Date:08/2/15

日曜日の朝、美術館に絵画を見にいったときのことです。小さい息子に絵画を見せていて、ある時、彼の目線にたつと光の反射でよく見えないことに気づきました。絵画を見るのに必要な距離や高さが重要なのを知っていても、なかなか人の立場になるよう自然に身体が動かないものですね。

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このことから、友人のカーデザイナーの話を思い出しました。「日本とイタリアのカーデザインで何処が違うかというと、まず原寸大のレンダリングを見るとき、日本人デザイナーの方が50センチから1メートルはレンダリング寄りになりがちだ」と彼は言うのです。

そして、「イタリア人は同僚とカフェを飲みながら、レンダリングを眺める。じっと眺めることもするが、カフェを飲みながら雑談をし、チラチラと目を向こうにやる。このチラチラが重要なんだ。チラチラ見た時の印象がキーだったりするからね」と続きます。

こういうことは頭では理解できます。しかしなかなか身につかない。立ってカフェを飲みながら雑談をするというライフスタイルがないと、このチラチラは定着しずらいわけですね。ということで、視点を変えるってとても難しい・・・・。

Date:08/2/14

他人のお宅を拝見するたびに、印象に残るインテリアって何かなとよく考えます。建築家の手が入っている空間は玄関に入った瞬間に分かります。良くも悪くもコンセプトの存在を感じますね。しかし、建築家の手が入らないウチの方が絶対的に多いのです。

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それでは家具が大きな要素を占めるのでしょうか。もちろんそうですが、必ずしも統一感があればよいというのでもない。また各々が個性的であればよいというのでもない。だいたい、あまりに決めすぎた空間もつまらないです。そういえば、往々にして建築家の自宅は開発途上。本当にその空間にあう家具を常に探し歩いているから、どうしても出会いまで待ちます。

結構、壁の使い方がポイントですね。あるレベルの絵画、写真、立体などの存在が、そのウチのインテリアの印象をものすごく左右します。もちろん、フロアーランプなどの間接照明器具のデザインの影響度も大きい・・・と書きながら、ジョエ・コロンボのスパイダーをすばやく宣伝(笑)。

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質の高いアートは一線を越えてくれます。アーティストデビュー当時のまだ値段が安い時代の作品、あるいはアーティストと個人的に知り合いでプレゼントでもらった作品。もし、そこに何らかのエピソードが付随されていると、そこを去った後も強く記憶に残ります。持つべきは、アーティストの友人でしょうか(笑)。

Date:08/2/13

そろそろブログを書き始めて1ヶ月近くになりますね。あっ、いや、まだ3週間ちょっとか。まあ、こまかいことはいいや。とにかく、これまで次のようなタイトルで書いてきました。

マックスビルのポスターを作ろうでは息子のヤコブ・ビルを紹介しながら、マックス・ビルのポスターの開発ストーリーをかいつまんでお話しました。 ピエール・ポランに会いに行くは、プチ・デスクの復刻版を作るにあたってのエピソードとポラン本人の言葉です。その次は、ノヴィラーラ物語ー2800年前の船をつくるです。アメリカズカップ出場ヨットの製作者が、2800年前のアドリア海で活躍した海賊船を作り上げた話。そして、スカンジナビアからイタリアへは、欧州のデザインセンターが北から南に下りてきた経緯を書きました。そこでカルテル会長のカステッリ、ADI会長のフォルコリーニに登場願いました。

「さまざまなデザイン」というカテゴリーでいうデザインとは、皆さん既にお分かりのように、いわゆるデザインプロダクトだけを指しているのではありません。遠い昔から、人は幸せな生活を送ろうとさまざまな工夫をしてきたわけですが、ここでは、この工夫すべてをデザインとよんでいます。そういうわけで、2800年前の海賊船もこのカテゴリーに入ります。

シリーズとして1週間(5日分)語り続けることもありますが、倒れたワイングラスのように日常の生活シーンのコラムも入れ、なるべくバランスはとりたいなと思っています。いつもデザイナーの話だけじゃあ飽きるし・・・・うん、書いているぼく自身が(苦笑)。だからビジネスの話題も出しますが、ポリシーとしては、ぼくが直接会ったり聞いたりしていることを書きます。どこかのメディア記事の感想文を書いてもつまらないですからね。

それから大事な点。新しいコンセプトは歴史の文脈を重視した場所で生まれやすい、というのがぼくの個人的な考えですが、これはメトロクスの商品開発フィロソフィーと通じるところがあります。下坪さんの書いている会社概要内にある「皆様にお伝えしたいこと」を読んでみてください。それこそ10年以上も前、まだネット情報が不十分な時代、ぼくはジョエ・コロンボ事務所を探し当てるのに一苦労しました。でも、それが花を咲かす一つのきっかけになったのですね。「歴史との対話」への努力なしに生み出されるデザインは一過性のものが多いと感じています。ですから、ちょっと昔の話が多くなりがちになるのは覚悟してください(笑)。