Date:15/4/20

5月からスタートするミラノ万博を前にして、今年のデザインウィークは前哨戦的な色彩が濃いのが特徴でしょう。一番はっきりしているのはトリエンナーレの位置づけです。万博のプレオープンとして「アートと食」をテーマとした展覧会を開催しています。ここ数年間、トリエンナーレはこの期間の場所貸しで年間維持費をとる勢いでスペースを細切れにしてきました。たまに面白い企画もありましたが、全般的にトリエンナーレの名には相応しくないと思われる展示が多かったというのが正直な印象です。

デザインウィークの後も引き続き開催している、「アートと食」の展覧会はアートの力を存分に発揮しています。この展覧会は、これからより深刻化が予測される食糧危機に対して食習慣をどう維持・変化させていくかとの問題意識をズバリと表現しています。問題提起を得意とするアートが活躍する場であって、問題解決に立ち向かうデザインの出番ではないと示唆されています。当然ながらアートだ、デザインだと領域を定めること自身に無理があるといえばそうなのですが、1人の人間が両者をカバーすることは滅多にないところをみると、気持ちとしては分かるが多くのケースで現実的ではないと見るべきです。

ただ、アートはデザインをちっとも見ていないのにデザインがアートに片想いを寄せている状況の歪さを、今年のトリエンナーレは見事に浮彫にしたともいえるのです。すなわち、デザインは今後もっとアートの力を頼るべきではないかと感じます。正確に言うなら、デザイナーはアーティストという別人格を頼るべき、ということです。

これが今年のフオーリサローネの象徴的シーンです。この点については、サンケイビズの連載コラムでも書いたので、参照ください。

サローネの会場では久しぶりにクラシックに足を運びました。郊外に会場が移ってからデザインとサテリテがメインで、モダンやクラシックのエリアからは足が遠のいていました。しかし、一般家具のパビリオンが合計14のうち、クラシックは4。この数字は割合として大きい。その部分を長い間無視するのは現実を見ていない証拠だと思ったのですが、まさしくそうでした。中東から中国にかけての地域のお客が、この分野を確実に動かしています。あるいは5つ星クラスのホテルです。自宅で採用する場合、デザインはブランドメーカーの有名デザイナーの高価な作品をメリハリとして使うことが可能ですが、クラシックは自宅のすべてを統一しないと恰好がつきにくく、お金のかかかり方が違います。このエリアを眺めながら、古典的な欧州のブランドの底力を思い知らされました。

フオーリサローネに戻り、印象的だった作品を挙げるとするとスイスのモジュール家具メーカーUSMのコンセプチュアルな作品群です。その一つに建築家の長谷川豪さんや黒川彰さんの作った土の柱とその周囲を巻いているロープは存在感があります。これは肉体、頭脳、感性のすべてが総動員されており、そのストーリーを知ると知的興奮も覚えます。柱の型枠となるロープの太さは人が力を入れて手で握るにちょうどよい太さだし、長さは街のブロックの基準となる長さ、とかモジュール概念に対する大きな絵を描いています。もともと昨年、フランスの城の庭で行ったワークショップの結果に基づいています。

 

この作品は多くのフオーリサローネの参加者に対しても参考になる点があり、まずフオーリサローネは徹底してコマーシャルにいくか、コンセプチュアルにいくか、この二つの選択肢しかありません。中間に位置する作品はインパクトが出せません。そして後者に向かった時、デザイナーが力を発揮できるのはアーティストを気取ったものではなく、デザイナーとして徹底して頭脳を使い切ったものでないといけません。しかし、時に幸運にもそれがアートピースのように受けることもある。その一つこの柱とロープです。実際、USMのオーナーは、この作品をアートピースとして保管する意向のようです。

2点目は、日本のデザイナーに対して参考になります。日本のデザイナーがミラノのデザインウィークの展示で「陥る罠」は、ミニマリズム的な表現と技術依存の二つです。これらの二つにしか日本のデザイナーの売りはないのか?と思うほどに、安易にこの穴に嵌ります。コアとすべきテーマをすり抜け、つまりはアイテム1に全力を注ぐべきところ、アイテム2以降のディテールへの技術の投入と表現にバカ丁寧になりがちです。が、かといって、この2つを回避しようと意図的に行くことが正解ではないでしょう。表現すべき内容こそがより深く考えられるべきです。土でできた柱は、丁寧な思考を辿りながら身体を使い切って発揮する感性が可視化されたような印象を受けます。

