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	<title>さまざまなデザイン &#187; メトロクスものがたり</title>
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	<description>ヨーロッパの目</description>
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		<title>メトロクスものがたり（１５）－デザインヒストリーを作る</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Dec 2008 15:05:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
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		<description><![CDATA[（１０）で紹介したピエール・ポランのプチデスクは、日本市場用として２００３年に再生しました。自宅で仕事をする、居間や寝室の一角を書斎コーナーとして使う、さまざまな目的でこのデスクが出荷されていきます。毎月決まった数が売れ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://milano.metrocs.jp/archives/583">（１０）</a>で紹介したピエール・ポランのプチデスクは、日本市場用として２００３年に再生しました。自宅で仕事をする、居間や寝室の一角を書斎コーナーとして使う、さまざまな目的でこのデスクが出荷されていきます。毎月決まった数が売れるメトロクスの定番商品です。このような正統的なデザインが安定した評価をうるようになって、我々もとても嬉しいです。そのため、２００６年、このプチデスクと同じシリーズの商品をＦ０６１サイドボードとして復刻させました。</p>
<p>２００８年初め、フランスの家具メーカーであるリーン・ロゼが、プチ・デスクと同等の製品を発表しました。メトロクスはプチデスクを欧州で販売しないので、欧州はフリーであったわけです。脚の部分が若干違いますが、基本的には１９５０年代のポランのデザインの復刻版です。つまり、名前は違いますが、プチ・デスクと同じデザインです。我々が価値を発掘し２００３年に市場に投入したデザインを、フランス大手メーカーが５年後に欧州市場で発表したのです。この知らせをポランから直接受けたとき、「やった！」と思いました。正直言うと、我々の手で欧州市場開拓できなかったのは悔しいですが、我々の目が彼らの先をいっていたことは喜んでしかるべきだと考えました。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/2734425608_5dbbdf52e0.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-672" title="tts" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/2734425608_5dbbdf52e0-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a></p>
<p>過去に埋もれて見えなくなっているデザインを発見し、今の市場にマッチする素材を選びリデザイン。そこから量産化のルートを作り、世に再評価を問うわけですが、このプチ・デスクの例は、その一つです。プチ・デスクは下坪さんがパリの蚤の市でみつけた宝でした。ただ、いつもネタが蚤の市やアンティークショップあるいはデザイン書籍に眠っているわけではありません。それは多くの人の目に触れる場所であることもあります。</p>
<p>２００７年、バウハウス最後の巨匠といわれたマックス・ビルの１９３０年代のアートポスターを再生しました。これは、どこかにひっそりと眠っていたものではなく、２００６年、ミラノの大聖堂の横の王宮で開催されたマックス・ビルの回顧展にあったのです。ここに展示されている作品に感銘をうけ、その後、今は亡きマックス・ビルの著作権者探しをしたというわけです。</p>
<p>一つ誤解されないよう言葉を加えておいたほうが良いでしょう。メトロクスは過去のデザインを上のものとみなし、現在のデザインを低くみているわけでは決してありません。すべては同等です。しかしながら、今だけの流行のデザインには目を惑わされず、これがデザインヒストリーを作っていくだけの価値があるかどうか、そういう目と頭でデザインをみています。</p>
<p>今回がこのシリーズ最終回ですが、下坪さんのインタビューを番外編で近々掲載します。</p>
<p>＜本コラムに関するコメントや感想は、下記のメールアドレスにお送りください＞</p>
<p><a href="mailto:european.eyes@gmail.com">european.eyes@gmail.com</a></p>
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		<title>メトロクスものがたり（１４）－エヌクラフツ事業の開始</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/659</link>
		<comments>http://milano.metrocs.jp/archives/659#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 10 Dec 2008 15:05:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
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		<description><![CDATA[下坪さん自身は、ヨーロッパデザインとジャパンデザインを同時に取り扱うことを、経営上の課題のためだけでなく、自分の趣味の変遷としても自然な流れとして受け入れてきました。１９９０年代の年齢２０代から３０代、彼は特に日本の伝統 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>下坪さん自身は、ヨーロッパデザインとジャパンデザインを同時に取り扱うことを、経営上の課題のためだけでなく、自分の趣味の変遷としても自然な流れとして受け入れてきました。１９９０年代の年齢２０代から３０代、彼は特に日本の伝統工芸に興味があったわけではないのですが、年齢が増すと共にだんだんと日本の手仕事の美しさにも惹かれていきます。かといってヨーロッパのデザインへの興味を喪失したわけではありません。４０代の今も、ヨーロッパデザインの新しい企画に夢中です。</p>
