Date:13/4/11

アウトプットを見ることこそがクリエーターのインサイトをより深く知ることになり、世にいうインサイトリサーチは受け身か批判的な答えしかでてこないという見方がありますが、ぼくもこれには同意です。まったくその意味で多くの作品が出尽くすサローネはインサイトリサーチに絶好の機会です。学生から一流のプロまでがある時期に考えたことが膨大な数で提示されるわけです。

さて、ぼくはこれまで時代の先端的な考え方は、哲学、音楽、アート、テキスタイル、ファッション、雑貨、家具、家電、自動車の順番で伝播しやすいと言ってきました。費用が少なく小さなところから試作品を作るー哲学など頭で考えるだけだ!-ことができるところから、世に新しいアイデアや方向性を示しやすいのです。このとき、「先端」とは「ポスト何々(ポストモダン、ポストインダストリーなど」の思想であったりするわけです。どのクリエイターが優秀かの問題ではなく、表現手段が順番を決めます。しかし、ここに一つの新たな潮流が入ってきました。リバース・イノベーションです。新興国(BOP)にイノベーションが起きて、それが先進国に「逆流」することを、特にグローバル大企業のレベルでみています。

これが「ポスト何々」の到来の順序に錯乱を起こしています。ただ、今年のサローネをみて回っていて感じることが新たにありました。「新興国にある極度の貧困状況で普及する製品とは何かを問い詰めるのだ」と大企業が肩をいからして動くことと、先進国にある困窮状態を中小企業が直視することは、現実的な技術差やコスト差は絶対的にあるにせよ、その距離は思っている以上に急速に小さくなっているのではないか、ということです。上の作品は昨年のフェラーラの地震の瓦礫から取り出してきたマテリアルで犬に見立てた照明器具です。若いデザイナーの遊びだろう、と一蹴できないリアリティがあります。つまり「リバース・イノベーション」とはかなりのんきな物言いではないかと思い始めました。

「使用されなくなった工場内に、こういうワークステーションを創ったらいけるんじゃない?」とスイスのデザイナーが語るのを聞いた時、世界はどこかでスイッチを切り替えたのだ、と思いました。実際にコワーキングスペースで使えそうですーヴェルディ『オテロ』の楽譜がカーテンにプリントされているのが文化的プライドを表現していて必ずしもロー・コスト・デザインとは言えない。これらは全て、以前からじょじょに動いていたDIY的なトレンドが定着してきたことを意味しているのだと思います。エコロジーではなく社会的持続性という言葉に切り替わってから、このムーブメントは一層勢いづいたといって良いでしょう。そして2008年のリーマンショックが決定打でした。

Hans J.Wegner のWishbone Chair の製作現場を公開するのは、以上の文脈とは違い「顔の見える生産者」との流れもありますが、地に足をつけた行為が重んじられるとの観点では同一線上に立っていると言えます。昨年はサローネにおけるオープンソース元年でしたが、その路線のもとに一歩前進しているのが今年です。

これらを前提としたとき、もう一つ別のことを考えました。今こそ、先進国の学生や若手デザイナーの活躍する時期ではないか?と。大きなメーカーの商品開発の担当者には分からない見れない世界がより重要なマーケットになるつつある現在、まさしくそこを強みとする若手クリエーターはもっと思い切り先進国のローコストレイヤーに飛びこむべきではないか?と。若手が高級市場へ提案をすることは稀であり、多くは低価格から中価格帯です。が、ミドルレンジはメーカーに任しておいて、ローレンジに突進して良いのではないかと思います。かつても若手は斬新なアイデアを求められ、それはずっと変わりないのですが、若手が得意とするマーケットは急激に大きくなっているのです。生意気でもいいからメーカーの商品開発担当に「あんたたちには任せておけない!そんな、ごちゃごちゃと商品化のしやすさを言っている場合か?新興国のイノベーションを考えれば、こんなこと何でもない!」と啖呵をきってもいいのではないか。それをしてもおかしくない状況になっていると思います。そういうことを考えながらサテリテをみた時、2つの日本人デザイナーの作品に惹かれました。

 

上は樹脂の作品ですが、デザイナーの江里領馬(えり りょうま)さんは「ぼくはカーブが好きなんですよ」と話します。学校でプロダクトデザインを勉強してから1年グラフィックをやってみたんだけどどうも納得がいかなく、卒業製作のアイデアをカタチにして今回ミラノに持ってきました。壁の近くの床にみえる黒に列は作品の説明です。文章がとても感情豊かで作品もセクシーです。ぼくが「唇を模したBoccaを想起した」というと、彼も作業しながらそれを想ったそうです。「これが就活です!」というバイタリティーある青年です。もう一つはキャンバスの椅子Canvasです。

上のようにまったく二次元の椅子です。しかし、これに座れるのです。

座る瞬間に自分の頭の中が大きな変化を遂げることが自分自身で分かりました。YOY の作品です。これらがぼくの頭にちょうど嵌りました。こういう発想やエネルギーがきっとブレイクスルーを成し遂げるのではないかと期待をもたせてくれました。

 

 

 

 

Category: ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之  | 
Date:13/4/7

フランスのデザイナー、ピエール・ポランにインタビューした時、二つのことが印象的でした。一つは彫刻家になりたかったのが手の怪我でその道を歩むことができなかったこと。もう一つはカーデザイナーになりたかったこと。ジョエ・コロンボも同じで、「もともとやりたかったこと」の一つにカーデザインがありました。彼はクルマのデザインをしたことがありますが、それがメインの仕事にはなりませんでした。あの思いっきり自分の味を出している巨匠であるジュージャロでさえ、「カーデザインは膨大な数の人との間で決まる自由度の少ない分野」と語っています。他の工業デザインや絵画で自由を享受するわけですが、「クルマ一台もカフェマシーン一つも労力は同じで受け取るデザインフィーは圧倒的に違う」とも言っています。

