Date:14/6/15

20数年前、日本を離れイタリアのトリノで仕事をはじめた頃、数分でもオフィスでボスと雑談するのが至福の時でした。なにせ彼の本を読み、彼の人となりに惚れ込み、驚くほどの冒険的人生を経て、ビジネスと生活の両方の「成功者」ですから、若造のぼくが学ぶべきことは沢山ありました。

まだイタリアに来ることが決まる前、彼と日比谷の帝国ホテルのレストランで朝食をとりながら言われた、「大きな企業で階段を一つ一つ登っていく人生を否定しないけれど、自分で山を作って登っていく方がもっとワクワクドキドキして面白いよ」というのが、サラリーマンのぼくに対する最初の洗礼でした。ぼくはもちろん、昂揚感を覚える人生を送りたかったので彼にコンタクトをとったわけですが、用意された山を上手く登ることと、山自身を発見するか、あるいは山をつくるか、これらの間には大きな距離があるのは想像するものの、その河を渡るのがどれだけのものなのか、これは全く予想がつきませんでした。

そしてイタリアに来ることが決まり、アドバイスを受けたのは、「これまでにぼくに見せてくれた集中力を発揮すれば、今後、どんなことでもやっていけるだろう。ただ一つ言っておきたいのは、これからは野武士になれ、ということだ」ということでした。それまでの、いわば企画書的発想を捨てないといけないと自覚したのは、その時でした。いわゆる手順をしっかりと事前に組んで、それに沿ってやるという考え方自身から離れないといけない、ということでした。カッコよくいえば、現場で鼻を効かせながら野戦場を走りまわる、というイメージです。

そうして晴れてイタリアに来ました。トスカーナの彼の農園からトリノに向かうアウトストラーダを走りながら聞かされたのは、「夢というのはね、実現したら日常になるんだよ」というセリフです。それまでイタリアに来て彼の元で修業することを夢見ていたぼくにとって、これには不意を突かれました。夢ある人生が最高のように言われながら、しかし夢とはいつも同じものではないし、夢そのものは人生を送る一つの燃料に過ぎないのか、夢を限定的に考えるようになりました。しかし、それはまだ彼の言葉をよく理解できなかったからかもしれません。

ある日、冒頭のようなオフィスでの数分の間、「ぼくは社会的な地位もあるし金もあると世間で見られているから、日本では高級料亭で懐石料理をご馳走されるわけだが、正直いえば、そんなのどうでもいい。一番幸せなのは、先が何もみえないプロジェクトを進めてきて、何かがみえてきて、そこで食べる一杯のラーメンの美味しさなんだよ」との話を聞いたとき、「成功」や「幸せ」が人と比べるものではなく、自らが辿ってきた道を振り返った時の自分の気持ちのありようなんだ、ということに気が付きました。

ぼくもこれまでの人生で沢山の人と出逢ってきました。しかしながら、あれほどに面白い人生を送り、あれほどに深い言葉をさりげなく言える人に会ったことがありません。そして、ぼく自身、あの時の師匠の年齢を超えたのですが、あれほどに人の様子をみて的確な言葉を吐けるものだろうか・・・というのは、今もたまに思います。というわけでぼく自身、比較してしまっているわけですが、人生の主人公と演出は自分以外にはありえないという自覚を如何に早い時期にもつか、というのは人生の一番のテーマです。

渡辺由佳里さんの『どうせなら、楽しく生きよう』は、心が弱った方からの相談を受けているうちに執筆を思い立ったようです。ご自分の半生を書きしるしていますが、特に父親との関係に長い間苦しめられ、まだご存命(と思われる)の父親から訣別していくプロセスを読むのは心が痛みます。しかし、自分の人生が開けるのは、そのポイントにこそあるのです。第三者の介入を許さない「どうせなら、楽しく生きる」人生の凄みが、ここにはあります。

これを読んで、ぼくの「主人公意識」の形成の一端を思い起こしたのが上述です。因みに、本書の最後を読むと分かるように、本書を原稿段階で読ませていただいた一人ですが、このプロセスを拝見して、ぼくも自分で電子書籍を作ってみたくなりました。

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:14/6/14

先月末まで新著 『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』の原稿に忙殺されていました。同時に新しく立ち上がるビジネスの準備も佳境に入ってきました。本は発売にこぎつけたので一安心なのですが、その合間に、サンケイBIZや日経BPの連載コラムのために人にインタビューしたり文章を書いています。よく知らない人には「文章を書く人」というイメージが強くなっているようです。よく「ジャーナリストですか?」とか「ライターですか?」と聞かれるわけです。基本的に、「何者でもなく、何者でもある」という立場をぼくはとっているので、どう思われようがそれはそれで正解なので、あえて肯定も否定もしないことがままあります。

もちろんビジネスプランナーであることは言います。この言い方は最近ではコンセプトクリエイターと変えたほうがいいかとも思うのですが、もともと会社のサ ラリーマンをやめて成田空港を発つ時、出国カード(あの頃はそういうのがありましたね)の職業欄に「ビジネスプランナー」と書いて覚悟を決めたことに、この名前を使っている理由があります。

