ミラノサローネ2009 の記事

Date:09/2/7

昨日、時代の動きと題して、今という時代のあり方について触れました。4-5年という時間は短いのか、長いのか、最近、それについて書いてある文章をみつけ、「なるほどね」と感心しました。

松岡正剛『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)という本を先月東京で買いました。たまたま本屋で目に入ってきたのですが、実はぼくの本『ヨーロッパの目 日本の目ー文化のリアリティを読み解く』をアマゾンで買った人が、この本を買っていたので、何となく気になっていたのです。ここでは文化を見るときに、如何に関係性に注目すべきかがテーマになっています。その中に、こういう内容があります。

イエスがイエス・キリストとして活動していた期間はたいへん短くて、31歳のときに「荒野のヨハネ」という預言者から神の世界を教えられて、35歳のときにゴルゴダの丘で十字架に磔になってますから、せいぜいその5年くらいの活動です。ジーザス・クライスト・スーパースターといったって、その活動期はほんの短い期間だったわけです。たったの5年間です。

<中略>

けれども、本当に何かをやりたければ、この5年間という期間は非常に大きいものです。

ファミコンが広まったのも、ケータイ電話が広まったのも、5年もかからなかったでしょう。逆にいえば、5年もあれば、何だってできる。そういうふうにも考えられる。イエス・キリストが生きた5年間がまさにそうでした。

さらにいえば、イエスの5年間のことをある程度くわしく知っていたのは、ペテロ以下の10数人の弟子だけでした。前回話したブッダの最初の弟子が10人。釈迦十大弟子といいますが、でも結局はこの10人が仏教の誕生に、あるいは12人がキリスト教の誕生に大きくかかわったのです。ですから、何かをおこしたければ、最初の10人をまず作るべきなんです。そしてそのコア・メンバーとともに5年を集中するべきです。それ以上はいらない。幕末の吉田松陰の松下村塾だって、せいぜい2年です。

ミラノサローネなどを見ていても、「これは!」と思ったところは、毎年何らかの進展がみられ、5年間もすれば、それこそスター的な位置に上りつめていたりします。あるいは、その逆に、まったく姿を消してしまったのではないかと思われるようなこともあります。すなわち、5年間を一つの単位として、ある動向をみていけば、かなり全体像に迫ることができるはずだ、ということになります。

米国の大統領の任期は4年ですが、あれだけ優秀なスタッフを数多く揃えている(あるいは、揃える力がある)わけですから、これはなかなか示唆的な時間です。

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Date:09/2/6

昨年の「ミラノサローネ 2008」第1回目で以下のように書きました。

ただインテリアデザイン外に広がった一つの理由は、工業デザインのトレンドがファッション産業と密接にリンクするようになったことがあげられます。コンテ ンポラリーアート→テキスタイル →アパレル→雑貨→家具→家電→自動車というようなデザインの流れが特に意識されだしたのも、この10年ちょっとです。90年後半にヒットしたスケルトン のアップルPCのアイデアは、90年前半のテキスタイルのトレンドを汲んだ雑貨デザインに源流があると言われます。もちろん、いまやこんな悠長な流れよ り、もっとパラレルな動きですけどね。

90年代後半は、まだネットの普及途上でした。世界中の人々が同時に同じ感覚を獲得するにはまだもう少し時間が必要で、自動車の4年の開発もさほど違和感のない「距離感」であったと思います。たしか2000年には至らぬ、多分1998-1999年頃、CNNの広告で、「ピーピー、ザァー」という音で現代を表現していたことがあります。この「ピーピー、ザァー」というのは、ネットを電話回線で繋げたときの音です。今、この音は懐かしい音と思われると思いますが、これを現代と思わなくなったのは、あの広告から3-4年もたたぬ頃であったと想像します。データを調べれば分かるでしょうが、詳細は割愛します。「あの広告から3-4年もたたぬ頃だったろう」とぼく自身が想像する感覚自身も指標として大切なのです。