人はより自由度の高い、自分の意思で決定できる範囲の広い職業で食っていけることを「もともと」望む傾向にあります。新聞記者でもともと小説家になりたかった人、CMディレクターだけどもともと舞台監督をやりたかった人、工業デザイナーだけどもともとアーティストになりたかった人・・・・こういう「もともと」を抱えながら一生を過ごすのが大半の人です。統計をとったわけではないのでわかりませんが、もともと工業デザイナーになりたかったが、しかたなくアーティストになった人というのは少ないでしょう。自分の意思で決定できる、ということは、言ってみれば「自分の生の姿(のように見せかけることも含め)で賭けて経済的リターンがある」ということです。

アンジェロ・マンジャロッティの回顧展がコルソ・コモ10で始まりました。1921年に生まれ2012年に逝去したマンジャロッティは、建築家であり、工業デザイナーであり、教育者であり、彫刻家でした。昨年、東京で行われた展覧会をぼくは見ていないのですが、ミラノではさすがに「重いもの」が沢山あります。年譜を眺めていくと、1980年代から一気に彫刻が増えていきます。それもボリューム感が噴き出すような、概念を素材を媒介に両手でガッツリと掴むような作品です。上の写真(Assimetrie Gravitazionali 1995年)のような知的な作品であることには変わらなく、それは建築や工業デザインの数々と基本ラインは同じですが、「内から噴き出す勢いが違う」のです。

生前のマンジャロッティをよく知る方に「マンジャロッティの満足度って、ジャンルによってどうだったんですか?」と会場で伺うと、「彫刻、建築、工業デザインの順で褒められると嬉しい人でした。もともと彫刻がやりたくて、実際に若いころから製作していたんですが、だんだんと人が評価してくれるようになっていったのです。だから彫刻が評価されると殊の外喜んでいました」との答えが返ってきました。

人は「もともと」好きだったもの、憧れていたもの、場合によっては諦めて自らも忘れていたようなものを他人から評価されると、それまでの人生が全て肯定的に見えてくるんだよなあ・・・。「もともと」がそのままカタチになることは少ないけれど、人生のあらゆるプロセスを経て「もともと」が浮かび上がってくることに人生の醍醐味があるのでしょう。以前書いた「ぼく自身の歴史を話します」のなかの「人生における経験の統合」をマンジャロッティの作品を眺めながら思い起こしました。

http://milano.metrocs.jp/archives/258

Category: ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之  | 
Date:13/3/31

約2週間前に「『スローファッション』のアイデアを探る」を書きました。

十和田の裂織は世界に数多ある伝統的生地再生技術の一つであり、かつそれらの間にある共通点を見つめることでプラットホームのコアになれるのではないか?という問題提起から、ぼく自身も「自分ごと」として動き始めました。コンセプトは、1)伝統的再生技術 2)マスカスタマイゼーション (例→ 新品商品に自分の古着を切り裂いた生地で自分なりのポケットをつける) 3)リバース・イノベーション(例→ 田舎で活用されていて存在感がなくなりつつあるテクニックが、他の地域の伝統テクニックと融合されて都会で活用されていく) という3つのキーワードから成ります。この2週間もミラノ工科大学のファッションコースの先生とワークショップの相談をしたり、L’HUBのオーナーと協力のあり方について話し合ったりしてきました。あるいはファーストファッションの企業に提案する構想を練り、彼らの商品としては売れないB級品の活用法についても考え始めました。

一方、このプロジェクトを主宰している佐野里佳子さんは3月19日に The HUB TOKYO で開催されたスパーク・プラグというビジネスアイデアのコンテストで優勝しました。ファッションを社会問題の解決の糸口とする事業に一番多くの票が投じられたというわけです。さっそく聴衆の一人だった中国人投資家からのアプローチを受けるなど、各方面から高い関心が寄せられています。

このプロジェクトのコンセプトには世界で通用する普遍性があると考え推進していますが、L’HUBで指摘された点には「なるほど!」と思いました。上記 3)のリバース・イノベーション の視点が高く評価されたのですが、「女性的視点が含まれていることに意義がある」というのです。「女性はいつもあまりものや不要なもので、身近な生活を維持し豊かなものにしようとしてきた」というエッセンスが、女性的視点の導入による社会変化の大切さが叫ばれるなかでフル活用されていることに注目してくれたのです。ここで女性的な視点とは、単に性としての女性の視点ということだけではなく、従来男性が力を発揮できずにいた領域を切り開く目線との意味合いととらえていいでしょう。

特に経済的苦境に陥り社会に行き場がなくなる一方のなかで、自らの周囲を大事にしながら明るくサバイバルするための知恵やメンタリティはもっと重んじられてしかるべきだと思います。「当たり前の日常生活の確立」が、このプロジェクトの底流にあるのだと女性的視点との言葉から再認識しました・・・・さて、ここでふっと思いました。このテーマはまさしくイタリアのライフスタイルのことを話しているのではないか?と。「この裂織りを発信地としながら世界各地の再生技術と融合を図り、エスプリの効いたオシャレなサバイバルを目指す」というのは、イタリアが実験の舞台として相応しいのだあらためて思いました。

今年のサローネをこういう文脈で見て回ってみようという気になっています。

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