本を読む の記事

Date:09/7/7

日本におけるヨーロッパ史のイメージでは、ルネサンス後から宗教改革あたりで突如としてイタリアは消滅し、かわってオランダ、スペイン、フランス、英国、ドイツが「すべて」を支配し、近代となれば、ヘーゲルやデカルトの考えたことを代表させればいいと思っている節があります。だから、近代の限界を、これらの思想家の批判で済ませれば事足りるとの傾向に陥るわけです。そこには、幸運というべきか、イタリアはいません。イタリアは19世紀後半の国家統一あたりから顔を出し、ムッソリーニで浮上しますが、それもヒットラーとの関連であることが多いようです。第二次大戦後も、かなり長くは映画『自転車泥棒』や『苦い米』やナポリ民謡のマカロニの国でした。以前の記事「日本のイタリア料理とものづくり」で書いたように、イタリアがライフスタイル豊かなおしゃれな国であると一般に思われはじめたのは、1980年以降です。

ファビオ・ランベッリが『イタリア的考え方』(ちくま新書)を出した1990年代後半というのは、日本人によって書かれたイタリア生活記録というべき範疇の本が続々と出版された時期で、それらがあまりに社会の全体像と底の層の把握に欠け、それが目に余るということが動機としてあったようです。そこで彼の文化人類学的な関心の持ち方がつぼにはまり、また日本とイタリアの両方を知り、かつ米国という第三の目をもつという点が、それまでのイタリアものに飽き足らない日本の読者を満足させてくれたのでしょう。

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2005 年に出版した『イタリア的ー南の魅力』(講談社)は、前述の書からの発展系ですが、イタリアについてよく言われる「食べる」「歌う」「恋する」の真相を明らかにしていきます。歌うではポップス系の歌詞の背景を解きほぐしていきます。政治もカーニバルとユートピアをキーコンセプトにみていき、イタリアの社会の根底にある悲観主義が、サッカーでの守備中心主義ーカテナッチョーを生んでいると説明します。そして一方では「南欧の思想」の大枠をさらりと解説します。

これは日本のドイツ、フランス、英国のみで近代を語ろうとしている人たちを軽くいなすようにも見えます。イギリス近代文化論が専門の山本雅男の『ヨーロッパ「近代」の終焉』(講談社)は、1992年、冷戦の終わりとともに書かれている本で、従来の近代思想の解説と批判を加えながら、20世紀前半の相対性理論や量子力学が、半世紀を経て一般の社会意識まで影響を与えているという非常に刺激的な指摘をしています。しかしながら、ドイツ、フランス、英国だけではヨーロッパ近代を語るとする「挨拶」が何もなく、一生懸命、ジェンダーなど現代的問題に突っ込みを入れるのですが、その守備範囲の狭さが、せっかくの意欲を表現しきれないという残念な結果に終わっています。ランベッリは、まさしく、その部分を救っている。だから面白いと思う人、何が面白いのかさっぱり分からないという人、これが両極端に分かれる本ではないかと思うのです。

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:09/7/6

今年の4月にロンドンで開催されたG20の数週間前、盛んに米国とヨーロッパの不協和音が報道されました。そのひとつに、経済不況脱出には政府の大規模な財政支出が重要だと主張し、米国はEUサイドにかなりの圧力をかけたというものです。EUサイドからすれば、「何をいまさら、言っているんだ」というのが本音で、医療や年金その他の福祉制度でセーフティネットを作っている社会では、米国と同じように政府は金を使っているのだということになります。もちろん、底流には米国の市場原理主義が今回のカオスを引き起こしているという言いようのない不満があります。そして、今月、イタリアで行われるG8でも、新たな国際金融制度のあり方はテーマになっています.

福島清彦氏の『ヨーロッパ型資本主義』は副題として「アメリカ市場原理主義との決別」とありますが、今年の出版ではありません。2002年です。NYの911後に起きた米国の一方的な外交ーイラク戦争に代表されるーに対して沸き起こった多くの議論のなかでトピックになった話題であり、その前にネットバブルがはじけて株式市場が低迷した時代を背景にしています。ぼくは、この本を先月、東京の丸善で買ったのですが、2004年の8刷りです。昨年後半からの動きをみていて、ぼくが気づいたひとつの現象として、米国型資本主義の問題点が炙り出されているなかで、思ったほど、ヨーロッパ型資本主義に目がすぐ行っていない。悪者探しとそれへの抗弁がメインです。だから、この本も2004年8刷りで止まっているわけで、この本に再度目が向けられるには時間が必要なのかな?と、書店の棚で考えました。

