Date:12/5/12

昨今、特に、ものごとは全体像を掴まないとだめだと言われるのは、専門分化が進み過ぎた弊害だけでなく、現象の背後にある文脈の絡み合いが尋常ならざるほどであるからです。「エコノミストだけに任すには経済は重要すぎ」「デザイナーだけに任すにデザインは大切すぎ」なのは、そういうわけです。しかも、世界の富の7割程度は三桁の数のグローバル企業が叩きだしているのですから、決定権をもつポジションにある人間の全体把握力の重要性はいやが上でも増さざるをえないのです。

また、そういうポジションにいなくても、そういうポジションの能力に全幅の信頼を寄せれるわけなんかないから、書店に出かけると、見えぬ目にせっつかれるのです。「君、全体のこと、わかってる?」と。勉強しなくちゃあどうしようもないというプレッシャーに晒され、その自分に疲れると、ふっと新聞からもフェイスブックからも遠のいてみたいとの欲望に駆られます。

しかし、グローバリゼーションとはシティやマンハッタンのビジネスの専有物ではなく、その言葉のとおり、地球上の誰もが逃れることができない現象です。人の助けをないと生活していけない老人の横に移民の女性が付き添う。これを可能にしているのも、この現象のワンシーンなのです。

明らかに、人はどこで生まれたかによって、価値が決められてきたのです。国境を越える人の移動はそれに対する抵抗でもありました。しかしいまだに、国境は人の価値を決定し続けています。

エクアドルの女性がイタリア人の老人の面倒をみることがあっても、その逆はほとんどない。人そののものに上下はなくても、パスポートの経済的価値の差異は歴然とあるのです。それは反グローバリゼーションとしてのナショナリズムの勝敗の結果ではなく、国という制度がグローバリゼーションをオーソライズしてきたことによって進行している「生活の風景」です。そして、エクアドル人の女性はイタリア人の老人よりも最新のLGのスマートフォンをもち、老人の世話の合間を縫って同国人とスペイン語で憂さを晴らします。

(ハリウッドに代表される)グローバルな文化商品は、単純にアメリカナイゼーションの浸透あるいはアメリカによる文化支配としてのみとらえうるものではありません。むしろ、文化が国民文化として一元的に産出されてきた近代と異なり、グローバル商品は、国籍を持たない文化として輸出され、世界的な共通経験を創りだしてきたのです。

ここで指摘されることは、いわゆる「文化問題」だけでなく、もう一つの側面とからみます。移民による労働市場のフレキシビリティが資本のフレキシビリティをもたらし、モノが記号を生むのではなく記号がモノを生み、商品は使用価値よりも生活での意味を承認する位置に反転してきました。これが現在の「今、モノじゃないんだよ。それでどう共感をうるかなんだ!」という叫びなのです。

先進国ではモノは飽きられ生活の質が重んじられ、一方の途上国ではモノが欲しいとされる。そのギャップを経済的な豊かさのワンウェイの現象としてみていると見誤る可能性があります。そのバックに経済と文化が同期化して動くグローバリゼーションのダイナミズムをみてとったとき、「モノじゃないんだよ」という言葉の裏にある意味にゾッとするはずです。

 

Date:12/5/11

「セント・マーティンズやアントワープの卒業生は誰が着れるの?というアーティスティックな服をデザインする人が多いですが、ミラノのマランゴーニはもっとマーケット寄りです。各メーカーの戦略を読み取ることも重視されます。学生も服を自分で縫える人が多いですね」と村田晴信さんは話します。彼は東京のエスモードで3年間ファッションデザインを学び、神戸コレクションで特選。その結果、イタリア留学の切符を手にしてミラノにあるファッションデザインの学校、マランゴーニのマスターに1年通いました。この3月、2012年秋冬ミラノコレクションでデビューし、若手登竜門のイタリアファッション協会の「ネクストジェネレーション」で入賞した23歳の青年です。下は彼の作品です。

セント・マーティンズではコンセプト創造のプロセスが非常に重視されることを「セント・マーティンズ大学について語ろう」で紹介しましたが、村田さんがマランゴーニで要求されたのは、どこのメーカーがどういうラインを出しているか?出すか?に関する分析です。「マスターだからですか?その下の学年では?」と聞くと、「どうも、そうじゃないですねえ。」との返事が返ってきます。縫う方もマランゴーニの学生はそれなりにできるけど、エスモードほどでなく、セント・マーティンズよりは自分でやる人が多い、という印象だそうです。

「じゃあ、村田さんのコンセプトはどういう過程で生まれ、それをどういうカタチでとどめておきますか?」との質問には、「ぼくのコンセプトブックはエスモード時代に創ったもので、一冊です。いくつかのカテゴリーに分けることはせず、その後の発想をどんどん入れ込んでいきます。それもスケッチブックではなく、デジタル上にあります」とのコメント。セント・マーティンズで学んだイラストレーターは、コンセプトをいくつかに分類し、リアルなものはそのままリアルに保存していました。ずいぶんと方法が違います。それでは、村田さんのコンセプト作りの一端を紹介しましょう。

上は2008年に開催された吉岡徳仁の展覧会「second nature展」で村田さんがみた椅子です。「静謐な空間インスタレーションや結晶が自然に成長する過程をそのままデザインとして落とし込んだ結晶のイス。自然の偶然性を利用したデザインに惹かれ、何故それに惹かれるのか考えました」と語ります。

