Date:12/4/9

1990年夏、友人とミュンヘンを起点にオーストリー、ハンガリー、チェコスロバキア、東ドイツ、西ドイツ、フランスを3000キロほどクルマで走りまわりました。前年からの東欧革命のリアリティをそのまま感じたいという思いからです。新しい何かが生まれているはずだと賭けて走り回りました。そこかしこに「古い東欧」と「新しい息吹」を感じ興奮しまくったものです。森に続く道はことごとく戦車のマークとともに「進入禁止」の札がある傍を走りながら、それがどのくらいに効力が減少したのかを確認しあったのです。時代のうねりはこうやってくるものだと実感した大人になって初めての経験でしたーたぶん、子供のころは、東京オリンピックであり大阪万博だったのではないか。

3000キロの旅の最後、パリ北駅の周辺をふらつきながらヨーロッパのモラルの崩壊を目にします。あらゆるところに紙切れが舞い、街が汚すぎる。その時、友人がポツリと呟きました。「この階級社会のヨーロッパを見ていると、若者に希望ってあるのだろうか?日本のほうが階層移動が自由な分、よっぽど明日が語れるはずだ」と。その後、ぼくの耳には折に触れて、このセリフが蘇ってきました。「日本のほうがマシなんだ」 1990年はぼくがイタリアで生活をスタートさせた年です。日本でバブル崩壊がはじまったのも、このタイミングです。それでも、日本の若者の方がヨーロッパの若者より「希望に燃えるという肩書」が似合っていました。とすると、ヨーロッパで燃えたのは東ヨーロッパの若者だけだったのでしょうか。

その友人と東京で10年近くのちに会った時のこと。「明日が今日より良いと思うことは幻想ではないか。そういう希望をもつことは決してプラスにならないのではないか。これから日本は中世の時代と同じ境遇になると考えるのが妥当だと思う。昨日も、今日も、明日も同じ。大きな希望がないが大きな失望もない、そういう社会だ」と語りました。但し、注釈を加えるなら、彼は必ずしも「希望の存在」を否定したのではなく、希望という言葉を使わずに心の平穏を保つあり方を探るのが賢明であると主張していたのだと思います。

それからさらに5年。2005年、東大社会科学研究所が希望学という名の研究をはじめたと知ったとき、その意味がよく分かりませんでした。「希望」という概念にこだわる理由がピンとこなかったのです。「何をヤワなこと言ってるんだ」と。今にして思うに、ぼくの感度が鈍かったのです。したがって、その後この希望学をフォローしていなかったのですが、2010年、経済学者の青木昌彦さんが主宰する研究会でコーネル大学で文化人類学を研究されている宮崎広和さんの「金融という文化ー金融危機と金融社会論」を聴きました。金融に関わる人たちの思考回路にメスを入れています。しかも宮崎さんは希望学の研究メンバーです。ローカリゼーションマップに対して何らかのヒントがありそうだと思いました。が、この段階でもまだダイレクト感には不足していました。ほんとう、なんと鈍感なんでしょう!

宮崎さんとその次の研究会の際に少々雑談をし、メールで何度か交信をし、ローカリゼーションマップで考えていることが宮崎さんの活動領域でもダブっていることが分かりました。一方、イノベーション教育を行っている東大のi.school のディレクターである田村大さんと話していて、技術ではなく意味の変革を目指す際に「希望」「夢」「未来」という言葉がキーになっているとの示唆を受けました。ちょうどローカリゼーションマップがイノベーション理論と近いところにあるとぼく自身が気づきはじめていたので、i.schoolの活動にも関心がいくようになりました。

「継続」を求める幸福に対し、希望は「変化」と密接な関係があります。

この点にイノベーションとのつながりが見えてきます。ぼくは、それまで「変化」そのもののにあまり価値をおいてなかったのです。ぼくは一見「変化」のある人生を送ってきたようにみえて、実は自ら意識的に、それも頻発するがごとく「変化」を持ち込む積極性に不足していたのだと思います。それが「希望」という概念とすごく縁遠いわけでもないですが、隣人とは思っていなかった理由だと、本書を読んで考えました。

冒頭の旅から22年後の現在のヨーロッパで出会う若い人たちは、全体の割合では分かりませんが、十分に「変化」を求めているように思えます。ただし、「希望」のニュアンスは違うと感じます。

日本にくわしい海外の研究者の会議では、日本語の「希望」は「ホープ(hope)」とは違うのではないかと、いわれたことがあります。むしろ「アンビション(ambition)」もしくは「アスピレーション(aspiration)」のほうが近いのではないか、といった意見をいただいたりしました。通常、アンビションは「野心」、アスピレーションは「熱望」と訳されたりします。

ここにイノベーションに対する認識も異なってでてくる要因があるのかもしれません。

Date:12/4/7

先日、センピオーネ公園の小遊園地を息子と自転車で通りかかった時、ふと7-8年前のことを思い出しました。園内を走る大人はかがみこむようにしないといけない汽車やゴーカード。あの小さな汽車やゴーカードに乗り込むのが密かな喜びだったーそれは自身の幼少のころを追想する楽しみを兼ねていましたーこともあり、かなり頻繁に通ったものです。しかし、息子が6歳になったあたりでぱったりとその楽しみは「奪われ!」、公園のなかを自転車で競走することになりました。先日は何となく、息子に追想経験をさせたくて「ねえ、あのゴーカードに乗ってみない?」とややしつこく勧めてみました。

