Date:15/5/9

ミラノ万博は大きな実験でありリサーチです。EUの科学委員会が、この万博のテーマを専門の立場からアドバイスしているだけでなく、会期中の6か月の間にどういうことを我々は知るべきなのか、確認すべきなのか、これからの課題を明らかにするのか、という項目が既にディスカッションペーパーとして用意されています。実に多岐にわたる問題があらゆるアングルから遡上にのぼっています。これに基づいて、昨日、EXPO会場に近いホテルでカンフェランスが行われました。万博終了以降にやるべき課題の絞り込みの検討に入っているわけです。

ぼくも丸1日、欧州議会、米国大使、アフリカ連合の人たちの基調講演や科学者の議論を聴いたのですが、食や農業の問題に対する合意形成に如何にEUが力を注いでいるのかがよくわかりました。農産品を含めて食がEU外への最大の貿易品目である一方、同時に輸入金額においても上位です。特に水産品は輸入に頼る比率が圧倒的に高い。したがって、農業と水産業の成長はEUの政策において戦略的な位置づけになっています。

それでハッと気づいたことがあります。万博会場にあるアンゴラのパビリオンです。アフリカの国々がカカオなどの分野別のエリアにパネルや工芸品だけ展示しているだけなのに対し(前回、書いたバングラデシュのパビリオンのような様子です)、石油やダイヤモンドで稼いでいるアンゴラは自前の建築で展示の量が先進国並みです。この展示のなかで水産業の位置が高かったのを思い出しました。なるほど、陸の肉が肥満や生活習慣病と大いに関係している。そこで魚に目を向けたい・・・というのが欧州の視線ですから、アンゴラの水産品の輸出力のアピールの背景に何があるか想像できます。

また、農業と並行して林業にも熱い視線が注がれています。これはO2の確保と温暖化という環境問題にかかわることでもありますが、このテーマに絞り込んでプレゼンのすべてを一点に集中させたオーストリアは、「空気ジェネレーター」パビリオンというカタチをとっています。オーストリアのコンセプト表現は万博会場のなかでダントツです。

そして、昨日のカンフェランスに参加しながら、オーストリアの表現力はEUがもっとも感謝すべき一つなのだろうと思いを馳せました。当然ながら、オーストリアの林業は木材輸出において経済的な力を発揮し、その大切なお客さんは家具産業が盛んなイタリアです。しかも、このオーストリア館のイニシアティブをとっているのはオーストリア政府のなかで経済産業省です。そのような機関が主導するなかで、こんなセンスを発揮してプレゼンしたのは見事というしかありません。往々にして、「もの売り」への欲を抑えきれずに(各団体の要求を断り切れず)、見本市的な見せ方に走るところ、オーストリア館はカウンターバーとレストランにオーストリアカラーがあるだけです。それでも「オーストリアの空気に触れに行きたい」と旅心をくすぐります

前述したように、ミラノ万博はEUの政策判断のリサーチである実験の場であり、この食糧問題という複雑な話をふつうの人たちにどう理解してもらうかが狙いの一つになっていますが、オーストリアパビリオンの担当の「私たちは、いわゆるテクノロジーっぽいテクノロジーを使うことを極力排除しました」という説明は、傾聴に値します。

 

Date:15/5/6

万博やオリンピックは時代遅れのイベントであると言われて久しいです。サイズ自身が今の感覚に合わなくなっているなどいろいろと理由はありますが、5月1日からスタートしたミラノ万博を巡り、「万博は面白いか?」を問うてみたいと思います。つまらないならなぜつまらないのか、おもしろい点は何なのか、これを会期中の半年間、考えていきます。

さて今回の万博は、誰にも馴染みのある食がテーマであるがゆえに誰でも親近感がもてますが、カバーする範囲があまりに多岐で複雑で超巨大なので、このイベントは自分なりの視点をもたないと楽しめないのではないかと思います。世界には餓死する人たちがたくさんいる一方、飽食で病気になる人たちがたくさんいる、という現状に対する問いかけがここにあります。例えば、我々が今のように牛肉を食べつつけ、その習慣が新興国で定着していくと食糧事情はどうなるのか? それなのに多くの残飯が大量に捨てられる運命にある。このような背景から、世界の貧困や人権問題と戦う宗教団体のカリタスやバチカンが参加している。また先進国だけでなく、貧困国といわれるところからも参加している。これらが特徴です。