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この本でも紹介しているように、ヨーロッパ型資本主義といっても、英国と大陸では違うし、大陸内でもフランス、ドイツ、スカンジナビア、南欧、それぞれで適正と考える政府規模は異なります。しかし、それでも「社会的」資本主義を志向し、人の顔をした社会を目標にしている点では共通します。その理念型がゆえにEUはここまで統合してきたし、それがゆえに移民増加への対処に右往左往するということになっているわけで、冷淡に言えば「ヨーロッパは米国に善戦はしていくだろう」ということになりますが、この「善戦」をどう解釈するかが、それぞれの価値判断をみせることになります。

ぼくは当初、本書を「ヨーロッパ文化部ノート」のほうで紹介しようと思っていました。本音を言えば、この本はヨーロッパ論として読むとあまり面白くないのです。が、社会の心性はとりあえず脇におき、こういう経済認識と社会認識に基づくと、デザインの可能性はとてつもなく大きいということが分かる本ではないかと考え始め、このブログに書くことにしました。上述したように、ヨーロッパにはさまざまな資本主義があります。日本は明治維新のときにフランスとドイツから学んだがゆえに、「硬い近代」を取り入れてしまったという反省的見方がありますが、距離的には圧倒的に近く文化的にもより近似なそれらの周辺国で独自性のある資本主義がなぜ作られたのかを考える時、それらに合うデザインのあり方を突き詰める意味と目標がおのずと見えてくるはずだ、ということを思ったのです。

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:09/7/2

フランス人デザイナーのピエール・ポランがチャールズ・イームズに敬意を払っていたことは、「ピエール・ポランに会いに行く」というエントリーで「イームズはテクニック以外のことで人を満足させようとしない、潔癖な人だった」という言葉を紹介しました。また、プリアチェアをデザインしたジャンカルロ・ピレッティのイームズ称賛ぶりも印象的で、「ピレッティと語り合おう」で以下のように書きました。

「チャールズ・イームズが他の誰よりも抜きん出ていることはすぐ分かったけど、本当にそのすごさを理解するには少し時間がかかったかもしれないな。わたしが彼と実際に知り合ったのはね、カステッリがパリでプリアをプレゼンしたときだった。そのとき、ハーマン・ミラーがアルミニウムグループをプレゼンしたんだね。」とピレッティはイームズとの出会いを思い出します。ポランもイームズを絶賛していますが、彼は自分でも内気だというくらいなので、イームズと近くにいる機会があっても話しかけませんでした。ピレッティはその点積極的でした。

「ネルソンはハーマン・ミラーの責任者だったわけだが、 彼はイームズの作品をみて、自分より優れていると思ったんだね。それでイームズにデザインを頼んだ、責任者としてね。ブラボーだと思うだろう。ネルソン自 身もいくつかデザインしたが、イームズのように記憶に残るものは何も・・・・。イームズは歴史をつくったけど、ネルソンは少しだけ。でもネルソンは賢かっ た。だからイームズに『おいで』と言えたのだね。」 この部分、才能を存分に発揮する人間と、存分に才能を発揮させるマネージメントのよい関係を示してい て、興味深いですね。

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ぼくはイームズという名前を聞くと、どうしても、これらの言葉を思い出します。実は今朝、明治大学大学院に通う宇野澤昌樹さんからイームズの映像作品『パワーズ・オブ・テン』のYouTubeのリンクを紹介され、この大宇宙から体内の原子核の世界までの旅を映したショートフィルムを見ながら、ぼくが探しているユニバーサルポイントって何処にあるんだろう・・・と考えました。先月、管啓次郎さんと宇野澤さんと一緒に酒を飲みながら、「ユニバーサルとは何でしょうね?」と話していたのですが、宇野澤さんは、ユニバーサルとユニバースの関係性を示唆してくれたのです。

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ぼくがユニバーサルに拘っているのは、特に電子デバイスのインターフェースを前にしたときのロジックストラクチャーのユニバーサルとローカルのレイヤーの設定を考えるところからスタートしています。つまり地域や年代ごとに違う文化がユーザーの思考タイプをどのくらい規定するのか?というのが出発点でした。イームズが表現する、シカゴの湖畔で昼寝する男性をズームアップする世界は、いわば動きとしては垂直であり、ぼくは水平に目線を動かしていたというわけです。ポランが言うイームズの合理的思考の徹底振りが、ピレッティの指摘するネルソンとイームズの差異になるポイントであったのだろうとぼくは考えてきましたが、「この垂直の目線の動きが、イームズの家具デザインとどう関連していたと思いますか?」とポランにはもう聞けなくなったんだ・・・と、やはり今朝、ポラン夫人の「あまりに突然の死で、まだ本当とは信じられない」というメールを受け取り、あれやこれや思うのでした。

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