すなわち問題は考えるべきことをちゃんと考えているかどうかによって作品の質が問われます。もちろん考えるべきことをちゃんと考えていても、メッセージの伝え方はそう簡単ではない。単に一生懸命に言葉を尽くせばよいわけではない。その例として、次のエントリーでマツダの展示について取り上げてみましょう。

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ミラノサローネに関する基礎的な把握は、4年ほど前に日経ビジネスオンラインに書いた以下の記事が参考になるでしょう。もちろん、過去、7年間に書いた本ブログのミラノサローネのカテゴリーを読んでいただければ、ぼくなりの「ミラノサローネ考」がお分かりになると思います。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110425/219631/

Category: ミラノサローネ2015 | Author 安西 洋之  | 
Date:15/3/28

いつの間にか、文章を書くことが多くなりました。今年定期的に書く場が紙とネットの媒体で6-7はありますが、自分の考えていることの妥当性をビジネスのために確認するというのが、そもそもの目的でした。いろいろなところで書いていますが、2008年に「ヨーロッパの目 日本の目」を上梓したのは、その数年前からアイルランドのユーザビリティやローカリゼーションをテーマとする会社と一緒に日本の自動車や電子デバイスのメーカーと付き合っているうちに、ふつふつと湧き出てきた僕自身の欲求でした。マーケティングや販売の担当はさておき、商品企画やデザインの人たちが異なった文化を理解するすべをあまり身に着けていないことに気づき、ヨーロッパを例に「文化ってこう理解するといいですよ」と語るためです。決して文章で食っていく、というわけではありません。ただ、最近、僕自身のネットとの付き合いの歴史を聞かれたとき、ふと思い出すことがありました。

僕がイタリアに来て一貫して注意していたのは、「イタリアだけを売りにするタイプ」にはならない、ということでした。また、イタリアと言えばアレ、というのも当初避けていました。トリノでクルマやトスカーナで文化センターのプロジェクトに関わっていれば、十分に「イタリアと言えばアレ」ですが、僕の気持ちとしてはそこに浸るのを微妙に避けていました。ミラノに来てもそうで、スタジアムなどの構造設計で著名な事務所のプロモートの一端を担ったのも、サローネに代表されるミラノの家具デザインビジネスと距離をとりたいとの気持ちが引っ張っていたのでしょう。例え家具やデザインプロダクトといえど、十分に知られた名前やカタチであっても、より「イタリアを超えている」ことが、僕の心の落ち着くところでした。あるいはオンオフの手作りではなく量産であることにこだわってきたのも、そのあたりの指向と重なります。

ネットの付き合いの履歴のなかで思い出したのが、メーリングリストです。パソコン通信には嵌らなかったのですが、メーリングリストには相当に熱心になりました。90年代末にあったビットバレーのメーリングリストやそこから派生したもの、はたまた別のテーマ・・・いろいろなところに顔を出したのは、「イタリアをテーマにせずにどこまで自分の考え方で人を説得できるか?」を知りたかったのです。そうはいっても、「イタリアの例では・・・」というフレーズはどうしても出てきます。第三者からみれば「またかよ」と思われていても、僕としてはギリギリのところで抑えていたつもりでした。その後、2004年頃からSNSの時代に入り、やはりいくつかの場所で自分の表現の領域の設定をさまざまに試みてみました。そうした10年近いトライアルを経て本を出したことになります。ネット以前は、紙媒体より原稿を依頼されるにはすでに世に名が出ているか、プロの書き手であることがふつうだったのです。しかも、僕はビジネスプランナーとして黒子に徹することを信条としていたこともあり、ビジネス以外の目的で人に見せる文章を書くことはほとんどありませんでした。

とにかく、長い間、イタリアのことはたくさん語り書いても、「イタリアってこうなんですよ」というポイントだけで話が終わらない・・・ということは考えてきました。最初の本がイタリアではなくヨーロッパまで範囲を広げたのもそうだし、二冊目の「マルちゃんはなぜメキシコの国民食になったのか」はイタリアを主要舞台にしていません。三冊目の「世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?」においても、イタリア企業はとりあげた企業の20%程度におさえました。しかし、僕の何気なく用いるケースが圧倒的にイタリアの現象であるのは否定のしようがないし、本や記事を読んでいらっしゃる方が「イタリアの経験ね」とみることに抗弁する気はありません。

