イノベーティブ思考 の記事

Date:13/3/18

ローカルのコンテクストを読み込む・・・lmap の目的はここにあります。lmapの活動をはじめて一貫して問うてきたことの一つは、「日本企業は新興国で市場をよく読みこんでビジネスの勝負をかけると言っているが、北米や欧州で市場のコンテクストを読み戦略的に勝った経験がないのに、なぜ新興国でできると考えるのか?」ということです。先進国市場はたまたま日本の技術革新の波が調和したに過ぎないのだから、新興国に立ち向かうにはゼロから考え方をたて直さないといけないのではないかと語ってきました。例えば、日本車が北米市場で大いに売れたのは、エネルギー危機以降のクルマの小型化と大いに関係があります。小さいクルマを作り馴れているメーカーが小回りを利かせて市場を「占拠」したわけです。(下図は著者のブログより)

大型車を作ってきた米ビッグスリーにはそれができなかった。だから「輸入の自主規制」を日本に迫りながら、一方で日本メーカーとの提携も行われたのですが、ここには一つの「法則」がありました。「小さいクルマを作っているメーカーは大きいクルマを作れるが、大きいクルマを作っている会社は小さなクルマを作れない」ので、日本メーカー有利とされました。大は小を兼ねるのではなく、小は大を食うのです。ただ実際、大=高級化の路線にはそれなりの苦労を日本メーカーは強いられた(あるいは、強いられている)ので、ことはそう簡単ではありませんが、大まかに言えばそういうことになります。

他方、マーケットには別の「法則」があります。市場のレイヤーの上から下がるのが鉄則で、下から上には行けない。高級ブランドを確立してセカンドレイヤーに行くのは容易だが、安価なレイヤーで市場を作った商品がバージョンアップして高級品市場にいっても「成り上がり」扱いされて高級品市場のコンペティターと同じ利潤はとれない、というものです。前述の高級車市場で苦労する日本メーカーもその例です。欧州の自動車を羨むのは、原価とは別の価値が高く評価されているからです。

振り返ってみると、ある時期から日本の多くのメーカーは、この二つの間、一つは「得意の小型から儲けが出る大型へたどり着きたい」、一つは「上に行けない苦労を避けたい(上から入る道はないのか)」、との選択肢のなかでどちらを選ぶかいつも悩んできたように思えます。1980年代後半以降の「機能や品質ではない付加価値を求めることこそ、顔がないと言われる日本製品を救う道である」というスローガンは、NO1の米国を脅かす存在となった日本への自信と相まっていや高くなったのです。因みに、日本文化を商品企画のなかに入れ込むというのも、この時期からの傾向です。

さて、本書にはいろいろな意味で疑ってかかるべき点があります。だいたい「リバース(逆流)」と新興国から先進国へのイノベーションの持ち込みを表現するところに「悪い意味の文化人類学的性格」が出ています。未開地の問題を西洋の社会の解明に「利用」することと相似関係にあり、ずいぶんと米国的天真爛漫な物言いだなあと思います。同時に「新興国の巨人を侮るべからず。先進国で芽が出る前に叩き潰しておけ!」という粘着質を感じます。ただ、これはその民としての特徴だけでなく、1980年代に日本企業によってどん底に追いやられた米国の恐怖の記憶の裏返しではないかとも思われます。したがって、この本で記されていることをそのまま鵜呑みにするのは、「清純がもつ牙」を自覚しないことになります。

それらを認識したうえで、ぼくは本書は一読に値すると思います。以下はHIVのハイチでの医療を米国に適用した事例の一文です。

そのモデルでは、「医師は健康状態が損なわれたと判断されるときにのみ、最高レベルの技術で医療を行います。地域保健従事者が医師を補助するのではなく、医師が地域保健従事者に手を貸すのです。現在の医療制度をそうした方向にもっていかなければいけません」。

