Date:13/4/14

「今年のサローネは日本企業の出展も少ないし何か盛り上がりに欠けるのではないか?」という感想を日本から来た何人もの方が話していました。リーマンショック直後の2009年から出展企業が施工コストを節約している傾向はあり、一方、「こんなところにスペースがあったの?」との意外感がフオーリサローネの楽しみであったところからすると、確かに残念な風景をまねていています。こういう感想はイタリア人でも、特に数年以上前のサローネを知らない若い世代はもっています。実際、ドイツ市場の落ち込みを聞くにつけ、イマイチ元気を出しづらい背景は想像がつきます。

また日本企業についていうなら目立つところでのスペースでのイベントは減りました。しかしレクサスが2005年に登場して4年間やっていた時期がインテリア業界以外の参加が多く、ややバブリーであったとも言えます。フオーリサローネが拡大する一方の勢いが一時休止したと判断したほうが良さそうです。その分、そこそこの予算をとってプロダクトをきちんと見せている見本市会場のほうがフオーリサローネより見る価値があるという本来の姿に戻ってきています。既にトルトーナ地区は若い人たちにとってただ酒を飲みに行く場になっています。

とにかくフオーリサローネでは、大きな空間を暗くして光で人を驚かすインスタレーションが実は何ものでもないのは、ヒュンダイのつまらない展示をみて、逆に認識したはずです。結局において見本市会場のブースと同じく、オランダのMOOOIの展示からインパクトのあり方はプロダクトとコンテクストの構想力によるところが大きいと更に確信したのではないかと思います。

レクサスが「環境とデザイン」をテーマにコンペを行い優秀作品を展示したのは、以前4回のデザインポリシーL-Finessの訴求よりはずっとまともな取り組みです。が、テーマそのものの切り口があまりに凡庸で、相変わらず建築家の的外れなインスタレーションであるのもいただけません。実はこういう「ぬるさ」がレクサスに限らないこの数年の日本企業の出展の特徴で、言ってみれば 1)事業部にはよく見えないデザインセクションの練習を名目にしていた 2)経営層がデザイナーの「アート志向」にストップかけられなかった(←「もともと」アーティストになりたかったデザイナーや建築家は多い) という傾向がありました。韓国企業においては、この罠にはまらないのがサムスンであり、勘違いしてミスを犯したのがヒュンダイであったと評することもできます。いずれにしてもフオーリサローネはゲリラ戦で戦う場所です。大企業なら何度でも小さく試行錯誤できるチャンスです。この良い例がかつてのTOTOだったのではないか、と思います。その意味で今回の東芝の展示サイズは適正でしょう。あるいはルノーも上手い見せ方をしていました。

3Dプリンターが今までのモノづくりのカタチを変えると喧伝されていますが、「デザインの著作権はどうなる?」と提起しているのがロッテルダムのデザイナーです。音楽や文章と同じことが、これからデザインの世界で起こってくるわけですが、デザイナーは自分でデザインした椅子と同じモノをつくった第三者に著作権侵害を訴えられるのか?このデザイナー自身はデザインの著作権は崩壊していくだろうと見ているようです。これから世論を二分にしながら議論が始まっていくのでしょうが、その議論がはじまらないと3Dプリンターが一般の世界で普及しないということでもあります。

デザインのフロンティアはどこにある?といったとき、サービスや食ではないかとの意見をよく聞きます。身近にある日常ネタがある、それぞれの地域にその地域にしかないものがある・・・・という文脈で考えた時、食がテーマになるのは必然です。実際、小さいながらも成功例が数多ある。食ではないと否定するほうが難しいくらいです。が、同時にシンプルな食の良さが失われて「なんで、これがこんな値段になるの?」という裏切られる経験も数知れずあります。デザインはダサいと言われたエリアに入り込むことでデザインの力を発揮しますが、場合によっては不当な(と思われる)値付けをすることにもなります。これが「デザインってね」とため息交じりにデザインが語られるネガティブな部分で、この価値再発見と不信感の間にある緊張が、デザインを面白い試みにします。上の画像はランブラーテで開催していた学生たちの作品です。因みにランブラーテ地区は、前述した3Dプリンターとデザイン著作権のあり方を問うような試みもみられましたが、今までにあったロックンロールな感じが消えて、やや面白みが欠けました。

以前からこのシリーズで何度も書いていますが、欧州の社会変化を追うには税金の使い方をみるべきだと思います。要するに国や自治体が企画するプログラムに長期的視点が窺えます。したがってパブリックな場で何が行われているかを知るのが大切で、その一例がFabbrica del Vapore です。内容は(5)で紹介しましたが、震災後に活動をはじめた石巻工房もここで展示を行ったので、追加して紹介しておきます。自分の手で生活様式を創っていく、という場のコンテクストに石巻工房は完全にマッチしています。この工房のコミュニケーションデザインをやっているSPREAD のLife Stripe も昨年に続いてギャラリーで展覧会を行ってました。

