Date:12/5/21

チェルノブイリの事故の影響は、ヨーロッパのまだ身近なところにあったんだと痛感する経験が最近ありました。ぼくは今、新素材のビジネスに関わっているのですが、ある箇所に使用される材料について話し合っていたときのことです。木材コストに話が及んだとき、某国の事例で「実はね、木材は太刀打ちできないんだよ。チェルノブイリ周辺の木材が価格破壊的なレベルで出回っていて、どんな材料でも戦うのが無理なんだ」と低い声で囁かれたのです。やはり、そういうことなのかと状況を察知したわけですが、こうなると日本のことに思いを馳せないわけにいかなくなります。

昨年、原発事故が起きてから一つのことを考えています。「今とここに生きる」のが日本の美学の伝統的な要素であり、それを肯定し続けるのが良いのだろうか?ということです。加藤周一の『日本文化における時間と空間』の一節を引用しましょう。

全体に対して部分を重視する傾向である。時間における「今」の強調は、時間の全体に対して の部分の自律性(自己完結性)の強調と考えることもできる。したがって空間における「ここ」の重視、さらにはここ=限られた空間を構造化するのに全体の型 よりも部分の質に関心を集中する態度と呼応するだろう。「全体から部分へ」ではなく、「部分から全体へ」という思考過程の方向性は、「今=ここ」の文化の 基本的な特徴である。

こうした考え方が環境問題に対するバックキャスト的なアプローチー最悪の環境を想定して対策を講じるーを拒否しがちである説明に使われやすいのですが、一方で自然の流れに寄り添う大切さ、あるいは「起こったら仕方がない。水に流せばいい」という思い切りの良さを評価しやすいのも確かです。そして、自然と対峙する西洋合理主義がどうみても反省すべきまっただ中にいるなかで、自然と馴染むアプローチがエコロジーの面から注目されやすいーだが、包括的な接触でありながら部分に配慮しやすいー。しかし、いやおうなしに混沌とした世界に生きゆくぼくたちに、「今とここに生きる」限界を突きつけたのが原発事故ではなかったのかとの思いがどうしても消えません。田坂はこう語ります。

正確に言えば、「技術的」に、どれほど安全な対策を施していても、「人的、組織的、制度的、文化的」な要因から、技術者が「想定」していなかったことが起こるという落し穴です。(中略)

すなわち、言葉を正確に使うならば、安全設計において技術者が行っているのは、「起こり得る全ての事態を想定している」のではなく、「想定し得る全ての事態を想定している」に過ぎないのです。従って、その技術者、もしくは技術者集団の「想像力」を超えた事態は、「想像」もされなければ、「想定」もされないのです。

自然に対峙して全てを理解のもとにおこうとは思わない思考ー「全体」より「部分」へ注視ーが、全体の「想定」の範囲をどうしても狭くし、その境界線を曖昧なままにしやすい。それがゆえに、限界線での対策が甘くなりやすい。必ずしも田坂は、そう明言しているのではないのですが、彼の言葉にある「文化的要因」に当然含まれてしかるべき項目であろうと考えます。生活スタイルや美的基準でいかほどに自然に添う姿が良いと言え、バックキャスト的なアプローチが必要ーまたは優位ーな場合においては全体把握への立場をぐらつかせてはいけないと考えます。ただ、「文化的要因」であるため、そうしようと思ってできるものでもありません。

このテーマが抜き差しならぬもので、それこそこれらの状況すべてを含んだ「全体」をどう掴むかが、真正面から問われている。そのように考えます。すなわち、この事故の直接当事者だけではなく、日本人と自ら名乗るほとんど全ての人たちが自分の感性からロジック様式のあり方を問われているのです。他人事ではなく自分事であり、しかし自己責任という言い方での始末のつけ方ではない、新しい扉の選び方と押し方ー引き方ーを決めないといけないという認識が必要なのだと考えています。

いわば、日本人の文化アイデンティティがテーマになっているとの自覚をどれほどにもつか?です。

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  | 
Date:12/5/15

ウィーンであれベルリンであれ名門の歌劇場やコンサートホールの良い席は法人会員が年間を通じて買っており、観客のかなりの数は観光客-それも外国人ーであると言われます。どこかの記事で70%は観光客と読んだ覚えがありますが正確な記憶ではありません。ヨーロッパの「過去の文化遺産」を楽しんでいる光景であることは確かです。が、本当に楽しんでいるのでしょうか?

