「夏のローマ」というエントリーでサンピエトロ大聖堂で感じる「体系」について触れましたが、夏の大聖堂のなかで感じる駅の雑踏に似たムードは、なにやら安心するというかちょっと不思議な心持でした。タンクトップで出た肩をかろうじてストールで隠して入り口を通過し、その後にストールをとり、まるで冷房の効いた空間でホッとするような、そうした気持ちがあふれ出た空気を感じました。なにせ午前中は教会の入り口まで長蛇の列で、多分、1時間以上は35度以上の炎天下で待たないといけない状況でした。そこでストレス発散を試みようという女の子たちも出てくるというわけです(下の写真)。ぼくはこの列に嫌気が指し、近くのレストランで昼食をとり、午後再びでかけたのですが、そのときは殆ど待たずに入れました。

そして教会のなかに入ると、冬だと冷たさをシンボライズする大理石と妙に相性が良いという次第。そして、この暑さから救われた環境変化が人の精神を解放するのか、聖空間にある神妙なムードではなくリラックスした雰囲気がどうしても目につきます。ぼくは、これを「小さな発見」として面白く思いました。ですから、教会の壁を飾る美術品の数々より人々の様子をカメラに収めることに熱心になりました。

ぼくは「これも悪くない」と思ったのです。俗空間と聖空間の接点がとてもはっきり見える世界がある、と。「夏のローマ」に書いたように、南米やアフリカから来たと思われる人たちが多く(ヨーロッパに住んでいる移民も含め)、彼らがリラックスしながら宗教空間に「馴染んでいる」のが印象的です。「学ぶ」「勉強する」という態度ではなく、「実家でくつろぐ」という表現は極端かもしれませんが、そういう比喩を思い起こさせるような肯定的印象を彼らから受けたというのは率直なところです。

スイス衛兵と一緒にカジュアルな格好をした少年の姿もほほえましいです。もちろん、ぼくの横には、この少年のお父さんが一眼レフを構えていました。そういえば、ローマに来る観光客は一眼レフを抱えている人が多いなとも思いました。力の入れ方が違うのでしょうか。

場所は変わって、ここはスペイン広場からまっすぐに伸びるコンドッティ通り。ブランドショップが軒を並べますが、写真はエルメス。この建物が昨年「西洋紋章デザイナー山下一根さん」で取り上げたマルタ騎士団の所有で、ここに本部があります。

旗の見える入り口には、上のプレートがあり、中庭には外交官ナンバーの車が駐車しています。十字軍以来の歴史ある組織の本部であるとは、この通りを何気なく歩いては気づかないかもしれません。

拙著『ヨーロッパの目 日本の目』に書いたエピソードがあります。ある夏、偶然にネットでみつけたウンブリアの家に滞在しました。その家のプールサイドで読んでいた本についてオーナーと夕食時に話をしたら、そのオーナーは読んでいた本の著者の縁戚でした。著者はプリモ・レヴィ(Primo Levi)で、ぼくが読んでいた本は処女作”Se questo e’ un uomo”(原題は『これは人間か』ー邦題は『アウシュビッツは終わらないーあるイタリア人生存者の考察』(朝日新聞社))でした。アウシュビッツをサバイバルした人間が1947年に書いたロングセラー本です。ぼくは、オーナーのフランチェスコから同じ本のサイン入り初版本を見せられ、その偶然に驚きました。(ここの家とは、「海は退廃的?」で掲載した家とプールです。下の写真は、門から家に至る道で、両側に葡萄やオリーブの畑があります)

先日もフランチェスコと夕食をともにしながら、色々な話題について話しました。ネタを明かせば、「夏の虫の鳴き声」で書いた、虫の鳴き声を誌的に聞くのはユニバーサルかどうか?という会話も彼と数年前に話したことです。「ユニバーサルとユニバース」で触れた人権の問題も、彼との話しででできたことです。彼の話す「人権」には、彼なりのバックグランドがあるのだろうと思います。ぼくも「人権」が最後の砦であるとの思いがあります。だからこそ、当たり前意識やオプションに入る「人権」に要注意だと考えているのです。