<p>が、お客さんの目にはそう映らなかったようです。ジョエ・コロンボのような個性的なヨーロッパデザインに圧倒的に強いメトロクス。これがメトロクスのブランドです。今も他社では扱わないような希少性のあるデザインを扱って欲しいという依頼や、他では得にくいデザイン情報に関する質問を多くいただきます。それでも、日本のデザインや工芸品を扱うようになって、何かヨーロッパの味が薄まったのではないか、そういう印象をもたれた方達もいたようです。メトロクスは、大いなる反省をしなければいけないことになります。お客さんに分かりやすいイメージをもてるよう、ちゃんと二つ、つまりヨーロッパのデザインと日本の伝統工芸を明確に分けることが大事でした。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/toscana3.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-660" title="t3" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/toscana3-300x193.jpg" alt="" width="300" height="193" /></a></p>
<p>それではじめたのが、n-crafs@metrocs （エヌ・クラフツ）です。メトロクスと言う白地のキッチリ感のあるロゴはヨーロッパデザインを中心とし、エヌ・クラフツは紫色の柔らかいロゴで日本のクラフトものを扱う。こういう仕分けを目で分かるようにしました。サイトも二つが混ざらないよう、メトロクスのトップページではエヌ・クラフツに出会わずヨーロッパデザインを中心に楽しめ、エヌ・クラフツのトップページに飛べば、日本の優れた工芸品に１００％浸ることができる。そういう工夫を施しました。</p>
<p>デザインの著作権がきれた作品を狙い、ヒット品と同じ商品を作るというビジネスがあります。名品を復刻するリプロダクションという表現に、それと似た印象をもたれることが全くないわけではありません。しかし、メトロクス自身が企画するリプロダクションで扱うデザインは、名品ではありますが、必ずしも「かつてのヒット作」ではありません。かつては注目されなかった価値を見出し、それを今の市場で再生することにメトロクスの強みがあります。</p>
<p>&lt;本コラムにコメントや感想をお寄せいただく場合、下記のメールアドレスにお願いします＞</p>
<p><a href="mailto:european.eyes@gmail.com">european.eyes@gmail.com</a></p>
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		<title>メトロクスものがたり（１３）ーソリッドスツールの誕生</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/653</link>
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		<pubDate>Tue, 09 Dec 2008 15:05:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
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		<description><![CDATA[１９９８年、池袋セゾン美術館で「柳宗理のデザイン展」が開催されます。柳宗理は１９１５年生まれで、民藝運動のリーダだった柳宗悦の長男で、いうまでもなく既に工業デザインの第一人者ですが、この展覧会を境に柳宗理の再評価が高まり [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１９９８年、池袋セゾン美術館で「柳宗理のデザイン展」が開催されます。柳宗理は１９１５年生まれで、民藝運動のリーダだった柳宗悦の長男で、いうまでもなく既に工業デザインの第一人者ですが、この展覧会を境に柳宗理の再評価が高まります。その後、２０００年代に入り代表作のバタフライスツールがよく売れるようになります。このあたりから、日本のデザインあるいは民芸品が見直されるという流れになっていったのですが、こういうトレンドを見ながらメトロクスが選んだ道は、バタフライスツールを追随して売ることではありません。</p>
<p>１９９０年代前半の猫足ブーム時代にヨーロッパのモダンな家具に目覚め、１９９０年代半ば、特にイームズブームの最中にイタリアデザインの準備をはじめた。流行りの通りにショップを並べる同業者とは一線を画し、新橋に店舗を構える。これが下坪さんのやり方です。インタビューしたデザイナーの面々の選び方も、一番光があたっている場所を避けているのが分かります。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/toscana2.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-656" title="t2" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/toscana2-300x195.jpg" alt="" width="300" height="195" /></a></p>
<p>経営面での大きな両輪作り。国内デザインの隆盛。この二つの背景をもってメトロクスがスポットライトをあてたのは、１９１１年生まれで現役の渡辺力さんです。１９５４年、清家清が設計した邸宅に渡辺さんはスツールをデザインしました。メトロクスはこれを「ソリッドスツール」と名付け、量産品として作りはじめました。２００５年のことです。</p>
