本を読む の記事

Date:11/11/27

日本にいるころ、相模湾でディンギーを仲間と乗っていた時期がありました。ある日曜日、かなり風が強く小雨まじりの中を友人と無謀にも舟を出した際、さほど沖にいかないところで船体がひっくりかえりました。ぼくらは海に身を放り出された後に舟をたてなおしましたが、ぼくは乗り込むにあたり船体をつかみ損ね、海面に一人残されることになりました。一方、友人をのせたディンギーもあっという間に流されていきます。陸から沖に吹いていた風と潮の流れが、ぼくの身を山の連なりからどんどんと遠くへと引き離していき、「明日、何処で発見されるのだろうか・・・」と文字通り天を見上げました。

漁民は山を見ていた。海から真剣に山を見ていた。海から見える山は、漁民にとって命であった。

冒頭の文章が、20年以上前の相模湾でのアクシデントを鮮明に思い起こさせてくれました。陸地にある建物など小さくあてにならず、見慣れたカタチの山こそが自分の位置を確認する唯一の指標になります。人はどこかにあるスタート地点をいつも確認できる構えが必要です。

海に浮かぶヴェネツィアの街のためにアルプスの木材がポー川で運ばれたように、ある地域は他の地域との相互補完の関係で成り立ちます。こうしたことを当たり前のことだと頭で知りながら、お互いに関係することを実際に見たり聞いたりすると、人は心を動かされるものです。地域や集団あるいは個人が閉じた孤立に陥らずに生きていることが確認されると嬉しく思う傾向があります。それも、自然の生態系にかかわることだと、さらに・・・。

植物プランクトンを育む窒素、リン、ケイ素、さらに、フルボ酸鉄の流入量は、圧倒的に、大川が供給していることがわかった。さらに大川の水は、外海に近い唐桑の海にも届いて、それが水深20メートルもの深さにまで達しているというのである。つまり大川の養分が、海の深い所にまで供給されていたのである。

森林、川、海と続く生態系の中に、生物の生存がある。ところが、この関係が数字で明快に示されることは、これまでなかった。松永教授の鉄を基準にした生物生産量の計測という研究は、単に気仙沼湾の問題にとどまらない。

牡蠣の養殖のために森を育てる根拠が科学的に説明されたのですが、科学的説明が可能であるという事実は、海で生きる生物に不可欠な鉄分は森によって提供されるシステムが、世界のどこの地域でも維持されないといけないとの警告になります。

ある科学的説明は科学的に説明されると有用であろうと直観で閃いたポイントでこそ花開きます。あてずっぽうにいくのではなく、「こんな感じが全体像ではないだろうか」と直観で思ったら、そこから鍵となるパーツを探し求めていきます。しかし、直観でつかむ全体像とは自分のリアルな経験(たとえ、ネット上の情報を扱うにせよ、「自分にとっての一次情報」という次元において)に基づきます。つまり、情報は目的や目標があってこそ「息が吹き込まれる」ものであり、実は「息が吹き込まれる」瞬間とは、眼前にあるディテールが輝いた瞬間であり、全体を構成する重要なエレメントであろうと直観で思う時です。すなわち、全体像とディテールの関係の把握が瞬時に行えた時以外の経験は、そのまま寝かせておいてよいものです。言ってみれば、あまり考え込まなくていい。

海に森に生きてきた畠山さんは、「経験の寝かしつけ」が上手いのではないかと思います。無駄に起こして徹夜などさせない。よく睡眠をとらせる。しかしながら、常時目を覚ませておかなければいけない部分は、「冷淡なほどに熱情的」になるよう仕向けます。

三陸海岸の一介の漁師の家に生まれた少年が、一人前の牡蠣士になり、森と海の自然の恵みと、それをおびやかす環境破壊の現実に目を開かれ、問題点を正確に把握して、その解決にむけ、仲間の輪を広げ、敢然と、しかしどこまでも明るく、立ち向かうリーダーになっていくドキュメントである。その筆致には高い文学性があり、叙事文学ともいえる。が、それにとどまらない。ゆったりとした序(経験の統合)、息もつがせぬ破(問題点の整理)、そして最後の急(実践)という、しっかりとした構成をそなえて、また多くの地域に妥当する処方箋が書き込まれており、実学の書でもある。

