ミラノサローネ2009 の記事

Date:09/3/25

来月のミラノサローネ期間、オフ会をやろうと思っているのですが、シリコンバレーにいる梅田望夫氏のブログを読んでいて、「そうか、オープンオフィスデイという手もあったか・・・」と考え始めました。若い人達を相手に講演した内容が書かれているのですが、その前にオフィスに一グループで10人くらいずつ来てもらって、1時間半ほど話し合ったようです。このアイデアを拝借し、考えてみましょう。

それはさておき、この講演内容を読みながら、およそ25年前、大学卒業後に自動車業界を選んだ人間としては、思うことが色々あります。そして約18年前にはイタリアです。梅田氏には「成熟産業」「下降国」と呼ばれそうな、彼とは反対の選択をしてきたわけです。上の世代が何か分からないこと、つまり新しい時代の主人公を演じることができる分野、それが30年前近くではITだったと、彼は判断したようです。

一方、ぼくはどういう考え方をしたかと思い出してみました。以前書いたように、全体を把握することの拘りがぼくには強く、もう一つは、新しく長持ちするコンセプトは成熟した社会でこそ生まれる、という思いが強くありました。特定の業界ではなく、文化の先端でしか流れない空気の味に一番最初に接してみたかったのです。

しかしながら、梅田氏が語った「あそこで仕事がしたいな。あの青い空の下の気持ちのいい気候のなかで何か仕事がしたい」という、求めるものに対する視覚的イメージの大切さについては、ぼくも同意見です。それがぼくにとっては、トリノの街のなかにある「エレガントな空気が漂う、ものを考えるに相応しいオフィス空間」でした。そして、その夢を押してくれたのが、日本のバブル経済でした。梅田氏の言葉でいえば「時代の力」だったのです。

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「時代の力」が全てではないですが、「時代の力」に逆らってもサバイバルできません。ここの見極めが、最大の難関なのですが、紋章デザイナーの山下一根さんの師匠ハイム大司教の遺言を「ユーロッパ文化部ノート」で紹介したことがあるので、ここに引用しましょう。上の写真は、英国の小説家アガサ・クリスティとハイム大司教です。最近、ぼくは、「時代の流れや力」といった文脈のなかで、このハイム大司教の言葉が必ず頭に浮かんできます。

ハイム大司教からの小生へのA4で23枚にもなる遺言からの一つを伝えます。

『Mio Carissimo Amatissimo Ikkon、世の中で一番怖いものは何か分かりますか?私は水だと思います。私は、この90年以上の人生で、第1次世界大戦も第2次世界大戦も、実際にこの目でヒトラーの演説も見ました。そしてユダヤ人をスイス国内にかくまうことにも手を貸し、大司教になってからもエジプト、スウェーデン、イギリスとみてきました。それでも水は怖いのです。何をいいたいか、霊的息子よ、わかりますか? ようは水、流れということなのです。

洪水はすべてを流し去って無になり何も残りません。流れも、それまでの思想、考え、方向を一瞬のうちに『気づかないうちに』変えてしまいます。だから、流れをかぎつける力を養いなさい。たとえ、その時代時代の教会と異なる流れでも、その流れは見ていなさい。社会あってのこの世、われわれは神の子であって、神じゃないのですよ。人間です。一人では生きていけないのです。。。。以下続く。。。。。 2002年11月22日

あなたの血のつながりのない、しかし誰よりも愛した父、ザントの大司教より』
とかかれています。すごいです。この言葉。。。

Date:09/3/24

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ぼくは『ヨーロッパの目 日本の目』のなかで、ヨーロッパ人が日本製品に関する違和感をどう認識し、それをどう解決するかについて書きました。解決とは、その違和感をセールスポイントとするか、その違和感を解消するようにするか、この二つのどちらかです。この問題をどうにかしないと、日本製品の存在感は低下する一方であると、2008年ミラノサローネも例にとりながら、声を大ににしたつもりです。

カイ・サワベさんの『ヘンな感じの日本人』を読み、これはかなり難しいトライをしたなと思いました。外国人が日本文化の違和感を書くと、日本人は比較的大らかに外国人の感想を聞き納得する傾向があるのではないかと思います。しかし、外国に住む日本人の日本社会批評は、半ば「今の日本のことがわかっていないから、そういうのだろう」と、外国人の場合もそうであるのに、この部分を前面に出して防御することがままあります。そのため、サワベさんは、やや三枚目的な「ヘンな日本人」を演じることによって、この壁をすり抜けるという「知能犯的」な行為をしようとしたのではないかと思います。「ぼくもヘンな日本人になっちゃってるけど、だからかな、日本に行って見える風景ってヘンなんだよね」と。つまり書名の「ヘンな感じの日本人」はダブルミーニングではないかとぼくは睨んだのです。その証拠に帯に「あなたがヘンか?サワベがヘンか?」と書かれています。