最近、ぼくが大学生の頃、どんな仕事をしている姿を望んでいたのかを思い起こすことがあります。ペダンティックな世界に興味がなかったわけではないですが、青白い世間知らずの人の集まりには魅力を感じませんでした。がんがんと突き進むビジネスの合間に、どこか海の近くのサロンで「パスタの作り方」を語り合ったりして、文章もたまに書くような、そんなスタイルに憧れていました。まったく生っちょろいことを夢見ていたものですが、時代が代わり、それが普通のことになってきました。普通というのは、そういう生活を送る人が珍しい存在ではなくなったという意味です。そして、ぼく自身、ビジネスの世界にどっぷりとつかりながら、1週間に5-6回はパスタを食べる日常生活をイタリアで送り、有名無名を問わず、イタリアオヤジに趣味生活を聞いて人生の知恵についてコラムを「趣味的」に書いている生活をしているので、大学生の時に夢みたスタイルはかなり具体化しているのか・・・と思うのです。

ぼくが自動車会社のサラリーマンをやめたのは、自動車の世界も面白いが、それだけでなく色々な世界に生きたいという気持ちが最初にありました。これは高校生の頃からの「世界の全体に関わりたい」という夢の延長線上にあったのですが、それが何十年も経て「従来の分断された分野を超えた経験と知恵が必要」と盛んに言われると、どうしたものかなあ、とも思います。そういう時代の到来は大歓迎ではありますが、枠を超えた経験を長く続けること自身がかなり難しいとの実感があります。かなり個人的な好奇心やエネルギーに関わることなのです。要するに「枠を超える」とは枠を超えようと頭で考えることではなく、いつの間にか枠を超えることです。頭で超えようとして超えたと思っている時は、まだ超えていないのです。また、少々飛躍しますが、それが「何者になろう」と思う人の弱さです。何者は常に枠を設けるからです。

いや、特にぼく自身の人生を肯定するためにそう言っているのではなく、これは何においても普遍的なルールのようなものだと思っています。まあ、そういうわけでというのもないのですが、さ来週からやや長い期間、日本に滞在します。長野や広島と地方にも行きます。会う人はあらゆる分野にまたがります。冒頭に書いたように、今、新しいビジネスの佳境に入ってきており、この1-2か月に1年分のエネルギーを注ごうと思っています。まず、6月26日、バングラデシュのバッグを日本と台湾で展開しているマザーハウスの山崎大祐さんとのパネルディスカッションです。どうぞ、ここでお会いしましょう。申込みは以下からお願いします。

http://www.jida.or.jp/site/information/innovation

 

上の2番目の写真は、ブルネッロ・クチネッリがメモを書いているところです。© Satoshi Hirose Studio

 

 

Date:14/6/2

やっと出来上がりました。本です。2011年に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?』を書いた後、グローバルという言葉そのものを問い直す本を出したいなと考えていました。2008年の『ヨーロッパの目 日本の目』で欧州文化をネタにビジネスに役立つ文化の分かり方を書き、「マルちゃん」でローカリゼーション戦略を説いたぼくにとって、グローバルやグローバリゼーションの位置づけを問うことは、ステップとしてどうしても必要だと感じるようになったのです。

一方、世界の動きもこの数年で変化がみえてきました。直線をまっしぐらに走るグローバリゼーションにはブレーキがかかりはじめ、より地に足のついたローカルの試みに注目が集まりようになってきたのです。そして、巨大企業と並みの大企業のグローバルにも差がつき、かつ新興国のグローバル企業が先進国のグローバル企業が躓いているところを乗り越えるようになりました。そこで、今回テーマにしたのはローカルの中小企業です。米国、欧州、日本の中小企業などにインタビューしました。それが『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』です。まだ書店には並んでいないかもしれませんが、アマゾンは昨日あたりに「在庫あり」になりました。

本書で紹介した企業のなかで一番沢山ページをさいたのが、ブルネッロ・クチネッリです。「カシミアの帝王」(←日経BPのJAGZYに連載している「イタリアオヤジの趣味生活」で書いた記事です)といわれるウンブリアにあるファッションブランドですが、同社の組織デザインをビッグデザインのあり方の例として書きました。もう1点は「強いブランドを作る」には何が大切か?を知る事例としても書いています。最高の素材と熟練した職人の手で高品質の製品ができれば強いブランドが作れるか?といえばNOです。強いブランドとは「理念を考え続けた痕跡」であり、その理念とは世界で高次にあるとされる概念や言葉とリンクしている必要があります。これをブルネッロ・クチネッリは実現して、創立わずか30数年で170年の歴史のあるパリのエルメスと同格のブランド力をもつに至っています。

こうしたポイントを更にデザイナーや事業企画あるいはイノベーション担当の方たちと話し合ってみたい、と言う目的で連続セミナーを企画しました。『インハウスデザイナーが海外事業企画に参加!』というタイトルです。これまで2010年よりJIDAで行ってきたローカリゼーションマップの勉強会は20回に至ったので、今年は1つのテーマに絞り、事業企画とクリエイティブ領域の障害をどう取り去り、スモールデザインとビッグデザイン(←この用語の考え方は新著を読んでください)を如何に同時に考えていくか?このテーマをみなさんと突っ込んでいきたいと思います。

1回目はマザーハウス副社長の 山崎大祐さんと「ブランドをつくる」(6月26日)

2回目はリ・パブリック共同代表の田村大さんと「イノベーションをつくる」(7月末)

3回目は、ほぼ日刊イトイ新聞のCFOの篠田真貴子さんと「共通語をつくる」(秋)

4回目は・・・・お楽しみに!

講師のプロフィールと参加申し込みは下記JIDAのサイトからお願いします。

http://www.jida.or.jp/site/information/innovation

上記の写真は上から順番に、ブルネッロ・クチネッリ氏とぼくが話している、社内スタッフが働くオフィスです。© Satoshi Hirose Studio

Page 12 of 244« First...1011121314203040...Last »