Date:18/4/8

ミラノサローネについて本ブログに書き、今年で11年目です。ここで書いたことを、その後、本の一部に使ったりしてきましたが、思い返してみると、自分の論点で変化してきたこと、変わらないことの両方に気が付きます。変化について言えば、日本企業の「ローカリゼーション観点のなさ=異文化音痴」への指摘が減ってきたことでしょうか。というのも、多くの他の人が同じような点を語るようになってきたので、ぼくは別のところに目を向けたほうがいいな、と思ったのもあります。それと何と言ってもそれなりに言い尽くしたから、というのもありますね。また、膨大な量の情報に触れてあるトレンドを総括するのが時代的にマッチしなくなってきたこともあり、より自分の関心領域での解釈に集中するようになっています(と言いながら、ずいぶんとトレンド的なことに触れていますが 苦笑)。例えば、昨年書いた、「人間中心」の人間とは何か?というのも1つです。

テクノロジー・デザイン・人間という三角形のどこにパースペクティブの的を絞るか、という時に、人間が的になっているのは皆、異論がないのです。電子デバイスのユーザーインターフェースからはじまり、そういう方向にきたわけですが、人間とはユーザーと同一であることが多く、それは十分じゃないな、と。人権や人への尊厳という点もからみ、個人情報の保護を目的としたGDPR(EU一般データ保護)が実施されることも、その趣旨を表層的に捉えている意見も日本のメディアでは散見し、これじゃあルールを作った背後にある世界観が分からないだろう、ということになります。「競争戦略としてのグローバルルール」のなかで藤井敏彦さんが、ドイツやイタリアが個人情報に敏感なのは「ユダヤ人狩り」の過去への反省に基づいていることを指摘しています。

 

 

また、この人間は、クラフツマンシップの文脈でいうと、フランス語のsavoir-faire 、イタリア語のsapere-fare、英語のknow-how をもつ人です。これらを日本語で何と置き換えようか考えている最中ですが、これらの言葉がどのあたりの「人間への見方」を踏まえているのか、との問い自体がテーマになります。「世界観」や「考え方」が分からないと状況を理解したことにならないことがどうしても多いのですね。同時にビジネスの優位性とは、この世界観や考え方の普及度にあるわけで、欧州文化やEUのルールメイキングはその現象の1つなわけです。これをイタリアで言うならば、パスタというモノもさることながら、生物多様性のためのスローフード財団が主導する世界各地の農産物に対する認定(プレシディア)や子どものレッジョ・エミリア教育が例になります。

イタリアのこれら2つ、スローフードとレッジョ・エミリア教育は世界100か国以上に普及していますが、これは決してあるモノの輸出ではありません。この2つに共通するのは、ローカルのコンテクストを重視して、普遍的とされる価値観や考え方をそのなかでどう根付かせるか、の闘いです。お金儲けに長けた機転の利く子になるかどうかはその子の人生ですが、その子がどのようなsavoir-fareがあれば豊かな人生を送れるか。それがレッジョ・エミリア教育の動機になっていて、これが世界各国に広まり、その定着にあたり各国機関はレッジョ・エミリアに助言を求めにくるのですね。スローフード財団も各国にある伝統的製造方法をいかに維持するか、というお手伝いをします。

これらに特徴的なのは、シリコンバレーのエンジニアがつくったデザインシンキングのように、体系化したマニュアルをあえて作らないことです。ローカルのコンテクストを重視するので当然のアプローチなのですが、「いや、いや、そういうことも含めてマニュアル化すべき」と反論する人は、このような議論の場から無言の排除を受ける・・・ということです(実のところ、そのようなものがスローフードなどにまったくないわけでなく、それなりのレベルのものはあります。が、それを外販しません)。つまりはEUのルールメイキングのように記述化を図る体系的な攻め方から、スローフードやレッジョエミリア教育のようなとてもセンシティブなアプローチまでを視野に入れて、古くからある考え方(世界観)の更新や新規のヴィジョンをどのように作りつつあり、それらをどのようにして惹きつけさせるか(力づくで広めるのではなく)にぼくの関心は昔からあるのですが、その関心が更に増している、というのが現在です。よってサローネへの観察も、この点がポイントになります。

 

 

もう一つは、最近、バルト海三国のリトアニアのデザイン関係者と接する機会が増えており、新興国あるいは開発途上国とカテゴライズされる地域でのデザインの役割を考えることが多いです。しかしながら、先進国と違うようでありながら、実は同じ・・・・と思うことと、両者を同じと思うのはオカシイと感じることの間を行き来しています。イタリアのデザイン関係者と彼らを比較してまず感じるのは、自分の文化への自信の持ち方です。それはいかんともしがたい差です。だが、今ある最前線の課題に対して、その自信はどれほどに貢献するだろうか、とみたときに明確な回答がない。単にプロパガンダ的に文化アイデンティティを作り上げても無駄というよりも有害なだけです。イタリアデザインのプロパガンダの弊害も見るにつけ、リトアニアがそのあたりをどう処理していくか、ということに注視しています。

Date:17/12/1

今年、デザインに関わる本を2冊、『デザインの次に来るもの』『突破するデザイン』を出したわけですが、それもありデザインやアートの議論をよく観察するようにしています。そこで、どうもおかしいなあとの想いが強くなってきました。勢力争いにしか見えないところがあるのです。いわばロビー活動が露骨過ぎる!と思うわけです。『デザインの次に来るもの』で紹介したEUのイノベーション政策にデザインが主役に躍り出たのは、ブリティッシュ・カウンシルのブラッセルへのロビー活動の成果が大きかった(クリエイティブ産業振興だけでは不足である、というのが本音でしょう)のですが、ロビー活動はそこそこに隠すところは隠さないといけないのです。