川勝平太のあとがきです。

 

Date:11/11/6

「もうフェイスブックは古いよ。それに比べグーグル+はいいね。ツイッター?ああ、もうゴミメディアになったね」というセリフをフェイスブックで最近読み、ため息がでました。1-2年前、彼があれだけツイッターについて熱く語っていた内容はなんだったのでしょう。「米国の若い子たちは、フェイスブックはダサいと言っているよ」と付け加えます。ソーシャル・メディアのなかで多様なオプションが時差を伴いながらやってくるのを一つ一つ夢中になってこなしながら、「夢中」になって捨てていく。そう、捨てるのも嫌に気がはいっているのです。

各メディアとの複合で「自分にあった唯一のシステムの確立」に強い希求があると、個々のコンポーネントを比較的「軽く処分」できます。これらの人たちは、自分のメッセージがどういうレベルで伝達されるかもさることながら、ひたすら方法論に関心があります。しかし、考えようによっては、新しいターミノロジーが作る世界観に目がよりいっているのかもしれません。


「尊皇攘夷」という合い言葉がはやらなくなって、そのうち「攘夷」だけが残り、新しい政府の下に、西洋の習慣が取り入られるようになった。それからのこと、「□□はもう古い」というのが知識人の言葉づかいの中に棲みついて、百五十年近くになる。

はじめは、わずかに知識人代表がヨーロッパに旅して新知識を仕入れてきた。その輸入には船便で三か月かかった。だんだんに船は早くなり、タネの仕入れは数年とだえたが、戦争が終わってからは、テレビを通してほとんど仕入れ元の米国、そしていくらかは前と同じくヨーロッパから、新しい知識と習慣がとどく。

それでも、「□□はもう古い」は、ものさしとして有効である。「サルトルはもう古い」というように、その□□のところに何を入れてもおかしくない。ことによると、「□□はもう古い」は、明治以降百五十年で最も長持ちしている文化遺産かもしれない。

本書にある「かわらぬものさし」にある一節を引用してみました。新しいか古いかが必要以上に重要になるのは、全体像の把握の必要性が、いやさらに言えば、全体像の把握自身が顧みられなくなっている時代を反映しているのではないかとも思えます。そういう時が150年も続いているのが日本であると鶴見は指摘しているわけです。しかし、それは日本だけに限った話でもないと書いているのが「大きくつかむ力」です。日米が開戦するかどうか、A.M.シュレジンガー、都留重人、鶴見俊輔の3人で話し合ったとき、シュレジンガーは黒船到来以降の日本を一国にまとめてきた指導者の賢明さは、米国に敗戦するとわかっている戦争を回避するだろうと語りました。

A.M.シュレジンガーの予測は、この場合、結果だけから言えばまちがっていた。しかし、この大きな歴史のつかみかたは、おそらく彼より細かいところまでを知っていた日本の大学出の外交官が忘れている、大きな世界史のつかみかたを内にふくんでいたのではないか。

その当時も、また現在も、大学出身の専門官僚は、百五十年、二百年の大まかな日本の位置づけを離れて、細かい情報処理の中で日米の舵取りをしているのではないか。そうして、二百年前、百年前にはもっていた、大きな筋道をみつける力をなくしてしまっているのではないか。

この後、現在の米国は日本と同じ道をたどっていると鶴見は言葉を加えるのです。つまり、大局をつかむ力を喪失した、と。

80代の鶴見の文章を読みながら、ぼくは「老人っていいなあ」としみじみ感じ入りました。年齢を経てこういう見方ができるなら、もっと早く年を取りたいと素直に思えました。高校生から大学生のころ、彼の文章を『思想の科学』で読んでいた時、当然ながらぼくにそう思える余裕はまったくなく、ひたすら文字を追いながら遠い先にある彼の思考の背中を見つけようとするに精いっぱいでした。そして、ほぼすべて忘れている・・・・。

3年前、前著『ヨーロッパの目 日本の目』を上梓したとき、この分野で高名な先生が本の献本リストを作ってくださいました。ぼくの本を読んでだうえで20人くらいの名前を書いてくれました。そのなかに鶴見俊輔の名を見つけたとき、30年近い遠い過去が急によってきた、あの感覚を本書を読みながら思い出しました。だが、残念ながら波はやはり再び遠のいていくのです。