下の写真は9つのクラスターエリアの一つ、「米」に参加しているバングラデシュの農業研究機関のパビリオンです。

ミラノ万博はおなじみの国ごとのパビリオンだけでなく、「米」「カカオ」「コーヒー」などのテーマエリアがあり、ここに先に挙げたあまりお金に余裕がない国が参加しています。違った地域の国が同じ材料を相手に違った事情をプレゼンするわけです。バングラデシュはその一つなのですが、壁にパネルがはりつけられています。ブレイカーのあるスペースを使っているのは仕方ないとしても、上のパネルはちゃんと読めるように縦に貼られていますが、その下のスペースに2枚のパネルを縦に貼れないので、それらを横にして貼っています。書かれている英語を読むには、床にはりつき顔を横にしないといけません。

これを嘲笑するために紹介しているのではありません。こういうパネル展示の経験が殆どない農業機関の人も参加しているところに注目すると、ミラノ万博を読み取るヒントが得られるのではないかと考えたのです。万博というと、国際コンペで勝った建築空間の各国間の競い合いという印象がありますが、これに真っ向からNOをつきつけ、新しい道を切り開いているのがオランダ館です。大げさな建築物は一切なしで、メインスペースにはテーブルとチェアの周囲をストリートフードのバンが並び、そこで食事や音楽を楽しむ趣向になっています。

このパビリオンのデザイナーは「いろいろな展示のデザインをやってきたが、正直いうと、映像を流しているのは簡単なんだよ。まったくのリアルの世界で本当に経験を提供するほうがよっぽど難しいだいたい、暗い空間をつくり、大きな3D的な映像と音響で見る人を圧倒させようという発想はもう時代遅れだしね」と語っています。オランダ政府は3年前、一度はミラノ万博の不参加を決めたのですが、昨年の夏ごろから、食の産業集積地や世代を超えたチームが「食と農業のオランダが参加しないというのはあり得ない」との動きが出始め、政府として参加を決めたのは昨年の秋も深まった頃です。それからレイアウトや資金集めがスタートしたので、そもそも大規模な建造物を作る余裕がなかったのですが、結果的にそれが良い結果を生みました。

オランダの開放性を表現するのに、ストリートフードの世界を再現するのがベストであるとのアイデアを固め、なんとコンペなしに政府から承認を得たのです。ぼくは保守的な官僚組織を相手にクリエイターたちがどうアイデアを通過させたのかを聞いたところ、時間や資金が不足していたところが結果オーライになったこうしたプロセスを話してくれたのです。「時間も金もないからやらない」ではなく、その窮地で知恵を絞ったがゆえに面白いことができた。もちろん、「どこの国もがこういうカジュアルな演出をすべきとも思っていない」とデザイナーは説明を加えます。しかし、このチャレンジにとても満足そうです。

中東のバーレーン館も、とても静かな空間を作っています。ミニマリズム的な世界にあって小さな散歩道に小さな庭があるような感じです。そして、その庭にはレモンやオレンジの木などが植えられ、その香りはとても心地よい。文化遺産の展示が奥にあります。そのセクションの、どの説明にも白い石版(に似たプラスチック)に白い文字で書かれており、決して説明的な理解を強要しません。「我が国にとって農業は大きな産業ではない。とても文化的な結びつきが強いのです」と話すディレクターは、文化や観光が担当の省庁にいる人です。だからこそ、文化は押しつけがましくするものではなく、静かに語りかけるものであることがよく分かっています。文化には輸出はなく輸入しかない、という定理を古代からハブとして栄え、石油時代の次に金融センターを作り上げた国らしい”教養”です。「他のパビリオンがうるさい落ち着かない世界を演出しているなかで、この静けさが印象に残るはず」と戦略的デザインの背景を語ってくれます(一番奥には、万博会場で一番豪華と自負するトイレがある!)。

尚、最初に書いたように、先進国の肥満解消も万博の大きな課題ですから、会場のあちらこちらにトレーニング機器があります。プレスセンターのチェアをみれば、その意図が一目瞭然です。一筋縄ではいかないテーマに挑んでいることがよく分かるはずです。

 

 

 

Date:15/4/20

この何年か、ミラノのデザインウィーク中、大がかりな展示をするカーメーカーは、日本のレクサスと韓国のヒュンダイしかありません。今年、アウディがファッションストリートであるモンテナポレオーネ通りの路上とちょっとしたスペースを使って展示していました。あるいはシトロエンも路上や野外スペースで一目を惹く展示をしますが、レクサスやヒュンダイは屋内のそれなりの大きさのスペースを使って展示をしています。それだけクルマのメーカーが、この期間を利用して現行商品以外を主体にメッセージを出そうとするのは一般的な戦略になっていません。

レクサスは10年近くカタチを変えながらやっていますが、レクサスのブランド力向上のためよりも自身の勉強のためではないか、と第三者的には解釈しています。ヒュンダイはレクサスの後追い的な表現をしておりー暗い空間でアート的表現をみせるー、これはやや首を傾げざるを得ない。そういう状況のなかで今年はブレラ地区にマツダが屋内展示をしました。一見、ディーラー展示とあまり変わりません。確かにインハウスがデザインした自転車やソファが展示されているのが通常ディーラーと違うと言えば違いますが、メルセデスのギャラリーと同じと言えば同じです。

