先週、ぼくの本『ヨーロッパの目 日本の目ー文化のリアリティを読み解く』で紹介した「東西の架け橋 フィレンツェの文化財団」のイベントのためにフィレンツェに出かけてきました。そこでイタリアで40年近く活動してきた建築家の渡辺泰男さんの講演がありました。以前もこのブログでご紹介しましたが、槇文彦事務所を経てイタリア政府給費留学生としてローマ大学で勉強。都市計画の大家であるミラノのジャンカルロ・デ・カルロ事務所で働き、ウルビーノ大学の学生寮を手がけ、その後、アドリア海沿いのペザロでイタリア人とインタースタジオという事務所を設立しました。
イタリアを中心に、学校や大規模スポーツセンターなど多くの公共の建物を設計してきた方です。ぼくも15年近くお付き合いさせていただいていますが、ぼくが本を書くにあたっても、色々とアイデアを提供くださいました。その渡辺さんが、東欧や米国の建築家や建築の学生を前に日本建築の5つの特色を説明しました。その五つとは、「床構造(高さ)の重要性」「間切りの意味」「仮設性」「水平線の強調」「余白の意味」です。大変面白い内容でした。

ぼくは、この講演を聞きながら、いろいろな構想を膨らませていたのですが、その一つのアイデアとして、これらの五つの特色を日本の工業デザインの特徴説明に繋げていくとどうだろうかと考えました。今回の講演の観衆のメインは建築分野の人たちなので、建築に限った話でよかったのですが、異なった分野の観衆をも巻き込むプランを考えたらどうかと思ったわけです。
日本文化の特色を説明するにあたり、建築という歴史性と風土を要素として強くもつ視覚的題材はとても有効です。工業デザインの表現でも十分に地域性が出て、その地域性をどう意識化するか?とぼくは本のなかで書いたわけですが、工業デザインにはユニバーサルな要素も多く若干隠れがちになります。
このあたりに「馴染みやすい文化理解」のネタがあるように思えます。
今週、ミラノの弁護士数人とミーティングがありました。日本の会社と仕事をしたことがある弁護士がやや苛立ち気味に語ります。
「どうして、日本の人たちは欧州をまともに見れないんだ! 米国系の大規模ファームに一括して頼み、そこから欧州にコンタクトしてくる。だから、ミラノの我々はロンドン経由で日本の会社と付き合わざるをえなかったりする。でも、それじゃあ本社が何を考えているかサッパリ分からない。そりゃあ、そのほうが経費削減に寄与するかもしれない。でも、問題の対象は欧州にあるんだ。そして、決定権は日本にある」
「まず日本の人たちは、米国と日本は別なんだ。違うんだ。それを認識しないといけない」と強調します。
ぼくは、まさしく本に書いたことを言っているイタリア人弁護士の言葉に大きく頷きました。日本でよく言われる「欧米」という表現は非常に誤解を招きやすく、何の根拠をもって米国と欧州を一緒にしているのでしょうか。英米という意味のアングロアメリカを指しているのであれば、大陸ヨーロッパはまるっきり無視していることになります。そのような全く曖昧でいい加減な概念が一人歩きをしているところに、今の日本の危うさがあります。

以前、イケアの本を紹介しましたが、そのなかで、イケアは米国市場に参入した当初、米国のライフスタイルにあわせた大きなフワフワのソファを投入せずビジネスが思うように伸びず、また欧州で一般的な収納棚をそのままもっていったが部屋の大きな米国の家には不要だった、というエピソードが書いてありました。最近、ある欧州人が新聞記事の話していました。フランスの若いカップルは米系ファーストフードのお店に行きたがらず、仮にそういう店に入るときは、二階席の奥に座る傾向にあるというデータです。道行く人たちから顔を見られない場所を選ぶというわけです。
こういうエピソードには例外が沢山ありますが、ある傾向をやはり十分に語っているとみるべきでしょう。
ぼくがこの本で語りたかったのは、「ヨーロッパ?なんか色々と勉強しないと、付き合えそうになく、面倒だなぁ」と一歩身を引いてしまわないためには、欧州文化に対してどういう見方をすればよいのか?ということです。欧州文化を理解するには、古い教会や美術館にある、あの膨大な宗教画が分からないといけないという思いにとりつかれすぎている日本人が多い。この点を打破しないといけないのです。
確かに欧州文化を作る重要な要素であるキリスト教の理解があれば、それに越したことはないでしょう。が、自分の目線を意図的に欧州人寄りにすることで、日常の世界から見えてくることが、もっと自然に目に映ってくるはずなのです。自分の尺度が日本のものであることを自覚し、それが欧州の尺度とどれほどの差があるものなのか、それが分かると(あるいは勘がつくと)、欧州文化がまったく違ったものに見えてきます。重さや軽さという表現は、絶対的な重量を言っているのではなく、その文化の全体の価値観のなかで相対的に決まってくるわけです。このことは、以下の「2008 ミラノサローネー日本人のデザイン」で触れました。
http://milano.metrocs.jp/archives/186

上の帯のフレーズを読んで「あれっ?」と思う方がいれば、かなり熱心にこのブログを読んでいらっしゃる方です。10月のはじめ、ぼくが日本の国際関係論の教授とお会いした時に、彼が語った台詞そのものなのです(下記)。しかし、そのとき、このフレーズと同じ内容が既に出版社側で作られていました。が、最終決定はしていませんでした。この教授が「偶然」にも語ったフレーズが最終決定へと促したのです。
http://milano.metrocs.jp/archives/366
冒頭で、欧州文化に対する知識を溜め込むことができなかったことに敗北感を抱く必要はないと書きましたが、ただ、どういう道筋でコトが成り立ってきたかを、代表的な事例をもって知っておくことは欧州ロジック理解に役にたつだろうと思います。その一つとして、本書ではEU成立の経緯そのものを欧州文化の特徴を理解する手立てとして紹介しました。また、デザイナーのピエール・ポランがインタビューで語ったフランスの歴史も引用していますが、これも欧州における「国際性」を知るにキーとなるであろうと思ったのです。