<p>２００６年には日本の伝統工芸である切子展を行い、同じ年に１９６０年の長大作さんの作品、パーシモンチェアとマッシュルームベーステーブルを復刻させます。このようにして、ヨーロッパの輸入品やロイヤリティ生産、自社製デザイン品と国内有名デザイナーの名品という枠組みを作ることができました。しかし、そこに一つの落とし穴がありました。</p>
<p><本コラムにコメントや感想をお寄せいただく場合、下記のメールアドレスにお願いします＞</p>
<p><a href="mailto:european.eyes@gmail.com">european.eyes@gmail.com</a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>メトロクスものがたり（１２）ー両輪の強化を図る</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/634</link>
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		<pubDate>Sun, 07 Dec 2008 15:02:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
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		<description><![CDATA[デザイナー達と話しをして、我々は５０年代から７０年代の空気や考え方について、ある実感をもって知ることができました。人の語る過去は美化している部分、整理しすぎた部分、そういうことが沢山あるのは承知していますが、それでも、メ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>デザイナー達と話しをして、我々は５０年代から７０年代の空気や考え方について、ある実感をもって知ることができました。人の語る過去は美化している部分、整理しすぎた部分、そういうことが沢山あるのは承知していますが、それでも、メーカーがロイヤリティを約束とおりに払ってくれなかった話などになると、まさしく今の問題のように喋ってくれるものです。</p>
<p>およそのところ、どんなクリエーターもそうであるように、過去の自分の作品を振り返ることにさほど関心のない様子をみせますが、一度製作当時のことに想いが届くと、まったく違った顔をみせてくれます。その瞬間をみると、我々も「同時代性」をリアルに感じるのです。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/toscana.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-635" title="tof" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/12/toscana-300x198.jpg" alt="" width="300" height="198" /></a></p>
<p>さて、話をビジネスに戻しましょう。直接輸入商品が事業の核になってくると、経営面からのリスク分散を考えないといけないことになってきます。輸入はオーダーから入荷、そして販売までのリードタイムが非常に長いです。売上げ金を実際に手にするまで、３－４ヶ月はかかります。為替変動もありますし、リードタイムが長いと、どうしても社内で柔軟な対応がとりにくくなります。</p>
<p>もう一つの車輪をもっと大きなものにしないといけません。もう一つの車輪とは国産品です。セルシステムやプチデスクのようなロイヤリティ生産では不足している部分、これをどう補完していくかがテーマになってきます。</p>
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		<title>メトロクスものがたり（１１）－東京店オープン</title>
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		<pubDate>Thu, 04 Dec 2008 15:05:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
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		<description><![CDATA[東京店のための不動産物件探しも楽ではありませんでした。当初から天井の高い空間であることに拘りました。必然的に倉庫や工場跡が候補になり、羽田空港の近く、あるいは木場の倉庫街などが考えられました。良いモノが良く見える場所であ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>東京店のための不動産物件探しも楽ではありませんでした。当初から天井の高い空間であることに拘りました。必然的に倉庫や工場跡が候補になり、羽田空港の近く、あるいは木場の倉庫街などが考えられました。良いモノが良く見える場所である必要がありました。しかし、大型トラックの排気ガスが蔓延する道路を、徒歩でおいでいただくお客さんの気持ちも考えないといけません。紆余曲折のあったなか、今の新橋の物件が見つかったのです。元ダンボール工場です。</p>
<p>愛宕警察の裏にあたるこの地域、家具を作る小さな工場が多かったことは後から知ったのですが、高い天井と何となく昔の匂いが残す町並み、汐留や芝公園に近いという地の利、こういう要素が全てメトロクスの味方をしてくれるだろうと下坪さんは考えました。インテリアショップが軒を連ねる場所に安易に引き寄せられなかったのは、彼の意思の強さだと思います。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana1.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-588" title="tsn" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana1-300x198.jpg" alt="" width="300" height="198" /></a></p>
<p>２００３年、もう一つ新しい試みをスタートさせます。‘５０－’７０年代に活躍したデザイナーへのインタビューです。その時代のデザインを扱っていて、それを考えたデザイナー本人の生の声を聞いておきたいという欲求が強くなってきました。それもどこの雑誌や本でも取り上げているデザイナーではなく、作品自体は有名だけど、デザイナー本人があまり外に出ていない。そして、メトロクスが扱っている（あるいはこれから扱いたい）製品をデザインしている人、こういう条件のもとにはじめました。</p>
