ローカリゼーションマップ の記事

Date:11/2/20

やや日記風に。

金曜日、都内で弁護士と昼食をとりながら知財の動向を聞いた。日本の法律はどんどんと既存産業の保護に向かっているところで、EUの政策と近い位置にあるらしい。そういう状況において、電子書籍がマーケットでブレイクする芽がどんどん潰されていっているという。韓流ドラマが海外市場で普及しているのは、まさしくその知財の法律が、コンテンツのビジネス化を促進しているからだと聞き、アイルランドの高校生が同級生との間で韓流ドラマに嵌っていることを思い出した。なるほど、内向き論が激しいが、その心性が思ったより突き詰められていないとの印象をもってきた。突き詰める前に、既にその心性は大きく口をあけて飛び出してきている。そんな感じだ。

その後、電車に飛び乗り横浜へ。メディア論の研究会に向かった。ローカリゼーションマップについてプレゼン。ここのメインテーマは電子書籍のあり方だった。そういうなかで、本の位置や本の読まれ方などの文化差が話題になった。ぼくは、「公共の場で読んでいる本の題名を隠すのは、日本独特のように思う」とコメントした。日本の本屋では本を買うと「カバーをおかけしますか?」と聞かれ、カバーをつけて電車の中で読書する。さて、他の国でやはりカバーをするところがあれば、教えてください。いずれにせよ、電子書籍がそれほどに国内市場での離陸に手間取るなら、海外市場をさっさと狙ったらどうかと思う。日本の製品を販売していくにあたり、アニメや漫画あるいは映画だけでなく、電子書籍で複合市場を形成していけば良いのだ。

そして、昨日の土曜日、六本木の国際文化会館である本を借りた。この本がまた日本文化論とビジネスを上手く絡めていて大いに参考になる。著者と今週お会いすることになった。それまでに読了せねば。文化とビジネスの接近の重要性は高まるばかりだと感じる。夕方より、AXISビルで勉強会。「エスノグラフィックインタビューで異文化市場理解を試みる」。富士通の矢島彩子さんが講師。告知後2-3時間で定員の半数の応募があり、数日であっという間に満員御礼となった会だ。参加された方たちは、いつものことだがマインドが高く、有難い。質問がなくし~んとしていることがない。プレゼンの途中でどしどし割ってはいる。これは運営上、とても重要なことだと思う。最後にQ&Aというのは、どうもよくない。質問の動機を喪失させるしかない。

富士通はエスノグラフィ-や認知心理学、ユーザビリティ工学を組み合わせて、業務把握をする手法を開発したのだが、こういう方法はよく「インタビューなんて、属人的な部分が多いから、手法に食いついたって無駄」と一般に言われやすい。しかし、言ってしまえば、あらゆることは属人的である。あえてツールに落とし込んだり、あえてカテゴライズするのは、それらから漏れる部分をより可視化するためだ。集中管理すべきは、その外れた部分の整理なのだ。そう思い至らぬ人がやったカテゴライズしたコンテンツは質が低いはずだ。

明日は、麻布十番でセミナー「異文化市場をデザインを通じて理解するーローカリゼーションマップの試み」だ。今日は、中林さんと中野の事務所でプレゼン資料のブラッシュアップ。これで明日発表すれば、また次に向けて推敲だ。今週は、この資料を4回はプレゼンするから、進化するはず。会場となるドリームデザインのHPも新しくなり、一昨日のオープニングパーティも大成功だった様子。楽しみだ。↓

http://milano.metrocs.jp/wp-admin/post-new.php

Date:11/2/16

今朝、成田空港に着きました。そして、早速、今日日経ビジネスオンラインに掲載した、ゲームに関する記事の反応をチェック。ぼく自身、ゲームには疎いところで生活してきましたが、ゲームの獲得してきたノウハウや世界観は、ゲーム以外の場で非常に応用がきくものです。これは知っておくことが今や必須になっているのではないかという意図で書きました。ヴァーチャル+遊びは、ニッチではなく、そのロジックは通常のビジネス領域に拡大しているのです。

さて、機中、いろいろとアイデアをこねりくり回したりしていたのですが、ローカリゼーションマップをどう説明するのが、一番、効くのかなといろいろと考えました。先日書いた「ローカリゼーションマップの実践を考える」の続きです。

