さまざまなデザイン の記事

Date:08/12/5

東京店のための不動産物件探しも楽ではありませんでした。当初から天井の高い空間であることに拘りました。必然的に倉庫や工場跡が候補になり、羽田空港の近く、あるいは木場の倉庫街などが考えられました。良いモノが良く見える場所である必要がありました。しかし、大型トラックの排気ガスが蔓延する道路を、徒歩でおいでいただくお客さんの気持ちも考えないといけません。紆余曲折のあったなか、今の新橋の物件が見つかったのです。元ダンボール工場です。

愛宕警察の裏にあたるこの地域、家具を作る小さな工場が多かったことは後から知ったのですが、高い天井と何となく昔の匂いが残す町並み、汐留や芝公園に近いという地の利、こういう要素が全てメトロクスの味方をしてくれるだろうと下坪さんは考えました。インテリアショップが軒を連ねる場所に安易に引き寄せられなかったのは、彼の意思の強さだと思います。

2003年、もう一つ新しい試みをスタートさせます。‘50-’70年代に活躍したデザイナーへのインタビューです。その時代のデザインを扱っていて、それを考えたデザイナー本人の生の声を聞いておきたいという欲求が強くなってきました。それもどこの雑誌や本でも取り上げているデザイナーではなく、作品自体は有名だけど、デザイナー本人があまり外に出ていない。そして、メトロクスが扱っている(あるいはこれから扱いたい)製品をデザインしている人、こういう条件のもとにはじめました。

一年に二人ずつ、インタビューを開始しました。トップバッターはMH WAYの蓮池氏、そしてプリアチェアのジャンカルロ・ピレッティ氏、ジョエ・コロンボの右腕だったイグナチア・ファヴァタ氏、フランス工業デザイン界のヒーローだったピエール・ポラン氏、パリのオルセー美術館の設計も担当したガエ・アウレンティ氏・・・と続きました。我々がここで得たものは、想像以上に大きなものでした。

Date:08/12/4

「2008 ミラノサローネ」を書いているとき、デザインや建築について書いている山本玲子さんのブログを引用したことがありますが、11月28日に書かれている「プロトタイプ展2」を読んでいてなるほどと思いました。

<ここから>
先日とあるデザインコンペの授賞式で、審査員が受賞者に対して「今、直接あなたから話を聞くと制作意図がよく理解できるのだが、応募時のプレゼン資料では分からなかった」と言ったところ、その受賞者が「くどく説明するよりもアウトプットで見せた方がいいと思った」と答える場面があった。展示会にしろ、コ ンペにしろ、見る側としては作品を眺めて自由に発想するだけでなく、それ以上に制作者の意図や考えを共有したい、つまりコミュニケーションしたいという気持ちがある。確かにその受賞者の気持ちも分かるが、やはりアートとは異なるのである程度丁寧な説明(文章や言葉でなくてもよいが)も大切ではないか。
<ここまで>

http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/

一方、ぼくが28日に紹介した、コンポラリーアートの廣瀬智央さんの小山登美夫ギャラリーでの作品が以下サイトでご覧になれます。

http://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/p/KIYOSUMI/2008/1129SH/index.html

その廣瀬さんから、以下のようなメールを受け取りました。

<ここから>
今回このような文章(プレスリリース)を書いて、テキストを読んでくれた方は、非常に共感と理解を示してくれて、作品がより魅力的になったという感想をいただきました。やはり、アーティストのリアルなさまを文章でロジカルに書く訓練は、非常に大事だと再確認しているところです。
<ここまで>

ぼくの本のなかで欧州地域研究家として文章を引用させていただいた八幡康貞さんと、今週、電話で話しているとき、八幡さんより「コンセプトを考えるときのキーワードは自分で考えないといけない。これは極めてクリエイティブな行為なのだから、雑誌や本から拾ってきた言葉の組み合わせで新しいコンセプトを考えようというのは、あまりに経験主義的過ぎる。仮説をたて論理を組み立てていくプロセスを経ていないコンセプトはコンセプトなりえない」という内容の言葉を聞きました。

ぼくは本の中で、欧州人は美術館の入り口でより解説を読むと書きました。直感的あるいは直観的な作品鑑賞の問題点の指摘は、どうも欧州向けの話だけでなく、日本についても言えるのではないか・・・そういうことを考える契機をぼくは得たようです。

Date:08/12/3

モダニカ札幌を運営しながら、下坪さんが好きなヨーロッパのデザインを扱いたいと強く思っていた‘90年代半ば、パリの蚤の市で一つのデスクと出会います。もともと下坪さんはデスクに惹かれるようで、オリベッティのデスクとは’90年代前半の米国買い付け時代に出会っていました。今もイタリアのアンティークショップでデスクを見つけると、目がキラリと輝くのが下坪さんです。

このパリで買ったデスクは1956年、米国のネルソンの影響もうけたピエール・ポランがデザインしたものでした。‘60年代以降、非常に有機的なデザインを始める前の直線ラインが印象的な作品です。2002年、メトロクスはこの作品を日本で生産することを検討し始めます。これまでの輸入ビジネスから一歩進んだ、ロイヤリティ生産する初めての経験です。

ぼくはポランの連絡先を探し出し、ポランが指定したパリの弁護士との契約協議のために、下坪さんと二人でパリに向かいました。そこで我々が特別に依頼したポランのサインをデスクの一部に入れたいという要望が、引き出しの中ならOKという形で受けいれられたのは、嬉しい思い出です。ポランはとても控えめな人柄で、目立つことをあまり好まないのです。

2003年は一つの重要なイベントがありました。それは東京店のオープンです。これまで札幌を拠点としていることで良いことがありました。東京の多くの同業者と直接対峙することがなかったのです。常に協力関係でした。また、タイムリーなことばかりにエネルギーを費やさず、東京人と違うリズムで生き、違うモノをみることにより、違う考え方を維持することができるというメリットがありました。しかし、更なる成長を見込むには東京への出店は不可避な時期にきていました。