ローカリゼーションマップ の記事

Date:14/9/1

今の今、グローバル化万歳と大声で言っている人はかなりおめでたい人で、たとえ表面では肯定するフリをしながらも、裏では時代は変わったと思っている人が増えているでしょう。一部の超巨大企業にみるように、まったくそういう世界がないわけではないけれど、多数派にとってはグローバル化に遅れるなというのは戯言に近くなっている。

富山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』は、そういう流れをバサリバサリと説明していて、その多数派とはローカルのサービス業であるとご指名がかかっています。

交通や医療など公共性の高い、ローカルにどうしてもなくてはならない業種は他地域と競争することがなく、これらが消滅することはありえないのです。しかし、その生産性が著しく低くてもローカルを支えていけるとは言えない。したがって、この分野をどうするか?がテーマになっています。どんなに小さいマーケットでも世界の上位に入れればいいけど、そうではなない中間的な製造業には未来がないようなことを書いています。グローバル企業が何らかのプラスの波及を多数派に及ぼすことがないことはないが、それを期待していても良いことはないよ、というわけです。

全体としての流れはそうであるとして、この論の前提にあるグローバル化は不可逆であるということを「信仰」して良いのだろうか?という疑いは残ります。以前、シンガポールでインドネシアなど他アジア市場向けのデザインを行うと、政府から助成金が出ると聞き、ふざけたことをしているものだと思いました。それぞれの国のクリエイティビティ向上を妨げることで、自国のステイタスをあげる仕組みを作っているわけです。グローバル化のモデルをとっているシンガポールの裏をみる感じです。

が、エゲツナイのはシンガポールだけでなく、ドイツもそうです。『グローバリズムが世界を滅ぼす』のなかで、フランスのマニュエル・トッドが、こう語っています。

グローバリゼーション論の決まり文句の一つによると、グローバリゼーションは労働コストの低い新興国と先進国の衝突だと考えられています。もしかすると根本のところではそうなのかもしれませんが、実際に行われていることを見ると、事態は違います。各国は、近隣国を競争相手にすることで、グローバル化した世界の中で生き延びようとしています。ドイツがどの国を相手に自国の経済や産業、金融のバランスを取ろうとしているかといえば、それは自国のパートナーに対して、つまりフランスに対して、イタリアに対してなのです。

ドイツの労働費20%の抑制策を指しています。アジアでも同じで、中国はタイ、ベトナム、インドネシアを叩き潰すことを狙っているというわけです。シンガポールの上記の例も同じです。世界で唯一最高の場所ではなく、ある広域でのボスになることが、グローバル化の現実であると示しているのです。トッドは米国のコアの人たちも自由貿易の見直しを画策しており、対外的には自由貿易の推進を図りながら、国内的には保護主義的な方向に苦心していると指摘しています。

これらの言説は、ぼくの現実感にとても近く、ああ、やっぱりそうなんだ!と膝を打ちました。大きな潮流を推進しながら、やや小さなエリアで逆の行動の成功に邁進するというのは、なかなか分裂症的な動きです。人の欲がもろにみえて分かりやすいとも言えますが、やはり世の中のふつうの人々には見えにくい現実です。最近、ぼくの見る限りでも、どこの国でもエリートの親が子供をアングロサクソン的な教育に進ませるしかないかと言う。本当は受け入れたくない現実であるが、1%に富が集まる仕組みのなかに組み入れておきたいという願望が見えます。

まさしくトッドはこの点を反省しています。即ち、ヨーロッパはアングロサクソンのグローバル化の唯一の対抗馬になる力になると考えていたが、ヨーロッパのなかで急速にアングロサクソン的なやり方の受容が定着してきたことが見込み違いだったと言っているのです。米国の可塑的な文化のほうがまだ将来をマシに見れるかもしれない、というほどに悲観的なことも語るのですが、今、ヨーロッパに住む面白さを再認識したというのも、ぼくの正直な気持ちです。

 

 

Date:14/6/14

先月末まで新著 『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』の原稿に忙殺されていました。同時に新しく立ち上がるビジネスの準備も佳境に入ってきました。本は発売にこぎつけたので一安心なのですが、その合間に、サンケイBIZや日経BPの連載コラムのために人にインタビューしたり文章を書いています。よく知らない人には「文章を書く人」というイメージが強くなっているようです。よく「ジャーナリストですか?」とか「ライターですか?」と聞かれるわけです。基本的に、「何者でもなく、何者でもある」という立場をぼくはとっているので、どう思われようがそれはそれで正解なので、あえて肯定も否定もしないことがままあります。

もちろんビジネスプランナーであることは言います。この言い方は最近ではコンセプトクリエイターと変えたほうがいいかとも思うのですが、もともと会社のサ ラリーマンをやめて成田空港を発つ時、出国カード(あの頃はそういうのがありましたね)の職業欄に「ビジネスプランナー」と書いて覚悟を決めたことに、この名前を使っている理由があります。

最近、ぼくが大学生の頃、どんな仕事をしている姿を望んでいたのかを思い起こすことがあります。ペダンティックな世界に興味がなかったわけではないですが、青白い世間知らずの人の集まりには魅力を感じませんでした。がんがんと突き進むビジネスの合間に、どこか海の近くのサロンで「パスタの作り方」を語り合ったりして、文章もたまに書くような、そんなスタイルに憧れていました。まったく生っちょろいことを夢見ていたものですが、時代が代わり、それが普通のことになってきました。普通というのは、そういう生活を送る人が珍しい存在ではなくなったという意味です。そして、ぼく自身、ビジネスの世界にどっぷりとつかりながら、1週間に5-6回はパスタを食べる日常生活をイタリアで送り、有名無名を問わず、イタリアオヤジに趣味生活を聞いて人生の知恵についてコラムを「趣味的」に書いている生活をしているので、大学生の時に夢みたスタイルはかなり具体化しているのか・・・と思うのです。