膨大な数の人々(あるいは動物)の1日24時間を21色のカラーで表現するとても面白いコンセプトです。その色の下には、その物語が書いてあります。この上の作品は震災の日のタクシーの運転手の24時間です。赤が労働している時間を表しています。ぼく自身もローカリゼーションマップのワークショップでカラーを使って人の記憶や認識差を確認することをやっているので興味深いです。ただし、これを仮にアート作品として展開していきたいのなら、今のようなプレゼンテーションは違うのではないか?と思いました。サローネというデザインの祭典にアートはまったく別の世界です。アートに相応しいタイミングでやるべきで、しかもギャラリー内にデザイナーとしての実績資料を置かないほうが良いでしょう。ぼくはこのような作品はチューリッヒやそこから北のギャラリーが似合うのではないかと素人ながら思ったのですが、やはり文脈の読み方とその戦略は重要だと思います。せっかく長い年数を経てやってきた仕事なので、ぜひとも「嵌る市場」に辿りつくまでに落し穴に墜ちないで欲しいなと強く思いました。今後、応援したいと思ったプロジェクトです。

 

 

Date:13/4/11

アウトプットを見ることこそがクリエーターのインサイトをより深く知ることになり、世にいうインサイトリサーチは受け身か批判的な答えしかでてこないという見方がありますが、ぼくもこれには同意です。まったくその意味で多くの作品が出尽くすサローネはインサイトリサーチに絶好の機会です。学生から一流のプロまでがある時期に考えたことが膨大な数で提示されるわけです。

さて、ぼくはこれまで時代の先端的な考え方は、哲学、音楽、アート、テキスタイル、ファッション、雑貨、家具、家電、自動車の順番で伝播しやすいと言ってきました。費用が少なく小さなところから試作品を作るー哲学など頭で考えるだけだ!-ことができるところから、世に新しいアイデアや方向性を示しやすいのです。このとき、「先端」とは「ポスト何々(ポストモダン、ポストインダストリーなど」の思想であったりするわけです。どのクリエイターが優秀かの問題ではなく、表現手段が順番を決めます。しかし、ここに一つの新たな潮流が入ってきました。リバース・イノベーションです。新興国(BOP)にイノベーションが起きて、それが先進国に「逆流」することを、特にグローバル大企業のレベルでみています。

これが「ポスト何々」の到来の順序に錯乱を起こしています。ただ、今年のサローネをみて回っていて感じることが新たにありました。「新興国にある極度の貧困状況で普及する製品とは何かを問い詰めるのだ」と大企業が肩をいからして動くことと、先進国にある困窮状態を中小企業が直視することは、現実的な技術差やコスト差は絶対的にあるにせよ、その距離は思っている以上に急速に小さくなっているのではないか、ということです。上の作品は昨年のフェラーラの地震の瓦礫から取り出してきたマテリアルで犬に見立てた照明器具です。若いデザイナーの遊びだろう、と一蹴できないリアリティがあります。つまり「リバース・イノベーション」とはかなりのんきな物言いではないかと思い始めました。

「使用されなくなった工場内に、こういうワークステーションを創ったらいけるんじゃない?」とスイスのデザイナーが語るのを聞いた時、世界はどこかでスイッチを切り替えたのだ、と思いました。実際にコワーキングスペースで使えそうですーヴェルディ『オテロ』の楽譜がカーテンにプリントされているのが文化的プライドを表現していて必ずしもロー・コスト・デザインとは言えない。これらは全て、以前からじょじょに動いていたDIY的なトレンドが定着してきたことを意味しているのだと思います。エコロジーではなく社会的持続性という言葉に切り替わってから、このムーブメントは一層勢いづいたといって良いでしょう。そして2008年のリーマンショックが決定打でした。

Hans J.Wegner のWishbone Chair の製作現場を公開するのは、以上の文脈とは違い「顔の見える生産者」との流れもありますが、地に足をつけた行為が重んじられるとの観点では同一線上に立っていると言えます。昨年はサローネにおけるオープンソース元年でしたが、その路線のもとに一歩前進しているのが今年です。

これらを前提としたとき、もう一つ別のことを考えました。今こそ、先進国の学生や若手デザイナーの活躍する時期ではないか?と。大きなメーカーの商品開発の担当者には分からない見れない世界がより重要なマーケットになるつつある現在、まさしくそこを強みとする若手クリエーターはもっと思い切り先進国のローコストレイヤーに飛びこむべきではないか?と。若手が高級市場へ提案をすることは稀であり、多くは低価格から中価格帯です。が、ミドルレンジはメーカーに任しておいて、ローレンジに突進して良いのではないかと思います。かつても若手は斬新なアイデアを求められ、それはずっと変わりないのですが、若手が得意とするマーケットは急激に大きくなっているのです。生意気でもいいからメーカーの商品開発担当に「あんたたちには任せておけない!そんな、ごちゃごちゃと商品化のしやすさを言っている場合か?新興国のイノベーションを考えれば、こんなこと何でもない!」と啖呵をきってもいいのではないか。それをしてもおかしくない状況になっていると思います。そういうことを考えながらサテリテをみた時、2つの日本人デザイナーの作品に惹かれました。