これほどに長い期間、「イタリアの・・・・」というポジションを避けていた僕が、一昨年から「イタリアオヤジの趣味生活」という連載を書いている。たまたま編集の方とジャカルタを走っているタクシー車内で、そういう話になって書き始めたという「人生の不思議」みたいなものがあることは脇においておくなら、僕自身のなかで「そろそろ、イタリアについて語っていいかな」との心が芽生えはじめたのもあります。1990年にトリノに来てビジネスプランナーになるべく師事した宮川秀之さんというイタリア生活文化の体現者を身近に見ていた僕ごときがイタリアを語るのはおこがましいと思っていた。いや、今もそういう気持ちは十分にあります。宮川さんがジュージャロと一緒にカーデザインビジネスのトップをきわめ、黒澤明と人生を語り合う生活をしていたからではなく、毎日が冒険的な生活になるべく本能的に動いている人を前にして、何を言っても僕自身の浅さを感じてしまうのです。といって、いつかは僕自身もイタリアを語らないといけない時があると感じ始めていたわけです、数年前から。

やっぱり、語るのは難しいです。特に語りつくすのは不可能に近いです。そんなことをいくつかの記事の締め切りを前に考えています 笑。

Date:14/12/10

20数年前、イタリアで生活をはじめた時に、よく耳にする気になる言葉がありました。「これはクリエイティブか?」という問いかけです。とっても多い。それも日常生活のなかのこまごましたコトについて、「クリエイティブか?」なのです。クリエイティブはデザインや広告の世界の用語に近いと思っていたぼくは、クリエイティブであることが評価の大きな軸であるとの発想にすぐついていけず、馴染むに少々時間がかかりました。

その頃、日本では個性的であるかどうかはよく会話が交わされていましたが、日常の生活で「クリエイティブ」はほとんど俎上にあがっていなかったと思います。しかし、自虐的ですが、「イタリアの(非効率な)官僚システムほどクリエイティブなものはない」という表現を耳にして、クリエイティブが何たるものかが(否定的な側面からでも)分かってきます。日経ビジネスオンラインに連載している「イタリアオヤジの趣味生活」のために多くの人にインタビューしていて気付くのは、イタリア人は危機的な状況を生き抜くに得意ということです(もちろん、生き抜いた人をインタビューしているから話が面白い、ということはあります)。

つまり、このサバイバル能力とクリエイティブ度合のあいだに相関関係がある、という考え方をするとクリエイティブの意味がもっとよく理解できます。本書で「限界ギリギリのところで発揮する力」としてのクリエイティビティが語られています。これには、時間や文化を踏まえてコンテクストに新しい視点を持ち込むとのヨーロッパ的な伝統が活きています。タイトルが「世界で最もクリエイティブな国 デンマークに学ぶ」であり、インタビューに答えたのがデンマーク人であるにせよ、語られている内容はかなりヨーロッパ的です。それだけイタリアの文脈におけるクリエイティブとも共通性がある、ということです。

解説をリ・パブリックの田村大さんが書いており、シリコンバレーのピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワンー君はゼロから何を生み出せるのか』において強調されている「枠組みの外で考える」と「限界ギリギリで考える」の対比を指摘しています。これは文化圏の違いだけでなく、もう一つはイメージするビジネス規模やエリアの違いにも拠っているかもしれない、とぼくは思いました。ティールはテクノロジーによって独占的な市場をとる大切さを説いています。世界の大きな面積を相手にしないと元がとれないプラットフォーム的な商売をネタにする人たちと、アプリやコンテンツのようにローカル依存度が高いネタを扱う人たちという2つの次元があります。

発想のコツとしては、「枠組みの外で考える」と「限界ギリギリで考える」の両方も使えるのですが、実際のビジネスに現場において、どちらに重心を置くかが変わってくる・・・ということだと思います。ヨーロッパのビジネスリアリティにおいては、圧倒的に「限界ギリギリで考える」が活きるだろうし、たぶん、日本でもそうです。だから『ゼロ・トゥ・ワンー君はゼロから何を生み出せるのか』をぼくは凄く面白い本だと思う一方、そう全ての人が読まなくても良い本だと考えました。でもこういう本は爽快なのです。だから大ヒット作になるわけですね。

が、ゼロから何かを生み出せない自分に嫌気がさすのも現実です。それよりも、「今、自分のやっていることをもう少しギリギリまで追いつめてみないか?」とのアドバイスの方がよっぽどやる気が出てきます。大多数の人の実感にしっくりきて、なおかつ、一歩前に踏み出してみようという気持ちになるのです。よって『ゼロ・トゥ・ワンー君はゼロから何を生み出せるのか』を読むな!とは言いませんが、口直しに本書を読むと精神的バランスがとれますよ、とは言いたいです。

イノベーションが語られ、そのなかでクリエティブがいわゆる「業界用語」から脱却した今、いよいよヨーロッパの知は面白いところにあります。

 

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