そんな時に一般の人も絵が描けるようになることで観察眼が向上しますよ!と言っている、アート・アンド・ロジックの増村岳史さんと知り合いました。増村さんの活動はネット上で見ていたのですが、9月に開催されたイベントの会場で初めてお会いして話しこみました。ああ、これは何かを一緒にやるタイミングだと直感で思いました。

 

 

そこで立命館大学の八重樫文さんにもイベントのアイデアを話したら、主催を立命館大学DML(Design Management Lab.)、共催を大学院経営学研究科として東京キャンパスでやりましょう、ということになりました。それで2日に分けてトークショーをやりますが、1日目の趣旨は増村さんに書いてもらい、2日目はぼくが書きました。下記です。

 

ビジネスがお金にまみれた汚い世界というわけではありません。アートがきれいな高尚な世界というわけでもありません。その間でデザインが右往左往しているということでもありません。それぞれ別の世界に生きているのではなく、同じ愛ある世界に生きています。

 

が、どちらかというとビジネスはガチガチの論理か義理人情の話ばかりが強調されます。アートは感情が優先した特別な存在に見られがちです。そしてデザインはビジネスの下僕のような存在で、アートとビジネスの両方の機嫌を窺っているようにも見えます。なにか「どっちがエライか」の競争をしているような感じがしませんか? これでは愛が逃げてしまいます。

 

Seminar#01の「ビジネスは魅力的なアートか?」に続き、今回もアート・デザイン・ビジネスが実はとっても仲が良いのだ、そして持続性ある愛とは何かを考えているのだ、ということをみなさんで「味わって」もらおうと思います。

 

最初に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるか? 経営における「アート」と「サイエンス」』の著者である山口周さんに30分ほど「アートの本懐」をテーマにプレゼンしていただきます。その後、『デザインの次に来るもの』の共著者であり、ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』の共に監修・監訳をつとめた安西洋之さんと八重樫文教授とが、山口さんと1時間ほど鼎談をします。

 

会場の皆さんとも30分ほど議論ができたらと願っています。

 

これはかなり気分で書きました。しかし、この気分は止めようがなかったのです 笑。

1月13日(土曜日)14:30-16:30 「ビジネスは魅力的なアート?」
1月19日(金曜日)18:00-20:00 「サスティナビリティある愛とは?」

案内を静岡大学大学院でマーケティングを教えている本條晴一郎さんに紹介したら、次のようなチャットがありました。

本條さん「サスティナビリティある愛 って良いですね」

安西「永遠の愛、という言い方は昔からあるのですが、これだと意味が違うなあ、と」

本條さん「変わらぬ愛というよりも、心はいつもあって、その上で更新されていく愛、というニュアンスに捉えました」

この本條さんの解釈、とっても嬉しいです。

登壇者の名前やプロフィールは立命館大学DMLの下記案内をご覧ください。申し込みもそちらからお願いします。

https://dml-ritsumei.wixsite.com/seminar2018

Date:17/6/23

ベルガンティ『突破するデザイン』が来週発売になりますが、この出版にあわせベルガンティの講演会が行われます。

7月15日(土曜日)は東京大学福武ホール、7月17日は立命館大学いばらきキャンパスです。タイトルは「イノベーションをデザインする デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」。申し込みは、左のタイトルをクリックして詳細ご覧ください。

また、これらのイベントとは別に、ベルガンティの意味のイノベーションについて多く触れた『デザインの次に来るもの』をテーマにしたトークショーがあります。7月19日は大阪蔦屋書店のマザーハウスで19:30-21:30 「デザインの次に来るもの ~マザーハウスが考えるデザインと経営~」マザーハウス副社長・山崎大祐さん+共著者の立命館大学教授の八重樫文さん+ぼく で話します。7月21日は青山ブックセンターで19:15-20:45 ぼくと八重樫文さんでお話します。詳細はこちらです。

というわけでベルガンティと「意味のイノベーション」漬けの7月です。

 

<7月15日 東京大学福武ホール 14:00-17:00 >

趣旨説明

山内祐平(東京大学大学院情報学環教授)
八重樫文(立命館大学デザイン科学研究センター長/経営学部教授)
「日本におけるデザイン・ドリブン・イノベーションの今日的意義」

基調講演

ロベルト・ベルガンティ(ミラノ工科大学教授)
「デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」

パネルディスカッション

日本のデザイン・イノベーション研究に従事する若手研究者と、ベルガンティ教授が、デザインとイノベーションについて深く議論します。

パネラー:
後藤智 (東洋学園大学現代経営学部専任講師)
重本祐樹(慶応大学政策・メディア研究科特任助教)
安斎勇樹(東京大学大学院情報学環特任助教)

<7月17日 立命館大学いばらきキャンパス 10:00-12:00  13:30-16:00 >

第一部 シンポジウム 10:00-12:00

趣旨説明

八重樫文(立命館大学デザイン科学研究センター長/経営学部教授)
「日本におけるデザイン・ドリブン・イノベーションの今日的意義」

基調講演

ロベルト・ベルガンティ(ミラノ工科大学教授)
「デザイン・ドリブン・イノベーションの意義と展開」

パネルディスカッション

日本のデザイン・ドリブン・イノベーションに関する若手研究者と、ベルガンティ教授が、デザインとイノベーションについて深く議論します。

パネラー:
後藤智 (東洋学園大学現代経営学部専任講師)
重本祐樹(慶応大学政策・メディア研究科特任助教)

第2部 学生とのディスカッション 13:30-16:00

内容

学生・院生による研究発表とディスカッション
立命館大学のイノベーション教育に参加している学生・院生と、ベルガンティ教授が、深く議論します。

 

 

 

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  | 
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