Date:12/12/4

どうも12月に入ると春の到来を感じ始めるという気の早い性格をもっているようです、ぼくは。10月末に夏時間が終わると、「ああ、これから暗い日々だ」ときて11月を過ごすわけですが、一か月もたつと、1月のたまにある春を感じさせる日を想像し「冬来たりなば春遠からじ」の現実感を思うのです。きわめて単純で楽観的な人間なんですね、幸か不幸か。ちょっと、そんなところで、だらだらと最近思っていることをメモしておきます。

ファッション関係の人と話していて、イタリアのハイファッションの世界にどうZARAやH&Mが入ってきたかということを教えてもらいました。いわゆるファッションリーダー的な人達が、この6-7年の間にずいぶんと変わってきた、といいます。「そんなZARAのTシャツ着てるの?」と馬鹿にしていた人が、ブラウスに手を出し始め、そのうちにバッグも買い始めます。そして最後に「靴も悪くない」と言う。かといって全てをファーストファッションで身体を覆うのではなく、シーズン限りのトレンディアイテムを上手く取り入れるわけですね。カシミアものみたいなものは長持ちするから、それなりの値段を出して買うとか。もちろんブランド品も買いますが、必ずバーゲンを待ちます。

ネクタイをしてスーツを着ている人は金融関係者か弁護士か?(←やや大げさですが)というくらいにファッションのカジュアル化が進行していますが、そのカジュアル化、あるいはドレスダウン化とファーストファッションの浸透が無縁ではないでしょう。それは時代が「怠惰への道」を選んでいるという見方もあり、確かに否定しがたいとも思うのですが、硬直化した社会の多くのコンガラガッタ糸を解いていくには「ドレスダウン」というフェーズの通過がどうしても必要なのではないでしょうか。

この日曜日にアップしたサンケイBIZのコラムで日産自動車とメルセデスベンツの動画の使い方について書きました。日本のメーカーはメルセデスのような統一した顔をもつのではなく、「あるがまま」の混沌を自らの企業文化アイデンティティと考えています。「語りベタ」の日本企業は混沌を混沌として伝えるに、動画の量で発信していくしかないのではないか? それを実践しているのが日産ではないのか?と見立ててみました。言ってみればわざわざ市場に分かりにくいブランド発信をしているのだから、それを補う努力が別のところで要望されてしかるべき、ということです。

但し、ここで言っておきたいことは(コラムには書きませんでしたが)、ぼくはメルセデス的な表現様式の無理も感じています。ハイカルチャーという存在がエリート社会の崩壊とともに希薄化したように、ヨーロッパの伝統様式の希薄化がポジティブな意味で必要とされているように思います。それが逆説的に伝統様式のエッセンスを維持する。日本で公開されているメルセデスのアニメ的動画は、クラシックなメルセデスファンは眉をひそめるかもしれませんが、今のメルセデス購買層の感覚と思ったより乖離していないのではないかという感をもちます。それはヨーロッパにおいても、そうではないか、と。前述したように、ファーストファッションが社会的・経済的なアッパー層に普及している現状において、「洗練されたアバンギャルド」こそが先端的である、というわけです。

LVの村上隆や草間彌生のコラボは、今述べたような文脈の上流に入ってくるのだと思います。バリバリに活躍しているヨーロッパ企業のCEOのデスクの後ろにルパン三世のドローイングがかけられているのが「現代の風景」です。シャガールでもカンディンスキーもないのです。正確にいえば、アバンギャルドは洗練されればアバンギャルドでなくなりますが、いわば「ドレスダウン」と近似のところにあるかもしれません。

次回のサンケイBIZのコラムに書いたのですが、デザイン観は世界でそれぞれ違います。色やカタチへの感覚だけでなく、デザインへの考え方そのものが違います。このあたりの理解が、ここで長々と書いたようなことをサポートするのではないか、と考えています。

Date:12/11/10

今週、道を歩いているとよく挨拶を交わす老婦人と出逢いました。やや姿勢が前かがみ。歩調も乱れています。いつものキリッとした感じがありません。どうしたのかな?と思って、「調子はどうですか?」と尋ねると、「今、病院からの帰りなの。夫が入院していて、果物の段階に入ってしまって・・・」との力のない声です。果物に来てしまった!

