Date:12/10/8

日本の文化や歴史に関してよく耳にするセリフで、二つ気になるものがあります。

まず一つ。「日本文化は素晴らしいのに、世界に広がらないのは残念だ」「世界の人々に日本のおもてなしの心をもっと知ってもらいたい」というたぐいのセリフです。茶道や華道など、いろいろと引用されます。世界に広まるに値する文化であることは確かですが、逆に世界に広まるに値しない文化はないとも言えます。どこの文化も多くの人が知るにふさわしいのです。そこで、これらのセリフの裏にぼくが感じるのは、日本文化が他国の人の間にあまり知られていないのは、経済先進国としての地位がありながら、他の先進国文化ほどに認知されていない現状認識と焦りです。パプアニューギニアの文化を自分たちが知らないことに反省することより、フランス文化ほどに日本文化が「通用しない」ことに夢中になる。その背景にあるコンプレックスを思うのです。文化の双方向性への目配せより、悲壮なまでの一方的な思いが突出しています。

二つ目。「外国人と接してみて、自分が日本の歴史や文化についてよく知らないことが分かった。だからもっと勉強して、多くの質問に答えられるようにしたい」との決意の言葉です。とてもエライし、それをとめる理由はありません。が、外国人が求めているのは知識ではなく、現代の日本社会へのオリジナリティある見方です。日本文化の専門家でもない外国人がそういう話題をふってくるのは、こちらがどういう人間か分からないから、まずは母国文化のネタで「時間つぶし」をしているに過ぎないことが多いのです。あなただって、相手のことが分からない時は、同じ類の質問をするけど、それがコミュニケーションの入口であると自覚しているはずです。

これらの2つが、本書を語るにあたってのぼくの前提です。叩けそうな点が満載されており(笑)、毀誉褒貶がはっきり分かれる本だと思います。テープ起こしで作られたような文章の雑駁さからはじまり、自分への評価の高さを書き連ねるところにもウンザリです。しかし、上記の2つの観点から、本書で書かれている内容を支持したいと考えました。ハーバードの学生たちに日本史の全般的知識を提供するのではなく、あるテーマに沿って「日本史を通じて」新しい見方を習得させることにポイントをおいている。これはいいです。

歴史がみんなを強くする理由。それは2つあると繰り返した。

一つは、時に隠された意味を見つけること。時は、経てば経つほど遠く、古くなるわけではない。時には意味がある。意味を見つけられた過去や意味づけられた過去は、どんなに昔のことでも、忘れかけていた一瞬でも、現在と直接の関係を持つようになる。それが時の秘密。みんなはここで一緒に新しい意味を見つけているんだよ。時の秘密を探っているんだよ。それは、それぞれの人生で、役に立つスキルなんだよ。そう言い続けた。

二つめは、時の重力を感じること。時は、いつも同じペースで積み重なっている。1分1秒に、同じ重力がかかっている。昨日は最悪で今日はまあまあと思っていても、昨日も今日も、数日後ふりかえるとある「一日」。最悪の中からいい考えが浮かんだり、まあまあの日に見た月が忘れられなかったり。時のなかには、様々な意味が含まれているからこそ、昨日が今日より駄目な理由はどこにもない。つらい気持ちの日も、幸せ一杯の日も、将来にとっては同じ重力がある。だから、毎日どこでどんなことをしていても、その一秒一秒に同じ重力がかかっていることを忘れてほしくない。

 

ぼくは1990年に英国の大学を北から南まで訪ね、「日本研究の現在」を調べました。ミステリアスな日本文化を中世文学や三島を通じて知るという従来からある動機に加え、1980年代の日本経済の繁栄をバックに、経済成功の秘密を文化・社会的見地から探ることが日本学の主要目的になっていました。1-2年前、それらの各大学のサイトから、日本学の学科や研究所の活動をチェックしてみたら、案の定、中国研究やアジア研究に吸収されたところも多かったです。サブカルチャーが学生の吸引力であったとしても、それが日本学のメインストリームにはなりようがないです。

これを日本への関心の低下として嘆くのではなく、何を「日本を媒介にして」伝えるかを考えるのか? これがテーマになるでしょう。著者の北川さんには、そういう意味で、日本史にとどまらずクリエイティブな日本学を発展させるきっかけをつくることが期待されているのだろうと想像しました。

