「海外で働くことをオプションとして考える」を書いてから、どうも頭にはりついてはなれないことがあります。今、いろいろな人達が抱える多くの焦りや諦念というのは、ネット社会のフラット化が生んだ幻想の結果なのかな・・・ということを思ったのです。
イチローが大リーグでプレーするのは別世界の人だから勇気をくれるようで応援する。自分と同じだったちょっと知っている人間がブログで、ある日突然にすごく人気者になる。あるいは逆に有名人とはずっとTVの向こうの側にて自分と関係ないと思っていたら、ブログやTwitterで距離感がなくなり、すごく近いところにいるような気になり、何となくその人と自分を比較してしまう。でも、英国のTVのオーディション番組で『夢やぶれて』を歌い、一気に世界中に名が知れたスーザン・ボイルには、「自分とあまり変わらないじゃない」とはさほど思わない。「やっぱり、あれだけ審査員を驚かしたのだから、才能があったんだろうな」と思う。
これが、フラット社会の距離感なのかなと考えるわけです。つまり運動や身体的なことに関わること、あるいは科学分野のノーベル賞レベルには相変わらずフラット感は訪れませんがー平和賞のほうがまだ近いかもしれない!-、それ以外の分野では、アルプスの山並みが丹沢山系くらいには低くなった印象をもっていると思います。ちょっとジムに通っておけば、特に問題なく登れるだろう・・・と。これは能力差の問題ではなく、ネットによる情報取得に関する既得権の崩壊という側面が大きいでしょう。非対称であった情報分布がかなり流動したのです。かつては新聞やTVでしか知ることができなかった情報を、普通の人がPCの前に座ってキーを叩けば、数分もかからないうちに獲得できます。だから逆に、ネットに触れていない人達が化石のごとく思えるのです。自分に丹沢と見えているものに、アルプスであると思っている人が前にいれば、その違和感は絶望感にも変わります。もちろん、両者、お互い様ではありますが・・・。

フラット感の普及の要因は、スピード性やWikipediaにみる情報の公開性もありますが、情報の内容と範囲の変化によるところも大きいでしょう。どういうことかといえば、かつては、あることを成し遂げた人のストーリーをTVで過去形として知り、その人が軌道に乗らずに苦しんでいる状況をリアルタイムで知ることは稀でした。自分の友人か知人のネットワークに入ってこなければ、こういうことは知りえなかったのです。そして一人の人間が「なんとなく繋がっている」人の数も、SNSやブログが普及した今から比較するとゼロの数が一つ少なかったでしょう。だいたい「なんとなく繋がっている人」の情報をリアルで知ることはめったになく、およそ友人の噂話程度だったのです。それが、今は、「なんとなく繋がっている人」達のリアル情報を追えます。有名人のことでも、ブログをRSSリーダーで毎日読んでいれば、「何となく繋がっている」一人と思うでしょうー新聞の連載コラムニストには、そう思わなくても。ネットはある意味、1対1のメディアですー。いずれにせよ、そういう観点でも、ゼロの桁が違うのです。
そこで、「君にもチャンスがある。これに挑戦しないのは、敗北だ。この戦国時代は、もう安定した会社の安定したポストなどありえない。頑張れ!自分で何かやるんだ!今の生活を変えろ!」と自己啓発本やブログが飛び交うと、どうなるでしょうか。運動会の徒競走のスタート地点に不意に連れて行かれたようなものです。自分ではそこに立つ気がなかったのに、周りに押されていつの間にか足が進んでしまった・・・・。それで、仕方ないからと走って1位になることもありますが、1位にならなかった多くの人達は、敗北感だけを募らせることになります。しかし、彼はそもそも、そこまで走るべきではなかったということがあります。留まって応援し、ゴールで走者にタオルをかけてやり、「頑張ったね。君のその姿を応援するのが、ぼくの役目」という人間もいるはずです。要するに、走って頑張るのが必ずしも全ての人にとっていいわけではないのです。