<p>一年に二人ずつ、インタビューを開始しました。トップバッターはＭＨ　ＷＡＹの蓮池氏、そしてプリアチェアのジャンカルロ・ピレッティ氏、ジョエ・コロンボの右腕だったイグナチア・ファヴァタ氏、フランス工業デザイン界のヒーローだったピエール・ポラン氏、パリのオルセー美術館の設計も担当したガエ・アウレンティ氏・・・と続きました。我々がここで得たものは、想像以上に大きなものでした。</p>
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		<title>メトロクスものがたり（１０）－ロイヤリティ生産</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/583</link>
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		<pubDate>Tue, 02 Dec 2008 15:03:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
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		<description><![CDATA[モダニカ札幌を運営しながら、下坪さんが好きなヨーロッパのデザインを扱いたいと強く思っていた‘９０年代半ば、パリの蚤の市で一つのデスクと出会います。もともと下坪さんはデスクに惹かれるようで、オリベッティのデスクとは’９０年 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>モダニカ札幌を運営しながら、下坪さんが好きなヨーロッパのデザインを扱いたいと強く思っていた‘９０年代半ば、パリの蚤の市で一つのデスクと出会います。もともと下坪さんはデスクに惹かれるようで、オリベッティのデスクとは’９０年代前半の米国買い付け時代に出会っていました。今もイタリアのアンティークショップでデスクを見つけると、目がキラリと輝くのが下坪さんです。</p>
<p>このパリで買ったデスクは１９５６年、米国のネルソンの影響もうけたピエール・ポランがデザインしたものでした。‘６０年代以降、非常に有機的なデザインを始める前の直線ラインが印象的な作品です。２００２年、メトロクスはこの作品を日本で生産することを検討し始めます。これまでの輸入ビジネスから一歩進んだ、ロイヤリティ生産する初めての経験です。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana10.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-584" title="tsf" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana10-300x191.jpg" alt="" width="300" height="191" /></a></p>
<p>ぼくはポランの連絡先を探し出し、ポランが指定したパリの弁護士との契約協議のために、下坪さんと二人でパリに向かいました。そこで我々が特別に依頼したポランのサインをデスクの一部に入れたいという要望が、引き出しの中ならＯＫという形で受けいれられたのは、嬉しい思い出です。ポランはとても控えめな人柄で、目立つことをあまり好まないのです。</p>
<p>２００３年は一つの重要なイベントがありました。それは東京店のオープンです。これまで札幌を拠点としていることで良いことがありました。東京の多くの同業者と直接対峙することがなかったのです。常に協力関係でした。また、タイムリーなことばかりにエネルギーを費やさず、東京人と違うリズムで生き、違うモノをみることにより、違う考え方を維持することができるというメリットがありました。しかし、更なる成長を見込むには東京への出店は不可避な時期にきていました。</p>
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		<title>メトロクスものがたり（９）ーボビーの独占輸入</title>
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		<pubDate>Sun, 30 Nov 2008 15:01:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
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		<description><![CDATA[”L’UTOPIE DU TOUT PLASTIQUE 1960-1973”に掲載されている商品で、メーカーに再生産の交渉をしたけれど、数量やコストがあわず、適わなかったものもあります。このように１９６０－７０年代のイタ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>”L’UTOPIE DU TOUT PLASTIQUE 1960-1973”に掲載されている商品で、メーカーに再生産の交渉をしたけれど、数量やコストがあわず、適わなかったものもあります。このように１９６０－７０年代のイタリアデザインを、メトロクスが日本に紹介してきたのです。メトロクスという名称を使いましたが、もともとのメトロポリタンギャラリーという言葉が「ギャラリー」として誤解を生む、あるいはやや名前として長いということもあり、モダニカ札幌も統合してメトロクスという店名に変更しました。２００２年のことです。</p>
