ミラノサローネ2009 の記事

Date:09/4/23

レクサスはミラノで5年目ですが、「残念ながら、今年もはずしたな」と思いました。ヨーロッパ人の心をグイと掴むには至らないでしょう。「でも、どうしてなのだろう」とぼくは会場でジッと考えました。壁にかかった説明を読み、一つ思いました。L-finess のデザイン哲学の基本自身が、ストラクチャーになってないことが、ヨーロッパ人にまだ理解されないのだろうと考えざるをえません。2005年にデザイントップの平井さんが対談している内容に以下説明があります

「L-finesse」のLは「Leading edge」=先鋭、finesseは人間の感性や巧みの技の精妙を意味します。ハイブリッド技術はエコロジーとエモーションの調和ですね。初代『プリウス』はレクサスでなくトヨタですが、こういった調和をデザインで表現できないかと努力しました。

「L-finesse」はさらに3つの要素、「予」「純」「妙」で成立します。「予」は“もてなしの心”につながる時間軸の表現、「純」は明快な主張、「妙」は面や線の変化で生まれる味わい、深みです。
徹底して日本の独創に拘っているのですが、これはユニバーサルな文化とタグを組む形になっているだろうか。心意気や気持ちは分かるのですが、これはコンセプトとして成立するものだろうかという疑問がどうしても残ります。こういう思いは、トリエンナーレのキャノンのNEOREALをみても続きます。幾何学的三次元空間を実現すること自身が、コンセプトたりうるのだろうかと自問せざるをえないのです。最近、ヨーロッパ文化部ノートで「コンセプト」について何度か書きましたが、レクサスもキャノンもこの問題と無縁ではないと考えます。日本のデザイン振興会のスタンドを覗くと、KDDIと一緒に出しているヤマハの「ガッキケータイ」には若い人を中心に沢山の人が楽しそうに集まっています。

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これはヤマハという楽器ブランドとケータイが実に明快な分かりやすい世界像を見せています。だから人が集まります。ディテールの喜びではなく、作品(プロト)そのものが作る世界観がみえやすいのです。これはセカイカメラと同じだなと思いました。同じトリエンナーレで非常に活況している日本企業のセクションがあります。それは複数の素材メーカーが集まって、デザイナーとコラボレーションしているTokyo Fiber 09 – SENSEWARE です。ナノテクノロジーなどを利用している繊維素材を、あるプロトタイプにしています。

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上は旭化成の素材を使い、日産のキューブの模型にフロントフェイスに表情をつけるという提案です。繊維素材の部分が膨らんだりしてクルマに感情表現を加えています。下も旭化成の製品でnendoが作った世界です。帝人は炭素繊維で1.5キロの小型PC並みのチェアを展示していました。ジオ・ポンティも顔負けのスーパーレッジェーラです。板茂氏の作品です。

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多くのヨーロッパ人が目をキラキラさせて好奇心溢れる表情をし、盛んにスタッフに説明を求めます。東レの方と話したのですが、日本の素材産業は頑張っているし、それにふさわしい反応を市場からダイレクトに受けているという感じをもちました。完成品業界との大きな差異を再認識しました

ここで、今まで何度か引用した水村美苗氏『日本語が滅びるときー英語の世紀の中で』の文章を思い出します。

日本の小説は、西洋の小説とちがい、小説内で自己完結した小宇宙を構築するのには長けておらず、いわゆる西洋の小説の長さをした作品で傑作と呼ばれるものの数は多くはない。だが、短編はもとより、この小説のあの部分、あの小説のこの部分、あの随筆、さらにはあの自伝と、当時の日本の<現実>が匂い立つと同時に日本語を通してのみ見える<真実>がちりばめられた文章が、きら星のごとく溢れている。それらの文章は、時を隔てても、私たち日本語を読めるものの心を打つ。

しかも、そういうところに限って、まさに翻訳不可能なのである。

日本企業の展示に世界観の提示を望むのは今だ無理なのだろうかと一瞬愕然としますが、しかし、ぼくはそんなことはないと思います。余計肩の力を抜き、西洋的として拒否する部分が、実は日本のある時期までにあった文化であったことを知ることや、それは西洋というよりユニバーサルと定義すべき部分であることを認識することではないかと思います

一つ面白いと思ったところがあります。Love Difference という団体です。文化の違いを盛り上げようというイタリアのアートを中心としたファウンデイションです。地中海は違いを生んだ宝庫なので、ここを発信拠点にしようというものです。そこで世界の海にあわせたミニチェアを作ってみましたというのですが、下はその一つです。

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Category: ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之  | 
Date:09/4/22

