本を読む の記事

Date:09/8/25

文化人類学のエドガー・ホールの文章を今まで何回か引用しましたが、ぼくの36冊の本のなかで、以下のように書きました

「異なる文化に属する人々は、違う言語をしゃべるだけでなく、おそらくもっと重要なことには、違う感覚世界に住んでいる」という部分が、ぼくにとってのホールのポイントだと思う。そして、ユーザーの感覚や知覚とダイレクトにつながっている製品がどんどん増えていっているにも関わらず、この「眼に見えない文化の次元」にあまりに鈍感であることが、生活から経済までの大状況までの広い範囲に悪影響を与えている実態を、日本のメーカーは認識すべきだ。

ここでいう「違う感覚世界」というのは分かるようで分からない言語化しずらい世界ですが、「情報考学」の橋本大也さんが小林弘人『新世紀メディア論ー新聞・雑誌が死ぬ前に』のレビューを書いていて、「皮膚感覚」という表現は適切かもしれないなと思いました。

私たち二人はあるとき、日本の大手新聞社のシリコンバレー支局を訪ねた。向こうの駐在員も2名であった。彼らは「やがて神田さんとか橋本さんのようなフットワークが軽い人たちに大手新聞社はやられてしまうかもしれない」と言っていたのを思い出す。当時の私のように、”何で食っているのかわからないような人たち”が、メディア企業の脅威になるのだと思う。

新しいメディアのプロデュースにおける心構えとして小林氏は、次のように語っている。メディアだけでなくITビジネス全般にも通じそうな話でもある。

「新しいプラットフォームがつくるスフィア(生態圏)では、そこに棲む人たちの関心や行動パターンなどを、皮膚感覚で理解する必要があります。それが「その他大勢」よりも優位に立てる条件であり、ライティングや動画製作のプロであるか否かは二の次だとわたしは考えます。」

正確にいえば、この「皮膚感覚」は小林氏の言葉です。しかし、橋本さんはこの言葉を自分のものにしている印象を受けます。多分、何よりも橋本さんご自身が、この皮膚感覚で「その他大勢」よりも優位に立ったのではないかと思うからです。それはさておき、つまり誰が言ったということに固執せずに書き続けますが、専門的な知識や訓練よりも、「この世界がいい」「この世界はついていけない」と断言できる感覚がまず第一であるとすることに同意です。ぼくがミラノサローネ2008や2009で延々と書いたことは、突き詰めれば、異文化デザインへの違和感の処理に注意を向けることでした。ヨーロッパの空間での皮膚感覚なしに、ヨーロッパ市場で売れる商品を作るのは至難の業であることを書いたのです。それはどんな定量調査や定性調査でも出てこない部分です。あるいは出にくい部分です。

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今、世代間のいがみ合いとでもいうべき論争が日本で盛んですが、これは60年代末の社会運動に近い対立が心理的にあるような気がします。いつの世でも世代間の確執はありますが、この数年にみる様子は1970年代中盤以降から30年近く続いてきた静かなマグマの動きが一気に噴出するような感があります。ぼくはそれぞれの世代の主張にそれなりの正当性をみていますが、お互いがどう話してもなかなか超えられないのは、世代それぞれがもつ「皮膚感覚でもつリアリティ」だと考えます。これはどうあがいても、お互いに否定しがたい感覚です。そういう意味で文化解決が求められるところだろうと考えています。

加藤周一が講演のなかで、老人と学生が共同戦線を張ると世の中が変えられると話しているのをYouTubeでみましたが、欲を離れた部分で自分を表現することができたらー学生も老人も「無欲」という言葉に縁があるー世界は面白くなると思います。欲がみなぎっているうちは、若者に透明な意見を伝えることはできないでしょう。若者も仕事をはじめると世界の現実性に翻弄されるでしょう。だから明らかに「何で食っているか分からない」人達が動くと世界は変化できるのです。

