ローカリゼーションマップ の記事

Date:17/12/1

今年、デザインに関わる本を2冊、『デザインの次に来るもの』『突破するデザイン』を出したわけですが、それもありデザインやアートの議論をよく観察するようにしています。そこで、どうもおかしいなあとの想いが強くなってきました。勢力争いにしか見えないところがあるのです。いわばロビー活動が露骨過ぎる!と思うわけです。『デザインの次に来るもの』で紹介したEUのイノベーション政策にデザインが主役に躍り出たのは、ブリティッシュ・カウンシルのブラッセルへのロビー活動の成果が大きかった(クリエイティブ産業振興だけでは不足である、というのが本音でしょう)のですが、ロビー活動はそこそこに隠すところは隠さないといけないのです。

そんな時に一般の人も絵が描けるようになることで観察眼が向上しますよ!と言っている、アート・アンド・ロジックの増村岳史さんと知り合いました。増村さんの活動はネット上で見ていたのですが、9月に開催されたイベントの会場で初めてお会いして話しこみました。ああ、これは何かを一緒にやるタイミングだと直感で思いました。

 

 

そこで立命館大学の八重樫文さんにもイベントのアイデアを話したら、主催を立命館大学DML(Design Management Lab.)、共催を大学院経営学研究科として東京キャンパスでやりましょう、ということになりました。それで2日に分けてトークショーをやりますが、1日目の趣旨は増村さんに書いてもらい、2日目はぼくが書きました。下記です。

 

ビジネスがお金にまみれた汚い世界というわけではありません。アートがきれいな高尚な世界というわけでもありません。その間でデザインが右往左往しているということでもありません。それぞれ別の世界に生きているのではなく、同じ愛ある世界に生きています。

 

が、どちらかというとビジネスはガチガチの論理か義理人情の話ばかりが強調されます。アートは感情が優先した特別な存在に見られがちです。そしてデザインはビジネスの下僕のような存在で、アートとビジネスの両方の機嫌を窺っているようにも見えます。なにか「どっちがエライか」の競争をしているような感じがしませんか? これでは愛が逃げてしまいます。

 

Seminar#01の「ビジネスは魅力的なアートか?」に続き、今回もアート・デザイン・ビジネスが実はとっても仲が良いのだ、そして持続性ある愛とは何かを考えているのだ、ということをみなさんで「味わって」もらおうと思います。

 

最初に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるか? 経営における「アート」と「サイエンス」』の著者である山口周さんに30分ほど「アートの本懐」をテーマにプレゼンしていただきます。その後、『デザインの次に来るもの』の共著者であり、ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』の共に監修・監訳をつとめた安西洋之さんと八重樫文教授とが、山口さんと1時間ほど鼎談をします。

 

会場の皆さんとも30分ほど議論ができたらと願っています。

 

これはかなり気分で書きました。しかし、この気分は止めようがなかったのです 笑。

1月13日(土曜日)14:30-16:30 「ビジネスは魅力的なアート?」
1月19日(金曜日)18:00-20:00 「サスティナビリティある愛とは?」

案内を静岡大学大学院でマーケティングを教えている本條晴一郎さんに紹介したら、次のようなチャットがありました。

本條さん「サスティナビリティある愛 って良いですね」

安西「永遠の愛、という言い方は昔からあるのですが、これだと意味が違うなあ、と」

本條さん「変わらぬ愛というよりも、心はいつもあって、その上で更新されていく愛、というニュアンスに捉えました」

この本條さんの解釈、とっても嬉しいです。

登壇者の名前やプロフィールは立命館大学DMLの下記案内をご覧ください。申し込みもそちらからお願いします。

https://dml-ritsumei.wixsite.com/seminar2018

Date:16/6/14

前回、「デザイン・ドリブン・イノベーション」という本が予想に反して面白かったという話を書きました。日本と同様、欧州でも「デザイン思考」という言葉が非テクノロジー分野や行政の間で浸透しつつあります。しかしながら欧州では日本と比べると、「デザイン思考」をもう少し相対的に捉えている印象をうけます。欧州委員会のなかでデザインがイノベーションの鍵としていわれ、そのデザインは「デザイン思考」と「デザインドリブンイノベーション」の2つのアプローチで表示されている、という点が目をひきます。

デザインがスタイリングだけでなく、プロセスや戦略に関わると考える企業家は欧州のなかではスカンジナビアや英国に多く、欧州と米国を比べると、特に米国では戦略的な位置づけとしてのデザインがあります。 地域としてはこうですが、日本も含め一般的には、製造業よりサービス業、老舗よりも若い企業がプロセスや戦略としてのデザインに積極的であるとの傾向はあります。

今回のセミナーでは、「デザインドリブンイノベーション」の著者であり、次作の「意味のイノベーション」の刊行が待たれるミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授のもとで学んだ羽山康之さんを講師に、こうした全体図を話してもらう予定です。

