イノベーティブ思考 の記事

Date:16/2/15

今月のはじめ、思いついたようにnoteをはじめました。

6-7年間、ツイッターとフェイスブックをやってきたし、並行してインスタグラムやニューズピックスなどにも登録をしてきました。色々な思考回路を確保しておこうというつもりでした。しかし、インスタグラムはぼくにとって時間つぶしでしかないなあという感じが拭えません。ニューズピックスもずいぶんと眺め、「ニュースに関してこんなに意見交換しなくてもいいよな」という気がやはりしました。フェイスブックで散見する意見で十分かな、とも。それらを必要とする人たちはやればいいけど、ぼくが今時間を使うとすると別のところかな、と思ったのですね。じゃあ、何がいいのか?

ソーシャルメディアも場を変えると、違った意見や見方が見えてくるわけですが、そうそう沢山のアカウントをもって全てをカバーはできない。一つのネタでどの場にも流し込むということができますが、それはあまりやりたくない・・・と迷っていたのです。ツイッターをフェイスブックに流すのも、なんだかなぁと思うタチなので。

毎週、サンケイビズにコラムを書いて4年近くになりますが、一回の原稿の目安が1500字です。これを書きながら、並行してもっと少ない字数で気楽に書きたいなあとぼんやりと思っていました。ハフィントンポストに書くのもいいですが、結構、荒波に漕ぎ出す覚悟を要されるところがあって気楽さとは縁遠いわけです。このブログも500字周辺だと短すぎます。画像中心にしないといけないでしょう。レイアウトとして500字が似合うところが条件になります。メールは少々字数がないと寂しいけど、チャット形式のメッセージは1行でいいとか、それと同じです。

・・・なんのために、新たなチャネルを欲しいと思うのか? これをもう少し考えてみました。

自分の考え方をじっくりと整理することを優先する。それが第一です。あまりビジネスのことがざわざわと語られるところでなく。第二としてあまりに人が集まり過ぎていないところ。まあ、今のところですが。

で、noteです。なんとなく、今はここが目的にあっていそうだ、と。それで、まずは7年前に書いた、自分の考え方や判断力をつくった12冊のレビューをアップデイトしてみました。これは自分の判断力を実際につくっているというより、自分の考え方のモデルとするものをどこからひっぱってきたか、ということを整理しています。ひとつの領域のスペシャリストになることよりも、複数の領域をまたぐ人間であるためのロジックとか、混沌とした状況で落ち着けるコツとか、そういう支えをしてくれる本を自分の味方につけてきたのが、振り返ってみるとよく分かります。

この12冊が昨日終わったので、今日から自分の専門の12冊です。専門はもたないのですが、よく足場にするところで、欧州文化とデザインの12冊を見直しています。とりあえず、1日1投稿です。

Date:14/12/10

20数年前、イタリアで生活をはじめた時に、よく耳にする気になる言葉がありました。「これはクリエイティブか?」という問いかけです。とっても多い。それも日常生活のなかのこまごましたコトについて、「クリエイティブか?」なのです。クリエイティブはデザインや広告の世界の用語に近いと思っていたぼくは、クリエイティブであることが評価の大きな軸であるとの発想にすぐついていけず、馴染むに少々時間がかかりました。

その頃、日本では個性的であるかどうかはよく会話が交わされていましたが、日常の生活で「クリエイティブ」はほとんど俎上にあがっていなかったと思います。しかし、自虐的ですが、「イタリアの(非効率な)官僚システムほどクリエイティブなものはない」という表現を耳にして、クリエイティブが何たるものかが(否定的な側面からでも)分かってきます。日経ビジネスオンラインに連載している「イタリアオヤジの趣味生活」のために多くの人にインタビューしていて気付くのは、イタリア人は危機的な状況を生き抜くに得意ということです(もちろん、生き抜いた人をインタビューしているから話が面白い、ということはあります)。

つまり、このサバイバル能力とクリエイティブ度合のあいだに相関関係がある、という考え方をするとクリエイティブの意味がもっとよく理解できます。本書で「限界ギリギリのところで発揮する力」としてのクリエイティビティが語られています。これには、時間や文化を踏まえてコンテクストに新しい視点を持ち込むとのヨーロッパ的な伝統が活きています。タイトルが「世界で最もクリエイティブな国 デンマークに学ぶ」であり、インタビューに答えたのがデンマーク人であるにせよ、語られている内容はかなりヨーロッパ的です。それだけイタリアの文脈におけるクリエイティブとも共通性がある、ということです。

