Date:16/4/3

ミラノサローネについて、このブログで書き始めたのは2008年。ですから今年は9年目になります。最初の頃は毎年かなり書いていましたが、この頃は少々さぼり気味でした。今年はもう少しマシにしようかなと思っています(まあ、ことが始まる前の決心はさほどあてになりませんが・・・・)。

さて、ぼくがサローネをみる理由の一つには、ズームアウトされた見方とズームインした見方の両立への訓練というのがあります。大きな社会トレンドと小さなプロダクトを繋ぐものが何であり、それがどういうスパンで変化していくか?というのを読む訓練って言うとよいかもしれません。そこで一応、毎年、何らかの目的や目標は自分のなかで設定しています。ただそう硬く考えているわけもないのですが、漠然とながら今年は2つを考えています。

一つはイタリアデザインを世界のデザイントレンドのなかでどう再び位置付けていくのが良いのか?です。巨匠の時代が過ぎた後、「イタリアデザインはイタリア人の才能の話じゃなくなったんだよ。だってイタリアで活躍しているデザイナーは外国人が多くなった。つまりデザインに前向きな中小メーカーとデザイナーがつながり、試作品への投資であれその表現の場であれ、あるやり方がイタリアには可視化されている。このシステムが確立されているのがイタリアデザインなんだよ」という解釈が通用していました。1990年代の後半あたりからでしょうね。

それに引き続き、今世紀に入ると、「どこもローカルがそのデザインを売りにすることが少なくなり、マーケティングを主体としたインターナショナルなデザインが主流になった。イタリアデザインを語ること自身にあまり意味がなくなった」という解説も普及しはじめました。その一方、フオーリサローネや昨年のミラノ万博に見るように、各ローカルの地域プロモーションもあり、工芸品や食を対象としたデザインが強調されはじめます。ただ日本の各地の特産品がどれも似たようなデザインで衣をかけられているように、北欧であれ東欧であれ、その傾向にはあまり変わりがない。地域の独自性を語る言語がユニバーサルなのです。それは言ってみれば当然の帰結で、ローカルのモノをあまりに他の地域の人には分からない方言で説明されても理解できない。方言の味が残っている標準語で語りかけないとマーケットにならないのでしょうね。(したがって、この問題を日本の地方のデザインの次元に落とすと、「東京中心の考え方の弊害だ」とだけ批判していると、ものが見えてこない部分がある)

最近、ミラノでもハンバーガーの店が増えています。米国式ではなく、どちらかというとオランダやデンマークあたりのクリエイティブを強調したハンバーガーなのですが、これなんかを見ていても思うのですね。デンマークのクリエイティブがさまざまに話題になりますが、その要因の一つは、ユニバーサル言語とローカル言語のバランスのとり方に説得性がある、ということだと思うのです。ぼくも10年ほどデンマークの会社と取引をしてきたし、あの国のヨットハーバーに興味があったこともあり、ずいぶんと前から眺めていましたが、「アングロサクソンとはちょっと違う」ところにアンカーがおろされている妙に掴むべき要点がありそうだと感じていました。

まっ、そういう流れを踏まえて、スカンジナビアや英国のビッグデザイン(ソーシャルデザインまで含めたような)、あるいはIDEOのデザイン手法とか、そういうものが論議されているなかでイタリアのデザインはどうなんだ?ということでしょう。タイのデザイン振興政府機関のディレクターに「IDEO、ヘルシンキのアールト大学、ロンドンのRCAには先端のデザインがあるが、イタリアのデザインは遅れている」と言われたエピソードは色々なところで紹介してきましたが、これは数年前のことです。これに対してイタリアのデザインはどう説明を返しているのか?というのは、ぼくがこの数年考えているところです。この彼の言っていることが非常に狭い視点で語られ、外貨を稼ぐための新興国デザインという観点でどうなのか?とぼくは彼に反論したのですが、そう情けないことをイタリアデザインについて言われてしまう、という点にみるべきところがあると思います。

