イノベーティブ思考 の記事

Date:12/5/10

ミラノの運河沿いにある L’HUB の店内を眺め、数分とせず、「あっ、世界のすべてが、ここで分かるんだ!」と思いました。ここは一言でいえば、FabLabテキスタイル版です。生地の染色、プリント、縫製までを一貫して行える工房です。ちょっと縫製の心得のある人は型紙-もちろん自分のサイズーと生地だけここで買って、自宅でスカートを仕上げることも可能です。その心得がなければ、レッスン料を払い教えを乞うことができます。下のようなワークショップ風景をみれば、どこにでもある自分だけの服を楽しみたい主婦の手芸教室だと思うでしょう。それは間違いではありません。子供向けのコースもあると聞けば、「なるほど、子供にモノを作る面白さを教えるわけね」と納得しやすいです。

が、一歩奥に入り、古びたプリントの型が棚に重ねてあるのをみると「只者ではない!」とピンときます。これはズッキコレクションの一部で、18世紀から20世紀初頭に至るまで欧州各地で使われた5万個以上の手製プリントの型なのです。大量生産時代に入る前の型が実際に使える状態になっていて、自然染色の材料もそろっていますから、思いのままに生地で「遊ぶ」ことができます。しかも、そこかしこにある台から小物のモノ掛けに至るまで、すべてテキスタイルやファッション関連の生産施設で使用されたものという徹底ぶりです。そして、ここの主宰者がイタリアの大手テキスタイルメーカー・ズッキのオーナーファミリーの人間で、ビジネススクールのプレジデントであり、イノベーションが専門であると知ると、この工房の「野心」が想像できるようになります。

生地ストックには困りません。大量生産メーカーでは使いきれなくなった捨てる寸前の端切れ扱いの生地であっても、100着分くらいは余裕です。これを一人一人がユニークな服を作ることに使えば100人が喜べるわけです。200年前のプリントのデザインを実際に活用することで、200年前の繊維産業に従事する気持ちを推し量ることができるかもしれません。また、それによって1950年代の由緒あるホテルで使われていたテーブルクロスは蘇ります。色を工業製品に頼ることなく植物から得ようとすると、インドやエクアドルの人を頼ることになります。彼らの収入になり感謝されるかもしれません。が、その独特の色をそれなりの商業ベースにのせようとするとキャパが追い付かず一挙に破綻します。とするならば、そういう技術をもった世界各地の人たちがネットワークをもてばどうなるだろうか?という方向に頭がいきます。

冒頭で「世界のすべて」と表現したのは大げさですが、この工房にいると、200-300年の時の流れ、世界を巡るビジネスの勢い、その勢いのなかで右往左往せざるを得ない人々の事情と気持ちが手に取るように、いや、まさしく物理的に手に取って分かってくるのです。それはなにも低迷しがちなテキスタイルやファッション産業の再生のためだけでなく、これらの産業にいない人たちも、自ら手にしている生地を眺めながら、大きくは自分のフィールドの変革やクリエイティビティへのヒントをえやすい条件がここにあります。田舎でろくろをまわして陶器を作るのもいいですが、これほどには小さな創造性から大きな創造性へのマップが描きずらいのが普通ではないかと思います。

ボタンやジッパーだけでなく、服を作るに必要なこんな小さな道具の数々まで売っています。そして左には、受け取った名刺が突き刺さっています。これらをかけてあるのも繊維を作るに使用されるものです。これをみれば「サステナビリティ」や狭義から広義に至る「デザイン」という言葉の意味を実感するに違いありません。

Date:12/5/6

セント・マーティンズでは「リサーチ」「スケッチブック」の重要性が強調されると書きましたが、卒業生の学生時代のスケッチブックを実際に覗かせてもらいました。「ファッション科の卒業制作でも最終作品とともに、必ずスケッチブックークリエイティブプロセスがわかるものーを展示するのですが、展示会中にスケッチブックが盗まれることなんてザラで、昔はチェーンやロックをつけていたぐらいです。それでも、盗まれる、ということもありました」とファッションイラストレーターは語ります。

まず教授は次のようなステップを全体像として学生に示します。

1 ソーシング : 服の素材ということではなく発想のもとになる材料、写真、絵、モノ etc.
2 リサーチ: ソースから発想して自分なりの解釈、手を加えたもの、コラージュ、ペインティング、ドローイング etc.
3 ディベロップメント:リサーチを発展させる作業。この段階から形について考え始める。生地の質感などもこの段階から。
4 エンドリザルト: 実現可能なものに落とし込む作業。編集段階。

卒業生の彼女は、「セントマーティンズでは2のリサーチ段階に最も時間をかけます。2なくして、3が発展する筈がないと考えます。よって、作品の審査でも2の集大成であるスケッチブックが重視されます。あまりアイディアの無い学生というのは、最初に成果物を作って、それから後づけでスケッチブックの中身を作ったりします。こじつけですね」と説明。このようなタイプの学生がいまだにいるのは、「ファッション=洋服を縫う事と考える人がいまだに多いからだと思います。勿論、最終的な成果物は服には違いないですが、はじめから、『では、スカートを作りましょう』と言って白い紙を前に適当に描くことがファッションデザインではありません」と話し、実際、卒業制作にあたりプロのパタンナーやシームストレス(縫子)を雇う学生も多数いるようです。


