<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>さまざまなデザイン &#187; スカンジナビアからイタリアへ</title>
	<atom:link href="http://milano.metrocs.jp/archives/category/scandinavia/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://milano.metrocs.jp</link>
	<description>ヨーロッパの目</description>
	<lastBuildDate>Fri, 10 Feb 2012 21:57:34 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.1.4</generator>
		<item>
		<title>デザインスーパーマーケット</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/2186</link>
		<comments>http://milano.metrocs.jp/archives/2186#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 21 Sep 2009 16:49:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[スカンジナビアからイタリアへ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://milano.metrocs.jp/?p=2186</guid>
		<description><![CDATA[今日は「ヨーロッパ文化の伝え方（４）」を書くつもりでしたが、その前にこの記事を。ミラノのデパート、ラ・リナシェンテは１９５０年代からデザイン振興に貢献してきて、コンパッソ・ドーロも当初はラ・リナシェンテがスタートさせたこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は「ヨーロッパ文化の伝え方（４）」を書くつもりでしたが、その前にこの記事を。ミラノのデパート、ラ・リナシェンテは１９５０年代からデザイン振興に貢献してきて、<a href="http://milano.metrocs.jp/archives/68">コンパッソ・ドーロも当初はラ・リナシェンテがスタートさせたことは、以前書きました</a>。しかし、１９９０年代は比較的普通のデパートで、高級品でも低級品でもないあまり当たり障りのない品揃えをしていました。それでいて、品質は必ずしもよくはありませんでした。それがこの数年、大幅な路線変更で、ブランドショップが連なるようになりました。日本のデパートと同じです。空港のブランド免税店のような風景になってきました。いっぺんにではなく、階ごとにじょじょに改装を重ねてきました。そして、今まで食器や台所商品がメインだった地下一階が、この春、セレクトデザインコーナーになりました。<a href="http://www.designsupermarket.it/designsupermarket/it">Designsupermarket というフロアーです</a>。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter size-medium wp-image-2187" title="lr1" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2009/09/084-300x128.jpg" alt="lr1" width="300" height="128" /></p>
<p>コンランショップやソニーはブース的な空間を作り、多くのブランドは見通しの良い棚が全てです。デザイン書籍があり、カフェ的空間もある。このデパートがミラノデザインをリードした一時代を思い起こすなら、こういうイニシアチブは評価するべきなのだと思います。ミラノはデザインの街だといわれながら、デザインを一覧できる場所がありませんでした。トリエンナーレに昨年初めにオープンしてデザイン博物館は、ミラノやイタリアのデザインを見渡す場所として、遅まきながらできました。ただ、モノを売る場所ではなく、そういう場所は、コルソ・コモ１０などの断片を自分で組みあわせていくしかありませんでした。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter size-medium wp-image-2188" title="lr2" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2009/09/0723design-270x300.jpg" alt="lr2" width="270" height="300" /></p>
<p>そういう状況のなかで、このラ・リナシェンテの「デザインスーパーマーケット」は、ちょうどあってはならない穴を埋めるべくして埋めたという位置づけになるのかと思います。しかし、コンランショップがありソニーがあるように、またイッタラがあるように、イタリアデザインで全てを埋め尽くしているわけではありません。カリム・ラシッドはビトッシの商品ですから、イタリアに範疇されてよいですが、そうではない商品も多いわけです。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter size-medium wp-image-2189" title="ds" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2009/09/designsupermarket12-300x199.jpg" alt="ds" width="300" height="199" /></p>
<p>ぼくはイタリアの商品で全てを飾るべきだとは全然思わないのですが、商品をそろえるのに結構苦労したのではないかと思わせるところが気になります。実際、そんなことはなく、売込みが激しかったかもしれず、今もそうかもしれません。でも、そういう厳しさを感じさせないムードがあるような印象をもってしまうのです。それぞれには良いデザイン商品であっても、それを隅々まで浸透させる場所としてのブランド力に、どうも力がイマイチ達していないのではないかという思いを抱いてしまう。この不足感は何なのでしょう。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter size-full wp-image-2190" title="dss" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2009/09/design-supermarket1-268x161.jpg" alt="dss" width="268" height="161" /></p>
<p>結局、他人のふんどしで相撲を取ろうとする今のラ・リナシェンテのあり方が「場所力」自身を低下させているー一連の改装は売り上げの上昇傾向に貢献していることが一定期間あってもーだろうことが、どうもイタリア全体の商品力を物語っているように見えるのでしょう。ただ、世の中の最高級品と低価格品ばかりの二極化は、ブランドではない普通の品質の平均的な価格の商品を駆逐していることを表していますが、ラ・リナシェンテの「デザインスーパーマーケット」は方向としては、その中間層の再生に目が向いているようにも見えなくもなく、判断するためにはもう少し時間が必要かなとも思っています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://milano.metrocs.jp/archives/2186/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>スカンジナビアからイタリアへ（４）</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/70</link>
