ローカリゼーションマップ の記事

Date:11/9/8

コンテンポラリーアーティストの 廣瀬智央さんのアトリエを前回のエントリーで紹介しました。そして、今日、彼から今回の「アートとしての家」の構想と、それに至る経緯を書いた長いメールをもらいました。この内容は非常に面白く、ご本人の許可を得て、ここに作品の画像とともに抜粋することにしました。

1991年からイタリアに住むようになった彼は、日本で活動していた時より広い意味でアートを捉えるようになりました。その契機がイタリアで直観した「アートと生活」のダイレクトなありようだったと言います。つまり、自分自身で「価値の地図」を作れることに気づいた。言葉を変えれば、自分なりのリアルな現実の見せ方がアート表現の一つになると考えるに至ったのです。「必然としてのアート」、とでも言えばよいでしょうか。それが、アトリエ内の家という発想に繋がっています。

ぼくがよく書いている、「自分目線での文化理解の正当性」と同じことを指していると思ってよいと思います。それでは、彼の文章を引用しましょう。

「家シリーズ」の元になる最初の作品が, 1994年に制作した「塩の家」という作品です。これは、角砂糖で造った家の形態をした立体の内側に塩が詰まっている作品で、文字通り塩のための家なのです。見えないけれどそこに在る。現実的に存在する塩ですが、実際に見えているのは砂糖だけで、想像力によって見えないものが見えるというような可視と不可視をテーマにした作品です。想像力によって把握された空間は、精神の豊かさによって生きられるのだとおもいます。

その後、1995年~1998年にかけて造った「紙幣の家」シリーズに続き、2002年〜2006年と「家シリーズ」作品が続きました。紙幣の家の作品は,旅先で紙幣を両替する事がきっかけで始まりました。EU統合前でよかったです。3年かけて旅で集めた紙幣で作った家を一緒に並べて展示しました。紙幣は現前に実在するけれど、どのように存在するのか?そこには両替するたびに見えてくる見えない差異が存在し、価値は常に変化していて、それぞれの紙幣を相対的に見ることで、価値そのものが曖昧であるということ、絶対的な安定的なものはなく、すべてが変化し続けているというような、見えないものが紙幣を通して見えてくるという作品です。余談ですが、紙幣2枚を使って折り紙の作法で家を造るのですが、必ず各紙幣の屋根の部分にその国の偉人?が顔をあらわすとういう偶然の発見もありました。

 

 

2003年の家の作品シリーズあたりから、家そのものもつ機能を意識化するようになり、存在や現象の根幹に関わる物の理について抽出しようという段階になりました。まず思い浮かんだ家のイメージは、私的で限定された空間です。個そのものの空間であり、国家や共同体のアイデンティティーのメタファーとし作用させようと思いました。もし、家を内部とするならば、外は外部であるといえますが、家が本当に『いき』られるのは、内部も外部も内ない風通しの良い家にする必要があります。

理想で言えば、家の現実的な境界がなくなる状態で、存在を安心させるその空間は無限に伸縮変化可能であることが了解されるはずですが、壁(境界)がある以上、内部も外部もない家というのはあり得ないので、それはいかに想像力や認識に働きかける詩学的側面が必要になってくることになります。そして、幾重にも切断された空間の地政学的分析こそが必要かと。(ローカリゼーションマップと言い換えてもいいかもしれません。)

分節され、空間の境界を自由に往来するようなイメージで、事物と事物、事物と状況の関係性に思考が及びます。ものをものとして存在せしめる状況や、関係性に新しいアートの可能性を自覚することになりました。このころ、同時に、雑誌『フィガロ』の連載のため、イタリア各地を旅し、ローカルの持つ食材や文化の豊かさに感動し、ローカル・アイデンティティーのもつ食材や日常的なものを、作品素材としてよく使用していました。

そのような中で生まれた作品が、2004年のナポリの家(コーヒーのための家)という作品で、日本の茶室空間をリアルサイズで造り、茶室を反転させて、ギャラリーに宙ぶらりんに展示しました。その状況はカフェテリアを反転させことでできるナポリ式カフェそのものであり、茶室にあるのはコーヒーの粉で、コ-ヒーのための家です。遠く離れた異なる二つの文化が近くに遭遇する瞬間です。

 

コーヒー文化も茶文化もコミュニケーションを取る文化という意味では、一見相反するものが、詩的行為によって調和を得て全一性することになります。しかし、二つの文化は決して交わらない差異があります。その両義的空間を反映するように、作品が宙ぶらりんの状況になっています。ギリシャ以来の西洋美術史をつらぬく形而上学的な諸問題、すなわち存在論から現象論、そしてそれらを越えて行く関係性の問題へと突入することになります。家シリーズの着地点は、ものとものの関係性から、生活空間自体をアートとして投入して、観客までも巻き込んで行くところまで及ぶ予定です。