<p>メトロクスで直接メーカーから仕入れる商材が多くなり、当然、デパートを含め、全国のデザインショップに卸をしていくケースが増えます。現在、卸売りの取引先は２５０以上に及びますが、そのきっかけになったのが、ジョエ・コロンボのボビーです。２００１年春からスタートしました。この前は事務機器メーカーが輸入し、設計事務所などに販売していましたが、この会社がボビーの独占輸入権を手放すと２０００年１２月初めに聞き、我々は急遽動きました。クリスマスから大晦日ぎりぎりにかけて目処をつけ、年明けすぐにメーカーに駆けつけ交渉したのです。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana01.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-580" title="tsn" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana01-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>メトロクスのアイデアは、このボビーをもっと一般家庭のインテリア商品として普及させることでした。そのため、白や黒だけでなく、他の色を追加しました。この狙いはあたりました。今までの事務用品イメージからインテリアグッズにも領域が広がったのです。そして、この月間数百台出荷するボビーを中心に、他の製品を紹介することができるようになりました。</p>
<p>この１－２年前から、メトロクスでは独自に開発した「セルシステム」というユニット家具を国内で作り始めており、主力製品に育ってきていました。ありそうで案外ない良いデザインのもの。こういう空白を埋める製品です。ボビーは、この製品と両輪をなす位置づけになったわけです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>メトロクスものがたり（８）－欧州モノへのスタート</title>
		<link>http://milano.metrocs.jp/archives/521</link>
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		<pubDate>Tue, 25 Nov 2008 15:03:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[メトロクスものがたり]]></category>

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		<description><![CDATA[１９９６年、ぼくはミラノではじめて下坪さんと会います。下坪さんがヨーロッパ路線のものを本格的に増やそうと考えていたときです。モダニカの看板を掲げているので、店におく商品はモダニカ（アメリカ）製品が多くを占めるという当然の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１９９６年、ぼくはミラノではじめて下坪さんと会います。下坪さんがヨーロッパ路線のものを本格的に増やそうと考えていたときです。モダニカの看板を掲げているので、店におく商品はモダニカ（アメリカ）製品が多くを占めるという当然のルールと自分の好きなデザインを扱っていけないとのジレンマに悩まされていた時期です。下坪さんはぼくに　”L’UTOPIE DU TOUT PLASTIQUE 1960-1973”の本を送ってきて、ここに掲載されているジョエ・コロンボを中心とした製品をイタリアから輸入したいと言ってきました。</p>
<p>そこで、ぼくが出したアイデアは、並行輸入はやらず、正規ルートでメーカーから購入するビジネスをするということです。つまり既に日本とビジネスが進行している中に横はいりするのではなく、デザイン事務所やメーカーと正面から向き合えるビジネスを発展させることを提案したのです。下坪さんは、アンティークの世界で商売をしてきたので、著作権やメーカーの事情にあまり強くありませんでした。一方、ぼくはアンティークとは無縁でした。彼のように古いデザインにさほど詳しくもありませんでした。しかし、ぼくがデザイン事務所やメーカーの文化を知っていることが、彼の助けになると考えました。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscanaitaly1.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-524" title="tost" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscanaitaly1-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a></p>
<p>ぼくはジョエ・コロンボのデザインにどんなものがあるかを本でリサーチし、デザインの著作権を誰がもっているかを調べ、そして肝心の人間からどの製品なら我々が扱えるかを実際に聞いたのでした。そうした下準備ののち、下坪さんとミラノ郊外にあるオールーチェを訪ね、スパイダーの限定生産について協議したのです。まだ金型があり、復刻することは可能だが、最低生産数量は５０と言われました。もちろん今では全く問題ない数ですが、その時はどうなるかも全く分からないビジネスですから、５０にもどきどきしました。</p>
<p>現在、オールーチェがスパイダーを通常の量産品で扱っているのをみると、かなり感慨深いものがあります。今、”L’UTOPIE DU TOUT PLASTIQUE 1960-1973”に掲載されている商品で、扱った経験のある商品あるいは現在も扱っている商品を数えてみました。ジョエ・コロンボ「ボビー」「ランプ２８１」、ボネット「マガジンラック」「ＱＱ」、ピレッティ「プランタ」、マルティネッリ「モデル６４３」、ソットサス「ウルトラフラーゴラ」、デパス他「ジョー」、スーパースタジオ「パッシフローラ」、ザヌーゾ「ドネイ２１」、ザヌーゾ＆サッパー「アルゴール１１」・・・と随分あります。なかには他インポーターから仕入れている製品もあります。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>メトロクスものがたり（７）－イタリアデザインへ</title>
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		<pubDate>Sun, 23 Nov 2008 15:02:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[メトロクスものがたり]]></category>

