Date:13/5/16

この2週間連続でサンケイBIZの連載に以下の記事を書きました。eYeka(アイカ)というコ・クリエーションコミュニティを運営するフランス企業について、日本で独占販売権をもつアサツーディ・ケイの原口政也さんにインタビューしました。「ボーダレス」「C世代」「クリエイティブ・コンシューマー」「多様性」「周縁」といったキーワードが飛び交う世界に、どれだけビジネスリアリティがあるのか?といった疑心暗鬼ともいえる疑問に回答のヒントを提供できればと考えました。

集まるアイデア 「共創」が生み出す影響力とは?

http://www.sankeibiz.jp/econome/news/130506/ecd1305060600000-n1.htm

大企業が一瞬でシェアを失う時代 「柵」を見直すとき

http://www.sankeibiz.jp/econome/news/130512/ecd1305120601000-n1.htm

お読みいただくと分かるように、グローバル企業と呼ばれる会社の役員クラスが社内からの新しいアイデアの枯渇に焦りを感じています。能力そのものもさることながら、人と違うコンテクストから獲得する経験の組み合わせ方が新しいアイデア(しかし、それは逆にあくまでも「グローバルコンテクスト」にとって、という意味にもなるが)を生むのではないか、と思せる経過も辿っています。

そこで、6月のlmap勉強会(18回目)は巷に言われる「グローバル人材」なる言葉を四方八方から突っついてみたいと思います 笑。尚、今回のテーマの参考に、「山下範久『ワインで考えるグローバリゼーション』を読む」を紹介しておきます。

参加希望者は、anzai.hiroyuki(アットマーク)gmail.com かt2taro(アットーマーク)tn-design.com までお知らせください。議論に積極的に参加していただける方、lmap の今後の活動に貢献していただける方、大歓迎です。内容に一部変更になる可能性がありますが、その際は、ご了承ください。場所はいつもと同じく、六本木アクシスビル内のJIDA事務局(http://www.jida.or.jp/outline/)です。

6月15日(土)16:00-18:00 「『グローバル人材』って本当にいるの?」

あなたは「グローバル人材」というとどんな人を思い浮かべますか?

何となく世界銀行総裁や国連事務総長をグローバル人材の典型とみて、その下にフォーチュン100社のトップがくるような印象をもっていませんか?じゃあ、アメリカ大統領は?一国の国益を代表する人はやはり「ローカル人材」ではないかと思うのですが、オバマの方が迫力ありますね。とすると、「グローバル人材」ってそんなにエラクない?笑。 

「グローバル人材」という言葉が闊歩しています。さまざまな人が勝手に「グローバル人材」を定義しています。語学力から人間力に至るまで、何でも理想的な要素を「グローバル人材」に押し込んでいる感じです。体育会系国際教養人系宴会幹事とでも?

先日、世界中で講演活動をしているアメリカ人に「どういう国の人が外向きだと思いますか?」と聞いたら、「小国ですね。バルト三国なんてオープンマインドですよ」との答えが返ってきました。ローカルのロジックを突き通せないケースが「グローバル人材」を生む動機になります。とすると、大きな国に「グローバル人材」は育ちにくいと言えないか、ということになります。米系グローバル企業のエリート幹部が「グローバル人材」だなんてのは嘘だ!

今回はデロイトトーマツコンサルティングというグローバルにグループファームを持つ企業に働く岩渕匡敦さんを講師にお迎えします。岩渕さんはボストンで毎年行われるリクルート面接で何百もの人と話し、コンサルティングプロジェクトでは世界中のDeloitteメンバーと連携しながら、日本、北米、アジア、欧州などのマーケットでプロジェクトを推進しています。その岩渕さんが、ご自身の経験から「グローバル人材っているのだろうか?」と問います。

参加定員数:20名
参加費:1500円(18:00以降の懇親会参加費を含む)

