さまざまなデザイン の記事

Date:08/12/4

「2008 ミラノサローネ」を書いているとき、デザインや建築について書いている山本玲子さんのブログを引用したことがありますが、11月28日に書かれている「プロトタイプ展2」を読んでいてなるほどと思いました。

<ここから>
先日とあるデザインコンペの授賞式で、審査員が受賞者に対して「今、直接あなたから話を聞くと制作意図がよく理解できるのだが、応募時のプレゼン資料では分からなかった」と言ったところ、その受賞者が「くどく説明するよりもアウトプットで見せた方がいいと思った」と答える場面があった。展示会にしろ、コ ンペにしろ、見る側としては作品を眺めて自由に発想するだけでなく、それ以上に制作者の意図や考えを共有したい、つまりコミュニケーションしたいという気持ちがある。確かにその受賞者の気持ちも分かるが、やはりアートとは異なるのである程度丁寧な説明(文章や言葉でなくてもよいが)も大切ではないか。
<ここまで>

http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/

一方、ぼくが28日に紹介した、コンポラリーアートの廣瀬智央さんの小山登美夫ギャラリーでの作品が以下サイトでご覧になれます。

http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/p/KIYOSUMI/2008/1129SH/index.html

その廣瀬さんから、以下のようなメールを受け取りました。

<ここから>
今回このような文章(プレスリリース)を書いて、テキストを読んでくれた方は、非常に共感と理解を示してくれて、作品がより魅力的になったという感想をいただきました。やはり、アーティストのリアルなさまを文章でロジカルに書く訓練は、非常に大事だと再確認しているところです。
<ここまで>

ぼくの本のなかで欧州地域研究家として文章を引用させていただいた八幡康貞さんと、今週、電話で話しているとき、八幡さんより「コンセプトを考えるときのキーワードは自分で考えないといけない。これは極めてクリエイティブな行為なのだから、雑誌や本から拾ってきた言葉の組み合わせで新しいコンセプトを考えようというのは、あまりに経験主義的過ぎる。仮説をたて論理を組み立てていくプロセスを経ていないコンセプトはコンセプトなりえない」という内容の言葉を聞きました。

ぼくは本の中で、欧州人は美術館の入り口でより解説を読むと書きました。直感的あるいは直観的な作品鑑賞の問題点の指摘は、どうも欧州向けの話だけでなく、日本についても言えるのではないか・・・そういうことを考える契機をぼくは得たようです。

Date:08/12/3

モダニカ札幌を運営しながら、下坪さんが好きなヨーロッパのデザインを扱いたいと強く思っていた‘90年代半ば、パリの蚤の市で一つのデスクと出会います。もともと下坪さんはデスクに惹かれるようで、オリベッティのデスクとは’90年代前半の米国買い付け時代に出会っていました。今もイタリアのアンティークショップでデスクを見つけると、目がキラリと輝くのが下坪さんです。

このパリで買ったデスクは1956年、米国のネルソンの影響もうけたピエール・ポランがデザインしたものでした。‘60年代以降、非常に有機的なデザインを始める前の直線ラインが印象的な作品です。2002年、メトロクスはこの作品を日本で生産することを検討し始めます。これまでの輸入ビジネスから一歩進んだ、ロイヤリティ生産する初めての経験です。

ぼくはポランの連絡先を探し出し、ポランが指定したパリの弁護士との契約協議のために、下坪さんと二人でパリに向かいました。そこで我々が特別に依頼したポランのサインをデスクの一部に入れたいという要望が、引き出しの中ならOKという形で受けいれられたのは、嬉しい思い出です。ポランはとても控えめな人柄で、目立つことをあまり好まないのです。

2003年は一つの重要なイベントがありました。それは東京店のオープンです。これまで札幌を拠点としていることで良いことがありました。東京の多くの同業者と直接対峙することがなかったのです。常に協力関係でした。また、タイムリーなことばかりにエネルギーを費やさず、東京人と違うリズムで生き、違うモノをみることにより、違う考え方を維持することができるというメリットがありました。しかし、更なる成長を見込むには東京への出店は不可避な時期にきていました。

Date:08/12/1

”L’UTOPIE DU TOUT PLASTIQUE 1960-1973”に掲載されている商品で、メーカーに再生産の交渉をしたけれど、数量やコストがあわず、適わなかったものもあります。このように1960-70年代のイタリアデザインを、メトロクスが日本に紹介してきたのです。メトロクスという名称を使いましたが、もともとのメトロポリタンギャラリーという言葉が「ギャラリー」として誤解を生む、あるいはやや名前として長いということもあり、モダニカ札幌も統合してメトロクスという店名に変更しました。2002年のことです。

メトロクスで直接メーカーから仕入れる商材が多くなり、当然、デパートを含め、全国のデザインショップに卸をしていくケースが増えます。現在、卸売りの取引先は250以上に及びますが、そのきっかけになったのが、ジョエ・コロンボのボビーです。2001年春からスタートしました。この前は事務機器メーカーが輸入し、設計事務所などに販売していましたが、この会社がボビーの独占輸入権を手放すと2000年12月初めに聞き、我々は急遽動きました。クリスマスから大晦日ぎりぎりにかけて目処をつけ、年明けすぐにメーカーに駆けつけ交渉したのです。

メトロクスのアイデアは、このボビーをもっと一般家庭のインテリア商品として普及させることでした。そのため、白や黒だけでなく、他の色を追加しました。この狙いはあたりました。今までの事務用品イメージからインテリアグッズにも領域が広がったのです。そして、この月間数百台出荷するボビーを中心に、他の製品を紹介することができるようになりました。

この1-2年前から、メトロクスでは独自に開発した「セルシステム」というユニット家具を国内で作り始めており、主力製品に育ってきていました。ありそうで案外ない良いデザインのもの。こういう空白を埋める製品です。ボビーは、この製品と両輪をなす位置づけになったわけです。