 

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:11/10/23

ヨーロッパの財政危機を巡る日本国内でのコメントや意見を耳するたびに、相変わらずEU認識にずれがあるなあと思います。まるで経済的な動機でEUが成立したかのような前提で論議されていることが非常に多いのです。EUはエリートの産物であるがゆえに経済的ロジックに嵌るはずがなく、統合の考え方は地に落ちていくのが当然であろうとでも言いかねない勢いです。言うまでもなく統合の出発点にあるのは、何世紀にも渡っていったいどれだけの人たちが終わりのない復讐に命を落としたのか? 戦いで流してきた血を止めるしか生きる道はないとの覚悟がすべての根底にあります。ヨーロッパ統合のコンセプトが破綻しないための経済的な括りが共通通貨に表現されていると考えるのが妥当でしょう。

何か前向きなことが生じると一斉にヨーロッパの将来を語りはじめ、少しでも暗部が露呈するとすべてが終わりのようなシナリオに夢中になりすぎる。短い期間をとっても、2007年のリスボン条約締結以降の日本の書店のヨーロッパ関係の本棚を観察すれば、そのあたりの節操のなさがよく分かります。ヨーロッパが市場として規模が大きいかどうかではなくー北米より大きいが言語が細分化されて面倒との見方をする企業が多いー、「こういう考え方をしたらどうだろう」との提案をするヨーロッパの動向を定点観測しておく意味がよく理解されていない。すなわちは世界の思潮を見極める大きな要因をフォローせず、世界各地で起こる一現象に振り回される確率が増えるという悪循環に陥っています。世界を動かすメカニズムのキーの一つがヨーロッパにあるのに見過ごしているといえます。新興国の台頭で米国も含む西洋社会は凋落の傾向にあってでも、です。

一例がここにあります。「21世紀はモラルの時代になる」と一部の人たちの間で前世紀から語られてきました。明示的なルールではないレイヤーでの勝負とは言わない「紳士的な振る舞いでの「勝負」」が重要視されるだろう、と。実は、それが目に見えない机上の理想論ではなく、現実の世界に浸透しはじめているのがCSR (Corporate Social Responsibility =企業の社会的責任)ということになります。

CSR とは、社会面及び環境面の考慮を自主的に業務に統合することである。それは、法的要請や契約上の業務を上回るものである。CSRは法律上、契約上の要請以上のことを行うことである。CSRは法律や契約に置き換わるものでも、また、法律や契約を避けるためのものでもない。

これがヨーロッパの発想です。企業幹部が不祥事で頭を下げるたびに話題になる法律の遵守がCSRではなく、明示できない問題への対処がCSRのテーマになるのです。グローバルに展開するサプライチェーンによって、自国では維持する価値を他国では踏みにじるー本社のある国での人権は途上国にあるサプライヤーでも同じく尊重されないといけないーということが生じないようにするにはどうすればよいかを考えるのです。

ヨーロッパは持続可能な発展を環境保護と経済発展の両立とは考えない。環境保護と社会的一体性の維持とそして経済発展の3つが同時に成り立つことがヨーロッパの言う持続可能な発展である。

環境と経済だけが表に出やすい米国や日本との違いは、この社会問題を同等に扱うとの定義にヨーロッパの意思が表れています。EUのRoHS指令(電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する指令)はヨーロッパを含む世界中の産業界に喧噪を引き起こしましたがCSRの狙いを的確に読み取れば、議論のレベルをどこにもっていかないといけないかが明らかになります。本書には、「CSRマネジメント規格の議論の位置づけの日欧のちがい」という説明があります。

ヨーロッパ

社会問題への危機感→企業の責任についての議論→CSRという概念構築→経営に取り込む方策の模索→規格の必要性の有無についての議論

日本

ISOでの検討開始→CSRへの関心→過去のISOマネジメント規格に関する苦い経験→ISO規格とCSRへの警戒感

日本でのISOに関する苦い経験は環境管理システムを定めた14001や品質規格の9000を指していますが、上の経緯を見ただけでも、考え方の道筋のありかを見定めて態度を決めないと大気圏外に飛ばされてしまう可能性があることに気づくでしょう。財政問題しかりです。

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