 

 

「今、欧州ではデザインとイノベーションをどう考えているか?」

日本企業の経営のなかでデザインへの認識が増しています。一つにはスタンフォード大学とIDEOが発信拠点となっている、ユーザーを中心に考える「デザイン思考」普及の恩恵があります。

これには欧州においても同様の現象がありますが、受け入れ方やその度合いが日本とは違います。例えば、欧州委員会のイノベーションユニットでは「デザイン思考」だけでなく、「デザイン・ドリブン・イノベーション」の両輪でイノベーションを推進しています。

「デザイン思考」は緩やかな改良を狙うプロジェクトには適切ですが、急進的な意味の転換を伴うイノベーションには「デザイン・ドリブン・イノベーション」が適当である、と考えているからです。

「デザイン・ドリブン・イノベーション」というコンセプトは、2009年にハーバード・ビジネス・スクール出版から出されたミラノ工科大学MBAの教授、ロベルト・べルガンティ氏の著書のタイトルからきています。

今回のセミナーでは、安西洋之氏のもと、今年、ベルガンティ教授の講義を直接受けた羽山康之氏が、「デザイン思考」と「デザイン・ドリブン・イノベーション」を対比して、何が同じで何が違うのかを明らかにします。同時に、「デザイン・ドリブン・イノベーション」以外の欧州でよく語られているデザインアプローチも紹介していきます。

開催概要

日 時 9月3日(土)16:00-18:00 18:00-19:30懇親会

場 所 AXISビル地下1階イベントスペース「SYIMPOGIA」

料 金 会員2,500円
一般3,000円
学生1,000円

講師

羽山康之(はやま・やすゆき)

イタリア・ミラノ工科大学デザインスクールで戦略的デザイン修士。一橋大学商学部、同大学院商学研究科経営学修士。デロイト トーマツ コンサルティング株式会社(当時)にて、経営コンサルタントとして自動車メーカー/自動車部品メーカーのビジネス支援に関わる。

ミラノ工科大学在学中、ミラノ工科大学Master in Product Design for Architectureの非常勤講師。またミラノ国際博覧会(EXPO 2015)時に立ち上げた、イタリアの食品関連ベンチャー企業にて食文化を再発見し、発信するデザイン戦略企画に従事。スペイン・バルセロナでデザインエージェンシーにてインターンを経験。その後、イタリアの建築設計事務所にてデザインコンサルティングを行い、6月末帰国予定。

関心事項は、イタリア流の意味のイノベーション(Innovation of Meaning)/デザイン・ドリブン・イノベーション/戦略デザイン、デザイン×ビジネス、文化と人の生活、Co-creation/Co-designと旅行(学生時代に世界周遊)。栃木県出身の地元好き。

モデレーター

安西洋之(あんざいひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
上智大学文学部仏文科卒業後、いすゞ自動車入社。欧州自動車メーカーへのエンジンなどのOEM供給ビジネスを担当後、独立。ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナーとして欧州とアジアの企業間提携の提案、商品企画や販売戦略等に多数参画している。国際交渉のシナリオ立案とデザイン企画を得意としている。また、海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップ等の活動を行っている。

著書に『イタリアで、福島は。』『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』(日本評論社)。共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』(日経B社)。

「ローカリゼーションマップ」WEBサイト http://www.localizationmap.com/

<申し込みは右記参照のこと>http://www.jida.or.jp/site/information/innovationseminar.html

 

 

 

 

Date:16/5/28

ミラノサローネ2016をおよそ1か月半にわたって書き、久しぶりにこのテーマを集中的に考えることになりました。その結果、頭を働かせるだけでなく、実際に人に多く会い話をすることが多かったです。ミラノ工科大学のビジネススクールの先生であるロベルト・ベルガンティが8年前に書いた。「デザイン・ドリブン・イノベーション」を読む機会も得て、さらに頭と身体の動きが後押しされる羽目にも 笑。いや、この本、最高に面白かったです。

実は、この本、もっといえば「デザイン・ドリブン・イノベーション」という名前をぼくは避けていたのです、長い間。立命館大学経営学部デザインマネージメントラボのチームが日本語に訳して出版したのが、オリジナル本がハーバードビジネススクール出版から出た4年後、2012年ですが、確かその頃から、この名前を日本で耳にするようになったのでしょう。でも、ぼくは「何それ?」と読み気にもなれませんでした。だってですよ、ミラノの周辺のデザインを今更語るか?アルテミデとかアレッシとか、もう枯れたブランドじゃない、と。いや、ビジネスのブランドとしてはいまだに十分に立派ですが、ミラノデザインを語る際に、このブランドはもうないだろう、と。およそミラノからブリアンツァにかけての地域にミラノデザインを生むエコシステムがあったみたいな話は聞き飽きているわけです。

 

