イノベーティブ思考 の記事

Date:12/5/6

セント・マーティンズでは「リサーチ」「スケッチブック」の重要性が強調されると書きましたが、卒業生の学生時代のスケッチブックを実際に覗かせてもらいました。「ファッション科の卒業制作でも最終作品とともに、必ずスケッチブックークリエイティブプロセスがわかるものーを展示するのですが、展示会中にスケッチブックが盗まれることなんてザラで、昔はチェーンやロックをつけていたぐらいです。それでも、盗まれる、ということもありました」とファッションイラストレーターは語ります。

まず教授は次のようなステップを全体像として学生に示します。

1 ソーシング : 服の素材ということではなく発想のもとになる材料、写真、絵、モノ etc.
2 リサーチ: ソースから発想して自分なりの解釈、手を加えたもの、コラージュ、ペインティング、ドローイング etc.
3 ディベロップメント:リサーチを発展させる作業。この段階から形について考え始める。生地の質感などもこの段階から。
4 エンドリザルト: 実現可能なものに落とし込む作業。編集段階。

卒業生の彼女は、「セントマーティンズでは2のリサーチ段階に最も時間をかけます。2なくして、3が発展する筈がないと考えます。よって、作品の審査でも2の集大成であるスケッチブックが重視されます。あまりアイディアの無い学生というのは、最初に成果物を作って、それから後づけでスケッチブックの中身を作ったりします。こじつけですね」と説明。このようなタイプの学生がいまだにいるのは、「ファッション=洋服を縫う事と考える人がいまだに多いからだと思います。勿論、最終的な成果物は服には違いないですが、はじめから、『では、スカートを作りましょう』と言って白い紙を前に適当に描くことがファッションデザインではありません」と話し、実際、卒業制作にあたりプロのパタンナーやシームストレス(縫子)を雇う学生も多数いるようです。


上の写真は、彼女が蚤の市でみつけた昔の写真です。この写真が発想のスタート地点になり、「ニューヨーク。まだ街が動き出す前。小雨がやんで、もうすぐ太陽が顔をだそうとしている。ウィンドーの前を通り過ぎる女性。クラシック、ジオメトリック、ビルの窓のグリッドに赤いポピーが反射する・・・」という映像が彼女のなかに浮かんできます。

この映像から上のようなスケッチを彼女は描きます。大都会の風景にメカニズムのイメージが組み込まれていきます。これが「リサーチ」の開始です。

リサーチ2になると、ビルがエッフェル塔に置き換わり赤いラッピングがかけられたりなど、複数のイメージが発展していきます。

これがリサーチ3になります。この段階になると、コンセプトの要素がかなり明確になってきます。

ステップ4では、3の要素の融合や色の検討がされていきます。

このあたりにくると、ファッションとしてのコンセプトがみえてきます(とぼくには思えます)。

リサーチ6で、「ははあ。なるほど!」と膝を打ってもよさそうです。ファッションデザイナーが、どういうトレーニングを自ら課しているのかが、これらのプロセスでお分かりいただけたと思います。言葉の論理と言葉にならないイメージのジャンプの両方が、コンセプトを作り上げます。そして、彼女が言う、他人のデザインをみて「誰の何の影響を受けたかを想像できる」という根拠が理解できるでしょう。ここにこそ、デザイナー同士の競い合いがあり、ゆえにスケッチブックが盗難を受ける理由があります。

「セント・マーティンズ大学について語ろう」のエントリーはいったん今回で終わりますが、別のアングルから、このファッションイラストレーターのインタビューを続けたいと考えています。なお、このシリーズで掲載したイラストはすべて、彼女の作品です。

Date:12/5/6

セント・マーティンズ大学について語ろう(2)」からの続きです。この回では、何をイノベーションとみるか?ということを考えてみましょう。ファッションイラストレーターの師事した先生は、時代ごとのファッションのパターンを教えます。そのシルエットパターンは丸、四角、弓状などに分類され、たとえばJAZZ AGE と呼ばれた1920年代、四角が主流でした。映画『グレイト・ギャツビー』に出てくる登場人物たちをイメージすれば「ああ」と納得するでしょう。すべて下にすっと流れ落ちるようなスタイルで、アクセサリーも長く垂れます。

横に広がるのではなく、縦の動きです。スカートの裾のところでやや広がるのも特徴ですが(上の右端)、およそ縦を基本とします。それが1950年代のファッションでは、腰を細く絞りスカートが半円状になります。そう、丸の時代です。そして、モデルの立ち方はX字のように組み、手もダンサーのように横に伸びます。

しかし、1960年代になると丸から四角に変換します。モデルも手を腰にあてたり脚の片方を曲げたりすることが多くなります。

こうしたシルエットの特徴の変遷を単純化したスケッチに落とし込む。パターンを身につけるのです。卒業生のファッションイラストレーターは「ファッションを勉強すれば、何年代はどういうデザイナーが活躍して、その代表作を諳んじ描くこともできます。しかし、それをシンプルなカタチで体系だって説明できるように教育された人は少ないのでは?」と語ります。