彼は「いいよ、ツマラナイ」と即座に断ります。ただ、横目でゴーカードを走るのを眺めていて、思いついたように「うん、1回だけ乗ってみる」と答えます。10歳の子供にも窮屈なゴーカードに数年ぶりに乗ってみようと思った理由。それはマクラーレンを模したグレー色のモデルがあったからです。F1の全GPを欠かさずTVで観戦している彼のお気に入りはハミルトンで、それでマクラーレンファンというわけです。よって小さくノロいゴーカードでも一回は試してみたいという気が起ったようです。数周を終えての一言「やっぱり、つまらなかった」。

昨年の夏、ぼくは40年ぶりに自分が卒業した小学校とその周辺を歩きました。あまりに校庭が小さく学校の周りの道がどこも狭く、自分の少年時代の風景はこんなにコンパクトだったのかと驚きました。こういう経験は初めてではないのに、その場にいくと、少年時代の目線の高さと空間把握の広さー狭さーにあらためて気づかされます。これは場所だけでなく、子供の時に全く手が届かないと思っていた人が、自分が大人になってみると案外そうでなかったりということもあります。

背ではなく、人間性の話です。寂しいことではありますが、高齢になると考え方が子供のようになる傾向があります。だから、変わったのは本人の目線や視野だけでなく、相手自身ということも考えないといけません。ただ、やはり未熟な時には見えなかった粗が成熟するにつれて見えてくる・・・という事実は避けがたくあります。しかし、誰でも余裕をもって考え話していることなど殆どなく、ギリギリのところで生きているんだと分かってくると、他人の粗にたいして寛容になります。「結局、本田宗一郎も奥さんに頭があがらなかったわけね」と言うのではなく、「奥さんに頭があがらなくても、あれだけの偉業が可能なんだね」と思う。そういう表現が理解できるようになるのです。

さて、ヨーロッパです。かつて日本にとってヨーロッパは大人に見えました。先進的で成熟した社会のモデルとしてのヨーロッパが大きく見えたのですが、この数十年、もうろくを始めた老人を見る目つきになってきています。そして、隣にいる若手の進撃を横目で眺め、かつ、そのマーケットにも羨望を感じながら色目を使い始めると、自分自身の足元が20代のころの俊足にはかなわないことを発見します。そして、日本はいったい身体年齢は何歳で精神年齢は何歳なのか・・・と自問自答を始めたのです。ポイントが精神年齢の自覚にあるのは明らかです。

 

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  | 
Date:12/4/1

この2週間、ミラノ工科大学でPh.Dデザインコースというレクチャーが10本以上あり、世界の第一線の研究者たちが登壇しました。いくつかのレクチャーを聞いていて気づいたのは、「コンテクスト」という言葉がキーワードになっていることです。どうコンテクストを読み込むか?が頭痛のタネになっているわけです。コンテクストにマッチしないことをああだこうだと試みても、およそ敗退する経験をさんざんし尽している証拠でしょう。それほどに単発の見せ場の無力さを物語る事例が死屍累々とあるのです。

違った表現をとれば、あるシチュエーションでの言葉が隣の状況には全く通じないーウジトモコ『デザインセンスを身に着ける』に、以下のような文章がありました。

デザイナーの多くは、デッサンや色を学んでいても、経営については関心を持っていません。マーケティングについての知識はほぼ、本人のやる気と環境に依存します。ロゴが使われていく意味は、ほとんどがマーケティングベースなのに、つくられているデザインの現場の関心のほとんどは「色やカタチ」を超えることはありません。

一方、経営者や製品担当者の多くはデザインを「差別化」や「経営戦略」とリンクさせることができません。デザインのトーン・アンド・マナーについて、単に先行他社の資料を集めて参考にしてしまったり、今すでに売れているもののデータを集めて、それを評価や価値の基準値にしてしまいます。

 

 

事業企画とクリエイティブ系のギャップを埋めることはローカリゼーションマップの大きな目標ですが、この点を問題としてみているのは、もちろん僕たちだけではありません。このウジさんに限らず、多くの人たちがどうしたものかと考えあぐねています。自分の見ている世界が他の人にとっても大切なんだーその逆もしかりーという認識をどう共有していくか、これは思ったほどに容易ではないのです。ローカリゼーションマップではワークショップをやりながら共通言語ービジュアルも含めーを確立していくことを、これから行っていきますが、細分化されたエキスパートの必要と増加、統合や全体性の把握の必要性、これらの2つの潮流が共通言語を要望することになっています。横山雅彦『大学受験に強くなる教養講座』でも、次の文章があります。

僕は、予備校の衛星授業で、長年英語の長文読解を担当してきましたが、とくに最近、文法や構文以上に、背景知識のウェートが大きくなっていると痛感します。実際、「和訳することができても、議論の内容がさっぱいイメージできない」という受験生も少なくありません。

(中略)

英語の講師も、文法構文専門では、到底太刀打ちできるものではありません。ますます英語と小論文、現代文の垣根がなくなりつつあること、そして教材を超えた「教養」が必要になっていることを、強く印象づけた問題でした。

総合的な把握が重要であるとの流れをとれえているからこそ、背景知識を要する英語の問題が多くなっている。にもかかわらず、ビジネスの現場でプライヤーが全体を知っているように振る舞っているわけではない・・・というのが、なんとも皮肉です。1冊目の『ヨーロッパの目 日本の目』では、「総合」の視点をもつためにエピソードの数々を紹介しました。2冊目の『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか』は、日本企業のローカリゼーションを強調しました。今日からサンケイBIZでスタートした連載は、この1冊目と2冊目のリンクをもう少し使いやすいようにするコラムを書いていこうと思います。毎週日曜日の掲載です。