リバース・イノベーションが本国に戻ってくる過程では、支配的論理をひっくり返す必要が生じることが多い。イノベーションはしばしば変革をもたらす。つまり、地域保健従事者の役割を自発的介入者まで押し上げて、医療サービスの最先端に近づけるのである。

あんまりビジネス書を馬鹿にするものではありません 苦笑。

 

 

 

 

Date:13/3/9

この2週間の動きをメモしておきます。

はじまりは2月25日の月曜日です。その二日前に日本よりミラノに戻ったのですが、その時点では24日のサンケイBIZにアップした「娘がパパに教えるグローバル戦略」の企画をどう進めるか?が頭の中でぐるぐるとまわっていました。大企業で決裁権のある人に部下の提案にYESと言ってもらうには、娘の説得が有効ではないかというアイデアです。今、このワークショップを実施すべく準備をしているのですが、一方で「大きな構想」にぼくの頭脳が引っ張られているというのが、この約2週間です。

2月25日に何があったか?

ミラノの運河沿いにあるテキスタイル工房 L’HUB で青森県十和田の裂織りのワークショップを見学しました。十和田で受け継がれてきた生地の再生技術のイタリア人への伝達です。この内容は3月3日のサンケイBIZのコラムに書きました。それまでプロジェクトを主宰している佐野里佳子さんから裂織りについて何度か聞いていましたが、正直言って、ぼく自身が「自分ごと」として受け止めてなかったことを、ここで正直に書いておきます。

昨年9月、東京で佐野さんに「ドバイに行く機会があるなら、ファッションウィークの間にミラノの面白い工房でワークショップをやったら?」とアイデアを提供し、その後、L’HUBを紹介してお互いの調整をしましたが、これは「えるまっぷガールズ」の一つとしてやや距離をおいていました(← やり方にあまり口出しをしない方がいい、という意味です)。若い女の子の市場を作りながら伝統技術を継承する意義はありますが、ぼくがやることではないだろう・・・と思っていたのです。

ですから日本でのスケジュールがバッティングしそうで2月25日前にミラノに戻れそうにないかな?との状況になった時、佐野さんには「申し訳ないけど、その場合はワークショップに出れないけど、ごめんなさい」と伝えました。ただ、それまで裂織りの作業を実際に見たことがなかったし、イタリア人の参加者たちがどういう表情をするのかを見ておく必要は感じていました。ワークショップをやると、だいたい決まったように「うまくいった」「良かった」というコメントを聞くのですが、そこにいないと参加者の何処に突き刺さったのかが見えないのです。幸いバッティングは避けられ、23日にミラノに戻ることにしました。

時間が遡りますが、ミラノのL’HUBのワークショップの告知は2月8日です。L’HUBが募集をかけてくれイタリア語で1500近い人や機関にメールが届いたはずです。ぼくも何人かのイタリア人に知らせましたが、数日で二回分のWSの席はほぼ埋まりました。佐野さんから電話で「上海にいるイタリア人からワークショップのオファーがきました」と聞いたのは確か2月14日です。佐野さんは、「やります」とほぼ即答をしたようです。ここで25日のミラノのWSをみる意識がぼくの内で徐々に変わり始めましたが、前述したように「自分ごと」ではなかったのです。

ぼくの頭のなかでスイッチが入ったのは、25日に参加者の一人から「イタリアにもこれに似たリサイクル技術があるが、裂き織りと同じように死滅しかかっている。十和田の知恵を通じて、我々の技術の大切さを再発見した」との感想を聞いたときです。伝統技術を語る時にある「差異性」は、伝統技術がゆえに世界で「共通性」があるとの現象の相関関係で成り立っており、そのため逆に「伝統技術を世界共通の問題解決に応用するプラットホームがある」とみなすことができると気が付いたのです。去年、東大の学生たちと始めたMARU PROJECT でも、バジリカータのドライフードから日本にある「鮮魚信仰」の価値観をどう変えるか?という動きがスタートしました。これと同じで、世界にある状況や価値のアンバランスとバランスの差を上手く活用することで社会を住みよくする価値変化を導くことが可能だろう・・・・との思いが、ぼくの心の内で沸々と出てきました。