ヨーロッパ近代とは、ものごとに境界線をひいて分類をすることにはじまったとぼくは理解しています。そこで肝心なことは、分類わけしてそこに当て嵌めて満足するのではなく、どうしても嵌らないことをどう問題として見えるカタチで目の前にそのまま提示しておくか、いわば付箋を張り付けておくことではないかと思います。

パターンを学ぶとは、本当の解決すべき問題点や革新的な方向を見極めることです。ですから、セント・マーティンズの教育に沿っていえば、それぞれの時代のパターンに入りきれなかったデザインにイノベーティブの芽をみることです。その芽がどう転換を創っていったかを学べば、学生は今、何に流されないようにすべきか、何処に自分のアンカーを下すと良いのかが分かってきます。エッジを効かすポイントが見えるのです。

2010年にパリのグラン・パレで開催されたモネ回顧展の感想を書いたことがあります。

「既にどこかの美術館や本でみた作品だから・・・」と思うと間違えます。既にみたことのある作品に近い、しかし微妙に異なる作品が複数ならんだ時、「あっ!モネが狙っていたのは、これだったのか!」と動的に把握できます。ある作品を凝視して自分の想像力で、その作品がより大きい存在になる・・・しかし、それは他の有名な作品とは面で繋がらない。そこにちょうどはまる面を構成するさほど有名ではない作品が挟まると、とてもダイナミックな世界が展開する。こういう経験の連続を、この回顧展で得ることができました。

ファッションイラストレーターはセント・マーティンズで、この回顧展のキュレーターの「企み」のしかたを学んだのではないか?と想像しました。次は、彼女のスケッチブックを紹介しましょう。

Date:12/5/5

 

セント・マーティンズ大学について語ろう(1)」の続きです。大学はどんなところなんでしょう。ファッションイラストレーターの会話を続けます。

「決まったカリキュラムがあるわけじゃなく、また、先生が『この指とまれ!』と声をかけるまでもなく、学生が独自に先生にアポをとって『面倒見てくれ』と頼んで受けいられるかどうかなんです。そして期末にアウトプットを出せばいいんです。とっても自由です。でも、アメリカから来た学生たちには評判が悪く、『高い授業料を払っているのに、教育がシステム化されていない』ってブーイングするんですね。私なんかからすると、『何言ってるの?』って感じ」

ここでミラノ工科大学のマスターに留学していた学生の意見が頭によみがえりました。「フィンランドのアアルト大学にもいたことがあるんですが、あそこはすごくきめ細かでした。正直言って、このポリテクニコのカリキュラムは配慮が届いているとはいえず、結果的に能力のある卒業生が有名になっているという感が強いですね」と語ったのです。この学生の工科大学へのネガティブな評価ポイントが、まさしくセント・マーティンズ大学の「売り」であると、ファッションイラストレーターが指摘するわけです。「リサーチ」という言葉の指す範囲や重点の置き方にも言及します。

「米国ではリサーチというと、市場リサーチやユーザーリサーチに重きが置かれがちなんですが、セント・マーティンズで繰り返し言われたリサーチの重要性というのは、あまりそういう対象ではないんですね。それは街を歩く人の姿も熱心に見ますが、木々の落ち葉や道に落ちてる紙の燃えカスだったりをスケッチブックに貼りつけ、そのスケッチブックを充実させていくことなんです。スケッチブックにきれいに絵を描いていくことじゃないんです」

エッジのきいたコンセプトを生み出すに、自らがエクストリーム・ユーザーの立場を強化するよう鍛えることかな?とも思います。たとえば米国でエクストリーム・ユーザーとの接触が重要とされるのは、どうしても市場リサーチに傾きがちであることへの反対方向への動きと言ってよいのではないかと、ここから想像できます。話を聞く限り、セント・マーティンズで教えられる「リサーチ」は、リアルやヴァーチャルにかかわらず、周辺事象を極めて内省的に眺めることではないかと思えます。

そのファッションの学生たちが、こう言うそうです。「プロダクトデザインの連中って頭いいよね。哲学や歴史の本もたくさん読んでいるし、私たちとは違う人たちよね」と。そういえば、かつて、セント・マーティンズで勉強したプロダクトデザイナーが「教養のない人はデザイナーの資格ないですよね」とぼくに話していました。しかし、そのプロダクトデザイナーがテキスタイルやファッションの人たちの表現の方向を見ているのですから、面白いものです。

ファッションイラストレーターが、こう続けます。「エッジのきいたデザインというと、たとえば、ミラノでいえばコルソ・コモ10で売っているようなファッションを指すのですが、そうしたデザインにでているコンセプトというのは、私たちが見ると、ああ、これは誰のアート作品をみて作ったな、ってわかるわけですよ。ガウディの建築に影響を受けたとか。そして、マスレイヤーに下がっていくにつれて、そのスタイルだけがトレンドのシンボルとして継承されていくんです」 ということは、コンセプトの素への接近力こそが「実力をつける」ことの中身になります。

ぼく自身、新しく、かつ歴史に残るコンセプトは米国ではなく欧州で生まれやすい・・という確信からヨーロッパを活動のベースにする決意をしたので、このあたりの説明はよく分かります。次回は、セントマーティンズで何を基盤としておさえ、何を革新とするか、をどのように教えるのかという事例を紹介します。

 

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