 

 

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:12/10/2

「タイの人は和食は好きだし、日本の文化が好き」と満足げに語る日本の人が多いな。なんでそんな確信もてるんだよ。市場はタイにあり!という勢いで話すしさあ。まあ、それはそうかもしれないけど、悪いけどどうもぼくには全面的に信じきれないところがあって、先月5日間バンコクに滞在している間、このテーマについて考えてみたよ。短い間の限定された経験から感じたことをメモしておく。詳しい人は、どんどん内容の誤りを指摘してね。お願い。

街中のどこでも日本料理店は大きな日本語の看板と共にあり、そこにタイ人の客が多くいることは確かだし、スーパーの食品の棚にも日本の食品が並んでいる。でも、「タイ人は日本食好き。だから日本の文化は好まれている。したがって日本のビジネスに追い風」という論法を応援する人には申し訳ないんだけど、それはあまりその成立を信じきないのがいいんじゃないかな。

高級ショッピング街にある、イタリア料理専門店ではない、いわゆる洋食系でパスタを2回食べて、その麺の質がタイ料理の麺の質に近いことから、洋食のローカライズに気づいたんだよね。同様に、日本人客の少ない日本食屋はやはりタイ風の味で、日本人客の多いラーメン屋は日本の味。ああ、やっぱりね。だいたい、タイ人がタイ人を接待で使うのは中華料理というじゃない。日本食じゃないんだよ。要はすみ分けなんじゃない。

タイの人と話せば日本のことを聞かれるのは当然でしょう。ぼくが日本人なんだから。相手は日本に興味があるとも言うよね。でもそれ以上に、ぼくの住んでいるヨーロッパへの質問が多いんだよ。大規模な書店の棚をみると、どんな分野であれ、英語と中国語の書籍が多くタイ語のそれは少ない。こういう本をエリートが読んでいるなかで、日本文化への関心が突出することはあまり考えにくいなあと想像するのが普通でしょう。バンコクで日本食が普及して定着したのは、世界中にあるチャイナタウンをコアにした中華料理のケースと近いんじゃない?5万人も日本人がいれば、それで何でもいちおう成立しちゃうよね。世界にある中国人の「なんちゃって寿司」が大衆化を図ったのと路線が違うんだよ。

とにかく、日本人がこれだけの母数があって食のバリエーションがあれば、それだけ社会的インパクトが与えられる。イタリア人やフランス人はここまで多くないんだよ。だから小規模に商売するし、大量に食材を仕入れられるわけでもないから、やはり高コスト体質がついてまわる。そういう店はローカライズ度が低い店で母国人がわりといて、タイ人もいるけど、大多数とはいかないんだな。だからタイ人も興味しんしんなのに気楽に足を運びにくいんだよ、よくあるじゃない。三色旗を店の前に出しているところ。あれに行きたいんだけど、金はかかるし、敷居が高いんだ。昔、日本でイタリアントマトみたいのがイタリア料理を普及させた功績ってあると思うんだよ。そう、そう、イタリアントマトはタイにもあるんだよね、余計だけど。

また余計かもしれないけど、この手の外の店のワインリストはね、スカスカなんだよ。チリ、オーストラリア、南アのなかにフランスとイタリアも鎮座してんだけど、なんかやる気が伝わってこない感じなんだよ。まあ、スーパーに並んでいるワインも種類が少ないねえ。それ反してオリーブオイルは賑やかなほど鎮座しているんだ。

人数って大きな要素なんだよ、ある食が広まるにね。そしてその食が定着すると、それは文化を意識しないものになる。日本の家庭でカレーをインドと結びつけて食べる人なんていないでしょう。そういうもんなんだよ。ローカライズされた食はオリジナルのコンテクストと絶縁しちゃうわけだ。たまにふっと思い出されるぐらいにね。まあ、そういうことを沢山、思ったね。

タイの後、1週間日本にいて、日曜日にミラノに戻ってきた。さあ、明日からイタリアデザイン三昧の生活だ!