本書の著者がウィーンのオーケストラとインドで演奏したときのこと。教養あるインテリ層がメインの聴衆の多くがモーツァルトにベートヴェンに困惑していたと言います。「モーツァルトはお好きですか?」と聞くと、次のような答えが返ってきました。

「わからないのです。違いが。モーツァルトがどれで、ベートヴェンがどれだか。率直に言って、どの作品もみな同じように平板に聴こえてしまったのですが。で、何と言っていいか・・・すみません。あなた達を批判するつもりは全くないのです。でも正直なところ、私たちのインドの音楽を聴いた時に感じる自由に動く即興性や躍動感とでもいうものが感じられずに・・・。うまく言えませんが、とにかく、これが西洋音楽というものか!という印象しかないのです」

 

10年ちょっと前のエピソードです。明治初期の日本人の西洋音楽への反応と同じです。でも違いがあります。明治初期はブルックナーやマーラーが生きていた時代ですが、20世紀後半以降、一部の「現代音楽」を除きクラシック音楽は「過去の遺産」となっています。過去の文化遺産にエキサイトすることがないわけではなく、ギリシャ悲劇や源氏物語に人は興奮するし、能に心躍らすこともあるでしょう。だが、1960年代にビートルズに頭をぶち抜かれたように、1800年代にベートーヴェンに身体を揺さぶれたように、21世紀の今、クラシック音楽を聴いている人は少ない。それはなぜか?が、本書では問われています。あるバイオリニストの言葉です。

現に私のコンサートのお客だって75%以上が老人です。本来ベートヴェンもブラームスも、いやモーツァルトだってそもそも老人向きの音楽ではなかったのではないでしょうか。モーツァルトのヴァイオリンコンチェルトは、第一番は彼が17歳、あとの4曲は全て彼が19歳の時の作品です。現代の19歳の天才音楽家が作った作品に、多くの老人たちが共感するでしょうか?

モーツァルトの曲が単調で退屈であると現代人が思うのであれば、その後にできた多くの音楽に「毒された」こともあるかもしれませんが、モーツァルトの曲にもともとあった「毒」を抜いて演奏されているからではないかとも考えられます。ここにカッコつき文化の皮肉があり、毒が抜かれて洗練されていくことによって、文化は残ります。不良の聴く音楽だったビートルズの曲が小学校の音楽の教科書にのり、学芸会で子供たちが演奏する姿を両親がニコニコして眺める・・・こういう光景を1960年代の不良は「牙が抜かれたビートルズ」と思うでしょう。エキサイトする頭の部分、ある作品を受け止めるパーツが違ってくるようになりーより知性寄りになる、と表現すべきでしょうかー歴史はつくられてきます。だから、スカラ座で「過去の文化遺産」を楽しむ日々が展開されることになります。

しかし、その過去は適当な年数である必要があり、400年も500年も昔の音楽を観光であってさえ聴くのは億劫になります。著者もアムステルダムで音楽学を勉強する修士や博士の学生たちが、16世紀のアムステルダムの知識人であれば必ず知っていた曲を一人を除いて知らなかった事実から問題を提起します。「ベートーヴェンをほとんどの人が知らない時代が必ずくる。君たちは、そのための準備ができているのか?」と。

観光が実体験による文化接触であると重要視されれば、文化はより分かりやすくサマライズされていきます。今、冒頭に述べたように、ベートーヴェンは観光の対象になってきています。そして、それとともにさらに「ロマン派の狂気」から離れていきます。「ドはドーナツのド、レーはレモンのレ」と日本では「ドレミの歌」を歌いますが、レはイタリア語のREであり、レモンは英語のLEMON です。REもLEと同じと受容する土壌があるからこそ、日本で西洋音楽が長持ちしているのかもしれない・・・と考えることは、ベートーヴェンが「かつての有名人」となる時代のヒントになるでしょうか?