これを読んで分かることがあります。アーティストの考えていることが、エンジニアやビジネスマンの考えることと切り離されていると思うことは、大きなミスを招く。いや、アーティストが表現した作品に、日常生活に潜むー底流的なものであれー思考傾向が表れており、これを文化を読むヒントとして大いに活用できると気づいて欲しいと思います。ぼくは日常生活に近いところにあるモノのローカリゼーションへの期待度から文化を読み解く可能性を探っています。一方、アーティストも似たことを考え、ただアーティストはダイアグラムや記述ではなく、こうした三次元のインスタレーションや二次元のペインティングで表現しているのです。これでデザイナーの作品であれば、工業製品やグラフィックに「思考の痕跡」をみるわけです。

注意して欲しいのは、冒頭で「自分自身で『価値の地図』を作れることに気づいた」と書きましたが、これは「文脈を無視して作る」という意味ではありません。「文脈」と「リアリティ」を武器(あるいはフックという位置づけもある)にすれば、何も臆せずに先に進める道が常に開けていると解釈すべきです。あまりに暗黙知の地平が広いと落胆するのではなく、あまりに暗示の多い世界にぼくたちは生きているのだ、と考えられる。この反転のさせ方が、前回書いた、「ゼロから1」の出発点に立つコツではないか・・・そうぼくは思案しています。

 

<以下、上から順に写真の解説>

塩の家,1994.
砂糖、塩、紙、大理石. 6.5x30x9.5cm
Photography by Tartaruga
Copyright © 2011 satoshi hirose All Rights Reserved.

私は100,000リラで家を建てた. 1995.
3.5×3.5x5cm。Photography by Tartaruga.
CourtesyTomio Koyama Gallery, Tokyo.
Copyright © 2011 satoshi hirose All Rights Reserved.

紙幣の家 シリーズ.1995-1998.
Photography by Tartaruga.
Courtesy Sagacho Exhibit Space, Tokyo
Copyright © 2011 satoshi hirose All Rights Reserved.

ナポリの家 (カフェ), 2004
201,4×201,4x300cm.
木、ワイアー、カフェ、アルミニュウム、鉄、梯子
Installation view at Umberto Di Marino Arte Contemporanea, Naples, 2004.
Photography by Fabio Donato
Courtesy Umberto Di Marino Arte Contemporanea, Naples.
Copyright © 2011 satoshi hirose All Rights Reserved.

 

 

Date:11/9/2

6月と7月、2回連続でサブカルチャーを攻めてみました。米国市場における日本アニメの現況とゲームのローカリゼーションです。悲しいかな、両方とも一時の輝きはありません。その理由を、これら2回の勉強会で教えてもらいました。今回は、これからコンテンツ産業の重要な一角を占めるであろう電子書籍がテーマです。それも、当事者の具体的な提案を前に議論します。

参加希望者は、anzai.hiroyuki(アットマーク)gmail.com かt2taro(アットーマーク)tn-design.com までお知らせください。議論に積極的に参加していただける方、本研究会の今後の活動に貢献していただける方、大歓迎です。内容に一部変更になる可能性がありますが、その際は、ご了承ください。場所はいつもと同じく、六本木アクシスビル内のJIDA事務局(http://www.jida.or.jp/outline/)です。

10月8日(土)16:00-18:00 「海外で売るための電子書籍」

今まで米国市場で日本のアニメブームは2回ありました。1990年代のケーブルテレビとVHSビデオの普及、それに付随したコンテンツ。2回目は2000年から数年間はDVDと『ポケモン』。1980年代、日本アニメがフランスで花開いたのも、TVの民営化とコンテンツ不足に「嵌った」という背景がありました。このように、新たなメディアとコンテンツの組み合わせが、新しい需要を生んできたのです。

今、電子書籍が三回目の日本サブカルチャーの波を作るのではないかと期待がかけられています。日本ではケータイでのコミックが電子書籍のメーンを占めています。一方、米国市場において電子書籍でマンガの占める割合はわずかですが、マンガのアプリ人気からすると潜在市場は大きい。それが日本のマンガが突入できる余地が大きいのでは?とみられる理由です。