 

上は樹脂の作品ですが、デザイナーの江里領馬(えり りょうま)さんは「ぼくはカーブが好きなんですよ」と話します。学校でプロダクトデザインを勉強してから1年グラフィックをやってみたんだけどどうも納得がいかなく、卒業製作のアイデアをカタチにして今回ミラノに持ってきました。壁の近くの床にみえる黒に列は作品の説明です。文章がとても感情豊かで作品もセクシーです。ぼくが「唇を模したBoccaを想起した」というと、彼も作業しながらそれを想ったそうです。「これが就活です!」というバイタリティーある青年です。もう一つはキャンバスの椅子Canvasです。

上のようにまったく二次元の椅子です。しかし、これに座れるのです。

座る瞬間に自分の頭の中が大きな変化を遂げることが自分自身で分かりました。YOY の作品です。これらがぼくの頭にちょうど嵌りました。こういう発想やエネルギーがきっとブレイクスルーを成し遂げるのではないかと期待をもたせてくれました。

 

 

 

 

Category: ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之  | 
Date:13/4/7

フランスのデザイナー、ピエール・ポランにインタビューした時、二つのことが印象的でした。一つは彫刻家になりたかったのが手の怪我でその道を歩むことができなかったこと。もう一つはカーデザイナーになりたかったこと。ジョエ・コロンボも同じで、「もともとやりたかったこと」の一つにカーデザインがありました。彼はクルマのデザインをしたことがありますが、それがメインの仕事にはなりませんでした。あの思いっきり自分の味を出している巨匠であるジュージャロでさえ、「カーデザインは膨大な数の人との間で決まる自由度の少ない分野」と語っています。他の工業デザインや絵画で自由を享受するわけですが、「クルマ一台もカフェマシーン一つも労力は同じで受け取るデザインフィーは圧倒的に違う」とも言っています。

人はより自由度の高い、自分の意思で決定できる範囲の広い職業で食っていけることを「もともと」望む傾向にあります。新聞記者でもともと小説家になりたかった人、CMディレクターだけどもともと舞台監督をやりたかった人、工業デザイナーだけどもともとアーティストになりたかった人・・・・こういう「もともと」を抱えながら一生を過ごすのが大半の人です。統計をとったわけではないのでわかりませんが、もともと工業デザイナーになりたかったが、しかたなくアーティストになった人というのは少ないでしょう。自分の意思で決定できる、ということは、言ってみれば「自分の生の姿(のように見せかけることも含め)で賭けて経済的リターンがある」ということです。

アンジェロ・マンジャロッティの回顧展がコルソ・コモ10で始まりました。1921年に生まれ2012年に逝去したマンジャロッティは、建築家であり、工業デザイナーであり、教育者であり、彫刻家でした。昨年、東京で行われた展覧会をぼくは見ていないのですが、ミラノではさすがに「重いもの」が沢山あります。年譜を眺めていくと、1980年代から一気に彫刻が増えていきます。それもボリューム感が噴き出すような、概念を素材を媒介に両手でガッツリと掴むような作品です。上の写真(Assimetrie Gravitazionali 1995年)のような知的な作品であることには変わらなく、それは建築や工業デザインの数々と基本ラインは同じですが、「内から噴き出す勢いが違う」のです。

生前のマンジャロッティをよく知る方に「マンジャロッティの満足度って、ジャンルによってどうだったんですか?」と会場で伺うと、「彫刻、建築、工業デザインの順で褒められると嬉しい人でした。もともと彫刻がやりたくて、実際に若いころから製作していたんですが、だんだんと人が評価してくれるようになっていったのです。だから彫刻が評価されると殊の外喜んでいました」との答えが返ってきました。

人は「もともと」好きだったもの、憧れていたもの、場合によっては諦めて自らも忘れていたようなものを他人から評価されると、それまでの人生が全て肯定的に見えてくるんだよなあ・・・。「もともと」がそのままカタチになることは少ないけれど、人生のあらゆるプロセスを経て「もともと」が浮かび上がってくることに人生の醍醐味があるのでしょう。以前書いた「ぼく自身の歴史を話します」のなかの「人生における経験の統合」をマンジャロッティの作品を眺めながら思い起こしました。

http://milano.metrocs.jp/archives/258

Category: ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之  | 
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