講師:岩渕匡敦(いわぶち まさのぶ)さんの略歴

デロイトトーマツコンサルティングのシニアマネージャー。

自動車、ハイテク、通信産業での経営コンサルティングに深い経験をもち、グローバル・ローカルのマーケティング、デジタルマーケティング、カスタマーエクスペリエンス、CRMを中心とした領域に特化。過去5年の全てのプロジェクトがグローバルベースであり、コラボレーションした海外のコンサルタントは数百人に及ぶ。INSEADシンガポール校International Executive Programme卒業。アメリカ、ブラジル、ジャマイカなどの音楽にも深い関心を持ちライフワークとして探求を続けている。

 

尚、フェイスブックのページ(下記)でもローカリゼーションマップの最新情報を提供していきますので、このページを「いいね!」に入れておいてください現在(5月16日)、2333人の方にフォローいただいています。

http://www.facebook.com/localizationmap

Date:13/4/14

「今年のサローネは日本企業の出展も少ないし何か盛り上がりに欠けるのではないか?」という感想を日本から来た何人もの方が話していました。リーマンショック直後の2009年から出展企業が施工コストを節約している傾向はあり、一方、「こんなところにスペースがあったの?」との意外感がフオーリサローネの楽しみであったところからすると、確かに残念な風景をまねていています。こういう感想はイタリア人でも、特に数年以上前のサローネを知らない若い世代はもっています。実際、ドイツ市場の落ち込みを聞くにつけ、イマイチ元気を出しづらい背景は想像がつきます。

また日本企業についていうなら目立つところでのスペースでのイベントは減りました。しかしレクサスが2005年に登場して4年間やっていた時期がインテリア業界以外の参加が多く、ややバブリーであったとも言えます。フオーリサローネが拡大する一方の勢いが一時休止したと判断したほうが良さそうです。その分、そこそこの予算をとってプロダクトをきちんと見せている見本市会場のほうがフオーリサローネより見る価値があるという本来の姿に戻ってきています。既にトルトーナ地区は若い人たちにとってただ酒を飲みに行く場になっています。

とにかくフオーリサローネでは、大きな空間を暗くして光で人を驚かすインスタレーションが実は何ものでもないのは、ヒュンダイのつまらない展示をみて、逆に認識したはずです。結局において見本市会場のブースと同じく、オランダのMOOOIの展示からインパクトのあり方はプロダクトとコンテクストの構想力によるところが大きいと更に確信したのではないかと思います。

レクサスが「環境とデザイン」をテーマにコンペを行い優秀作品を展示したのは、以前4回のデザインポリシーL-Finessの訴求よりはずっとまともな取り組みです。が、テーマそのものの切り口があまりに凡庸で、相変わらず建築家の的外れなインスタレーションであるのもいただけません。実はこういう「ぬるさ」がレクサスに限らないこの数年の日本企業の出展の特徴で、言ってみれば 1)事業部にはよく見えないデザインセクションの練習を名目にしていた 2)経営層がデザイナーの「アート志向」にストップかけられなかった(←「もともと」アーティストになりたかったデザイナーや建築家は多い) という傾向がありました。韓国企業においては、この罠にはまらないのがサムスンであり、勘違いしてミスを犯したのがヒュンダイであったと評することもできます。いずれにしてもフオーリサローネはゲリラ戦で戦う場所です。大企業なら何度でも小さく試行錯誤できるチャンスです。この良い例がかつてのTOTOだったのではないか、と思います。その意味で今回の東芝の展示サイズは適正でしょう。あるいはルノーも上手い見せ方をしていました。

3Dプリンターが今までのモノづくりのカタチを変えると喧伝されていますが、「デザインの著作権はどうなる?」と提起しているのがロッテルダムのデザイナーです。音楽や文章と同じことが、これからデザインの世界で起こってくるわけですが、デザイナーは自分でデザインした椅子と同じモノをつくった第三者に著作権侵害を訴えられるのか?このデザイナー自身はデザインの著作権は崩壊していくだろうと見ているようです。これから世論を二分にしながら議論が始まっていくのでしょうが、その議論がはじまらないと3Dプリンターが一般の世界で普及しないということでもあります。