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		<description><![CDATA[『ブルータス』ではイームズのあとにはヤコブセンの特集を組み、北欧ブームも起きてきます。この北欧家具はソフトな印象が強いためか、女性購買層をよりひっぱる要因になりました。やや日本に特有な傾向と思われるのは、チーク材ではなく [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>『ブルータス』ではイームズのあとにはヤコブセンの特集を組み、北欧ブームも起きてきます。この北欧家具はソフトな印象が強いためか、女性購買層をよりひっぱる要因になりました。やや日本に特有な傾向と思われるのは、チーク材ではなくビーチが主流で、白い清潔感がことのほか好まれるという点でしょう。他方、イタリアデザインは、アレッシー的なカラフルでユーモアのあるタイプは女性に好まれますが、もう一方の伝統的な正統派のデザインは、圧倒的に男性が多いという流れが、このあたりの時期でもはっきりしていました。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana-mare-lido-di-camaiore-foto-mare.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-513" title="tsm" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana-mare-lido-di-camaiore-foto-mare-300x300.jpg" alt="" width="216" height="216" /></a></p>
<p>下坪さんは、こういうイームズブームが落ち込むことを予想し、以前から準備していたイタリアデザインの領域を得意分野にしていこうと思います。独立前にもイタリア製品を全く扱ったことがなかったわけではありません。米国でイタリアのガラスやセラミック製品を「遊び」で買い集め、それを日本で売っていました。イタリアの独特のカラーに惹かれていたのです。</p>
<p>話しが少し飛びますが、実は２００３年、フィレンツェのビトッシからオファーをうけ、取引を検討するにあたり、ビトッシの工場でコレクションを見せてもらいました。そこでガラスケースのなかに収められたロンディの作品の数々を見て、下坪さんは「アッ！」と驚きます。およそ１０年前に米国で買い集めていた作品が、ここにあったのでした。１９９０年代の前半、米国でビトッシもロンディの名前も知らずに商材としていたものが、イタリアの名の知れたアートディレクターによる作品であったというのが約１０年後に判明したというわけです。ビジネスを即決意しました。</p>
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		<title>メトロクスものがたり（６）－イームズのブーム</title>
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		<pubDate>Thu, 20 Nov 2008 15:02:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>安西 洋之</dc:creator>
				<category><![CDATA[さまざまなデザイン]]></category>
		<category><![CDATA[メトロクスものがたり]]></category>

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		<description><![CDATA[アンティークをメインとするメトロポリタンギャラリー以外にも、２０世紀半ばのアメリカンデザイン家具を中心として扱う米国モダニカ社の「モダニカ札幌」というポジションもありました。日本のモダニカは東京が中心で、名古屋、福岡、そ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アンティークをメインとするメトロポリタンギャラリー以外にも、２０世紀半ばのアメリカンデザイン家具を中心として扱う米国モダニカ社の「モダニカ札幌」というポジションもありました。日本のモダニカは東京が中心で、名古屋、福岡、そして札幌は下坪さんの会社が運営するという協力関係が形成されました。メトロポリタンギャラリーで開催した「‘６０年代の室内」という展示会に、雑誌編集者などと共に、モダニカ関係者が訪問してくれたのが契機です。そして、ここでイームズのシェルチェアがヒットします。札幌のお店で４万円の椅子が毎日一脚は売れたのです。</p>
<p>米国のモダニカが新聞に広告を出し米国全土からシェルチェアを買い集め、５桁にのぼる在庫を倉庫に積み上げ、それを大々的に米国、英国、日本で売り出しました。従来のアンティークショップより、モダニカは１－２割高い価格でした。しかし、アンティークショップでは２－３脚が販売ロットだったのに対し、モダニカは１００脚をいっぺんにすぐ用意できたのです。日本で評判となったのは、もう一つの幸運があります。雑誌『ブルータス』がイームズの特集を組んだのです。これがイームズブームに火をつけました。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana2.jpg"><img class="aligncenter size-medium wp-image-509" title="tsc" src="http://milano.metrocs.jp/wp-content/uploads/2008/11/toscana2-300x193.jpg" alt="" width="300" height="193" /></a></p>
<p>その頃、パントンチェアがヴィンテージものとして６－７万円したのですから、４万円のシェルチェアは割安な価格です。しかし、シェルチェアブームには別の意味もあります。それまで、イームズの椅子は建築家やデザイナーが買うアイテムでした。それが２０代の普通の女性も買うようになってきました。それまで彼女たちがデザインという時、雑貨、それも花柄のファンシーな商品がメインでした。その彼女たちがインテリアの椅子に目が向くようになったのは大きな変化です。７０－８０年代に「自立しはじめた女性」が、９０年代になって余裕がではじめてきたという時代背景とも関係があるでしょう。</p>
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