 

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:12/5/14

ファッションデザイナー・村田晴信さんに聞く(1)」の続きです。

サンケイBIZの連載でも村田さんの紹介をし、ミニマリズムが「弱い」とみられると欧州の市場でビジネスとして成功しづらく、力強く見られる必要があると書きました。今回のテーマは、吉岡徳仁の作品やその他のアートや音楽にインスピレーションを得た村田さんが、「自然の偶然性に寄り添う」コンセプトをどのようにコレクションとして表現を昇華させていったかです。彼の説明を聞きましょう。

「静謐の言葉がもつ空気をどのように表現するかに焦点を当てました。それまでに経験してきた静謐を感じる要素を噛み砕き、そこからいくつかのグループにわけマインドマップを作成。そして、洋服としてコレクションに落とし込みました。静謐を具体的なイメージでいえば、水のなかに潜った時のピーンとした感覚、霧のなかの様なもやっとした半透明な冷たい柔らかさ、ガラスのエッジの様な鋭さ…といった具合です」

「次に、例えば形ならどうだろうと考えます。ごちゃごちゃと要素の多いものではなさそうだ。むしろなにもないミニマルなフォルムに静けさを感じる。どうやったら一番そのミニマルさに近づけるだろう?縫い目なくせばいい。だが、それはどうやったら実現できるだろう….このようにして行き着くところを探します。こうして生まれたのが、縫い目をなくし、布の折り目だけで形作られたシリーズです」

経験を言葉に置き換えて整理し、それをもう一度、より幅のある経験の世界に放ちイメージを広げています。それからカタチへの収束を図ります。すなわち、概念と視覚イメージを何度か往復していることになります。

カタチへの収束はシャツだけでなく、ジャケットにも向かいます。素材、色で異なった収束を試みるわけです。その結果、塊がいくつも出来上がっていきます。村田さんは、「マインドマップは、この段階でも使いました」と言います。次に、冒頭で触れたミニマリズムでありながら、力強く見せるとはどういうことか?を説明します。

村田さんは「単にデコレーションのないシンプルな服を作るのではなく、その背後にある意図を感じさせる事で厚みを持たせる。それが”強さ”に繋がるひとつの要素だと思います」と強調します。

言ってみれば、コンセプトの論理構造がいかにしっかりできているか?ということになります。複雑な曲線でも大胆な色使いでもなく、シンプルそうに見える一連の表現にあるロジックの一貫性と柔軟性が、強く見えるのです。セントマーティンズ大学のようなコンセプトメイキングの教育を受けなかった村田さんが、今回のコレクションで「力強い」とイタリア人に評価されたのは、違った麓から登山道を歩き同じ結果を得たとも考えられます。彼が重んじる日本の美学は他の点でも表現されています。下の写真です。

「もしイタリア人がこのドレスを着る、もしくはスタイリングする場合は10中8、9、首元にアクセサリーをつけます。間を埋めようとするのです。が、僕はここではあえてアクセサリーは付けませんでした。間を間として残す考え方です。ヨーロッパの人と違う点でしょうね」と村田さん。しかし、モデルの腰周りには前回紹介したミョウバンの結晶に似た華やかな表現が見てとれます。これがセクシーさとは?という感覚や考え方に対する文化の違いに通じます。

同じく、上の写真もそうです。「フランス人のデザイナーであっても、こういうスタイリングはやらないかもしれません。写真ではなかなかわかりませんが、この中のドレスの生地が水が流れ様で、それを自然に引き立てる為にノーアクセサリーです」というように、あえて飾らない意思を表明しています。これをトータルに表現したいと、村田さんは音楽を含めショーの構成をプランしたことが、動画(1分20秒から)で発表風景を見ると分かります。

ヨーロッパの市場をとらえるには、ブランドとは記憶の痕跡の集積であると認識をすべきで、コンセプトとは建築構造的である必要があると何度もここで書いています。日本文化は説明的でないと投げ出すのではなく、日本文化の説明的ではない趣旨を可視化するためのストラクチャーを作っていかないといけません。余白の美はバウハウスにもあるなら、それの差異を説明することで一歩前に出ることができます。

村田さんは、これからのデザイナーですが、とても思索型であることが分かります。吉岡徳仁の作品をみて、高校時代の化学の先生に相談したエピソードなど印象深いです。たまたま先生と近しかったのかもしれませんが、直観的に見える表現にきわめてロジカルな裏付けをとっている点にポテンシャリティを感じます。直観とロジックの両方を行き来しながら、最終的なアウトップットを真ん中で提示して勝負することです。