さまざまなデザイン の記事

Date:08/10/10

ダブリンネタをもう一つ書きます。

ミーティングには欧州各国の人たちが集まっていたのですが、アイルランドの人たちのスーツがクラシック、または地味でした。それをイタリア人がこう言います。

「まったく、年に一回の葬式と結婚式で着るようなスーツばかりで嫌になっちゃうよな。ストリートファッションのようなダラーンとしたジーンズにTシャツを着ていたと思ったら、今度は冠婚葬祭の洋服。彼らには、イタリアのように中間のお洒落っていうのがないんだ。ちょっと凝ったシャツにジャケットっていうふうにね」

しかし、ミラノのビジネスファッションというのも、相当に定番的で、先日もミラノの洋服店の主人がこんなことを言いました。

「ミラノのビジネスマンは、シャツは白か青。スーツはグレーか紺。本当に冒険しないんですよ。洋服タンスをみて御覧なさい。だいたい白いシャツが20枚、青いシャツが20枚、こんな感じです。色の柄物は休日用として売れるけど、ビジネスシーン用には少ないんだ」

それではどこが違うかということになりますが、まず同じグレーでも紺でも、素材の違いでミラノのスーツのほうがソフトに見えます。シャツも化繊ではなく綿100%ですから、どこかゆとりを感じることができます。また、色そのものに思わず見入ってしまうような魅力がある、それがミラノの洋服ではないかと思います。たぶん、こういう洋服に見慣れていると、ダブリンのビジネススーツ姿は、どこか立体感に欠けるように見えてしまうのではないか・・・そんなことを考えていました。

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  | 
Date:08/10/9

今週はじめ、アイルランドのダブリンに出かけてきました。この数年、毎年ダブリンに出張しているのですが、去年あたりから街の風景が変わり始めたかなと感じていました。アイルランドのクルマは、ナンバープレートをみると、何年に購入したかが分かります。2005年であれば、頭が05ーという表示になります。2-3年前までは、去年あるいは今年購入したクルマが非常に目についたのですが、去年あたりから2-3年前以前のクルマが多くなってきたなと思ったのです。

今回、空港に着いて乗ったタクシーの運転手が、すぐ金融不安について話を始めたので、やはり米国に近いだけあると感じました。そしてホテルについてカフェで軽い食事をとると、壁にかかった大きなTVでNY株式市場がどれだけ下がったかというニュースを延々とやっています。街に出るとメイン通りにあった有名なインテリアショップが閉店になっていて驚きました。1990年代、アイルランドはIT分野を中心に高度成長を遂げ、数年前まではちょっとしたアパートでも億円の値段がついていたのですが、様変わりをしている印象を強くうけました。

ぼくがここで思ったのは、2001年の911です。あのときもそうですが、TV、それも大きなサイズのTVで流れる映像が街の風景の重要な一要素になっているということです。そしてブラックベリーのような携帯端末で逐次ニュースを追うことで、気分の共有化が一瞬にして行われることになります。これは心理的連鎖をおこしやすい、つまり今回のような「金融不安」においても、非常にマイナスに作用する環境が作られていると思います。

しかし、世の中のリアリティは全てここにあるのではありません。とても強い地盤で日々何も変わらないように見える生活が厳然としてあるのが、世の中です。アイルランドの人たちが皆、青ざめた顔をして街を歩いているわけではなく、パブにいけば相変わらず陽気な人たちがわいわいとギネスビールを飲んでいます。街の風景のどこに変化があったのか、なかったのか・・・・もっと色々な局面を観察しないといけないです。

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  | 
Date:08/10/6

先週、学会に出席するためにイタリアにおいでになった日本の大学の先生とお会いしました。国際関係論がご専門です。ブレラ美術館の近くで、やや遅い昼食を食べながらの雑談でしたが、とても印象に残る言葉がありました。

「イタリアは三度目ですが、こうして色々とみていて、つくづくヨーロッパは伝統を守ってきたところだということを感じましたね。今更ながらなのですが、そう思ったんですね。それに対して日本は伝統を捨て去ってきた。やはり、日本の文化のもつ特性を活かす伝統のなかに生きないと、駄目ですね」

「日本はヨーロッパを歪んだ目でみてきました。アメリカを通したヨーロッパなんですね。近代合理主義そのものも、大量生産、大量消費というアメリカの解釈であって、ヨーロッパのそれじゃないわけです。これはまずいです」

伝統を守ることでブランドを構築する条件を整え、そこにプラスアルファの価値を追加することを可能にしてきた。それがヨーロッパです。他方、日本は過去をどんどんと捨て去り、変わり身の早さを得意としてきました。したがってブランドを作るための要素がバラバラに散在しているため、それらを一つのコンセプトにまとめあげるのに苦労が多いわけです。あるコンセプトを練り上げるには時間が必要です。なにもないゼロからのコンセプトというのは実は現実的ではありません。時と共に蓄積していくエレメントが、その結合に必然性をもってくることによって、その結果、ブランドがブランドたりうる条件をそろえるということになります。

過去は捨てるものではありません。生かすものです。変わり身の早さもある時まではいいですが、適当な時期にその癖は取り去る必要があるかもしれません。ぼくは、ヨーロッパのトップファッションブランドを眺めていてよく思うのですが、彼らの身のこなし方、あるいは装いの変え方、これは決して早すぎず、また遅すぎないのです。この妙がブランド維持するための時間感覚なのではないかと思うのです。このスピード感を身につけることによって「古臭くない伝統」のあり方というのが自ずとみえてきます。

Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  |