Category: その他, 本を読む | Author 安西 洋之  | 
Date:09/8/22

フランスのデザイナー、ピエール・ポランは「戦後ヨーロッパの荒廃の中で、スカンジナビアでモダンデザインを見出した」という自らの歴史を語ってくれたことがあります。その時、彼が影響を受けたスカンジナビアとはフィンランドであったのですが、以前書いたブログを引用しましょう

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フィンランドのロヴァニエミといえばサンタクロースの北極圏の街ですが、アルヴァー・アールトが都市計画に関わり多くの作品があることでも有名です。第二次大戦が終わって数年を経た1950年前後、ピエール・ポランはこの街を訪れます。

幼少のポランにはクルマ関係の仕事をしていた大好きな叔父さんがいました。ベントレーやロールスロイスがクライアントで、小さなピエールもカーデザ インには憧れました。この叔父さん、ドイツのメッサー・シュミット戦闘機の部品を作ってもいたのですね。そう、英国側のためにドイツ軍のスパイもやってい たらしく、結局、フランス人のゲシュタボに見つかり処刑されてしまいます。1942年のことです。

このような辛い戦争を経て平和な時代となった、しかし、あらゆるところに戦禍のあとがみえる1950年前後、ポランはフィンランドで衝撃的なデザイ ンに出会ったのです。スウェーデンを筆頭に北欧デザインが世界をリードしていた頃です。別の機会にも書きますが、この頃、北欧デザインに憧れていた人たち はものすごく多い。例えば、プリア・チェアをデザインしたイタリア人のピレッティなどもそうです。彼はヤコブセンに弟子入りしました。イタリアがヨーロッパのデザインセンターとなる前のことです。

ポランはフィンランドでモダンと遭遇しました。森の中にも、戦時中に司令塔として使われたのであろう丸太が積まれたまま残り、多くのスキー板が虫に食われたまま放置されている、そういう風景から一歩出たところでアールトのデザインをみたのです。

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ぼくは、この虫に食われたスキー板のことが、その後も気になっていました。ポランはこれを語りながら、この世のものとは思えない怖いものを見たという表情をしていたからです。今思えば、それは単に虫に食われた惨状のことだけではなかったのかもしれません。フィンランドは1939年11月にソ連との間で始まる「冬戦争」1941年6月からの「継続戦争」、これら二つの戦争で惨憺たる状況を生みました。しかし、国際世論の面からいえば、フィンランドは両戦争で全く別の立場にありました。「冬戦争」ではソ連の横暴に屈しない小国フィンランドの独立心と闘争心が世界中を味方につけ、英雄的評価をうけました。次の「継続戦争」は相手が同じソ連とはいえ、ドイツ・ナチと手を結んだことから、「冬戦争」で獲得した評価を自ら覆す結果を導いてしまいました。苦渋の決断だったにせよ、連合国を敵に回したことは大きなマイナスを背負い込んだに違いありません。

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さて、「冬戦争」で活躍したのが各種のゲリラ手法で、その実行には白服のスキー部隊がありました。極寒マイナス40度のもとで戦う彼らは、英雄的評価のシンボルでした。本書でこのくだりを読みながら、ポランのあのときの表情は、世論のバックアップをうけた「冬戦争」のスキー兵の活躍とその結末を思い出していたのではないかとふっと気がついたのでした。「虫に食われたスキー板」の意味が数年を経て分かったのも不勉強のきわまりですが、それを語ったご本人は今年6月に亡くなっているので、「十分に分かり、それを分かったと相手に適切なタイミングで伝えるのは難しいものだなぁ」と思います。

本書はデンマークからスウェーデン、そしてノルウエーとフィンランドが順繰りに独立していく歴史と、それに至る嫌になるほどの戦いの繰り返しを描き、スウェーデンの「中立」は必要性から生まれたことがよく分かります。「中立」だけではありません。国連への貢献度の高さが、どういうバックグランドからきているか、それらが見えてきます。北欧諸国が環境問題などで今新しいモデルを提示していますが、痛々しいほどの厳しい歴史と状況で生み出された産物であろうという思いを消すことは難しい・・・そんなことを考えながら本書を閉じました。