人にはそれぞれの不向き向きがあります。不向きなことにエネルギーを費やして敗北感をためこむのではなく、向きなことで勝利感を味わうことにもっと向き合うべきです。ぼく自身は、本で知ったイタリアで活躍する実業家に手紙を書き、そこから新しい人生が始まったのですが、皆が同じようなことをすればよいとは全く思ってい ません(お願いされてもイヤダよ、と言う人も多いでしょうしね)。たまたま、ぼくには「新しい価値観を作る現場に立ち会う」ことに自分を賭ける土壌としてのヨーロッパが 必要だったのです。中国でもアメリカでもニュージーランドでもなく、ヨーロッパしかなかったというわけです。特に一般的な意味での「海外で働く」ことに優先順位は高くありませんでした。
こと、人生を生きることについては、一般性はなく、すべからく個別的なものであると思います。どんなに社会が実際にフラットになったとしても、人の存在と人生そのものが、フラットになることはありえません。君は絶対、あいつとは違うのです。
今朝、このブログのアクセス分析を眺めていたら、「僕自身の歴史を話します」へのアクセスが急増していました。参照先を調べてみると、シリコンバレーの渡辺千賀さんのブログです。海外で働く体験談集が集められていて、そのなかに上記のエントリーが掲載されていました。そこで半年くらい前に渡辺さんのブログにコメントをつけたのを思い出しました。これがテーマとして特集されたのは、確か絶望感の漂う日本で汲々とするだけでなく、日本の外で働くこともオプションとして考えたらどうか・・・というなかで海外で働いている人達の経験を募ったと記憶しています。
最近、「日本脱出」という表現をよく見かけます。一定期間の職業体験を可能とするワーキングホリデイを各国政府が実施したことで、日本以外で働く経験の幅は随分と広くなったと思います。それまでは、日系企業の駐在員であることが海外の職業経験の圧倒的にメインであったと思います。もちろん、今もメインであることに変わりありませんが、「それ以外」の選択肢が増えてきたわけです。それにも関わらず、「日本の温泉でまったりするのがいいや」「わざわざ海外で苦労する理由もないよね」という台詞に代表されるようなトレンドもあり、必ずしも駐在員以外のカタチで海外で働くことは一般化していません。

昨年、ヨーロッパ文化部ノートで、イタリアの医療関係者が海外で働く機会をみつけるイベントを実施したら3日間で400人が集まったというニュースを紹介したことがあります。英国の人間がオーストラリアやカナダに移住するのとは根本的に違う話です。英国は英国でサッチャー改革の影響の影の部分として、この10年、英国脱出の数が急増したのですーが、メインの行き先は英連邦が多いのですー。それにしても、英語国民であれ非英語国民であれ、ヨーロッパ人の海外で働くことの敷居はーEU圏外に対してもー日本の人達と比べると低いのは確かです。こういう事例と比較して、日本では「必ずしも海外で働くことは一般化していません」と言えると思います。だから「母国脱出」という言葉に、日本特有の意味が加わるのです。
「脱出」というのは、もともと「日本を離れた奴のことなんて構うか」という心性があるところに対する反逆を試みる行為であるというニュアンスがあります。野茂のアメリカ行きから中田のイタリア行きというスポーツ選手の海外舞台への移動があり、一時は「海外で働くのも普通になってきたし、昔のように旧態依然たる『日本で成功しないと海外に行っても駄目』ということもなくなったね」と言われました。それでも「松井は、いつも日本のファンを尊重して偉いよな」と言われるのです。しかし、そういうこととは全く別に、「やっぱり、南仏で人間らしい生活をしたい」と願うー特に女性のほうが現実化しやすいー人達が少なからずいることも確かなのです。あるいは、ある専門を極めていくなかで、必然的に日本という枠を飛び出さざるを得ない場合もあります。医者、研究者、技術者、デザイナー・・・・。

ぼく自身の意見を言えば、何度も書いているように、視点を多くもつことを最低限の素養として持たなくてはいけないレベルの人達がある一定数いるはずで、この人達が専門家のケースと同じように、日本という国境を超えざるをえないということだと思います。その人たちが、あるゆる理由を弁解として多用し日本になんとかして留まろうとするのは、結果的にストレスフルなことじゃないかと想像します。「本来であれば、マーケットはヨーロッパまであるはずだが、どうもあそこまで出かけて一からやるのは面倒だ」と思っていれば、早晩自らのビジネスの首が絞まってくるのですから。
一方、渡辺さんが体験談を募集した動機は、「やっぱり、残業して帰宅してコンビニ弁当でごまかすのではなく、サントロペの海岸でゆっくりして、バランスある時を過ごしたい」ーこれは単に時間的に楽をしたいという意味合いでの事例ではなく、自分の価値を重視するという事例ーという極めて個人的なレベルでのライフスタイルの実現を優先させることに比重があったのではなかったかとも想像しますがーあえて、半年前のブログを再読していませんがー、この場合、「いわれなき不合理な社会的制約から逃れる」ことが重要であるということだと思います。

