さまざまなデザイン の記事

Date:08/12/10

1998年、池袋セゾン美術館で「柳宗理のデザイン展」が開催されます。柳宗理は1915年生まれで、民藝運動のリーダだった柳宗悦の長男で、いうまでもなく既に工業デザインの第一人者ですが、この展覧会を境に柳宗理の再評価が高まります。その後、2000年代に入り代表作のバタフライスツールがよく売れるようになります。このあたりから、日本のデザインあるいは民芸品が見直されるという流れになっていったのですが、こういうトレンドを見ながらメトロクスが選んだ道は、バタフライスツールを追随して売ることではありません。

1990年代前半の猫足ブーム時代にヨーロッパのモダンな家具に目覚め、1990年代半ば、特にイームズブームの最中にイタリアデザインの準備をはじめた。流行りの通りにショップを並べる同業者とは一線を画し、新橋に店舗を構える。これが下坪さんのやり方です。インタビューしたデザイナーの面々の選び方も、一番光があたっている場所を避けているのが分かります。

経営面での大きな両輪作り。国内デザインの隆盛。この二つの背景をもってメトロクスがスポットライトをあてたのは、1911年生まれで現役の渡辺力さんです。1954年、清家清が設計した邸宅に渡辺さんはスツールをデザインしました。メトロクスはこれを「ソリッドスツール」と名付け、量産品として作りはじめました。2005年のことです。

2006年には日本の伝統工芸である切子展を行い、同じ年に1960年の長大作さんの作品、パーシモンチェアとマッシュルームベーステーブルを復刻させます。このようにして、ヨーロッパの輸入品やロイヤリティ生産、自社製デザイン品と国内有名デザイナーの名品という枠組みを作ることができました。しかし、そこに一つの落とし穴がありました。

<本コラムにコメントや感想をお寄せいただく場合、下記のメールアドレスにお願いします>

european.eyes@gmail.com

Date:08/12/9

先週4日の『ヨーロッパの目 日本の目』-9で山本玲子さんのブログを紹介し、作品の解説の意義について触れました。彼女のブログでもう一つ引用しておきたい部分があります。少々長いですが、以下です。「ひとへやの森-インタラクティブな風景展」(11月1日~4日)に関する11月28日のコラムです。

<ここから>
“樹木”ユニットを眺めながら同時に思ったのは、近年の若手建築家、若手デザイナーの作品にちらほらと見られる詩的なストーリー性はどこからくるのか、ということだった。自然の中で深呼吸をしたり、時間をゆったりと積み重ねたりすることに、静かに思いを寄せるような彼らの作品には、ぼんやりとした閉 塞感の中で自分だけの無限の自由を求めるロマンチシズムのようなものが感じられなくもない。

ひとまわり年上の先輩デザイナーたちは「もっと自分をさらけ出して」「もっと大きなビジョンを」と言うが、声高かつ簡潔に言い切ることだけが現代の正解ではない。むしろ、言葉を慎重に選び、時間をかけて相手との距離を少しずつ縮めていくようなアプローチ方法にも、もっと目を向け、丁寧に読み解こう としてもよいのではないかという気もする。
<ここまで>

http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/

偶然ながら、この「詩的ストーリー性」が、八幡康貞さんと電話で話し合ったとき、やはり一つのテーマになったのです。欧州の大学教育でも、本を最初から最後まで読むのではなく、複数の本をチャプター毎に読んでレポートを書かせることが多くなったが、これは米国の教育方法の影響だろうと八幡さんが指摘しました。一方、ぼくが「欧州人も若い人たちは、カチッとした強さより、弱々しい中性的な表現を好むようになり、そのあたりは日本の若い人たちと共通の面が出てきましたね」と話すと、八幡さんは「そうですか・・・でも、欧州の若い人たちのほうが、痛々しさというか、苦しみというか、こういうことを内により含んでいるような気がする」と語りました。

本の中で、欧州においても「軽い」ということに価値が持たれるようになってきましたが、それは日本の「軽さ」とは違ったバックグランドとニュアンスがあるので、その文化差をきちんと把握していないと大きな勘違いを招くと書きました。これは当然のことながら、「弱々しさ」「中性的」といった表現にも出てくるギャップですから、世代傾向を眺めるときにも、よく見極めることが大事です。八幡さんのいう「痛々しさ」「苦しみ」というのは、自分のコンセプトを生み出すときのプロセスを指しているのだろうとぼくは理解しました。

<本コラムにコメントや感想をお寄せいただく場合、下記のメールアドレスにお願いします>

european.eyes@gmail.com

Date:08/12/8

デザイナー達と話しをして、我々は50年代から70年代の空気や考え方について、ある実感をもって知ることができました。人の語る過去は美化している部分、整理しすぎた部分、そういうことが沢山あるのは承知していますが、それでも、メーカーがロイヤリティを約束とおりに払ってくれなかった話などになると、まさしく今の問題のように喋ってくれるものです。

およそのところ、どんなクリエーターもそうであるように、過去の自分の作品を振り返ることにさほど関心のない様子をみせますが、一度製作当時のことに想いが届くと、まったく違った顔をみせてくれます。その瞬間をみると、我々も「同時代性」をリアルに感じるのです。

さて、話をビジネスに戻しましょう。直接輸入商品が事業の核になってくると、経営面からのリスク分散を考えないといけないことになってきます。輸入はオーダーから入荷、そして販売までのリードタイムが非常に長いです。売上げ金を実際に手にするまで、3-4ヶ月はかかります。為替変動もありますし、リードタイムが長いと、どうしても社内で柔軟な対応がとりにくくなります。

もう一つの車輪をもっと大きなものにしないといけません。もう一つの車輪とは国産品です。セルシステムやプチデスクのようなロイヤリティ生産では不足している部分、これをどう補完していくかがテーマになってきます。