二つ目にぼくが考えたいのは、ミラノデザインウィークにおけるハイテク製品や自動車の位置づけです(アートやファッションとの区別については、ぼくの中ではある程度回答をもっているので)。サローネは家具の見本市であり、浴室や台所あるいは照明器具が手が伸ばせるところであり、ハイテク製品や自動車の会社がフオーリでやってきたのは「大企業の便乗である」という印象がどうしてもあった。レクサス、サムスン、キャノン・・・・いろいろあります。社内的には「トレンドを作るデザインの先端を知る人たちにプレゼン」とかなんとか説明したかもしれないし、ある会社ではマーケティング予算ではなく、デザイン部署の予算だったりというのが透けてみえるところはあった。そしてインテリアを中心として仕事をする人のなかには、それらのプレゼンを心地よく思わないか、分かっていない連中とみる現象もありました。いや、だいたい、ハイテク製品や自動車はインテリア業界と桁の違う予算をもっているので、インテリアの人たちにはロジックが分からないという要素もあるかもしれません。

しかしながら、10年以上前からハイテク製品や電気自動車が生活雑貨やライフスタイル全般のプロダクトと繋がることは見えていました。もちろん10年前にサローネに参加していた大企業の担当部署の人たちがその見込を踏まえて「デザインウィークに出ておくべき」と主張した可能性は低いです。実際、ぼくはそういう企業の数々と将来の企画を話し合うなかで、「そういう時代はくるけど、2012-3年あたり以降に市場に投入されるかどうか」という意見が多数でした。確かにアップル製品の自動車への組み込みとか、テスラやグーグルの動きをみていると、「2012-3年あたり」というのはバッチリだったのですが、逆にデザインウィークを企画する側にそういう構えがほとんど見られなかったがゆえに、「大企業の便乗」というイメージを不必要に長引かせてきた面は否めないと感じます。多分、これから変わっていくはずです。それが「どういう変わり方をするか?」を見ることによって、シリコンバレーあたりの物語が日常生活に嵌りこむイメージを実感するプロセスを考察できるでしょう。

 

 

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
Date:16/2/15

今月のはじめ、思いついたようにnoteをはじめました。

6-7年間、ツイッターとフェイスブックをやってきたし、並行してインスタグラムやニューズピックスなどにも登録をしてきました。色々な思考回路を確保しておこうというつもりでした。しかし、インスタグラムはぼくにとって時間つぶしでしかないなあという感じが拭えません。ニューズピックスもずいぶんと眺め、「ニュースに関してこんなに意見交換しなくてもいいよな」という気がやはりしました。フェイスブックで散見する意見で十分かな、とも。それらを必要とする人たちはやればいいけど、ぼくが今時間を使うとすると別のところかな、と思ったのですね。じゃあ、何がいいのか?

ソーシャルメディアも場を変えると、違った意見や見方が見えてくるわけですが、そうそう沢山のアカウントをもって全てをカバーはできない。一つのネタでどの場にも流し込むということができますが、それはあまりやりたくない・・・と迷っていたのです。ツイッターをフェイスブックに流すのも、なんだかなぁと思うタチなので。

毎週、サンケイビズにコラムを書いて4年近くになりますが、一回の原稿の目安が1500字です。これを書きながら、並行してもっと少ない字数で気楽に書きたいなあとぼんやりと思っていました。ハフィントンポストに書くのもいいですが、結構、荒波に漕ぎ出す覚悟を要されるところがあって気楽さとは縁遠いわけです。このブログも500字周辺だと短すぎます。画像中心にしないといけないでしょう。レイアウトとして500字が似合うところが条件になります。メールは少々字数がないと寂しいけど、チャット形式のメッセージは1行でいいとか、それと同じです。

・・・なんのために、新たなチャネルを欲しいと思うのか? これをもう少し考えてみました。

自分の考え方をじっくりと整理することを優先する。それが第一です。あまりビジネスのことがざわざわと語られるところでなく。第二としてあまりに人が集まり過ぎていないところ。まあ、今のところですが。

で、noteです。なんとなく、今はここが目的にあっていそうだ、と。それで、まずは7年前に書いた、自分の考え方や判断力をつくった12冊のレビューをアップデイトしてみました。これは自分の判断力を実際につくっているというより、自分の考え方のモデルとするものをどこからひっぱってきたか、ということを整理しています。ひとつの領域のスペシャリストになることよりも、複数の領域をまたぐ人間であるためのロジックとか、混沌とした状況で落ち着けるコツとか、そういう支えをしてくれる本を自分の味方につけてきたのが、振り返ってみるとよく分かります。