デザインのフロンティアはどこにある?といったとき、サービスや食ではないかとの意見をよく聞きます。身近にある日常ネタがある、それぞれの地域にその地域にしかないものがある・・・・という文脈で考えた時、食がテーマになるのは必然です。実際、小さいながらも成功例が数多ある。食ではないと否定するほうが難しいくらいです。が、同時にシンプルな食の良さが失われて「なんで、これがこんな値段になるの?」という裏切られる経験も数知れずあります。デザインはダサいと言われたエリアに入り込むことでデザインの力を発揮しますが、場合によっては不当な(と思われる)値付けをすることにもなります。これが「デザインってね」とため息交じりにデザインが語られるネガティブな部分で、この価値再発見と不信感の間にある緊張が、デザインを面白い試みにします。上の画像はランブラーテで開催していた学生たちの作品です。因みにランブラーテ地区は、前述した3Dプリンターとデザイン著作権のあり方を問うような試みもみられましたが、今までにあったロックンロールな感じが消えて、やや面白みが欠けました。

以前からこのシリーズで何度も書いていますが、欧州の社会変化を追うには税金の使い方をみるべきだと思います。要するに国や自治体が企画するプログラムに長期的視点が窺えます。したがってパブリックな場で何が行われているかを知るのが大切で、その一例がFabbrica del Vapore です。内容は(5)で紹介しましたが、震災後に活動をはじめた石巻工房もここで展示を行ったので、追加して紹介しておきます。自分の手で生活様式を創っていく、という場のコンテクストに石巻工房は完全にマッチしています。この工房のコミュニケーションデザインをやっているSPREAD のLife Stripe も昨年に続いてギャラリーで展覧会を行ってました。

膨大な数の人々(あるいは動物)の1日24時間を21色のカラーで表現するとても面白いコンセプトです。その色の下には、その物語が書いてあります。この上の作品は震災の日のタクシーの運転手の24時間です。赤が労働している時間を表しています。ぼく自身もローカリゼーションマップのワークショップでカラーを使って人の記憶や認識差を確認することをやっているので興味深いです。ただし、これを仮にアート作品として展開していきたいのなら、今のようなプレゼンテーションは違うのではないか?と思いました。サローネというデザインの祭典にアートはまったく別の世界です。アートに相応しいタイミングでやるべきで、しかもギャラリー内にデザイナーとしての実績資料を置かないほうが良いでしょう。ぼくはこのような作品はチューリッヒやそこから北のギャラリーが似合うのではないかと素人ながら思ったのですが、やはり文脈の読み方とその戦略は重要だと思います。せっかく長い年数を経てやってきた仕事なので、ぜひとも「嵌る市場」に辿りつくまでに落し穴に墜ちないで欲しいなと強く思いました。今後、応援したいと思ったプロジェクトです。

 

 

Date:13/4/11

アウトプットを見ることこそがクリエーターのインサイトをより深く知ることになり、世にいうインサイトリサーチは受け身か批判的な答えしかでてこないという見方がありますが、ぼくもこれには同意です。まったくその意味で多くの作品が出尽くすサローネはインサイトリサーチに絶好の機会です。学生から一流のプロまでがある時期に考えたことが膨大な数で提示されるわけです。

さて、ぼくはこれまで時代の先端的な考え方は、哲学、音楽、アート、テキスタイル、ファッション、雑貨、家具、家電、自動車の順番で伝播しやすいと言ってきました。費用が少なく小さなところから試作品を作るー哲学など頭で考えるだけだ!-ことができるところから、世に新しいアイデアや方向性を示しやすいのです。このとき、「先端」とは「ポスト何々(ポストモダン、ポストインダストリーなど」の思想であったりするわけです。どのクリエイターが優秀かの問題ではなく、表現手段が順番を決めます。しかし、ここに一つの新たな潮流が入ってきました。リバース・イノベーションです。新興国(BOP)にイノベーションが起きて、それが先進国に「逆流」することを、特にグローバル大企業のレベルでみています。