いずれにせよ、我田引水的な表現をあえて許していただければ、ぼくがヨーロッパ人が抱く違和感を対象としたのと全く表裏の関係で、サワベさんは自分を外国人(あるいはヘンな日本人)として日本社会の違和感を語ったのが、この本です。

正確にいえば、サワベさんは沢辺さんではなくSAWABEさんです。日本の赤いパスポートからドイツのパスポートに変更しているので、外国人の立場を表明することは、法的(?)に全然問題がありません。大学を卒業してからサッカーのカメラマンとしてドイツに渡り、数々の記憶に残る名試合もネット裏から見つめているうちに30年が経てしまいました。いや、サッカーだけでなく競輪もそうだし、ポートレートも撮ります。以前、フランスのピエール・ポラン自宅でリボンチェアに座るポランを撮ってくれたのもサワベさんです。とても渋い写真をとります。だからこそ、今回のサワベさんの「知能犯ぶり」が、ぼくにはとても新鮮であり、かつ「上手くやったなぁ」という台詞が思わず口からついて出て来たのです。

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もちろん、「ヘンだ、ヘンだ」と言いながら、サワベさんの本心では、かなり強烈な日本社会批判になっているのは、色々なエピソードのなかで垣間見れます。しかし、それで悪い気にならないよう、細心の注意が払われています(ぼくも、日本を離れてかなり時間がたち、ちょっとヘンな立場ですから、この判断に甘さがあるかもしれませんが、それは寛大にみてください)。兎に角、この本は日本社会のあり方に寸鉄を突き刺しながらも、同時にヨーロッパ人との付き合い方を示唆してくれます。ただ、注意!!ヨーロッパに飛んでくる飛行機の中で読もうと思ってこの本を買っては失敗するでしょう。空港で搭乗の前に読み終えてしまうかもしれませんから。

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帯に「カイ・サワベさんって、実はカメラマンなんです」とあるので、参考までに彼の作品が掲載されているサイトをご紹介しておきます。

http://kai.sawabe.free.fr/k/main.html

Date:09/3/22

ヨーロッパ人に地図を描いてもらうと、A4一枚の紙におさまりきれず、紙の端で道路が途中で終わり、「もう、一枚ない?」と言われることが珍しくありません。鳥瞰的に経路を把握しておらず、自分の目の高さで自らが移動していく傾向にあるからであるとされます。このテーマを書いた本が、以前、これを男女差として描き日本でもベストセラーになったことがあります。ぼくは、この問題を日本人と欧州人の差として拙著『ヨーロッパの目 日本の目』で取り上げました

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さて、ミラノの街のあちこちにある落書きもアートであるとする人も一部にいます。確かにアートと思える落書きもなかにはありますが、多くは単なる落書きです。今日、その落書きを公園で眺めていて、ふと思うことがありました。例えば、以下の絵です。

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これはマンガの影響でしょう。かなりアップです。ぼくが、ここで気づいたのは、頭の一部が欠けていることです。どうしてこの塀の高さにおさまるように顔と頭の比率を考えなかったのだろう、と。これは冒頭で書いた問題とかかわりがあるのかな、と。そう考えました。それでこの塀を眺めながら、友人のアーティストに電話してみました。「こういうの、どう思う?」と。すると、こういう答えが返ってきました。「例えば、象を小さい子供に描かせると、像の足だけを描くことがあるんですね。象は大きすぎて、こんな小さい紙に入りきれないって。その点、大人は紙のなかにおさまるような描き方をしますよね。落書きの場合、スプレーを使うと、描きたいところからはじめるということも多いかもしれないけど・・・・」

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子供の目にとって、象は足だけでもう十分なほどに巨大である、その印象を紙に描くというのは実に素直です。なるほど、わざわざ無理して全体像を一つのスペースに収めきろうとする必要は何もないか、と改めて思いました。逆に、描ききれなかった頭の一部に作者の思いが残ることもあるかもしれません。最近、「一人で分かるヨーロッパ文化」を考えていると書きましたが、今日のエピソードに喩えれば、頭の一部が欠けることを恐れてはいけないということなのかもしれません。

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