ミラノサローネ2008 の記事

Date:08/4/22

毎年、新しいデザインを供給し続ける意味が本当にあるのか、という問いかけがあります。過熱化してきたミラノサローネに少しブレーキをかけるべきではないかというわけです。インテリア製品を毎年洋服のように買い換える人は殆どいないでしょう。それなのにファッショントレンドを追いかけるように、メーカーやデザイナーはどこか違ったものを出さないといけないというプレッシャーに悩まされ、またそれを追い込んでいく見る側の期待があります。この悪循環をどこかで断ち切らないといけないでしょう。

ミラノサローネでホテルの値段は急騰し交通は混雑します。 デザインと関係のない住人や旅行者にとっては迷惑極まりないイベントです。それでもデザインということについて年一回考える機会を与えてくれるサローネの意義に対し、多くの人は少なくてもネガティブには語りません。関心のない人はたくさんいます。しかしデザインを考えることについては肯定的なのです。これは注目すべきことだと思います。

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ぼくがこのブログで言っているデザインは、「さまざまなデザインで書くこと」で記したように、人が幸せな生活を送ろうとして行うさまざまな工夫を指していますが、ミラノサローネは狭義のデザイン、いわゆるプロダクトデザインから広義のデザインを考える機会をもカバーしつつあります。当然のプロセスでしょう。やはりトリエンナーレのデザインミュージアムで出会う作品は、今見ても素晴らしいデザインが多いです。40年、50年を経ても美しい曲線があります。ジョエ・コロンボのボビーワゴンは約40年たった現在もパーフェクトなデザインです。それに対して、今、毎年出てくる新しいデザインはどれだけ時のプレッシャーに耐えられるでしょうか。

新しいデザインは歴史との対話で生まれてこそ長く生きれるものとなります。過去の名作に勝たないといけないのです。そのためには、十分に考えるある程度の時間が必要です。静かな空間でじっくりと過去と向き合い、新しいデザインと出会い、そして同時に色々な分野の文化潮流を俯瞰することです。ミラノサローネをこういう場と考えると、行動プランは自然と見えてきます。

 

 

 

 

Date:08/4/21

スピードをイメージするとどんな表現が可能か、それがクルマだったらどうか、バイクだったらどうか。動きを絵画に表現するとどうなるか。それでは日常生活における感覚はどうか。それが20世紀初頭の未来派によるアートですが、現在、王宮ではジャコモ・バッラの展覧会が開催されています。没後50年です。このスピード溢れる21世紀の初頭に100年前の感覚表現を知るのは、とても興味深いことです。まさしく脳科学の発達で人間のあらゆる感覚の根元が解き明かされつつある今、未来派の提示したテーマを振り返るのは良いタイミングでしょう。

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バッラの展覧会の意味するところ、これを追々考えていきたいと思いますが、会場にいる人たちは、非常に愉快そうにこの企画を見ています。作品とのダイレクト感が強いのでしょう。先進国に生きる多くの人たちが自分のアイデンティティを喪失しつつあるなかにあって、何らかのベースが欲しいと心の底で思っています。その時に、自分の感覚がどこまで通用できるかという確認が欲しいのは確かだと思います。

トリエンナーレにおけるキャノンの展示の説明不足を指摘しました。同じ感想をレクサスの展示でも感じました。二つのセクションに分かれているなか、手前の部屋の説明は丁寧になされていますが、奥のプロトタイプカーがある部屋には、何の説明もありません。今まで白やシルバーを基調としてきたのに、今回黒を選んだ理由も書かれていません。どうしてこのような歯抜けのような展示をするのか理解に苦しみます。

コルソ・コモ10では、ヤコブセンのエッグチェアをコンテンポラリーアーティストが様々な生地で覆っています。いくつも並べられたエッグチェアはなかなか壮観です。発想としてはボビーザでのザノッタのサッコの展示と同じで、ぼくはこういう手法をポジティブにとらえています。「色だけ変えて・・・・」という否定的な意見が出がちですが、色のもつ意味を過小評価してはいけません。アイデア不足での逃げの一手であることもありますが、色、素材、仕上げというような要素を正当に評価していくべきでしょう。

 

Date:08/4/20

ボビーザのトリエンナーレがミラノ工科大学と一緒にアートやデザインの発信地になろうとしていることは紹介しました。郊外に位置するため、もっとコアになるには少々時間が必要かもしれませんが、2015年ミラノ万博の準備とともにいっそう注目を浴びてくるはずです。もう一つ、文化・産業インキュベーション施設として、記念墓地の横にあるFabbrica del vapore の存在も気になります。

ここはプロトタイプ製作工房、コンテンポラリーアートギャラリー、ダンス スタジオなどさまざまな会社や団体が入っており、やはりかつての工場跡を、再開発しています。2008ミラノサローネにおいても、フオーリサローネの一拠点です。ゆっくり動き出してきました。デザイナーやプランナーが目にしている文化トレンドを把握しておくと良いということを書きましたが、ここはその意味でフォローしておくべきポイントです。

以前、50年代以降、スカンジナビアからイタリアにデザインの中心がじょじょに移動したことを書きましたが、その時に、デザイン組織であるADIに触れました。これはデザイナーだけではなく、教育関係者、企業家、ジャーナリストなどが会員です。デザインが、非常に多層に渡って話題になるメカニズムが出来ているのです。そして欧州の文化的ストラクチャーとして、ハイカルチャーとローカルチャーのバランスと両者の回路について言及したように、ハイカルチャーをリファーしていく習慣や考え方があります。

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目の前にあるデザインが考え方として深いかどうかという問いかけをするとき、 それは作品を作ったデザイナーの個人的性格や素養もありますが、今まで述べたような社会的あるいは文化的な仕組みによる部分も大きいわけです。そういう点を理解すると、トルトーナのバールで疲れた足をなでているだけでは不十分であることがおのずと分かってくるはずです。

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