載されており、その意味も説明があります。その横に黒い台の上にガラスの展示ケースがあり、その中に展示品があるー小さなモノはーという形式をとり、番号順に1から追っていけばよいようになっています。これを見ながら気づいたのは、遠い昔の石を使った道具の時代にある動詞ー「磨く」-は、イタリア語、英語、日本語、どれをとっても共通の文化要素であることがあまり考えずに理解できます。これらはアンドレア・ブランジも原研哉もけっこうスムーズに言葉のリストアップができていったと思います。 しかし、現代に近づいてくると、2人の協業はどうだったのか?という興味がわいてきます。「拡張する」(expand)とか「極小化する」(minimize)というのは、日本語では一言の動詞ではありません。一方、イタリア語と英語は一つの動詞です。原研哉が最初から英語なりでリストアップしていれば違いますが、どうも日本語の言葉をみていて、そうではない印象をもったのです。

「あっ、近代哲学が日本に輸入された時の苦労そのものが表現されているな」と感じました。欧州近代哲学が日本で定着しづらかったーあるいは結局において定着することはなかったーのは、欧州言語においては日常的な言葉であるにも関わらず、日本語に翻訳するに際して対応する言葉がなく、漢字で熟語を作ったわけです。抽象的な表現は殊にです。この翻訳努力が文明開化を完遂させた一方、思想的なエッセンスは身に着かなかったーいわばコンテクストなしの言葉ではコンセプトを総体的に理解するのは難しい.ーという反省を強いることになりました。その延長線上に(やや無理な)日本文化への固執があるのですが、まったく企画者が意図していなかったであろう日本近代の歪んだ点を、この展覧会で日本語を理解するぼくは確認せざるをえなかったのですね。

コンピューターにせよ、ヴァーチャル世界にせよ、イタリア人も英国人も動詞として掴んでいる。でも日本語の世界では、やや遠回りした硬い漢字で理解しないといけないわけで、「これは極めて不利だなあ」と思わず独り言を言ってしまいました。グローバル化が進んでいるITの分野になればなるほど、かつてあった共通性の高い「動詞という性格」の道具が文化性を帯びてくるというように見えてしまうパラドックスがある。不思議な感覚です。

いずれにせよ、鉄器時代や石器時代という時間や地域のカテゴリーから石や鉄の道具をみていくのではなく、「研ぎ澄ます」「渡る」「崇める」「射る」といった動詞からモノをみると一瞬にして世界の歴史を身体で感じることができる、というのは今後いろいろなモノをみていくときの参考になる見方です。名詞ではなく動詞で世界を掴めとか頭では分かっていても、なかなかできるものでもない。でも、その癖をどうやってつけていくか? そのヒントは十分に得られます。

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
Date:16/4/6

デザイン思考が経営に採用されるという流れ。イタリア企業は経営にデザインを取り入れてきたという評判。この2つは繋がっているのか、似て非なる現象なのか。もう少し風景を描いていきましょう。

トム・ディクソンだけでなくデザイナーが家具・生活雑貨を中心とした自らのブランドを作るという試みは数多あります。今年のサローネ期間中も、ある名の知れたデザイナーが、そうしたブランドを発表する予定です。生産する場所は世界中に可能性があり、オンライン販売が普及してきた現在、「自分が当事者になってやっていこう」と考えない方が不思議なくらいです。なにせ悪名高きロイヤリティ契約は価格の数パーセントです。巨匠のロングセラー作品ならいざしらずー実際にはヒット作品のロイヤリティ契約の詰めが不十分でヒット作品では思うようなお金がもらえず、ヒットして高名になった後のデザインで稼いでいるケースが一般的「歴史的事実」ですがー、生活雑貨のデザインで大きく利益を手にするのはあまり期待できません。しかもデザイナーはメーカー外部の人間ですから、経営判断に関わるような内容に踏み込むことができないストレスを抱えます。

ストレスの背景には次のような事情も絡みます。「プロトタイプになるデザインの僅かのフィーをもらえればマシで、後はメーカーの意向が強い。しかも近年はカタログの更新頻度は高まり、いつ生産が中止になるとも限らない。ロイヤリティは長期間市場で紹介されてこそ旨みのあるシステムだ。現状の流れにはマッチしない」というわけです。

他方、皮肉にも(?)デザイナーの役割も変化を遂げています。製品開発の外部アシストがメインの役割だったのが、今や生産立上げまでの一切を仕切ることを期待されるようになってきています。マテリアルの選択だけでなく、サプライヤーのリストアップとそれぞれの会社との交渉まで。となると必然的に数パーセントのロイヤリティとは桁の違う金額を保証されないと割に合いません。仮にその金額が契約でサインされるなら、デザイナーの仕事はより経営的な判断に近くなります。つまり経営がデザインのプロセスを取り入れるとは、文字通りデザイナーが経営のなかに入り込む余地が大きくなった状況とパラレルでもあるのです。