一方、日本の電子書籍市場はなかなか離陸が難しいと言われています。いっそうのこと、海外市場を優先的に手をつけたらどうかという意見もあって当然です。そこで、海外に日本のマンガを電子書籍で売る場合、何らかのローカライズは必要ないのだろうか?というテーマに挑戦するのが、今回の講師の杉岡一樹さんです。杉岡さんは、個人の立場として「横書きマンガ」を提案し、仲間の協力を獲得しつつあります。

勉強会では、世界の「横書き文化」「縦書き文化」の変遷から説きおこし、日本の出版業界や電子書籍の現況を説明いただいたうえで、「横書きマンガ」を実際に披露いただきます。

参加定員数:20名
参加費:1500円(18:00以降の懇親会参加費を含む)

講師:杉岡一樹

1965年広島県出身。東京造形大学絵画科1類卒業後ニューヨークに渡り、アート・スチューデンツ・リーグにて就学。帰国後は出版社勤務を経て、現在はエディトリアル系の制作会社ビーワークスに勤務。一方、「ユーロマンガ」の創刊サポートや電子書店「青い街」の主催など、個人的にはサブカル寄りの出版活動に興味が強い。http://aoimachi.wook.jp/

尚、フェイスブックのページ(下記)でもローカリゼーションマップの最新情報を提供していきますので、このページを「いいね!」に入れておいてください現在、1078人の方にフォローいただいています。

http://www.facebook.com/localizationmap

Date:11/9/2

9月に入りました。そこで、『ヨーロッパの目 日本の目』に書いたエピソードを思い出します。アイルランドの友人が長い海外生活を終え、ダブリンに久しぶりに戻ったとき、両親が「9月に入ったから、そろそろクリスマスの準備を考えないとね」とつぶやきました。それを聞いた友人が、「もうクリスマス?」と季節や時間の感覚に対して大きなギャップを感じたのですが、実は小さなことでありながら、とても大きな差異の象徴的なことであったと後になって気付きます。

いわゆる年中行事や伝統行事に対するアプローチは、その土地やその習慣にどの程度「はまりこむか」が表現されています。友人の両親の世代では夏が終わり、9月に入ればクリスマスを考えることが当然だった。それだけイベントが少なかったとも言えますが、それだけクリスマスが重要なポジションを占めていたのでしょう。そして、それは家族や親せきの結束をも暗示しており、この「固さ」が友人家族にその後、窮屈な思いをさせることになります。

ある年中行事そのものが嫌いではないのに、それにまつわる「面倒」を回避するために、行事自身に消極的になるという事例です。日本でもおせち料理が嫌いではないけれど、その準備や親せきとのつきあいを考えると、正月はどこか旅先で過ごしたいという人たちがいます。欧州でも、クリスマスは相変わらず重要な家族のイベントで一緒に過ごすことが「義務」のようになっていますが、この数年感じる変化は、クリスマスの食事が終わったら、そそくさとリゾートに出かける率が高まり、なおかつ、その日が早まりつつあることです。25日に皆で集まったら、翌日は即スキー場に向かうといった具合です。

重要なイベントは維持しながら、その時間が準備も含めて短縮化されるわけです。それがイベントの濃度を上げるか?といえば、そうではないでしょう。希薄化の傾向のほうが強いはずです。年中行事はその時だけでなく、その前後の長い時間をもって成立しているのですから、その特別な日だけにエネルギーを費やし自己満足度が高くとも、本来の文脈でいうならば、「テーマパーク的」であると評されても仕方がありません。ですから、年中行事が商業的なイベントとして、さまざまに地域を越えて拡散するという現象もあります。いつの間にか、日本でもイタリアでもハロウィンが普及した様子をみると、「もっと正月とか、クリスマスの方にエネルギーを費やすのが妥当では?」とも思うことがあります。

そう、そう、何から何まで付き合っていられません。となると、年中行事も世界のいろいろなものを自分で選択して「自分流」にしている以上、必要なのは「自分にとって重要な行事に如何に長期的に向き合うか」ということかもしれません。これが「文化選択の時代」の一つのカタチなのかなとも思います。すなわち、世界にある、さまざまな習慣や考え方が、それぞれの土地にある文脈から切り離され新たな構成を図るーアラカルト的にーことを志向する人が増加したのが、20世紀後半以降の特徴であり、それを現実に可能としはじめたのが、この20年くらいなのではないか、という印象があります。

しかしながら、その自分流の「甘さ」に飽きもきて、より土地への愛着を増す方向が強くなるとの流れもあります。伝統的社会にどっぷりつかてきた人ではない人が、伝統的な社会の良さを再発見するパターンもあるし、宙ぶらりんのポジションに疲れて「地に足をつける」ことを希求することもあるでしょう。「テーマパーク」で人生を終えることはできないのです。