		<comments>http://milano.metrocs.jp/archives/70#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 15:42:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[スカンジナビアからイタリアへ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokyo.metropolitan.co.jp/italia-design-4/105</guid>
		<description><![CDATA[イタリア企業のインハウスデザイナーという存在は珍しく、フィアットやアルファロメオなど自動車業界をのぞけば、あまりない事例です。オリベッティでさせインハウスではありませんでした。しかし、５０年代、フランコ・アルビーニのとこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>イタリア企業のインハウスデザイナーという存在は珍しく、フィアットやアルファロメオなど自動車業界をのぞけば、あまりない事例です。オリベッティでさせインハウスではありませんでした。しかし、５０年代、フランコ・アルビーニのところで働いていたコロンビーニをカステッリは社員として雇ったのですね。</p>
<p style="text-align: center"><img src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/02/albini4-150x150.jpg" alt="al1" class="imageframe imgaligncenter" height="200" width="200" /></p>
<p style="text-align: left"> 話は変わるけど、アルビーニの椅子って美しいですねぇ。思わずうっとりしてしまう（笑）。そう、そう、コロンビーニです。彼は、カルテルで１０年ほど仕事をするのですが、その後、カルテルはインハウスデザイナーは雇っていないので、その頃のカルテルのデザインへの真剣度が分かろうというものです。勝負しましたね。ちょっと、師匠と同じカラーのコロンビーニの椅子をのっけておきましょう。</p>
<p style="text-align: center"><img src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/02/colani4-150x150.jpg" alt="col" class="imageframe imgaligncenter" height="200" width="200" /></p>
<p style="text-align: center">&nbsp;</p>
<p style="text-align: left">すごく大雑把に言うと、こうやってデザインの中心地が北から南下してきたのです。ここでトリノを中心としたカーデザインに触れると、デザイン対象と文脈の違いがあり、 話がややこしくなるのでやめておきましょう（苦笑）。それはまたの機会に。</p>
<p style="text-align: left">&nbsp;</p>
<p style="text-align: left">&nbsp;</p>
<p style="text-align: left">&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://milano.metrocs.jp/archives/70/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>スカンジナビアからイタリアへ（３）</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/68</link>
		<comments>http://milano.metrocs.jp/archives/68#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 05 Feb 2008 15:40:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[スカンジナビアからイタリアへ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokyo.metropolitan.co.jp/italia-design-3/103</guid>
		<description><![CDATA[コンパッソ・ドーロはよく日本のグッドデザイン賞と比較されますが、これは１９５４年に誕生しました。デパートのリナシェンテがはじめたものです。その後、デザイン組織であるＡＤＩに移行しますが、最初はデパートがイニシアチィブをと [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>コンパッソ・ドーロはよく日本のグッドデザイン賞と比較されますが、これは１９５４年に誕生しました。デパートのリナシェンテがはじめたものです。その後、<a href="http://www.adi-design.org/">デザイン組織であるＡＤＩ</a>に移行しますが、最初はデパートがイニシアチィブをとったのですね。ＡＤＩ会長フォルコリーニの言葉を借りれば、「コンパッソ・ドーロをやるには商売上のそれなりの理由があった」のです。北欧デザインの商品は輸入品で高い。国産品は質が悪い。こういう悩みを抱えていたのですよ。そこで、デザインのレベルをあげ、良い製品を作る必要があったんですね。</p>
<p style="text-align: center"><img src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/02/compasso-150x150.jpg" alt="cd" class="imageframe imgaligncenter" height="200" width="200" /></p>
<p style="text-align: left">&nbsp;</p>
<p style="text-align: left">またまたフォルコリーニの表現を使えば、「イタリアデザインには父親と母親がいて、それはオリベッティとリナシェンテだった」という具合。このような状況のなかで、カステッリは企業家として奮闘していたわけです。もともと化学を勉強したカステッリでしたが、実際の製造の世界は分からないことだらけで苦労したようです。しかしながらまったく知らない分野でもなく、彼のお父さんがクルマのナンバープレートを作る会社をやっており、カステッリはそこで２年間働いた後に独立したのです。</p>
<p style="text-align: left">だからカーアクセサリーにはなじみがあり、クルマの上にのせるスキーキャリアが最初のヒットでした。そして、バケツでコンパッソ・ドーロをとるのです。デザインはジーノ・コロンビーノ。快進撃のはじまりですね。</p>