ご存知のように、イタリアの食事は皿の順序がはっきりしています。前菜からはじまり、パスタやリゾットのプリモ、肉や魚のセコンドときてサラダやチーズに至ります。その後にデザートで甘いものを堪能し、最後に果物がテーブルに置かれます。つまり果物は最後の段階ー死期が間近に迫っていることになります。

人生を食に喩えるほどに食はライフスタイルの中心に据えられているわけですが、この老婦人と別れた後、わが身を振り返りながら、ぼくは今、どの段階なんだろう・・・・と歩きながら考え始めました。パスタでないことは確かです。主菜の段階ではないか。これを終えるのは仕事を辞めた時かな。でもぼくは死ぬまで仕事するつもりだからなあ・・・いつ、甘いものを食べるんだ?とアレコレ頭を悩まします。

で、考えれば考えるほど、このイタリアの食を人生に適用させる発想に感心します。比較的低温の皿からはじめ、中心の舞台では熱く、そしてじょじょに低温に落ちていく・・・・・・

 

 

Category: イタリア料理と文化 | Author 安西 洋之  | 
Date:12/11/2

今から7-8年前、メトロクス社長の下坪さんと1960年代ー1970年代に大活躍し、その後「マエストロ」と呼ばれるに至ったデザイナーに連続的にインビューしました。その一人にフランス人のピエール・ポランがいたのですが、彼が数年前に逝去したとき、「人の晩年を知っておくのは大切だ」と思いました。だいたい、いつからを晩年というかははっきりしませんが、自分の人生を総体的に捉えるあり方に、その人の味が出るものです。1950年代になぜイタリアデザインが世界の主役に躍り出たのかがはっきりわかったのは、カルテルの創業者であるジュリオ・カステッリと話し、彼の人生観に腑に落ちるものがあったからです。

ガエ・アウレンティに会ったとき、素っ気ない答えしか返ってきませんでした。プカプカとタバコを吸っている姿を前にして、こちらは参りました。それで残念ながら記事化されていません。ただ、その時から3-4年経たころ、イタリア国営放送で彼女をスタジオに迎えてのインタビューありました。聞き手はイタリアの抜群のインタビューアーです。ガエ・アウレンティはまったく同じ態度で、インタビューアーがオタオタしているのが傍目にはっきりわかり、それは気の毒なほどでした。

その彼女が享年84歳で逝去したとのニュースを今日読んで、「全体性の把握」に譲歩を見せなかったアウレンティの偉さを思わずにはいられません。

3年前、彼女について書いたエントリーをペーストしておきます。

東京のイタリア文化会館の「赤」を巡っての論議で、設計をしたガエ・アウレンティの名前が日本のなかで一般化した感がありましたが、ガエ・アウレンティは パリにあるオルセー美術館の仕事でよく名前が引き合いに出されます。彼女の照明器具や家具のデザインを見ていて思うのは、やはり、建築家ゆえの強さなんだ ろうなと思います。より大きな範囲を考えれば、その中の一部のあり方がよく見えてくる。宮台真司に関する記事でも書きましたが、一人で全体を眺めれば、自ずと「部分」が関係性をもって見えてくる。都市計画をやってこそ、それぞれの建築のデザインのあるべき姿が考えられるだろうと思いますが、建築設計をするがためにインテリアのコンポーネントが全体のなかの一部として考えられるのでしょう。

数年前、ガエ・アウレンティと会って話したとき、その「全体と部分の有機性」ということへの拘りというか信念を強く感じ、したがって照明だけ椅子だけとい う建築空間の文脈から離れた単体のデザインを(少なくても)今はしないとの理由がよく分かりました。今でこそ建築学部は半数以上は女性ですが、アウレン ティがミラノ工科大学で学んだ頃は、50人の中での紅一点だったようです。建築は完全に男の世界だったわけですが、そのなかで彼女は卒業後、エルネスト・ ロジャーズのもとで雑誌『カーザベッラ』の編集に携わるのですが、多分、ここでも彼女は「リーチを広げる」ことを学んだのではないかと思います。彼女自 身、大学ではテクニックより「型」を学んだと語っています。そして、文化的色彩が強かったオリベッティの世界巡回の展覧会に関わったことも、彼女の幅を広 げるのに大いに役立ったようです。

演出家のルカ・ロンコーニの舞台美術はアウレンティがかなり手がけましたが、彼女は都市計画、建築、工業デザイン、舞台美術、展覧会とイタリアの典型的建 築家コースメニューをこなしてきたため、大先生を前にこう言っては失礼ですが、文化の全体を語るに際して臆することがありません。これは、例えば、先日亡くなったフランスのピエール・ポランなどとは根本的に違うところです。 イタリアで知識人あるいは文化人は、「左翼」であることが他の国よりも強い条件になりますが、米国のブッシュ時代の政治に関しても非常に厳しい眼でみてい ました。19世紀的貴族主義を支持し、大量消費主義に違和感をもっていたポランも米国政治に同じような態度をとったと思いますが、それはもっと控えめな表 現でした。性格ではなく、リアルな世界に対するポジションの取り方がまるっきり違うのでしょう。

10月のはじめ下坪さんとミラノのアンティークショップでアウレンティの作品を2つ見つけました。この何年間ずっと探していたものが突然、2つの場所で同時に出てきたのです。さっそく下坪さんはそれらを購入しましたが、今日のニュースに接し、あの「掘り出し物」の所以が知りたくなりました。

尚、今年2月にコリエーレ・デッラ・セーラが行ったインタビューの動画が、ここにあります(←イタリア語のみ)。

 

 

Category: ガエ・アウレンティ | Author 安西 洋之  | 
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