Date:09/8/14

環境論は全体性を重視する最たるテーマであることには疑いなく、しかし、それがゆえにそれを真っ向から相手にしようとするのは、正確に言えば、至極困難なことであろうと思います。自然科学者でも見えきれない、社会科学者にも見えきれない、その両者のダブった部分をいかにコアとして掴みとって前面に出せるか?というのが勝負になってくるだろうからです。そもそも全体性を喪失し細分化が進み、もしかしたら昔より「今とここに生きる」日本で環境論を語るのは、全体を先に決めてから部分を決めていくヨーロッパより難しいとも思います。これは世界観の問題です。

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「環境にやさしいことを、自分が毎日できることからはじめようね」という行為は、心の善的レベルで肯定され、総量でCO2削減目標に達成できなくても、「やるだけやったんだから、仕方ないね。まあ、水に流して、また明日からがんばればいいさ」と言ってもよいことが事前に決まっているということになります。したがって、本書を読んで、この小澤徳太郎氏がストレスフルな日々を送っていることは想像に難くない。自然科学者を叩き、経済学者を叩き、それこそもぐら叩きのような思いをもって、日本で環境論を語っているのでしょう。が、著者は2050年に「また、明日からがんばればいいさ」の明日がないかもしれないことに警笛を鳴らしています。

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経済問題が人々の心の問題とリンクしているのは確かで、先日の英国の新聞でも「経済恐慌の第二フェーズがはじまっている」と薬物依存やDVの問題が急激に増えていることを報じています。友人の「夜回り先生」水谷修さんは、このリンクを見えていないない識者が多すぎることを嘆き、リストカットやドラッグに走る子供たちを救うだけだけでなく、人々の心のキャパにあった社会に全体をどう変えていくかについて動いています。しかし、自殺数や不登校という数、あるいはうつ病で出社できなくなった人の数が出てこないと動かないのが社会の現実です。「目に見えない現実」を知るための想像力、それは身近にある危機を見えないということと、普段はいかない地域の変化の状況ー例えば、アマゾンの自然破壊ーについて知る努力をしない、こういったレベルにおいて、心の危機と環境の危機は直結しているはずです。

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スウェーデンにおいても青少年の心の問題は常にあり、社会問題が解決されたから環境に向う余裕があるというわけではなく、全体に対する問題意識のもち方として扱うから、現象の裏にある問題のコアにより接近するアプローチがとれるだと思います。別の表現をすれば、ある意味、現象に線引きすることで「建築構造的」問題点が視覚的に見えるのです。だからこそ、「因果関係の科学的立証が十分ではないから、事態を注意しながら静観する」するのが日本政府であり、「因果関係の科学的立証は十分ではなく、グレーゾーンが存在するのは認めるが、事態の悪化を防ぐための処置を即時とる」のがスウェーデン政府であることになりやすいのです。

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社会学者の宮台真司が『日本の難点』で、今の日本の問題を叙事詩的に描くことを意図しましたが、環境問題は優れて政治的であり経済的であり社会的であり、叙事詩的表現が必要です。地球温暖化問題は科学的根拠の薄い英国のデマゴーグであるからと静観するのは間違いで、世界の数多くの問題を前にして全ての因果関係を明らかにすべきと思うのは逆に浅薄な考え方であり、あるほのかなシグナルで全体動向をキャッチして舵を切りなおすのが正解だろうと思います。もちろん、南極やアルプスの何処をみても、地球に(温化か冷化の)ある異変が生じていると認識するのは、ほのかなシグナルではなく、かなり目立ったシグナルに対する認識ではあります。人件費と為替を頼りとした「新興国誕生の連鎖」が半永久に続くわけはないと思って環境を後回しにするのでは遅く、それこそ「今とここ」に生きる日本が、「今とここ」の問題として環境問題があると認識し、少なくても、このケースでは日本の伝統的「部分から全体へ」ではなく、「全体から部分へ」のアプローチしかないと考えます。

本テーマの続きは、ヨーロッパ文化部ノートに書きました

Category: 本を読む | Author 安西 洋之  |