ぼくが自動車会社のサラリーマンをやめたのは、自動車の世界も面白いが、それだけでなく色々な世界に生きたいという気持ちが最初にありました。これは高校生の頃からの「世界の全体に関わりたい」という夢の延長線上にあったのですが、それが何十年も経て「従来の分断された分野を超えた経験と知恵が必要」と盛んに言われると、どうしたものかなあ、とも思います。そういう時代の到来は大歓迎ではありますが、枠を超えた経験を長く続けること自身がかなり難しいとの実感があります。かなり個人的な好奇心やエネルギーに関わることなのです。要するに「枠を超える」とは枠を超えようと頭で考えることではなく、いつの間にか枠を超えることです。頭で超えようとして超えたと思っている時は、まだ超えていないのです。また、少々飛躍しますが、それが「何者になろう」と思う人の弱さです。何者は常に枠を設けるからです。

いや、特にぼく自身の人生を肯定するためにそう言っているのではなく、これは何においても普遍的なルールのようなものだと思っています。まあ、そういうわけでというのもないのですが、さ来週からやや長い期間、日本に滞在します。長野や広島と地方にも行きます。会う人はあらゆる分野にまたがります。冒頭に書いたように、今、新しいビジネスの佳境に入ってきており、この1-2か月に1年分のエネルギーを注ごうと思っています。まず、6月26日、バングラデシュのバッグを日本と台湾で展開しているマザーハウスの山崎大祐さんとのパネルディスカッションです。どうぞ、ここでお会いしましょう。申込みは以下からお願いします。

http://www.jida.or.jp/site/information/innovation

 

上の2番目の写真は、ブルネッロ・クチネッリがメモを書いているところです。© Satoshi Hirose Studio

 

 

Date:14/6/2

やっと出来上がりました。本です。2011年に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?』を書いた後、グローバルという言葉そのものを問い直す本を出したいなと考えていました。2008年の『ヨーロッパの目 日本の目』で欧州文化をネタにビジネスに役立つ文化の分かり方を書き、「マルちゃん」でローカリゼーション戦略を説いたぼくにとって、グローバルやグローバリゼーションの位置づけを問うことは、ステップとしてどうしても必要だと感じるようになったのです。

一方、世界の動きもこの数年で変化がみえてきました。直線をまっしぐらに走るグローバリゼーションにはブレーキがかかりはじめ、より地に足のついたローカルの試みに注目が集まりようになってきたのです。そして、巨大企業と並みの大企業のグローバルにも差がつき、かつ新興国のグローバル企業が先進国のグローバル企業が躓いているところを乗り越えるようになりました。そこで、今回テーマにしたのはローカルの中小企業です。米国、欧州、日本の中小企業などにインタビューしました。それが『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』です。まだ書店には並んでいないかもしれませんが、アマゾンは昨日あたりに「在庫あり」になりました。

本書で紹介した企業のなかで一番沢山ページをさいたのが、ブルネッロ・クチネッリです。「カシミアの帝王」(←日経BPのJAGZYに連載している「イタリアオヤジの趣味生活」で書いた記事です)といわれるウンブリアにあるファッションブランドですが、同社の組織デザインをビッグデザインのあり方の例として書きました。もう1点は「強いブランドを作る」には何が大切か?を知る事例としても書いています。最高の素材と熟練した職人の手で高品質の製品ができれば強いブランドが作れるか?といえばNOです。強いブランドとは「理念を考え続けた痕跡」であり、その理念とは世界で高次にあるとされる概念や言葉とリンクしている必要があります。これをブルネッロ・クチネッリは実現して、創立わずか30数年で170年の歴史のあるパリのエルメスと同格のブランド力をもつに至っています。

こうしたポイントを更にデザイナーや事業企画あるいはイノベーション担当の方たちと話し合ってみたい、と言う目的で連続セミナーを企画しました。『インハウスデザイナーが海外事業企画に参加!』というタイトルです。これまで2010年よりJIDAで行ってきたローカリゼーションマップの勉強会は20回に至ったので、今年は1つのテーマに絞り、事業企画とクリエイティブ領域の障害をどう取り去り、スモールデザインとビッグデザイン(←この用語の考え方は新著を読んでください)を如何に同時に考えていくか?このテーマをみなさんと突っ込んでいきたいと思います。

1回目はマザーハウス副社長の 山崎大祐さんと「ブランドをつくる」(6月26日)

2回目はリ・パブリック共同代表の田村大さんと「イノベーションをつくる」(7月末)

3回目は、ほぼ日刊イトイ新聞のCFOの篠田真貴子さんと「共通語をつくる」(秋)

4回目は・・・・お楽しみに!

講師のプロフィールと参加申し込みは下記JIDAのサイトからお願いします。

http://www.jida.or.jp/site/information/innovation

上記の写真は上から順番に、ブルネッロ・クチネッリ氏とぼくが話している、社内スタッフが働くオフィスです。© Satoshi Hirose Studio

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