26日、佐野さんとThe HUB ミラノで長時間話し合いました。ぼくが提案したのは、伝統技術の継承だけでなく、マスカスタマイゼーション(=大量生産品を消費者がパーソナライズする仕組み)とリバース・イノベーション(=途上国でのイノベーションを富裕国に持ち込む)の二つの観点を加えることです。マスカスタマイゼーションはL’HUBも目指している方向で、1月に佐野さんとスカイプをした時、「それが私のやりたいことなんです!」と言っていたのですが、プレゼンのなかに明記されているわけではありませんでした(と思います)。このあたりから裂織りは「自分ごと」になり、このコンセプトをサンケイBIZに書いておこうと決意したのです。それが、「「古の知恵」と再生メカニズム 裂き織りが提案する意味」です。27日、トリエンナーレで翌日帰国する佐野さんと再び会い、「えるまっぷガールズ」の今後のコラボのやり方も含め、プログラムの詰めにかかりました。

28日からぼくは動き出しました。カリフォルニアからもワークショップのオファーが入ったと佐野さんから連絡が入りました。これはもっと大きな構想図を描いておかないといけないな、と思い始めました。工科大学の先生やテキスタイルのデザイナーなどにコンタクトしてアポをとり始めました。イタリア以外にも社会問題意識の強い人のネットワークを作るために、The HUB の重要メンバーにも会うことにします。こういうなかで今回ワークショップを実施したL’HUBの全体での位置づけも考えられるに違いない、と。

今週になってアポが確定し、一方、佐野さんは急遽二日間だけロサンゼルスに出張することになったので、水曜日は成田空港で彼女が搭乗する直前にスカイプをして意見調整を行いました。そしてぼくは4人のイタリア人と米国人に会い、二つのポイントで彼らの目が光るのを確認しました。一つは「世界の困窮した各地で生まれた技術の共有化が現代の都市生活も救う」であり、「ザーラやH&Mのようなファーストファッションが半完成品を販売し、裂き織りに代表される伝統技術で消費者が服をパーソナライズする可能性を探りたい」というのが二点目です。

米国滞在中の佐野さんとはツイッターのダイレクトメッセージとメールで頻繁に交信し、大枠の考え方を描いていきました。金曜日に帰国した日に、彼女の慶応大学SFCの恩師である井上英之さんに東京で会うアポがとれたのでプレゼンしたい、ということで時間勝負になったのです。井上さんはイノベーションや社会起業という分野で活動され、現在はスタンフォード大学におられます。ぼくは一つのメモを書きました。スタンフォードやHUBのような新しい概念にセンシティブなところが風を作り、裂き織りというヨット(これと共に世界各地にある再生技術)の追い風になり、ファーストファッションに「スローファッション」を提案することで潮の流れを創れないか?と。結局、それが人々の価値や意識を変えていくメカニズムになるのではないかと思うのです。

佐野さんは井上さんと金曜日、今日の土曜日の二日連続で話し合うことができたようです。ミラノのワークショップの告知からちょうど1か月で新しい展開への予感が生まれました。

 

 

 

 

Date:13/1/27

のっけから恐縮ですが、ぼくは蛇が大嫌いです。あのニョロニョロ動く様子に背筋がゾッ・・・。学生時代に香港に遊びに行ったとき、友人にヴェトナム料理屋で「ここの蛇はすごく美味いから、絶対おすすめ!」と言われて、恐る恐る食べてみると、友人の言葉のとおりで大感激しました。しかし、その後も生きた蛇を見るのは相変わらず苦手です。