解説をリ・パブリックの田村大さんが書いており、シリコンバレーのピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワンー君はゼロから何を生み出せるのか』において強調されている「枠組みの外で考える」と「限界ギリギリで考える」の対比を指摘しています。これは文化圏の違いだけでなく、もう一つはイメージするビジネス規模やエリアの違いにも拠っているかもしれない、とぼくは思いました。ティールはテクノロジーによって独占的な市場をとる大切さを説いています。世界の大きな面積を相手にしないと元がとれないプラットフォーム的な商売をネタにする人たちと、アプリやコンテンツのようにローカル依存度が高いネタを扱う人たちという2つの次元があります。

発想のコツとしては、「枠組みの外で考える」と「限界ギリギリで考える」の両方も使えるのですが、実際のビジネスに現場において、どちらに重心を置くかが変わってくる・・・ということだと思います。ヨーロッパのビジネスリアリティにおいては、圧倒的に「限界ギリギリで考える」が活きるだろうし、たぶん、日本でもそうです。だから『ゼロ・トゥ・ワンー君はゼロから何を生み出せるのか』をぼくは凄く面白い本だと思う一方、そう全ての人が読まなくても良い本だと考えました。でもこういう本は爽快なのです。だから大ヒット作になるわけですね。

が、ゼロから何かを生み出せない自分に嫌気がさすのも現実です。それよりも、「今、自分のやっていることをもう少しギリギリまで追いつめてみないか?」とのアドバイスの方がよっぽどやる気が出てきます。大多数の人の実感にしっくりきて、なおかつ、一歩前に踏み出してみようという気持ちになるのです。よって『ゼロ・トゥ・ワンー君はゼロから何を生み出せるのか』を読むな!とは言いませんが、口直しに本書を読むと精神的バランスがとれますよ、とは言いたいです。

イノベーションが語られ、そのなかでクリエティブがいわゆる「業界用語」から脱却した今、いよいよヨーロッパの知は面白いところにあります。

 

Date:14/12/1

この数か月、新たな本を書きたいなと考え始めています。「イタリアの食デザインの現在」に関する本です。企画書にしてどこかの出版社に打診するというレベルではまだありません。しかし沸々とそういう気になってきた、というわけです。そろそろ、いわゆる食関係者以外の人間が、食とその周囲にあるテーマを多角的につっこむタイミングにきたのではないかなと思うのです。料理本でもない、ファーストフードやマス加工品の害を告発するのではない、広い範囲からの食の捉え方があるだろう・・・と。

ローカルの活性化の話になると、観光と食が語られることが多いです。食はレストランの食と土産品の両方が取り上げられることが多いのですが、ふつうの食加工品で且つ距離のある経済圏に移動するという次元のことが割と把握されていないという気がします。サンケイビズの連載にも書いたのですが、ある日本の地方の加工品のローカライズのプロジェクトをやっていて、高級品ではない加工品を海外市場に出していくにあたり考えるべきことは沢山あります。

一方、イタリアの経済人の動きをみていて気がつくのは、この数年、農業に投資する人が増えていることです。もともとイタリアではビジネスで成功するとワイナリーのオーナーになるというコースがあります。スポーツ選手もそうです。広い農園を散歩しながら自然を堪能し、自分のワインブランドが世界の食卓に普及するのを夢見るのです。が、ワインだけでなく、他の農産品に食指を伸ばしつつあります。オーガニック食品専門の大手スーパーの株主に誰がなっているかをみると、それははっきりとします。一人は「質の高い食こそが、現代の贅沢である」と話しています。

これは、世の中が動いている証拠です。今週、ファッションのブルネッロ・クチネッリ氏のプレス発表にでかけました。彼が使われなくなった他社工場を壊して自然の姿に戻すと語ったのですが、それがブルネッロ・クチネッリという企業ではなく、ファミリーの財団として行うことを強調しました。そして、この会場には自分の上場企業を観察しているアナリストたちがいることを何度も何度も繰り返しました。戻された自然のなかで子供たちがサッカーをする、畑でとれた野菜を自社の社食で使う・・・との説明がありましたが、この決断の肝は、風景という財産の形成にどう貢献するか?です。(←詳細は、次回のサンケイビスの連載コラムを読んでください)

ローカル、風景、農業、文化。これらを目がきく経済人たちが真剣に語っている様子を眺めていると、ビッグデータの動向を追っておくことと同じように、食とその周辺に対する人々の関心のありようを知っておかないといけないことに気がつきます。ライフスタイルのトレンドの理解において、ファッション、インテリア、クルマ、情報空間・・・を象徴的にみてきたように、食が表現する記号を読み取れないといけない時代であるとの認識が求められるのです。

来年5月からは食をテーマにしたミラノ万博がスタートします。ぼくの情報収集や思考もスピードアップできるはずなので、さて、本の下準備を考えようか、という気になるわけです。

 

 

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