・・・とすならば、「なんだ、こんなことなら、全部自分がリスクを背負って自分のブランドで商売した方がビジネス的に面白いじゃない。自分でも納得がいくし」と考える人がでてきますよね。メーカーの連中をクライアントとして説得するのに時間とエネルギーを費やし、もしそれが成功しても、どこで生産が打ち切られるか分からない仕事よりも、自分自身で市場の最終消費者に対峙して納得いくまで勝負をかけたい、と。それなりに名のあるデザイナーであれば投資家も味方することもあるでしょう。ただ、このようなトレンドを目の前にすると、「イタリアの経営者はデザインに理解があってデザイナーと二人三脚でやってきた」との評判の裏側にあったものは本当は何だったの???との疑問をもたざるを得ないことになります。

イタリアの経営者はこう言ってきました。「我々はデザインの強みを発揮して、職人的な技術や表現を量産的なシステムにうまくのせたことだ」 これは生活雑貨分野だけでなく、それ以外の分野のメーカーの人間も同様に語ってきたことです。家具や生活雑貨でのイタリアデザインの成功を踏まえ、とても地味な分野の製品を開発するのにデザイナーに委託してきたような会社の経営者が、特にこういうことを話すのです。

ただ、それが全ての量産品に適用されるのではなく、一部の限定商品に「デザイナーに提案してもらって、そのデザイナーの名前も使って企業イメージを向上させる試みをしたことがある」との範囲にとどまることが多いのは否めません。しかし、それでも(生活雑貨以外の企業であっても)何人かのデザイナーを知っており、実際に面談もし、一回でも何らかの製品開発を一緒にやったことがあるとの経営者がそれなりの数がいるー これが「イタリアの経営者はデザインに理解がある」という評判の大かたの実態ではあると思います。このテーマに絞って詳細にリサーチしたことはないですが、ぼくが多くのイタリアの中小企業とつきあってきての経験値です。

即ち、こういうことです。一度でもデザイナーを名乗る職業人と仕事をしてきた経営者は、そういう経験がまったくなくデザイナーなる人間を生まれてこの方見たことも話したこともない経営者と違う可能性が大きいのか? そして仮に答えがYESならば、企業経営者がイタリアデザインをリードしたとの評判は、一度での経験でも経営者に与えた影響は大きいことによるという想定が成り立ちます。が、これはスタンフォード大学などで誕生したといわれるデザインシンキングなるものを好意的に受け入れることを意味しない。国を問わず、それまでデザインに関わってきた多くの人が「なに?デザインシンキング?笑わせるなよ」と反応するのとまったく同じです。

*今日の画像もミラノの病院にあるショッピングセンターにある店舗です。

 

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
Date:16/4/5

デザインシンキングという言葉がいろいろなところで聞かれるのは日本に限った話ではなく、イタリアも例外ではありません。「経営においてデザインシンキングが必要とされる」というセリフはイタリアの企業においても聞かれます。「デザインシンキングって、前からデザイナーが考えていた発想プロセスでしょう?何か新しいの?」というような反感を込めた言い方も当然あります。殊に「人間中心デザインとか、イタリアが得意としてきたことじゃない。スタンフォード大学がやっている?ナニ?」という土地ですから、「なぜ、今?」という疑問度は増すわけです。

歴史を辿るならばイタリアがデザインで主役に躍り出てきたのは1950年代で、それまでヨーロッパではデンマークなどのスカンジナビアがリードしていたわけですね。その特徴をイタリアのデザイナー連中に言わせると、「スカンジナビアは自然との調和がテーマだったんだね。いわば自然中心デザインなんだ。それに対してイタリアのデザインは、人、モノ、スペースの相互関係を重視した。それがデザインの世界を変えたんだよ。ねっ、今、巷で出回っているデザインシンキングそのものなんだよ」となるわけです。それが60年代後半からラジカルデザインが生まれてくるし、新しい材料の採用などが加速されてくる。カルテルが1940年代後半にプラスチックの製品を作ったところにスカンジナビアを追い越した原点があると語る人もいますから(以前、カルテルの創始者と話した時も、当然、そういうニュアンスを込めていた)、歴史の解釈は寛容であるという前提で話さないといけませんけど。