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見本市会場でのサローネ開幕日ですが、ぼくは行きません。なぜか? それは初日に出かけても、ビジネスの動きが分からないからです。新しい郊外の会場になってから、サローネに行くのは一日だけ。それなら最初のフィードバックを得た後に出かけたほうが、出展者に「今年のビジネスはどう?」と聞けます。サローネはデザインの傾向を知るというより、市場の動きを見るために行くのです。フオーリサローネで(広義の)デザイン動向を探ります。そこで今日は上の写真のオブジェを横に見て王宮に出かけました。昨日紹介したイタリアの家具の歴史500年を見せたものです。これはサローネを主催しているCOSMIT(イタリア家具協会)がイニシアチブをとっています。ルネサンスから時代ごとに家具が展示してあるのですが、タイポロジーにあわせ20世紀の家具が同時に見れるようになっています。用途、フォルム、表現様式、その分類は複数の観点からなっていると理解しましたが、例えば、バロック時代の家具の部屋にメンフィスのソットサスの作品があるというわけです。

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王宮を出た後、Via Durini に向いました。カッシーナやB&Bがあるインテリア通りです。B&Bでは、心地よさや健康というキーワードが思い浮かぶ空間を作っています。真ん中のテーブルに冷たいワインでも置き、ややまどろみながら、軽い冗談でも交し合う。正面に見詰め合う億劫さはない、「斜めの視線の心地よさ」を表現しているのが、上の二つのチェアの置き方でしょう。ぼくが「アッ、そうか!!」と思ったのは、カッシーナに入ってです。壁面にクラシックな絵画風な背景があります。いわゆる本物らしいコピー版ではなく、あくまでもポスター的なコピーであり、それも(多分)わざと組み合わせをずらしています。

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これは今までの歴史の使い方ではない。そう思いました。昨年、カッシーナはマエストロと自社製品の歴史を展示しましたが、それは自社ブランドを歴史によって位置づけさせる意図が出ています。しかし、これは違います。王宮でみた歴史の扱い方に近いのです。

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今までの歴史の扱い方は、歴史を味方につけることで自分の位置を明確にしプレスティージを与えるか、あるいはファッションにもあったように、70年代のセンス、60年代のセンスの復活でした。しかし、今日ぼくが思ったのは、ある意味で、価値検証を目指すための歴史(時間)の解体作業と編集作業に近づいているということです。もう何十年も西欧近代主義の終焉が盛んに語られてきたなかで、いったい西欧の使える価値とは何なのか?を積極的に見せているように思います。懐古趣味とみるのは間違いです

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メンディーニのSettecento(18世紀)という作品は、別のショールームですが、ぼくもこれは懐古趣味とは違うと考えました。伊藤節さんとの話しにあったような、東洋の自然主義で何が作れるか?という疑問に対する、もう一方からの提案ではないかと考えました。この歴史の解体という問題を意識すると、オリヴェッティの古いタイプライターをデコレーションにおいただけではテーマに肉薄しえないなと思えてきます。これはファッションです。

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つまり、ダ・ドリアーデで壁画の前にあるコンテンポラリーのデザインを「対照性」という文脈でとり、そのコントラストの面白さ素晴らしさに感激するのとは別の次元のリアリティが求められているのだと思います。

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Category: ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之  | 
Date:09/4/22

さてサローネです。ミラノのボッコーニ大学の教授によれば、6日間のトータル経済効果は5億ユーロ(650億円)とのことです。公私(公的機関か民間)問わず、熱が入るのも当然です。見本市会場への出展は2723社(うち外国企業が911社)で、サテリテに出展する若手デザイナーは702人。フオーリサローネは約450とのことです。そのフオーリサローネの情報サイトも準備が整いつつあるようで、以下、検索エンジン、ブログ、画像と満載です。

http://2009.fuorisalone.it/2009/

ミラノ市内の設営準備も以下の写真(23枚)をクリックしていけば、「ああ、今年もやっているなあ」と分かります。

http://milano.corriere.it/gallery/Milano/vuoto.shtml?2009/04_Aprile/salo/1&23

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ぼくが何度か書いているドゥオーモ横の王宮では、<Magnificenza e progetto, Cinquecento anni di grandi mobili italiani a confronto >という展覧会が明日からスタートです。5世紀にわたるイタリアの家具の歴史を一気にみせてくれるようです。これだけの名前が並んでいれば、とりあえず見てみようかとなるはずです。個々の作品もさることながら、こういう名前の作品が「どう並んでいるか」に興味が湧きます。この歴史の見方が何らかの参考になるのではと思います。

Gian Lorenzo Bernini, Filippo Juvarra, Pelagio Pelagi, Filippo Parodi, Andrea Fantoni, Francesco Pianta

こういう名前と前世紀から今世紀のデザイナーの名前が並びます。ジオ・ポンティのような昔の巨匠がいやに身近に思えるような気がするから不思議です。

Ico Parisi, Gino Sarfatti, Gio Ponti, Andrea,Branzi, Angelo Mangiarotti, Alberto Meda, Denis Santachiara, Claudio Salocchi, Alessandro Mendini, Gabetti e Isola, Gaetano Pesce, Ettore Sottsass, Luigi Caccia Dominioni, Eugenio Gerli, Osvaldo Borsani, Achille Castiglioni, Joe Colombo, Marco Zanuso, Antonia Astori.

というわけで、明日からは実際に見学しながらの感想を書いていくとしましょう。





Category: ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之  | 
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