この12冊が昨日終わったので、今日から自分の専門の12冊です。専門はもたないのですが、よく足場にするところで、欧州文化とデザインの12冊を見直しています。とりあえず、1日1投稿です。

Date:15/12/4

年の瀬だし、今日、日本に来たことだし、ちょっくらとだらだらとしたブログを書いてみようかとミラノから飛んでくる間に思いました。最近、ほぼ日の「イタリアで、福島は。」の短期連載の原稿を書くのにけっこうエネルギーを割いていたこともあり、これを書き終えてホッとしているところです。掲載は今日が8回目で、12月8日が最終回ですけどね。だから、ホッとするのは気が早いんだけど。今週のはじめ、サルデーニャ島の地域開発「国際化」のシンポジウムにに招かれて島の東側に行ったら、なにかアイルランドの西側に行ったような、静かな大人の風景(←こういう表現はあるのか?)に囲まれて、かなり気分が良かったです。そう、そう、大人といえば、昨日、日経BPのサイトで、この記事がアップされました。30人のイタリアオヤジを紹介する連載が終わり、今は他のサイトで女性の生き方を取り上げています。この女性は弁護士ですが、カッコイイです。いやいや、これまで紹介したどの女性もカッコイイので、アーカイブも見てください。

明日5日は金沢に行きます。日曜日に講演会があるのですが、初めての場所なので少々街を見ておきたいなあ、と。すると北陸は悪天候の真っ最中と知って、ちょっとおののいています。いや、そんな天気ごときでおののいてどうする!ということでもあるのですが。少なくても、21世紀美術館だけは行っておきたいです。そして日曜日は夜に長岡に行って、酒を呑む・・・はず。火曜日以降でお知らせしておくイベントというと、9日の『食の安全と正しい情報の伝え方日伊共同シンポジウム報告会』です。これは裏方なんですが、東大の早野龍五さんの講演と早野さんと糸井重里さんの対談です。冒頭で紹介した「イタリアで、福島は。」で書いた9月22日にミラノで開催したシンポジウムの報告会です。これはですね、大きなテーマでいえば、人のアタマで理解することに、心がついていくか?ということなんですね。とっても面白いと思います。

来週はイタリアからのお客さんと一緒にいる日がわりと多いだけでなく、これからスタートするイタリア関連の仕事のための東京での下調べが多く、イタリアづいています。えっ、そうなの?いつもじゃないの?と思われるかもしれませんが、このごろ、ローカリゼーションマップの関係でイタリア、イタリアした感じのことをあまりしなかったのですね。イタリアが関係していても、イタリア、イタリアしていない、と。でも、東北食材や酒の欧州への紹介なぞをやっていると、バッチリイタリア!という感じのものをやってみたくなってくる、という具合です。

だからというわけでもないのですが、15日には六本木のJIDAで「ミラノ万博とローカリゼーション -ミラノからの情報発信の意味を考える」という勉強会をやります。ミラノ万博が10月末に終わり、一通りの数字は新聞などで発表されたのですが、何がどうビジターの頭と心に残ったのかは、これからこっそりと語られるのではないかと思います。主催者はいいことしか言わないから、そうではない人たちが「実はね、あれを見てこれを考えた」みたいのは、これから出るか出ないか、なんですね。これをやってみたいのは、万博というイベントにつきものの否定的な意見と賛辞の間をつく、というのもありますが、ミラノは来年、サローネだけでなく国際博覧会としてのデザインイベントを半年間やるわけです。サローネも会場内で「スペース&インテリア」という建材見本市の特別版をやるみたいだし。ずいぶんと商売の的中率をあげていく工夫をするそうで、お金が動くクラシック家具にもフォーカスするようです。

↑↑ ここ、ここ!リナシェンテのデザインマーケットやWallpaperSTORE*のバイヤーに「日本製品の存在感は売り場であるんだけど、売れないんだよ」と言われないように頭を使っていかないといけないのです。サローネのコンテンポラリーだけみて「今年のサローネ、デザイン、イマイチだね」なんて経験者づらしないで、売れ筋を含めて全体像を掴んだうえでの理解と発信を考えないといけませんよね。ミラノという場所を使う意味とか、どういう批評を狙うと良いかとか、参加される方たちとディスカッションしていきます。言ってみれば、質の高いフィードバックを得るための装備をどうするかではないか、と。

さて、明日は金沢で何を食べようか・・・・。

 

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