「その頃に読んでいた本ー深澤直人の本だったと思いますがーに、ある日本庭園師が招待した客人に『あの石の据え方が非常によろしい』と言われるや、庭師はすぐにその石を庭園から排除した、というエピソードが紹介されていました。人の知覚を超えたさりげない美意識、より自然の光景を作り出す事こそ美、という考え方に基づいています。ヨーロッパ、例えばベルサイユ宮殿の左右対称の庭と比較したとき、ずいぶんと違うなあと思います。この考え方が日本人としてのぼくの根底にある文化や美意識であり、そのため、吉岡徳仁の自然の偶発性に寄り添うデザインに惹かれたのだと思い至りました」

彼の話が続きます。「自然の静けさと同時に内包する力強さ、日本人としての文化と美意識というものを意識するようになったのはそのあたりからです。偶然性の服への応用を考えはじめ、そこで一つの実験をしました。水槽にミョウバンの飽和水溶液をつくり、それをスカートの上で成長させてみたのが下の写真です」 吉岡徳仁の作品が何でできているか分からなかったので、高校時代の化学の先生に意見を聞いてみたら、「たぶん、ミョウバンを使っているのではないか?」との意見だったのでミョウバンを試みたと言います。

その次に彼が行ったのは、これにガラスを粉砕して角をとったものを加えることでした。下のスカートです。偶発的に成長した結晶のモチーフを上と同じ型の別のスカートの上で再現させ、ファッションアイテムとして昇華させるとの試みです。

このように他の分野の作品に刺激をうけた自分を振り返りながら、自分のフィールドへの適用を試みていくことは、どの分野であっても必要なプロセスです。ただ、それをやりやすいかどうか、という違いはあります。プロトを作るのに時間やコストがかかる分野であると、どうしても「彼らは楽に試作ができていいよなあ」というやっかみでーやや自負もこめてー終わりがちです。そこに実は、エッセンスの喪失と適用範囲の設定のミスがあります。要するに、刺激を受けた対象を十分にかみ砕けていない。しかも、自分の分野についても因数分解ができていない・・・という事実があるでしょう。

この村田さんの試みをみると、ファッションがファッションである理由が見えてくるでしょう。どこまで読み込めるか?が大切なのです。次は、彼がミラノコレクションで発表した作品に話題を移します。

Date:12/5/10

ミラノの運河沿いにある L’HUB の店内を眺め、数分とせず、「あっ、世界のすべてが、ここで分かるんだ!」と思いました。ここは一言でいえば、FabLabテキスタイル版です。生地の染色、プリント、縫製までを一貫して行える工房です。ちょっと縫製の心得のある人は型紙-もちろん自分のサイズーと生地だけここで買って、自宅でスカートを仕上げることも可能です。その心得がなければ、レッスン料を払い教えを乞うことができます。下のようなワークショップ風景をみれば、どこにでもある自分だけの服を楽しみたい主婦の手芸教室だと思うでしょう。それは間違いではありません。子供向けのコースもあると聞けば、「なるほど、子供にモノを作る面白さを教えるわけね」と納得しやすいです。

が、一歩奥に入り、古びたプリントの型が棚に重ねてあるのをみると「只者ではない!」とピンときます。これはズッキコレクションの一部で、18世紀から20世紀初頭に至るまで欧州各地で使われた5万個以上の手製プリントの型なのです。大量生産時代に入る前の型が実際に使える状態になっていて、自然染色の材料もそろっていますから、思いのままに生地で「遊ぶ」ことができます。しかも、そこかしこにある台から小物のモノ掛けに至るまで、すべてテキスタイルやファッション関連の生産施設で使用されたものという徹底ぶりです。そして、ここの主宰者がイタリアの大手テキスタイルメーカー・ズッキのオーナーファミリーの人間で、ビジネススクールのプレジデントであり、イノベーションが専門であると知ると、この工房の「野心」が想像できるようになります。

生地ストックには困りません。大量生産メーカーでは使いきれなくなった捨てる寸前の端切れ扱いの生地であっても、100着分くらいは余裕です。これを一人一人がユニークな服を作ることに使えば100人が喜べるわけです。200年前のプリントのデザインを実際に活用することで、200年前の繊維産業に従事する気持ちを推し量ることができるかもしれません。また、それによって1950年代の由緒あるホテルで使われていたテーブルクロスは蘇ります。色を工業製品に頼ることなく植物から得ようとすると、インドやエクアドルの人を頼ることになります。彼らの収入になり感謝されるかもしれません。が、その独特の色をそれなりの商業ベースにのせようとするとキャパが追い付かず一挙に破綻します。とするならば、そういう技術をもった世界各地の人たちがネットワークをもてばどうなるだろうか?という方向に頭がいきます。

冒頭で「世界のすべて」と表現したのは大げさですが、この工房にいると、200-300年の時の流れ、世界を巡るビジネスの勢い、その勢いのなかで右往左往せざるを得ない人々の事情と気持ちが手に取るように、いや、まさしく物理的に手に取って分かってくるのです。それはなにも低迷しがちなテキスタイルやファッション産業の再生のためだけでなく、これらの産業にいない人たちも、自ら手にしている生地を眺めながら、大きくは自分のフィールドの変革やクリエイティビティへのヒントをえやすい条件がここにあります。田舎でろくろをまわして陶器を作るのもいいですが、これほどには小さな創造性から大きな創造性へのマップが描きずらいのが普通ではないかと思います。

ボタンやジッパーだけでなく、服を作るに必要なこんな小さな道具の数々まで売っています。そして左には、受け取った名刺が突き刺さっています。これらをかけてあるのも繊維を作るに使用されるものです。これをみれば「サステナビリティ」や狭義から広義に至る「デザイン」という言葉の意味を実感するに違いありません。