Date:12/9/14

夏が後ろ髪を引っ張られるように連れ去られ、秋が侵入してきました。

6月に小学校を終えた息子の中学校もやっとはじまり、長い3か月の夏休みが終わりましたが、「ああ、やっぱりイタリアの文脈がよく分かっていないなあ」と痛感する経験が学校初日からありました。どうせ入学式なんかがあるわけじゃないんだからと思って、初日に学校に子供について行かなかったら「親が来ていなかったのはウチだけだったみたい」と息子が帰宅して不満そうに語ります。儀式的な集まりではなかったのですが、体育館に新入生と親を前に運営上の説明があったようです。こういうのがあるだろうと思っていると期待を裏切られ、そんなことに力を入れないだろうと思っていると案外の案外があるんですね。要するに勘が十分に効かない。そのたびにイタリア生活初心者に戻るわけです。

イタリアで生活をはじめたころ、親分から「言葉は経験の幅によるね」と言われたことを、こういう時に思い起こします。あることの経験をしないと、そのことに関連する言葉は存在さえ考え及ばない。義務教育からその土地で生きていない不利な点です。言葉も勘も。葬式のことなんかあんまり詳しくもなりなくないけど、それなりに回数を出ていると服の勘も分かってきます。こういう人のこの季節の葬儀なら、ジーパンにポロシャツでもいい、とか。昨日参列した教会での葬儀では喪主がネクタイなしの黒いシャツで、スーツにネクタイはお棺を運ぶ葬儀屋の屈強な男たちだけでした。こういう経験のない最初のころは、ダークグレーのスーツにネクタイで出かけ、「あれっ???」と居心地の悪い思いをしたものでした。真っ黒じゃなくてもいいだろうと思ったら、もっと崩れていたわけです。

長いイタリア生活で「変わったなあ」と思うことのひとつに服があります。20年数年前、日曜日の昼間はジャケットにネクタイで散策する人が目立ち、ジャージを日常着て歩く人は、イタリア人ではなくアフリカの人でした。だいたい「おしゃべり好きのイタリア人は黙々とジョギングなどしない」と言われ、確かに友人と駄弁りながらジョギングする人が多かったです。スポーツをする人はスポーツをしても、それが日常風景のなかにあまり入ってこなかったのです。あえていえば、自転車は日常のスポーツ文化として一般の人の目に見える存在でした。それがアメリカ発のスポーツファッションが定着し、アップル製品を手にしながらジョギングするに至ったのです。そう、まさしく「至った」という感覚です。西海外から地球を半周して到達した、と。

一時期、トレンドリサーチで、スポーツ雑誌を片っ端から買い集めていたことがあります。「ウォーキング」「ヨガ」あたりをみると、「西海岸文化臭さ」がぷーんと匂うのに、「ヨット」「サッカー」「テニス」ではヨーロッパの香りがしてきたものです。「トレッキング」はそれぞれの文化のなかで成立していて、これはこれら2つの流れとは違うなあとも思いました。そういうリサーチのなかで、禅に興味のある人が地中海でヨットを浮かべるに熱中することは少ないし、ヨットやスポーツカーに金をかける人たちにおける「東洋趣味」は極めて限定的であるということが肌で感じられるようになりました。ぼくがレクサスはヨーロッパで間違ったアプローチをしていると繰り返し話してきたのも、このスポーツをキーにしたときのタイプの違いは、そう簡単には変わらないと思ったからです。日本におけるスポーツの選択とは若干違っていると見えました。

こんなことをボソボソと独り語ちながら、夏の始末を終えつつ、秋の怒涛の日々へと移っています。来週は久しぶりにタイに滞在します。最初が30年前、2回目が23年前。そして、今度が3回目。タイのデザイン推進機関であるタイクリエイティブ・デザインセンターでレクチャーとワークショップを行います。タイのビジネスマンとデザイナーに異文化市場の見方を話してきます。同時に、今後、アジアの地域でローカリゼーションマップがどう貢献できるかをいろいろと確かめてこようと思っています。そして再来週は日本です。何か所かクローズドなところでレクチャーやワークショップを行い、滞在最終日に勉強会。ワークショップそのものをテーマにとりあげ、ワークショップをこねくり回してみます 笑。

そういえば全然関係ないのですが、最近、日本のテレビドラマで非常によく登場する舞台が漁村です。これ、何を象徴しているんでしょうか?

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