この黄金時代にジオ・ポンティからの系譜をつぐ巨匠が活躍したとなっており、イタリア人の才能が脚光を浴びたとされますが、「いや、その力を否定しないが、ミラノの近郊ブリアンツァのスタートアップの起業家精神に見るべきものがあった。その事実がイタリアデザインの中心に据えられるべきというところからすると、デザイナーのタレントではなく企業家が主役だ」という見方もあります。家具雑貨における「悪名高き」ロイヤリティ制度(メーカーはリスク軽減)がデザイナーたちを疲弊させた面が強いとの評価の逆をとると、企業家の商売のノウハウがイタリアデザインを牽引したと書けるわけです(ぼくは、ここでデザインのロイヤリティ制度のドラフトを作った弁護士の存在に行きついたことがあり、極めて小さいコミュニティでつくった慣習が時代を開拓するというエピソードに使っています)。これによって、外部のデザイン人材がメーカー社内の製品開発に介入するというシステムが正当化されたのですね。

1972年、ニューヨークのMoMAで開催された「ニュードメスティック・ランドスケープ」展がイタリアデザインの国際プレゼンとしてよく引用されますが、このあたりから外国人デザイナーがイタリア企業のために仕事をすることが増え、同時にイタリア人デザイナーが外国企業のために働くことも多くなり、その意味でイタリアデザインの国際化に一躍買ったわけです。が、今からみると、これまたミラノとその周辺の小さな、小さなコミュニティのプロジェクトであったという側面は見落としてはいけないところでしょう。このようにして、「イタリアデザインは企業のデザイン理解のもと、大きく発展した」という大きな物語がとにかくできたということになります。

ここで一言加えておくと、この大きな物語はミラノを中心とした地域で作られた家具や生活雑貨の分野に生まれたものである、という認識はしておかないといけません。1950年代にギア、ベルトーネといったトリノのカロッツェリアが車業界で国際的な名声を得て、海外の企業をクライアントに仕事をしていた歴史的事実は、「イタリアデザインは企業のデザイン理解のもと、大きく発展した」との物語に入っていません。イブレアのオリベッティは、トリノデザインとミラノデザインの間でどちらからも「物語りのれんに使わせろ」(と言われているかどうかは知りませんが)という強風のなかで漂う小舟という感がないでもない。もちろん、オリベッティという存在は小舟どころじゃあないのですが、多くの場合、ミラノ寄りにひっぱられるかもしれません。それだけ車のデザインは別枠で別格ということなんですね。

もちろん拡大してファッションやテキスタイルも大きな物語に組み込まれることもありますが、どちらかというと、その場合は「メイド・イン・イタリーは世界を牽引するブランド性がある」や「イタリア人のクリエイティブな才能は地中海的な環境で花開いている」という広報的文脈において活用されていると思います。ぼくが言いたいのは、こういう文脈も含め、「イタリアの企業経営者はデザインに造詣が深く、デザインを判断する目があり、それらは商品開発において大いに活用されている」と海外の人たちから(特に日本の人たちから)思われる状況を有利に作ったところがエラかったと考えるのですよ。実際にそうだったかどうかは別にしてね。その象徴がミラノサローネという大イベントなわけです。

今世紀に入り、生産のグローバル化とインターネットの普及をベースにデザイナーが自分で、それこそデザインを経営の牽引にしてトム・ディクソンのようにブランドを作ってきています。ここでみるべきは、多くは生活雑貨の分野である、ということです。言うまでもなく、スタートアップの家電や通信デバイスのブランドも沢山ありますが、デザイナーが主導する多くのスタートアップは生活雑貨なんです。で、こういう分野はビジネスとしてみると大きいとは言えない。「ああ、雑貨ね」とスーツを着た人たちには見られる世界なんですね。好きでやっているファッションブランドとそう変わらない。こういう人たちが身を構えるのは、やはり、先週あったイーロン・マスクが発表したテスラの新モデルへの市場の反響くらいにならないとダメなんですね。イーロン・マスクはデザイナーじゃないけど、デザインが経営の根幹に入り込んでいる、という意味で参照の対象になります。

で、多分ですが、こういう反応をみると、「イタリアデザインという名で”イタリアン”デザインシンキングの上に胡坐をかいてちゃあいけない」とイタリアの経営人も慌ててくるのだと思います。「おい、おい、俺たちの”イタリアン”デザインシンキングは甘かった?」と。「過大広告はやはり通用しなくなかったかかあ」と。あまりに早くモノのインターネット化が経済をひっぱっていくと「やっぱり俺たちの領域に入ってきたよ」と事態を過小評価するでしょうから、これからの数年の転換をうまく読み切ると「イタリアデザインは使える」との再評価を得る可能性もないわけじゃないでしょう(ああ、なんと歯切れが悪い!)。あくまでもビジネスは個々の企業の問題であれ。

 

*画像は昨日も今日も、ミラノにある病院のなかのショッピングセンター

 

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
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