このGEDYの営業はよく言います。「浴室アクセサリーのデザイン傾向は3年くらい遅い」と。遅いというのは、居間、寝室、台所などの空間で使用されるデザインと比較してのことです。そこで、「中東でもミニマリスト的デザインが受けている」という彼の指摘に、ぼくは「ミニマリスト的デザインはもう飽きられているでしょう?」と聞きます。
「そうなんですね。西欧では飽きられてきて、もっとカラフルでオーガニックな形のほうが受けが良くなりつつありますね。だから、数年前のシックなカラーのヴァージョンをカラフルにしたりしているんです。これなんか、メトロクス向けでしょう?」と言いながらカタログを開きます。
このように彼は世界を旅して歩いていて、つくづく欧州人は「欧州中心主義で、他の地域より欧州が良い、一番良いと思っている人が多い。アメリカを相変わらず下に見ている」と話題を変えます。
「ぼくの母親はね、知らないことは何もないと言わんばかりの人で、すごい読者家なんです。でも、ぼくに言わせると、欧州以外のことについて、ほんとうよく知らない。それでも欧州がベストだと思っているんですよ。これじゃあいけないと思います。もっと他の文化を知るべきだってね」

ぼくは、「それはね、そういう努力するのは大切だけど、あまり期待しないことだと思いますよ。無理ですよ。どこの国も殆ど普通の人は、そんなに海外旅行をするわけではないし、それほどに異文化と交流があるわけじゃない。お互いに知り合うことはとても限定的なんですよ。欧州人だけが悪いわけじゃない」と意見を言います。若干悲観的なようにも見えますが、これを楽観的な考えとぼくは思っています。人に無理を強いないわけですから。
夏休みが終わり少々日を経て、仕事が「バカンスはどうだった?」という話題で始まらない時期になってきました。取引のあるGEDYの営業担当も、来週はポーランドで商談、その次の週はウクライナの見本市出展、その翌週はボローニャの見本市出展・・・と予定が詰まっています。そこで、忙しくなる前に一度会おうということになり、バールでアペリティブを飲みながら、いろいろと雑談しました。彼の話はこのブログで書くのはこれが初めてではなく、2月に韓国のインポーターのオーナーのエピソードを記したことがあります。
http://milano.metrocs.jp/archives/101
彼は欧州はもとより中東、アジア、南米など殆ど毎週のように飛び歩いています。大学では国際関係論を専攻し、欧州各国語だけでなくアラビア語も喋ります。 彼がこう語ります。
「今、一番、お金があるのは、ロシア人ですね。それもモスクワの人たちは金遣いが荒い。しかし、失礼ながら、まだデザインセンス があまりない。まだ金メッキの大げさなデザインを好むんですよ。いまや中東の石油産出国でも、一部を除いて金メッキなど選びませんね。もっとミニマリスト的だったり、西欧のテイストに近づいています。でも同じロシアの大都市でもサンクトペテルブルグにいくと、センスが分かるんですが、モスクワほど金の回りが良くないんですね・・・・」

このように全体的な流れを語りながら、なかなか面白いことを指摘します。
「どこの国でもそれなりに傾向が違うのは興味深いですよ。ボスニアの6軒のホテル にコントラクトで供給したことがあるんだけど、なにかボスニア特有の選び方をするんです。それらの6軒はお互いに近いわけではなく、お互いに人的交流があるわけでもない。それでも、彼らは同じものを選ぶ。これ、なんなのでしょう。」
今日、以前お会いした日本の大学教授にコンタクトする必要がでました。名刺を探し電話をすると、「その方は大学に在籍されていません」との交換台の答え。それで学部の事務局へ繋いでもらいます。「はい。先生は昨年一杯で退官されました」とのことでした。要件を述べて連絡先を教えて欲しいと頼んだのですが、案の定、「個人情報保護の点から、私どもは先生の連絡先を知っていますが、それをお教えすることはできません」と断られました。
それでは、ぼくがメールを送るから転送できませんか?と尋ねると「もう既に在籍しない人のために、そういうことはしません。一応、広報にも聞いてみます」と言われ、数分。やはり駄目でした。 じゃあネットで探し回るしかないのですねと言うと、笑いながら「そうですね」と。この人も、ネットで自宅の住所なんか出てくるはずがないということを十分承知の上です(多分)。

やや途方にくれ、検索エンジンで何ページかぼんやりと眺めます。全然更新していない、この教授のゼミ生のページにも手がかりがありません。そこでフッと、もしかしたら彼が本を出した出版社なら連絡の労をとってくれるかもしれないと思いつきました。本を本箱から取り出すと、出版社の電話番号が書いてあります。その出版社にコンタクトすると、編集者に電話をまわしてくれ、この編集者も親切に対応してくれました。結局、ぼくがこの編集者にメールを書き、転送してくれることになりました。
メールを送り、久しぶりにその著者のあとがきを読むと「筆者の面倒を見てくださった〇〇さんの、初々しくも強靭な督促がなければ、筆者は途中で息切れしていたに違いない」とあり、ここで〇〇さんが、ぼくがメールを送った相手であることに気づきました。なるほど、ここをもう一度読み返していれば、メールの書き方も変えたのに、とやや後悔しますが、あの編集者ならきっと良いように協力してくれるはずと思いました。それにしても、人とコンタクトしやすくなっているのか、その反対なのか・・・・なかなか分かりにくい時代です。