これが「ポスト何々」の到来の順序に錯乱を起こしています。ただ、今年のサローネをみて回っていて感じることが新たにありました。「新興国にある極度の貧困状況で普及する製品とは何かを問い詰めるのだ」と大企業が肩をいからして動くことと、先進国にある困窮状態を中小企業が直視することは、現実的な技術差やコスト差は絶対的にあるにせよ、その距離は思っている以上に急速に小さくなっているのではないか、ということです。上の作品は昨年のフェラーラの地震の瓦礫から取り出してきたマテリアルで犬に見立てた照明器具です。若いデザイナーの遊びだろう、と一蹴できないリアリティがあります。つまり「リバース・イノベーション」とはかなりのんきな物言いではないかと思い始めました。

「使用されなくなった工場内に、こういうワークステーションを創ったらいけるんじゃない?」とスイスのデザイナーが語るのを聞いた時、世界はどこかでスイッチを切り替えたのだ、と思いました。実際にコワーキングスペースで使えそうですーヴェルディ『オテロ』の楽譜がカーテンにプリントされているのが文化的プライドを表現していて必ずしもロー・コスト・デザインとは言えない。これらは全て、以前からじょじょに動いていたDIY的なトレンドが定着してきたことを意味しているのだと思います。エコロジーではなく社会的持続性という言葉に切り替わってから、このムーブメントは一層勢いづいたといって良いでしょう。そして2008年のリーマンショックが決定打でした。

Hans J.Wegner のWishbone Chair の製作現場を公開するのは、以上の文脈とは違い「顔の見える生産者」との流れもありますが、地に足をつけた行為が重んじられるとの観点では同一線上に立っていると言えます。昨年はサローネにおけるオープンソース元年でしたが、その路線のもとに一歩前進しているのが今年です。

これらを前提としたとき、もう一つ別のことを考えました。今こそ、先進国の学生や若手デザイナーの活躍する時期ではないか?と。大きなメーカーの商品開発の担当者には分からない見れない世界がより重要なマーケットになるつつある現在、まさしくそこを強みとする若手クリエーターはもっと思い切り先進国のローコストレイヤーに飛びこむべきではないか?と。若手が高級市場へ提案をすることは稀であり、多くは低価格から中価格帯です。が、ミドルレンジはメーカーに任しておいて、ローレンジに突進して良いのではないかと思います。かつても若手は斬新なアイデアを求められ、それはずっと変わりないのですが、若手が得意とするマーケットは急激に大きくなっているのです。生意気でもいいからメーカーの商品開発担当に「あんたたちには任せておけない!そんな、ごちゃごちゃと商品化のしやすさを言っている場合か?新興国のイノベーションを考えれば、こんなこと何でもない!」と啖呵をきってもいいのではないか。それをしてもおかしくない状況になっていると思います。そういうことを考えながらサテリテをみた時、2つの日本人デザイナーの作品に惹かれました。

 

上は樹脂の作品ですが、デザイナーの江里領馬(えり りょうま)さんは「ぼくはカーブが好きなんですよ」と話します。学校でプロダクトデザインを勉強してから1年グラフィックをやってみたんだけどどうも納得がいかなく、卒業製作のアイデアをカタチにして今回ミラノに持ってきました。壁の近くの床にみえる黒に列は作品の説明です。文章がとても感情豊かで作品もセクシーです。ぼくが「唇を模したBoccaを想起した」というと、彼も作業しながらそれを想ったそうです。「これが就活です!」というバイタリティーある青年です。もう一つはキャンバスの椅子Canvasです。

上のようにまったく二次元の椅子です。しかし、これに座れるのです。

座る瞬間に自分の頭の中が大きな変化を遂げることが自分自身で分かりました。YOY の作品です。これらがぼくの頭にちょうど嵌りました。こういう発想やエネルギーがきっとブレイクスルーを成し遂げるのではないかと期待をもたせてくれました。

 

 

 

 

Category: ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之  | 
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