ぼくの奥さんは生きたウナギを買ってきて自分でさばいて蒲焼を作り、「魚に見つめられると包丁がおろせない」なんてヤワイことをいう主婦を小馬鹿にしている節(?)がありますが、ハチが部屋に入ってくると大騒ぎして逃げ回っています。どうも小さい時にハチに刺されて、えらい目にあった恐怖心が蘇ってくるようです。

不思議なものです。人の嫌悪感とは一筋縄で理解できません。

南北アメリカ大陸をクルマで2年間かけて縦断したり、やはりクルマで一年かけてアフリカを旅した友人がいます。ある晩、車内で寝ていると異様な音が聞こえて目を覚ますとライオンの群れに囲まれていたとか、靴をはこうと思ったらサソリがなかにいたとか・・・そういう経験をした人です。その彼と東京の中華料理屋でエビを食べている時、何気なく「昆虫、食べたことあるんでしょうね」と聞くと、「そりゃあ、食べたよ。アフリカなんかでタンパク質をとるには最高だからね」との答え。「人ってね、身体が欲しいと思う時には、目の前にある必要なものを抵抗なく口にできるもんなんだよ」

人の味覚、好みは幼児期に決まるといわれる。食べ物の場合も同じで、八回から十回も摂取を経験すると、私たちはその食物も好きになっていくことが確かめられている。さらに幼少期にどれだけ多くの種類の食物をとったかも重要である。

エビと昆虫は味や歯ごたえは似た食材ながら、昆虫には「脳で拒否」するケースが多く、昆虫食の試食会に親子一緒に参加してもらうと尻ごみをするのは圧倒的に親の方だといいます。子供たちは「美味しいじゃない」とパクパク口にする。サバイバル状況にない大人には頭がついていけない証拠です。

昆虫食に違和感を持たせないようにするには、自分で昆虫をとり、自分で調理させるのが一番いいと言います。とすると、豚の顔がそのまま吊る下がっている豚肉には抵抗を感じることや、鶏を殺すところを実際に目にすると食べる気になれない・・・というのは、どういうことなんでしょう。

国立極地研究所の「南極設営シンポジウム」で筆者が講演の依頼をうけたときの要旨が、昆虫食を考える際に参考になります。まず主宰者から以下のアドバイスを提供されます。

【利点】

・自給自足可能な食材の確保→輸送量の低減

・廃棄物処理→極地研の最重要テーマ

・栄養学的優位性→新鮮な食品の供給

・癒し(多少意見が分かれるところ)

【問題点】

・南極条約による生物持ち込み禁止規定

・乾燥に耐えうるか(室内は暖かいので寒さの懸念はない)

宇宙開発分野で既に昆虫食は検討対象に入っているので、これを冒頭で紹介し、上記の点を説明すると良いだろう、と。筆者は以下のポイントを利点として挙げました。

1)卵で運搬でき、孵化から成虫まで小設備で飼育ができること

2)野菜屑など廃棄物を飼料としてリサイクルがはかれること

3)昆虫一般に栄養学が高くバランスもすぐれていること

4)生鮮食品であること

南極に食用として厳密に管理された昆虫牧場をつくれば可能ではないかと提案した結果、観衆から好評だったようです。さすが好奇心旺盛な冒険家たちです。世界の食料危機を前に、いろいろな機関で昆虫の食への検討が進められていますが、本書には社会イノベーションの問題点と解決策が具体的に述べられており、これから日本の食を海外で普及させていきたいと考えている人達にとっても必読の書と言えます。

最後に。本書でもタイは昆虫がよく食べられている国として紹介されています(日本では長野県)が、昨年、タイの大財閥のトップに「昆虫を食べるという習慣があるようですね」とぼくが話したら、「そんなの、誰が食べるんだろう。変わった人達じゃないの」、とやや不愉快な表情をしながら彼の言葉が返ってきました。寿司が富裕層やインテリ層から人気がでたように、昆虫食もまずは上層から攻めるのがいいのかな、と思った瞬間です。

 

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