<p style="text-align: left">&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://milano.metrocs.jp/archives/68/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>スカンジナビアからイタリアへ（２）</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/66</link>
		<comments>http://milano.metrocs.jp/archives/66#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 04 Feb 2008 15:39:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[スカンジナビアからイタリアへ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokyo.metropolitan.co.jp/italia-design-2/101</guid>
		<description><![CDATA[カルテルの創業者であるカステッリに会って、「５０年代にデザインロイヤリティを導入した弁護士の存在をご存知ですか？」と聞くと、「えっ、そんなの知らない話だなぁ。そりゃあ、何人かのデザイナーのエージェント的役割をしていた弁護 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>カルテルの創業者であるカステッリに会って、「５０年代にデザインロイヤリティを導入した弁護士の存在をご存知ですか？」と聞くと、「えっ、そんなの知らない話だなぁ。そりゃあ、何人かのデザイナーのエージェント的役割をしていた弁護士はいたけど、彼が導入したというわけでもないと思う」という答え・・・・というわけで、真相は遠のきました。だいたい、スカンジナビアでロイヤリティ制をまったく使っていなかったわけでもなさそうで、これだけをもってイタリアデザインの誕生を語るには無理があるなと思いました。</p>
<p>いずれにしても、第二次大戦後の混乱から立ち直り経済成長の波にのっていくイタリアのミラノ周辺で、冒険心に富んだ若い企業家と同じく若いデザイナーが出会い、「ねぇ、何か一緒にやろうよ。君が何の技術をもっているかを教えてくれれば、僕がデザインを提案してあげるよ」という会話から仕事がスタートしたことは間違いありません。</p>
<p style="text-align: center"><img src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/02/aalto-150x150.jpg" alt="al" class="imageframe imgaligncenter" height="186" width="200" /></p>
<p style="text-align: left"> 「北欧デザインを追い抜こうという気持ちは強かった。彼らはよいものを出していたけど、木の製品が多く、技術的に新しいものとは言えなかった。それで我々は、新しい素材と技術でプロジェクトを起こそうと思ったんだね。戦略的だったんだ。」とカステッリが語ります。そこで、リスクをとる企業家とリスクをとるデザイナーが新しい時代を作っていったのです。「何か提案してよ」という言葉があったとしても、デザイナーの提案は持ち込みの性格が強く、デザインフィーはデザイン買い取りではなく出来高で支払われるという形が、プロジェクトのスタートを楽にしてくれたのは確かです。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://milano.metrocs.jp/archives/66/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>スカンジナビアからイタリアへ（１）</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/65</link>
		<comments>http://milano.metrocs.jp/archives/65#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 03 Feb 2008 15:28:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[スカンジナビアからイタリアへ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tokyo.metropolitan.co.jp/italia-design-1/99</guid>
		<description><![CDATA[ミラノはデザインの中心地だとおだてられてきて（苦笑）、「でも、それに相応しいデザインセンターがない」ことに焦りを感じていました。昨年１２月、トリエンナーレの常設展示場ができて、ほっと一息というところでしょうか。ポランとの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ミラノはデザインの中心地だとおだてられてきて（苦笑）、「でも、それに相応しいデザインセンターがない」ことに焦りを感じていました。昨年１２月、<a href="http://www.triennale.it/">トリエンナーレの常設展示場</a>ができて、ほっと一息というところでしょうか。<a href="http://tokyo.metropolitan.co.jp/pierre-paulin-3/64">ポランとの対話のなかでも書いたように</a>、１９５０年代まではデザインといえばスカンジナビアが偉かったわけです。そのまさしく１９５０年代にイタリアのデザインが「よ～し、俺たちもやるぞ！」とがんばりはじめたのです。</p>
<p style="text-align: center"><img src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/02/kartell02-150x150.jpg" alt="krt" class="imageframe imgaligncenter" height="153" width="200" /></p>
<p style="text-align: left"> アンナ・カステッリはカルテルの製品をもっとも多くデザインした一人ですが、創業者の奥さんでもありますね。カッシーナ、アルフレックス、カルテル、このあたりがイタリアデザインの先頭集団を組んだのですが、今週は、３年ほど前に創業者のカステッリさんと会って話した時の内容も引用しながら、あの時代の心意気に触れてみましょう。</p>
<p style="text-align: left">いやね、実は５０－７０年代に活躍した色々なデザイナーと話しているうちに、「ヒット作でお金が儲かったのかなぁ」という素朴な疑問がでてきたんですよ。「いやぁ、そのときの契約書はいい加減だった」という話が多くてね。そのうちに「イタリアデザインはデザインフィーをロイヤリティにしたから発展した」という意見にもぶつかり、「１９５０年代にデザインロイヤリティを導入したミラノの弁護士がいた」という証言（？）まであり、これは<a href="http://www.kartell.it/">カルテル</a>の創業者であるカステッリさんにも確かめておこうと思ったのですね。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://milano.metrocs.jp/archives/65/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