壁にはビデオがあり、デザインチームの仕事ぶりが見えることになっています。現在、マツダのクルマの評価は高く、日本におけるPR戦略も気が利いている印象があります。しかしながら、残念ながら、この会場のビデオから同様のインパクトは受けません。「我々のものづくりへの情熱は深い」と英語の字幕で伝えるってあまりに芸が無さすぎます。表現が陳腐すぎる。

また、ぼくは展示のオープニングに行かなかったのでよく知りませんが、どうもヴォーグとファッション畑のコラボベントを実施したようです。推測で書くのは、二階にのぼるとビデオがあり、そこをみるとオープニングの様子から「何かやったんだな」とは分かります。だが音声はないので字幕をみるしかなく、その字幕を読んでも人の名前が分かる程度で何をやったのか分かりません。そもそも二階にあがる階段にろくに説明はなく、案の定、一階にはそれなりの人がいるのに二階には誰もいませんでした。

ぼくが思ったのは、ミラノのデザインウィークの文脈を読み切れていないのでは?という点です。特にその文脈におけるクルマの位置づけです。あえて言えば、ヨーロッパにおける車産業の位置づけです。これはぼくが25年前にイタリアに来た当初から感じていたことですが、欧州では日本ほどに優秀なエンジニアが車メーカーに集まっていない、車産業が欧州文化のセカンドクラスと見なされている。特にジュネーブのモーターショーに出かけると、この感覚がよくつかめます。一方、プロダクトデザインの世界も微妙な位置にあります。建築家よりは下に見られ続けてきたし、いわんやアートの世界からは視野に入っていないかのようです。したがってアート的なアプローチをすると違和感があるというか、無理が透けてみえてくるのです。そこで開き直りをして、ブランドファッションストリートで上品さなどくそくらえと派手目に登場しているのが、アウディでありシトロエンであると言えます。

マツダのデザインチームは、このようなことをどれほどに踏まえたのだろうとぼくは思ったわけです。そしてデザイナーの熱い思いは日本の文脈ではよく分かるのですが、モノづくりに魂を込めるとは表現しない欧州人は、あの動画の表現をどう読むだろうか。仮にその差異を前提に「一歩踏み込むつもり」であったならば、字幕で出す言葉はもっと練られたものにすべきだったのではないかと思います。一生懸命に「欧州に我々の躍動感をそのまま伝えたい」という姿勢そのものに、マツダともあろうメーカーが存在がそうなの?という風に解釈されてしまう。このあたりのギャップを理解するのに、ルイ・ヴィトンの見せ方を対照させてみましょう。コルソ・ヴェネツィアの格式ある建物を「知り尽くした感」がある展示です。何人かのデザイナーにメーカーの皮革を使ったものをデザインさせている。

 

あのブランドの力をして当然と思わせる。「デザインウィークってこう出るんだよ」という自信が出ています。ぼくが、これをみて思ったのは、「こういうブランド力あるメーカーはデザインウィークに毎年登場する必要はまったくないんだ」ということです。業界を超えて顔出しするのは余裕のない証拠とさえ見られる。ただ、やるとなれば決定版を見せつける・・・。このメリハリの良さが求められる良い事例です。レクサスは毎年出ることがマイナスなのではないか?と思わせるし、マツダはもっと派手目路線にシフトして商品プロモーションよりにしてよいのではなか?と考えさせるのです。逆にデザイナーの勉強であるならば、もっと簡易的なスペースでワークショップをやればいいのに、と思います。それを実現しているのは一例がミニです。

小さな雑貨から街づくりまでをテーマに会場でワークショップをやっています。同時にそうしたワークショップで生まれた結果を展示しています。カジュアルな空間でカジュアルな手法を採用し、ミニが展示されていないのに、ミニのブランドや世界観がとてもよく伝わっています。車業界なのに知的でさえある!トルトーナ地区でぼくが一番印象に残ったスペースでした。気の利いた人たちは、自転車やカーシェアリングをどんどん利用するようになっているトレンドを踏まえながら、ミニはさりげなく存在感を醸し出しているのです。ドレスアップではなくドレスダウンを表現した時に人となりがよくわかりますが、これは企業の実力についても同じように適用できるのです。クルマそのものに位置、ミラノの街、ミラノのデザインウィーク、それぞれのコンテクストの理解なしにデザインウィークに参加するデメリットをよく考えるべきだと痛感します。

Category: ミラノサローネ2015 | Author 安西 洋之  | 
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