さまざまなデザイン の記事

Date:08/5/8

「2008 ミラノサローネ(34)」でもとりあげましたが、経済産業省が事務局になって昨年まとめた「コンテンツグローバル戦略報告書」は、日本企業が如何に欧州で苦労しているかを吐露しています。

「日本のコンテンツ産業の国内市場規模は米国に次いで世界第二位である。しかしながら、この数年は微増に留まっている。日本のコンテンツ産業の海外市場依存度は1.96%と、米国の17.8%に遠く及ばない。これまで国内需要に支えられきた結果、海外でのビジネス展開が不足しており、わが国のコンテンツの潜在的な価値の高さを海外市場の拡大に活かせていない。また、強いと思われていた日本のコンテンツの競争力も、かつてのアドバンテージを失いつつあるとの指摘もあり、危機感の共有が必要な状況となっている」 という認識が前提になっています。

しかし、欧州市場に関しては「ローカライズはコストがかかるので、多くの地域で長い間売れるもの、単発的に大きく収入が見込めるものに傾斜せざるを得ない。多言語化のコストと収入との関係が非常にネック」と非常に情けないことを言っています。EUの文化政策は多様性の維持です。ローカライズのコストは必要経費です。

「 海外との交流は、新しい映像製作を生む契機になる。共同制作は、日本の場合、特殊な趣向性があるだけに、欧米と共同作業をすることは難しいとの経験をもつ。しかし、そうした挫折を超える独創的な共同制作があいえれば、それは革新的な交流だろう。可能性が強いのは、感性を共有しあえるアジア同士かもしれない」と実に後ろ向きです。ここでの問題は、「感性が共有しあえるアジア」という見方です。本当に共有しあえるでしょうか。

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ぼくは、ミラノサローネのサテリテやその他の場所で作品を発表する日本のデザイナーたちにとって、この役所的な匂いが漂うレポートも、戦略を考えるにあたり参考になると思います。映像やアニメあるいはゲームなどのコンテンツ産業が足踏みしているところを、工業デザイナーの人たちは、やり方次第で脇をすり抜けて行けるだろうと思っています。サッカーで数人のバックを一人でドリブルで切り抜けるようなタイプであれば別ですが、パスを繋いでゴールに持ち込むタイプであれば、手もさることながら頭の使いようが重要だと思います。

Date:08/5/7

先月21日のブログ「2008 ミラノサローネ(27)」で王宮で開催されている未来派のジャコモ・バッラの作品について触れました。100年前のクルマは今のクルマよりずっと遅かったはずなのに、その時に感じたスピードに対する表現をみると、とてもスピードの絶対値が違っているようには見えないのです。感覚的な部分をどう表すかは、今の技術開発の要です。今後、デザインに求められる何らかのヒントがこの展覧会にはあると思いましたが、同時に隣で開催されている、具象絵画のフランシス・ベーコンの展覧会とも通じるものがあるとは、21日には考えていませんでした。

先週、アイルランド生まれで、英国の哲学者のフランシス・ベーコンの末裔であるこの画家の展覧会を見ました。抽象表現には寄らず具象にこだわり、しかし全てがデフォルメされている姿は、写真にはない自己のイメージを描き出しています。ボクシングのゲームを描く彼の頭のなかには、連続的な動きを如何に二次元に落とし込んでいくかの格闘があったことがわかります。技術的なロジックを突き詰めた先に何が出てくるか、いや、出していくか、それが現代のデザインの一つのテーマですが、その意味で、バッラとベーコンの二つの展覧会は色々なことを示唆してくれています。

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GWも終わり、ミラノサローネ関連のブログも色々と出てきました。帰国して即GW直前とあって皆さん、なかなかレポートを書けなかったのでしょう。お疲れ様です。サテリテに出展していたフーニオデザインの橋本潤さんのブログを読みました。橋本さんは、今回、優秀賞を受賞されたデザイナーですが、とてもきれいなデザインをされます。その橋本さんが、同じくサテリテに出展していた芹沢啓治さんの作品にシンパシーを感じると書いています。「なるほどなぁ」と思いました。お二人の作品を会場で拝見し、お二人とも話しました。芹沢さんとは2-3分という短い時間だったので、芹沢さんはぼくを覚えてないと思いますが、橋本さんとはもう少し長く話しました。

お二人とも、頭の柔らかい方だと思いました。それがデザインに出ていると感じたのです。ですから橋本さんが芹沢さんの作品に共感することに納得がいきました。それで芹沢さんのブログを読んでみました。ものすごい勢いで書いてます。「確かに展示会はお金がかかる。無駄金といわれればそうかもしれない。しかしながら、多くの来場者やメディア、メーカーと自分のブースで話すことによって得たものも少なからずある。ジョンさんのこうした話がきけたのも、この展示会のおかげである。デザインが戦略だとして、サテリテは戦略のひとつである。パフォーマンスは別として」とあります。

良い考え方だと思います。 イギリス人のデザイナーに「自分がいっしょに作りたいと思うプロダクトを特定の企業、作ってもらいたい企業にプレゼンをするのが効果的であること。(中略) 不特定多数を相手にしたデザインは、うつくしいかもしれないが、ビジネスにはなりにくいと いうこと。」というアドバイスを受けたとありますが、このような結論に至るには、まず自分自身がプロセスを踏んで、そう心から思うことが必要でしょう。やはりアウトプットありきです。そこから全てスタートします。

 

Date:08/5/1

日本の家具メーカーの方が、ご自分のブログに2008ミラノサローネ報告を書いています。 この方が書いた、「今のうちの会社で通用する部分とやっぱりレベルUPが必要な部分がはっきりと分かりましたし、今後につながる出展であることは間違いありません」「日本の老舗と云われる家具メーカーも国の補助を受けて出展してましたが、客観的にみて魅力ある商品だったかどうかは・・・」という文章を読み、非常に正直な感想をお書きになったなと思いました。冷静な意見で良いです。ぼくは、このオークさんがお勤めの会社の家具を、レクサス展示場の上で拝見しました。オークさんがお書きになっているように、 欧州で売るためなら、いろいろな試行錯誤がまだ必要だろうと思います。

2008ミラノサローネ(32)で「欧州人が40なら、日本人は意識しなくても35という軽さを表現してしまう。こういうことがあります」「この差である5の行き場をどう考えるか、です」と書きました。あくまでも欧州市場で売るための前提で言うのですが、ぼくは35を40にあげていく発想では、難しいだろうと思います。日本人が得意とするカットしていく手法が使えません。あくまでも欧州の文脈に沿った形で、45から40へ、そして38あたりまで落とし込んでいくアプローチが必要なのではないかと思うのです。積み上げるのではなく、意図的により重いもの最初に選択し、それを軽くしていくというイメージです。

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2008ミラノサローネ(7)で紹介したコンテンポラリーアーティストによる大理石の花器です。この作品で説明したように、作家は本来、西洋文化の重さの象徴と言われる大理石を使って、350キロあるモノ自身を浮かせ、水を張り、菊の花を浮かせたのです。ここでは、西洋、日本という従来の枠組みを全て取り払い、その関係性自身を問いかけたのでした。ある既知イメージをいっぺんにではなく、じょじょに崩しながら、 自分の持って行きたい場所に連れて行く。そういう手法を、ぼくは日本人デザイナーはもっととるべきではないかと、2008ミラノサローネの日本人デザイナーの作品をみながら思ったのです。

自分のデザインが欧州人にどう見られるか、という自覚化作業からスタートすることが大事だと考えます。