製品それぞれには、製品文化とでも呼ぶべきものがあります。クルマにはクルマの、スマートフォンにはスマートフォンなりの世界観があります。日本酒とワインでは違うのが当然のように、製品は違った価値体系で成立しているのです(←これは、結構、難しい説明です)。そして、一方に地域文化というのもあります。東京とミラノが違うように、数知れずあるわけです。もともと日本酒は日本の土地だけで飲まれものだった。ワインはグルジア方面の出生ですが、西洋文化圏で地位を確立したものです。クルマは19世紀にヨーロッパで誕生したものですが、20世紀前半にはフォードがクルマの文化を造ったともいえるでしょう。輸出文化、輸入文化、人の国際移動がオリジナル製品文化=地域文化をじょじょにずらし、集合形式で表現すれば、二つのマルが離れ、しかし、交わる部分もある。その交わった部分がローカリゼーションエリアではないかと思います。

さて、ここで踏み込むと、異文化市場をビジネス目的で理解するにあたり、この製品文化の市場の許容をみていくのが重要だということになります。即ち、上述を参照すれば、2つのマルが交わるローカリゼーションエリアをざっくりと把握するのが、ことのほか、意味があります。。

「ここはこんな市場だろう」と判断するには、数値データだけでなく、現場に足を踏み入れることが大切です。街歩き、商店の人と話す、家庭訪問をする・・・など色々とありますが、このときに、ローカリゼーションマップを(どこかの地域を参照しながら)作成することで、自分が売るべき商品のターゲット市場がどう受け入れられるのかの想像がつきやすくなるという利点を語るのが良いのでしょう。これが「抽象的」文化理解と反対にある「具体的」文化理解になるのだと思います。ここで、更に言うなら、日本の企業でよくある、企画がクリエイティブエリアに仕事を渡すときのブリーフィングの質の悪さを、ローカリゼーションマップがどう改善を図れるか?が重要関心事になるでしょう。

Date:11/2/14

日本で茄子といえば、こんな大きさでこんな色というイメージがあった。皮が黒か紫をしていて、まあ、そんなに大きくない。だから、イタリアに来て大きい茄子を店頭でみつけ、「いやあ、これを食べるのか!」と驚いたものだ。日本と同じ料理に使っても、当然、味が違う。歯ごたえもあり、大味になる。一時、苦手意識もでてきた。そして、時を経て、イタリアの茄子に馴れた。が、最近、奥さんが八百屋で買ってきた茄子をみて、またビックリした。縞々の茄子だ。

こういう茄子を見たことがなかった。そこで記念にツーショット。一体、茄子の色ってどのくらいあるんだろうとウィキで調べると、こうある。

日本で栽培される栽培品種のほとんどは果皮が紫色又は黒紫色である。しかしヨーロッパやアメリカ等では白・黄緑色・明るい紫、さらに縞模様の品種も広く栽培される。

なんだ、こんなにも様々な茄子がヨーロッパにはあると、はじめて知った。グーグルの画像検索でも黄色い茄子がでてきた。ここで、ふっと、思った。何かの機会にウィキで茄子を調べ、上述を読んでいたとすると、この縞々の実物をみたときに、「ああ、これだったのか!」と叫んだはずだ。頭にある知識がリアルで確認されることで、知識がより深くなるという実感をもつ。しかし、今回は、ウィキで知識を仕入れたことで「ああ、こんなにも知らないことが多いし、実際、イタリアでも見れていないことが多いよな」と反省もする。

文字情報をあとでリアルに確認することと、リアルに見たことを文字で確認することの間に、どういう違いが生じるのだろう。後者である、事前の勉強をしないでリアルな経験を獲得し、そのうえで文字で知識を深めると良いということが理想的であると言われる。子供の世界でいえば、幼稚園くらいまで。小学校の低中学年までは並行。そして高学年になると文字経験が飛躍的に増大していく。俗にいう、頭でっかちになっていく。だからこそ、リアル経験の増幅がキャンプなどでサポートされていく。

現実的には、リアル経験だけで描ける地図は小さすぎ、文字情報で大きな地図を描き、適切なリアル経験の分布で、その大きな地図の妥当性をサポートする。つまり、リアル経験<文字経験であることは確かなので、文字経験にリアル経験がはまり込む確率の方が低いはずで、これに遭遇した場合は、喜びが大きいだろう。逆の場合は、茄子の例のごとく、「そうか、自分は勉強不足なんだな」と思うことが多い。もちろん、「自分のリアル経験をこんなによく説明してくれていた人がいるんだ!」と喜び、弟子入りする場合もあるが・・・・。