2001年9月11日の米国での事件を境に、ある感覚が世界に一斉に広がることを人々は知りました。全てがボーダレスになるとことを諸手をあげて歓迎していた時代が、突如変化するのだと気づきました。「怒り」「心配」・・・これらが、まるで個人的に投げかけられるように、あるいは個人的にキャッチしなくてはいけないように、情報と感情が個人に突入をはじめたのです。それでも、今、まだ、この個人的レベルの集合体が個々人にははっきり見えていません。それを今年のはじめに書きました。

http://milano.metrocs.jp/archives/810

テレビとネットのアクセス数比較からみた場合、前者が常に圧倒的多数ではなくなってきたにもかかわらず、アクセスしている本人は、あいかわらず後者のネッ トアクセスを非常に個人的体験の領域とみなしている、というのです。ここに今という時代の特質があります。個人的レベルと思っている力の集積したものは、 ユーザーが考えるよりずっと大きい姿であるのですが、それが実感として見えていないのです。それは時により、「無意識の共感のうねり」を作ります。

もしかしたら、これが、何かを表現するとき、「個人的なこと」であることにさほど負い目を感じずに、素をそのまま外に出してしまうという流れとリンクしているかもしれません。「俺は、そんな大きな時代のトレンドなんか分かんないよ。俺自身の内から聞こえてくるものを発信しているだけ」という発言は、まさしく、あなた自身がトレンドセッターであることを物語っているのかもしれないのです。

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Date:09/2/5

さて、ミラノサローネです。去年と同じく、「デザインの祭典」というタイトルでスタートします。

昨年、「ミラノサローネ2008」を50回近く書いたのですが、その第一回目が下記3月6日でした。今年は1ヶ月早いです。昨年の経験から、サローネのもっと前から事前情報を流すことで、このブログが皆さんにもっと役に立ったはずというシーンに何度かぶつかったのです。それから、今年は経費削減から行動を控えめにしている人達も多く、そうした人たちへのインプットも視野に入れるには、今から書いていこうと思ったわけです。

http://milano.metrocs.jp/archives/108

今日、日経デザインのメルマガ「日経デザイン・エクスプレス 2009/2/4 Vol.338」を読んでいたら、メルマガ編集長 丸尾弘志氏が以下のような文章を書いていました。

2009年1月23日から開催されたフランスの家具雑貨見本市、メゾン&オブジェの取材に行きました。過去類を見ないほど多くの日本メーカーが出展し、その多くが海外展開に向けた手応えをつかんだようです。

メゾン&オブジェはほかの国内外のデザイン関連見本市の中でも、各メーカーがブースの見せ方が特に力を入れているようです。大手がブースをしっかりと作り込むのは当然ですが、特に中小企業がこの点に力を入れているのが印象的でした。小さい空間の中でもブランドの世界観をしっかりと伝える努力をしています。ブースの作り込みを怠っては、欧州市場にはブランドの魅力を伝えるのが難しいだろうという印象を受けました。

昨年、ぼくは大手の見せ方も問題視しましたが、パリと同じようにミラノで上記のような傾向が見られるとすると、これは嬉しいです。ここは一つのポイントになります。どのような内容を、どのような言語や手段を使って相手に伝えるか? これはコミュニケーションの基本ですが、完璧でなくても、目指す方向が正しければ、いずれ成功するでしょう。

冒頭の写真ですが、マックス・ビルの息子であるヤコブ・ビルさんのスイスにある別邸です。昨年1月に書いた「マックス・ビルのポスターを作ろう」(下記)でご紹介した御宅です。2006年のサローネ時に王宮で開催されたマックス・ビルの展覧会を見学した結果、スタートさせたプロジェクトでした。サローネの見方の一つのヒントとして、この第一回「ミラノサローネ2009」でメモしておきます。

http://milano.metrocs.jp/archives/5

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