ミラノサローネ2008 の記事

Date:08/4/19

イタリア人の作品に「どうして、こんな色が出せるのだろう」と思わず感じ入ってしまうように、日本人の作品は、欧州の人からはミニマリズム的なデザインであると見られがちです。本人がそうと意識していなくても、「すっきりとしていて日本的だね」と評価されやすいです。2008サローネのサテリテを歩きながら気づいたのは、日本人の表現するミニマリズム的デザインに、欧州人がかつてほど熱い視線を送っていないことです。

もちろん評価する人たちはたくさんいます。しかし、そこに以前ほどの熱さがないのです。彼らは見慣れたのでしょうか。これはぼくの感じたところなので、本当にそうなのかどうかは不明です。ですから仮説3です。70年代回帰ブームにあったミニマリズムが色あせてきたのと一緒に、日本的なクールさが欧州で受けにくくなってきたのだろうかとも思いました。2008ミラノサローネのサテリテで、賑やかでカラフルな遊びのあるスタンドの前に集まっている人たちの表情をみながら、こんなことを考えていました。

実は、この感想には伏線があります。トリエンナーレで行われている Guzzini Foodesign Made in Japan という和食器をテーマとした展覧会で、見ている人たちがいやに冷たく傍観しているなと思ったのです。モノに自ら一歩踏み込む空気がない、あるいは空気が動かない、このような印象をもちました。またデザイン振興会が主催している Japan Design 2008 でも同様な変化を肌で感じました。欧州を市場としてモノを売る場合、意識的に厚みやカラーを変えていないと、熱さを呼び起こせないだろうと思いました。

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トリエンナーレでフランスの家具業界団体が展覧会を行っています。ここの一つのセクションに「ピエール・ポランへのオマージュ」があり、ぼくはここで紹介されていたビデオをじっくりと見ました。フランスの多くのデザイナーがポランを目標にしていたことを語り、ポラン自身も自らの作品を、ぼくたちに彼の自宅で語ったように(上の写真、詳細は会員限定コンテンツで紹介しています)、語ります。2008ミラノサローネの会場を歩きながら、ポランのデザインの影響が如何に大きかったか、それがいまだに続いているのではないか、そんなことにも思いがいきました。

 

 

Date:08/4/18

昨年のサローネ期間、王宮では20世紀の各時代のアートとインテリアデザインをテーマとした展覧会を実施しました。昨日、トリエンナーレで室内コンセントのbticinoが各時代のインテリアと自社製品の変遷を展示しているのを見て、昨年の王宮での企画の影響かなと思いました。その後、分館であるボビーザのトリエンナーレにおいて、TDKが全く同じ手法でテープ、DVD、ブルーレイへの移行をプレゼンしているのをみつけ、もう一つのことを考えました。

欧州は歴史を常に振り返ることを習慣としていますが、イタリアはその傾向が特に強く、歴史をステップアップのツールとして使います。ですから今年、カッシーナがデザイナーとその作品を展示して全貌をみせているのは全くの正統派なわけですが、bticinoやTDKがこの手法を取り入れているのは、2010年からの10年間の市場をとるための戦略的な過去の整理です。実にロジカルな発想です。歴史を如何に自分の味方につけるか、その競争が2008年から始まっていると思いました。これが仮説2です。

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ボビーザのトリエンナーレは人も少なくやや寂しいです。10年以上前のトルトーナのようです。ザノッタのサッコの展覧会はなかなか面白いし、先に紹介したTDKも文化文脈に沿った企画をしており、ゆっくりものを考えながら時を過ごすにはよいでしょう。ボビーザはかつての工業地区を再開発し、デザインやアート発信の場と変貌しつつあるところです。

一方、カドルナのトリエンナーレはデザインミュージアムもできて人の往来が激しいです。ここでキャノンの展示をみていて、言葉が足りないなと思いました。屏風や襖絵をプリンターで再現しているセクションは良いのですが、実物のニット と背後にニットを撮影して拡大プリントした展示の面白さが分かりにくかったのです。そこには何の説明書きもありません。これは欧州人の考え方を分かっていない展示方法です。何度か書いているように、企画の趣旨を頭に入れないと納得しずらい人たちには、説明を示しておかないといけません

Date:08/4/17

昨晩、15日晩よりフオーリサローネが幕開けしたので、トルトーナ近くをブラブラと歩いてみました。ガイドも持たず、何となく気になったところをフラリと覗くという感じです。それもそんな時間をかけていないので、まったくの第一印象ですが、「そろそろ、欠けたロジックが求められる時代ではないか」というのが、ぼくの頭にふと浮かんだことです。

ぼくは、この「2008年ミラノサローネ」のなかで、文化文脈を読み取らないとディテールのピックアップで終わってしまうと書いてきました。この「仮説1」は、このトレンドの話しです。今、プログラムし尽し全てを予定調和的に動かすロボットの時代ではなく、人との対話のなかで色々とフレキシブルな対応ができるロボットの時代になりつつあるといいます。前者を「冷たい知性」、後者を「暖かい知性」と呼んでいる研究者がいます。

あまりにガチガチの合理主義的なロジックはもうごめんだということは、この何十年というなかで言われてきました。もっとゆるい、ちょっと人間味のあるロジックが必要ではないかと語られてきて、「北欧知」に対する「南欧知」であるとか、東洋の思想が注目を浴びてきました。その延長線上に何があるか、それは意図的にある要素を剥してみたらどうだろうという試みが出てきているのではないか、そういうことを昨晩考えました。バロック的な世界を釘でひっかいてみる、ハンマーで叩いてみる・・・・比ゆ的な表現をつかうと、こうなります。

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続きは明日書くとして、気になるスポットの紹介。トリエンナーレはセンピオーネ公園のなかにあり、この期間、いろいろな質の高いイベントが行われます。キャノンもここで展覧会を行います。このトリエンナーレが、一昨年から郊外のボビーザに分館を設けました。ミラノ工科大学の近くです。この分館とその周辺が、今年の目玉ではないか、ということがデザインやアート関係者の間で言われています。トルトーナがビジネスの匂いがしすぎてきて、かつてのように若い創造性を発見する場ではなくなってきたなか、トリエンナーレのボビーザがそれにとって替わっていくのではないかという見方が出てきています。関心のある向きは、ご自分でご確認ください。

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