できるだけ嫌なことは回避し、自らが合理的であると思える生活環境を作ることを考える。もちろん渡辺さんは、「面白い刺激的な仕事」を優先することを前提として語っているのですが、それは実のところ、ライフスタイル重視型と密接にリンクするのではないかと思うのです。つまり、不利と思える外的状況を自分に有利に思える条件に変更するー自らが移動することによってーというのは、結果的にロンドンのシティで睡眠不足の生活を送ったとしても、自分を大切にすることになるのだと思うかどうか、あるいは思えるかどうかを価値基準の上におくということになります。したがって、この文脈における「海外で働く」という表現には「脱出」という言葉がオーバーラップします。
小澤征爾がサイトウキネンオーケストラの活動をはじめたのは50歳周辺だと思いますし、明石康が日本で活動をはじめたのは国連をやめてからです。「日本の社会を良くしたい!」と願い動くことに共感するのはいいですが、彼らを常に見習い「やはり、日本のために尽くすべき」というプレッシャーを必要以上に感じるのも無駄なことです。精神的状況として「野茂以前」です。1) そこにエネルギーを費やすには時期的に早い若い世代の人たちが理不尽に潰れない道がどこかにあり、2) その一つのチャンスに海外で働くことがあり、3) そのオプション自身の存在が精神的なプレッシャーを軽減するものであるなら、「脱出」は悪くない試みです。
そして、「色々経験してみて、今度は日本の社会の向上に自分を試してみたい」と思ったときに、それをやればいい・・・・。
昨年6月に書いた「ぼく自身の歴史を話します」のなかで、ぼくが20代後半にヨーロッパを自分の活動の場にしていきたいと思ったことを以下のように書きました。
欧州の自動車メーカーにエンジンやギアボックスなどのコンポーネントを供給する仕事でした。その一つに英国のスポーツカーメーカーとのプロジェクトがあっ たのですが、英国人の頑固さと柔軟性に接しながら、ぼくは一つのことを思いました。「何か新しいコンセプトを作っていくには、米国ではなく、欧州のほうが 相応しいのではないか」ということです。もちろん、米国でも新しいコンセプトは生まれますが、過去の遺産と常に見比べながら将来を考える欧州の方に分があ るのではないか。そう思ったのです。
その頃、シリコンバレーがいいかと迷うことすらありませんでした。今でもヨーロッパから生まれる新しいコンセプトの価値をフォローし、それに関与していくのが自分の歩いていく道であると考えています。どんなにミラノのクリーニング屋や鉄道の駅員と喧嘩しようが、それはそれ。話は別です。どこにも嫌なことはあるし、いいこともある。今、目の前にある見える規模ではなく、将来新たな方向を生むかもしれない新しい価値とリアリティに常に関心の的があるのです。表層的なグローバリゼーションや英語の覇権に右往左往する様子を眺めるにつけ、世の中はこうは動かないだろうという確信をずっともってきました。

EU統合の基本にあるのは、物・人・サービス・資本の自由移動です。そのために可能な限りの調整が各国間で行われ、例えば、ドイツ人がビールとは大麦、ホップ、酵母、水のみで製造されたものと限定することは、物の自由移動に反すると欧州司法裁判所で否定され(1989年、コミッション対ドイツ事件)、ベルギーではカカオの原料によるものだけをチョコレートと認めていましたが、それ以外が混入されているイギリス産の製品も「チョコレート」と呼ばなければならないとEU立法が定め、ベルギーもそれを受け入れることになりました(P 49)。
しかし、その一方で、公衆道徳や国民的文化財産の保護については各国間の調整が認められません。これは経済的な自由を確保するにあたり、文化の多様性の維持が必須であるとの前提に基づいています。経済的合理性が全てを覆うことはありえない。よって、EU市民はEU諸機関などに対し、EU加盟国の公用語のいずれの言語でも手紙を書き、同一の言語で回答を受け取れる権利が与えられています。現在、義務教育課程で、母国語以外に二つの外国語を教えているのも、ヨーロッパという「小グローバル社会」の実現の一端です。およそ単一言語やメジャー言語だけで社会が機能するとははなから思っていないのです。当然ながら、EUと各国の間での摩擦がおこります。次のような事例が具体的にあります。

妊婦が国境を越えて産婦人科から合法的に妊娠中絶の処置を受けるとき、EU法上はサービスの自由移動(この場合はサービスを受ける自由)として扱われ、問題を生じない。しかし、宗教上の理由から加盟国憲法で禁止されることもある。
本書で例が挙がっているのがアイルランドです。中絶を禁じているアイルランドでは、年間8千人ものアイルランド女性が中絶のために英国に渡っています。今から20年ほど前になりますが、14歳の女の子が友人の父親にレイプされて妊娠するという事件があり、彼女の両親は英国で中絶手術を受けさせようとロンドンに彼女を連れて行きました。しかし、アイルランド当局はそれを違法としたため、彼女は帰国せざるをえなくなります。そして、アイルランドで女の子は自殺を考えはじめます。結果、最高裁判所は「妊娠中絶によってのみ回避できるような生命に対する真の危険が母親に差し迫っている場合には中絶を許容される」((p96) としたのです。そして、1992年、アイルランドの憲法自身が改正されるに至りました。
国は胎児の生命に対する権利を承認し、並びに、母親の生命に対する平等の権利に適切に配慮して、その権利を尊重すること及び実行可能な限りにおいてその権利を擁護し、かつ、主張することを法律により保障する。
本規定は、わが国と他の国の間を往来する自由を制限するものではない。
本規定は、法律により定める条件に服して、他の国で合法的に利用可能なサービスに関する情報をわが国において入手し又は利用に供する自由を制限するものではない。
上記の下線部分が改正されて追加されました。こういう調整を延々と継続している国々に、新しい社会圏の創造に向けたノウハウと知恵が蓄積されないわけがなく、ここに新しいコンセプトを生む萌芽があるだろうとぼくは睨んでいます。平板なグローバリゼーション論とローカリゼーション論に懐疑を抱く理由でもあります。残念ながら(?)、ぼくは古典的なヨーロッパ文化のファンではないのです。