僕自身の歴史を話します の記事

Date:08/6/17

89年はまだバブル経済で狂っていた時代です。だから車を作りたいという会社も自動車会社以外に少なくありませんでした。5月からプロジェクトを企画し猛進した。 一時は光明が見えたかにも思えたのですが、半年後の10月、関係者の動きからみてこれは座礁すると判断し、宮川氏に白旗をあげざるをえませんでした。

そうしたら11月はじめの帝国ホテルで「2年間、トリノで面倒をみよう。最初はヨチヨチ歩きだろう。自分で歩けるまで2年間は必要だろう。その後、独立すればいい」「今までは企画書をちゃんと書いて仕事をする世界にいたわけだが、これからは野武士になって欲しい」と言われたのです。狂喜の一瞬でした。

実際には90年3月から3年半、トリノのあの会社らしからぬ空間の事務所にいました。それまでの会社をやめたのが90年2月28日、イタリアに向けて成田を発ったのは3月1日。 宮川氏にどうすれば評価してもらえるか・・・毎日のように考え実行に移した89年でした。

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学生時代からの付き合いで、卒業後もしょっちゅう翌朝まで酒を飲んでは「明日を生きる」ことを語り合っていた先輩は色々と相談にのってくれ、励ましてもしてくれました。 あの3月1日の夜、いまは多くの若い人たちから「夜回り先生」と呼ばれる彼が成田で言った「いつも去る人間より去られる人間の方が寂しいんだよ」という台詞は今も忘れません。彼には深く感謝しています。

Date:08/6/16

トリノでぼくは「自動車と都市計画の両方を視野に入れたビジネスを作っていきたい」と話しました。「考え方としては面白いが、ビジネスは別個に考えた方が いい。石畳とアスファルトの道ではサスペンションを変えないといけないし、コミュニティのあり方との関係で新しいコンセプトの車もスタディしている。が、 ビジネスにはまだ早い」というのが宮川氏の意見でした。 そこで二つのプロジェクトの可能性を示してくれたのです。一つはスーパーカーの限定生産。もう一つはトスカーナに約12万坪の丘にある狩の館を購入したので文化センター設立。

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その頃、自動車会社にいたぼくは、スーパーカープロジェクトに何らかの貢献ができるかもしれないと考えました。 しかし、それらがどういう意図でどういう人たちの間でどのように進められているかという詳細は何も教えてくれない。この日に分かったことが一つあります。頭を下げてお願いしますと言えば働けるものではなく、ぼくが何らかのことを具体的に示す必要がある、ということでした。これが宮川氏流の仕事のやり方だと、ぼくは理解したのです。

東京に戻っても、彼が言った「このままいくと、日本では試行錯誤という言葉が死語になってしまうかもしれない」という台詞が頭から離れません。 ぼくの結論はこうでした。日本からビジネスのお土産をイタリアに持って飛んでいくしかない。会社の仕事との二足のわらじの生活がこうしたスタートしたのです。

Date:08/6/13

1989年4月末、ストックホルム経由でミラノに飛び、そこからトリノに電車で出かけました。連休直前に決めた旅で、そういう手段を使うしか方法がありませんでした。トリノのホテルに着いた翌日、宮川氏の長男が、設立して2-3年目の会社に案内してくれました。フェリーニの映画「インテルビスタ」や黒澤明「影武者」で助監督をつとめた彼は、その頃、ビデオ製作をしていたのです。F1のパイロットがアルプスで行うスキー大会の様子を見せてくれ、「プロストやピケたちと友達になったよ」と話してくれました。24-5歳だったと思います。

2日目は自宅での昼食に招かれました。国王が生まれた建物の向かいにある天井にフレスコ画が描かれた家に、その「地球家族」が住んでいました。日本、韓国、インド、イタリア、それらのハーフ、さまざまな顔の子供たちがあの日も5-6人いました。 宮川氏は「昨日みた会社、いいでしょう。僕もね、子供が学校を終えたら親の教育は終わりだと思っていたんだ。でもある人に言われた。子供がちゃんとした職業人、家庭人になるまで親は教えるべきだと。手取り足取り教えるのではなく、僕達夫婦の背中をみて育って欲しいという目的であの会社を作ったんだよ」と説明してくれました。

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まだ独身の身にとってはあまりピンと来ない話でした。この趣旨が如何に大切なものかを知るには、その後の自分自身の体験が必 要でした。とにかく10人近くでテーブルを囲んだ食事は、「国際的」などという言葉が簡単に吹き飛んでしまうような強烈なインパクトがありました。夫妻が言う「開かれた家族」の活動の場がまさしくここにあり、外部の人間を実にスマートに内に入れてくれる空気があります。

前日みた会社は会社と呼ぶにはあまりにエレガントな空気があり、その感想を伝えると、宮川氏いわく、「あそこは仕事をするというよりモノを考える場所ですね、とお客さんに言われるよ」と笑って答えてくれたのです。

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