上の写真は、彼女が蚤の市でみつけた昔の写真です。この写真が発想のスタート地点になり、「ニューヨーク。まだ街が動き出す前。小雨がやんで、もうすぐ太陽が顔をだそうとしている。ウィンドーの前を通り過ぎる女性。クラシック、ジオメトリック、ビルの窓のグリッドに赤いポピーが反射する・・・」という映像が彼女のなかに浮かんできます。

この映像から上のようなスケッチを彼女は描きます。大都会の風景にメカニズムのイメージが組み込まれていきます。これが「リサーチ」の開始です。

リサーチ2になると、ビルがエッフェル塔に置き換わり赤いラッピングがかけられたりなど、複数のイメージが発展していきます。

これがリサーチ3になります。この段階になると、コンセプトの要素がかなり明確になってきます。

ステップ4では、3の要素の融合や色の検討がされていきます。

このあたりにくると、ファッションとしてのコンセプトがみえてきます(とぼくには思えます)。

リサーチ6で、「ははあ。なるほど!」と膝を打ってもよさそうです。ファッションデザイナーが、どういうトレーニングを自ら課しているのかが、これらのプロセスでお分かりいただけたと思います。言葉の論理と言葉にならないイメージのジャンプの両方が、コンセプトを作り上げます。そして、彼女が言う、他人のデザインをみて「誰の何の影響を受けたかを想像できる」という根拠が理解できるでしょう。ここにこそ、デザイナー同士の競い合いがあり、ゆえにスケッチブックが盗難を受ける理由があります。

「セント・マーティンズ大学について語ろう」のエントリーはいったん今回で終わりますが、別のアングルから、このファッションイラストレーターのインタビューを続けたいと考えています。なお、このシリーズで掲載したイラストはすべて、彼女の作品です。

Date:12/5/6

セント・マーティンズ大学について語ろう(2)」からの続きです。この回では、何をイノベーションとみるか?ということを考えてみましょう。ファッションイラストレーターの師事した先生は、時代ごとのファッションのパターンを教えます。そのシルエットパターンは丸、四角、弓状などに分類され、たとえばJAZZ AGE と呼ばれた1920年代、四角が主流でした。映画『グレイト・ギャツビー』に出てくる登場人物たちをイメージすれば「ああ」と納得するでしょう。すべて下にすっと流れ落ちるようなスタイルで、アクセサリーも長く垂れます。

横に広がるのではなく、縦の動きです。スカートの裾のところでやや広がるのも特徴ですが(上の右端)、およそ縦を基本とします。それが1950年代のファッションでは、腰を細く絞りスカートが半円状になります。そう、丸の時代です。そして、モデルの立ち方はX字のように組み、手もダンサーのように横に伸びます。

しかし、1960年代になると丸から四角に変換します。モデルも手を腰にあてたり脚の片方を曲げたりすることが多くなります。

こうしたシルエットの特徴の変遷を単純化したスケッチに落とし込む。パターンを身につけるのです。卒業生のファッションイラストレーターは「ファッションを勉強すれば、何年代はどういうデザイナーが活躍して、その代表作を諳んじ描くこともできます。しかし、それをシンプルなカタチで体系だって説明できるように教育された人は少ないのでは?」と語ります。

ヨーロッパ近代とは、ものごとに境界線をひいて分類をすることにはじまったとぼくは理解しています。そこで肝心なことは、分類わけしてそこに当て嵌めて満足するのではなく、どうしても嵌らないことをどう問題として見えるカタチで目の前にそのまま提示しておくか、いわば付箋を張り付けておくことではないかと思います。

パターンを学ぶとは、本当の解決すべき問題点や革新的な方向を見極めることです。ですから、セント・マーティンズの教育に沿っていえば、それぞれの時代のパターンに入りきれなかったデザインにイノベーティブの芽をみることです。その芽がどう転換を創っていったかを学べば、学生は今、何に流されないようにすべきか、何処に自分のアンカーを下すと良いのかが分かってきます。エッジを効かすポイントが見えるのです。

2010年にパリのグラン・パレで開催されたモネ回顧展の感想を書いたことがあります。

「既にどこかの美術館や本でみた作品だから・・・」と思うと間違えます。既にみたことのある作品に近い、しかし微妙に異なる作品が複数ならんだ時、「あっ!モネが狙っていたのは、これだったのか!」と動的に把握できます。ある作品を凝視して自分の想像力で、その作品がより大きい存在になる・・・しかし、それは他の有名な作品とは面で繋がらない。そこにちょうどはまる面を構成するさほど有名ではない作品が挟まると、とてもダイナミックな世界が展開する。こういう経験の連続を、この回顧展で得ることができました。

ファッションイラストレーターはセント・マーティンズで、この回顧展のキュレーターの「企み」のしかたを学んだのではないか?と想像しました。次は、彼女のスケッチブックを紹介しましょう。

Page 10 of 17« First...89101112...Last »