上の写真は、夕食の前のフランチェスコです。若いときは、馬の蹄鉄を作る職人を目指したといいます。今は農業をやりながらアグリツーリズモを経営しているのですが、丘の上にあり、見渡す限り殆ど人家が目に入ってこないという理想的な場所にあります。低い半月くらいでも天の川が見える抜群の環境です。しかも、たった二つしか家がないので、多数の客に気を遣う必要がありません。フランチェスコが語るところによれば、客の間で「うるさい!」と言い争いになることは全くないようです。二つの集団しかいない場合、平和を求めるしかなく、三つの集団になった場合、勢力のアンバランスが出てくるのかもしれません。

というわけで、敷地内にあるミニサッカー場でも、「お隣さん」と仲良くサッカーをして楽しむという場面が出てきます。ローマから来た子供たちは地元ローマのトッティのファンです。ミラノだとインテルやミランのファンというのが定番ですから、適当に対抗意識もあり、ちょうどよいです。このような環境で、本を読んだり新しいプロジェクトの草案を練ったりすると、考えるべき大事な点が色々と見えてきたりします。
下はフランチェスコの家族とのお別れのシーンです。息子のジョルジョは子供らしさが抜けつつあり、奥さんのセレーナの料理には今回もノックアウトでした。

今日のイタリアのニュースを読んでいると、今週末がバカンスの大移動のピークになりそうです。驚いたことに、バカンスに出かける人は昨年より10%の増加で、平均日数も増えています。経済不況が続き、英国では新型インフルエンザの蔓延が騒がれているなか、前年比でプラスというのには頭を捻りました。いずれにしても金曜日から土曜日にかけ高速道路に大型トラックは走らず、休暇に出かけるクルマでいっぱいになるでしょう。

都市から田舎に出る人、北から南に行く人、山の別荘から海の別荘に移る人、山の家からギリシャに直行する人・・・・いろいろな形があります。場所を変えることに一番大きな意味があり、その異なった空間で違った質の時を過ごすことが大事です。それぞれの土地にある、独自の文化を維持するに、実はこうしたバカンスという行為は有益です。日本のブログを読んでいて、「地方の過疎化はなぜ悪?」と書いている人がいました。過疎化を防ぐために、あるいは過疎化した地域の公共サービスを提供するために税金が無駄に使われているというのです。
もちろん、そういう人は経済効率性を重視するのだと書きますが、文化の均質化が、いかに脆弱な社会を作るかということを考えてはいないのでしょう。多層的で多重的な「強い社会」は、経済の揺さぶりにしぶといということを見ていないのです。もっと地方に旅をして、どういう文化を構築していくべきなのか自分で気づいていかないといけないでしょう。

そういえば、昨年末だったか、同じようなことー地方を捨て都市を活性化するーをブログに書いていた経済学者がいましたが、その人は半年後のあるシンポジウムで、自説を撤回していました。「ユニクロの本社は山口にあり、代表の柳井正氏は外に出ないで、あのような事業を行ってきた。東京人の発想ではない。みなが、東京に集中したら同じことしか考えられなくなる。だから経済効率からの都市集中型の提案は撤回する」と説明しているのです。ぼくはこれをその場で聞いていて「なんだ・・・そんな当たり前のことを無視して、都市集中を唱えていたのか・・・」と驚きました。

異文化の共生が大きなテーマであり、その実現のために多大なる犠牲をも払いながら何としてでも実行すべきであるという強い意志が必要です。が、それは表層的なお題目を唱えることではなく、しぶとい社会を作るための重要な施策であることを心の底から分かるには、もっと多くの人がバカンスで経験を実際に積んでゆくしかないのかなと、つらつらと思うのであります。