和洋折衷とは、和と洋のミックスのことですが、これはとても興味引かれるテーマです。紋章デザイナーの山下さんの紹介で、西洋紋章と日本の伝統工芸品がどう協力しあえるだろうか、ということを書きました。また七味オイルという、日本の老舗の七味とトスカーナのオリーブオイルをあわせた商品のことを、前回(6)「大学での勉強会」で紹介しました。
文化の相互影響はあらゆるところで見られます。欧州における東洋の磁器の影響はよく言われるところですが、イタリア料理もそうです。植民地貿易がアフリカから欧州にコーヒーがもたらせたように、新大陸アメリカの発見により始まった大西洋貿易のおかげで欧州にトマトが入ってきました。イタリア料理の定番である、トマトソースのスパゲッティはこうした歴史を負っているわけです。
長野の善光寺の前に、江戸時代創業の御本陣藤屋旅館がありました(下記、HP)。参勤交代時に大名が宿泊する旅館でしたが、2年前に旅館を廃業しフランス・イタリア料理のレストランとなりました。大正時代のアールデコ様式の玄関に入ると、その和洋折衷のインテリアの妙が、不思議と心を落ち着かせてくれます。2階にある数寄屋造りの和室で(HPのフロアガイドでAOGIRIという部屋をクリックすると写真があります)、イタリア・フランス・日本がミックスした懐石料理を食べました。とても美味しかったことに意外性はありませんでしたが、この絶妙な融合具合に思うところが沢山ありました。
http://www.thefujiyagohonjin.com/
二つの文化を融合すれば、当然、それぞれからの他方への絶対的距離は短縮します。和食とイタリア料理の距離が、100とすれば、融合地点は30か70かどこか分かりませんが、どこか途中の場所にミーティングポイントが設定されます。その距離の短縮という実感自身が、絶対的な距離より大切で、このあたりに折衷様式というコンセプトがもつ強みがあるのではないか、そんなことを考えました。

長野から東京に戻り、西麻布で開催されていた倉又史郎の姿や作品を紹介した写真展に行きました。「この人は、どういうわけで、ある種の日本臭さを消し去ったのだろうか」と考えながら、今度は六本木にあるミッドタウンに出かけました。3階にあるデザインショップでは和を強調した商品を多くみます。周囲にはイタリアやフランスのファッションが並んでいます。ここに和洋折衷というコンセプトを徹底させると、どういう空間になるでしょうか。
東京滞在中、ぼくは津田沼に出かけました。ここに千葉工大があります。この大学のデザイン学科山崎研究室が、この日の行き先です。10数人の学生を相手に、イタリアデザイン周辺の話をするのが目的です。そこで、今回はここのブログで書いた「2008 ミラノサローネ」の中身を題材にしようと思いました。また、「僕自身の歴史を話します」を自己紹介に使ったのですが、ブログでは日本の会社を辞めるあたりから書いたので、学生さんと同じ時期にぼくが何を考えていたか、というところから話すことにしました。

若い学生さんと出会うのは楽しみです。自分が長い経験で当たり前のように前提だと思っていることを小気味よく崩してくれるのは、ぼく自身にとっても勉強になります。ですから若い人たちと会う機会があれば出来るだけ会うようにしています。この日の様子は山崎さんが、下記のようにご自分のブログで紹介されています。
http://kazkazdesign.blogspot.com/2008/07/blog-post_28.html
実は、ここでテーブルを囲んで眺めているのは、伊勢丹のIsetan Style という食品部の雑誌です。ぼくはトスカーナのオリーブオイルと長野善光寺前にある七味の老舗メーカーの七味で作った七味オイルを開発するプロジェクトにプランナーとして関わってきました。その下記商品が新宿伊勢丹で販売されるようになり、それが上記の雑誌に掲載されていたのです。
http://www.yawataya.co.jp/shop/product59.html
ぼくは、洋と和の融合の一例として紹介しました。ミラノサローネで日本のデザイナーがヨーロッパ市場向けにローカライゼーションをするのに苦労していた、あるいはローカライゼーションの必要性に気づいていない、そうしたことを「2008 ミラノサローネ」で指摘しましたが、七味オイルは分野は違うがコンセプトには共通するものがあると思ったのです。 当日、参加が多かった男子学生さんたちに、パッケージデザインがとても好評でした。なるほど、こうした商品に興味があるのだと感じましたが、後日、ある人から「スイーツ系のブログは、女性より男性が多くなりましたよ」と教えられ、最近の若い男性の食への関心度の高さを改めて認識することになりました。
西洋紋章は金(黄色)、銀(白)、赤、青、緑、黒、紫程度しか色が使えません。しかも、金と銀は隣り合ってはいけません。「制約の中の芸術」である以上様々なルールがあります。それにしたがってデザイナーは描いていくわけです。この西洋紋章を描く人間は2-30人しかいません。山下さんは唯一の東洋人です。西洋人からの妬みもあります。欧州のとある掲示板には、「どうして山下さんが、我々の伝統ある西洋紋章をやっているのだ」ということも書かれます。

山下さんは、こう答えます。「あなた方が後継者を育てていかなかったのが、原因でしょう」と。それはそうです。相撲の世界に外国人が多くいるように、日本の伝統工芸の世界で働いている外国人の職人もいます。 家紋を作る世界に外国人がいるかどうか知りませんが、同じように門戸を開ける、いつも受け入れる心の備えが大事でしょう。山下さんは、欧州の伝統の真っ只中でクリエイターをしているからこそ、その綻びと何を残さないといけないかが見えてきているのではないか・・・とぼくは想像します。

前述したように、化粧品のパッケージのように、普通のグラフィックデザイナーと同じ仕事もしますが、彼は日本の伝統工芸品と西洋紋章の融合にも興味をもっています。 とても面白いと思います。二つの伝統が真っ向から向き会った時に、何を譲歩するかは極めて重要な判断です。日本庭園のデザインでも、日本庭園は日本でしか実現できないと主張してやまない人がいる一方、あるエレメントをキープできれば日本庭園のエッセンスが世界のどこでも表現できると考える人もいます。
料理の世界では、長い間にわたって異文化交流を潜り抜けてきました。フランス料理のヌーヴェル・キュイジーヌでは、イタリア料理や日本料理も重要な異文化提供者の役割を演じています。いずれにせよ、どんな分野でも、ひとつの文化で静的に閉じた状態であるということはありえないのです。山下さんは、これからどんな世界を、どんな文化を作っていってくれるのでしょうか。非常に楽しみです。