で、デザイン・ドリブン・イノベーションですよ。流行りのデザインとイノベーションの2つのバズワードが入っているのが、もう嫌で嫌で。いやらしい。そして経営学の教授がハーバード・ビジネス・レビューに書いたものだ、と。もう、これだけでツマラナイと語っているみたいなものじゃない、と(関係者のみなさん、失礼!)。まあ先入観のかたまりみたいな頭で、この本を手にとるなんて一生ないだろうと思っていたわけです(大げさにいえば)。確か、その頃、日本のある先生に、「ベルガンティを知っていたら、紹介してくれますか?」と聞かれたのです。ベルガンティを知らなかったぼくは、彼の略歴を検索でみて、「ああ、MBAの先生か。この人とのコネをわざわざ探さなくてもいいだろう」と判断し、日本の先生には「直接存じ上げないので、お役に立てそうもありません」と断ったのです。

さて、今年の4月のある日、ぼくの中小企業の本を読んだ日本の経営学の先生からメールをいただき、その方の論文も添えてありました。「イタリア+中小企業+産業集積+ブランド」の組み合わせが日本の経営学の範囲であろうと想像していたのですが、論文にはイタリアのデザインの考え方が記されていたのです。美術史や思想史に触れていて、それは驚きました。経営学はこのあたりまで手を伸ばしているのだ、と大いに感心しました。その感想をそのまま書いて返事をしたら、他の方を紹介いただくことになり、(詳細は省くとして)結果的にあの遠ざけていた「デザイン・ドリブン・イノベーション」を手にするに至ります。さっそく、最初の数ページを読んで、すぐさまぼくは自分が過ちをおかしていたことに気がつかされました。イタリアデザインには読ませるコンテンツがまだこんなにもあったのだ、と自らの無知と曇っていた目を恥じました。

曰く、「急進的なイノベーションとは、モノがもつ意味の転換であり、テクノロジーだけのイノベーションには限界がある」「ユーザー中心のデザインは緩やかな商品改良には貢献するが、長期的な資産を生む急進的なイノベーションには役立たない」「オープンイノベーションは誰でもアクセスできるのだから、誰でも模倣できる」「意味の転換を見極めるのは、ユーザーにクローズアップするのではなく、文化的にクローズドなコミュニティ(解釈者たちのネットワーク)で語られる内容を吟味して見極め、ユーザーをズームアウトして眺める必要がある」・・・・といったことが(ぼくの解釈も加えると)書き連ねてあるわけです。ぼくは、いわゆるソーシャルライフで得られる情報や見方を自分のなかで統合するのが肝心で、それが次の戦略を決めるヒントがあると考えてきました。例えば、アートギャラリーのオープニングでのアーティストやキュレーターとの雑談が、文化人類学者や企業家との会話と方向として一致することが、大きな指針になったりするわけです。ぼくはミラノサローネを「デザインディスコース」としてみる実践をしてきたので、もう、本に書いてあることに頷きまくる展開になったのです。

ちょっとエラソーに言えば、説明が曖昧な部分に嘘ではないけどリスキーな要素は多いとか、ソーシャルメディア時代のデザインディスコースは2008年には語りきれなかったはずだが、もう少しネット時代の解釈たちを予見しても良かったのではないかとか、批判的に言おうとすれば言えることがないわけじゃないですが、まっ、そんなの読者がその先を考えればいいことだ、と思えるのですよ。その裏付けに言うなら、いわゆる教養人や感度の良い人の集まりが、文化コンテクストを読み商品コンセプトをつくるにとてつもなく大切ってのは、この本には書いていないデザインマネージメント研究の動向が示唆してくれるんです。米国のデザインマネージメント研究のなかにはあまり出ていないようだけど、ヨーロッパのデザインマネージメントでは、デザイナーの役割だけじゃなく、アーティストの役割が大いに議論されています。これは、ベルガンティが投げかけたテーマの筋が良かったことを物語っているわけです。

ビジネスパーソンの教養は、日経新聞の文化欄やサラリーマンの週末の趣味の読書を指しているのじゃないというのが、この本を読めば痛切に分かるのです。ぼくは8年前に「ヨーロッパの目 日本の目」で、ヨーロッパに”まだある”ハイカルチャーの社会文脈の解釈は見逃せないと書きましたが、この8年間でもハイカルチャーの存在感は下降線を辿っています。それでもイタリアの小学校の歴史の教科書の冒頭に、「歴史を学ぶのは過去の散在したディテールから全体像を積み上げていく刑事のようなものだ」とあり、中学の美術史の教科書が「アートに表現されている象徴から時代を読み取る」と強調して説明されているのを読むと、ヨーロッパの人のコンテクストを読む態度がおよそ想像がつくのです。

いってみれば、ベルガンティが指す「解釈者」とそこにある「デザインディスコース」のいわば社会的根拠が見える。そして、本書には、十数人から何百人規模のイタリア企業が、社内2-3人と外部の「解釈者」たちのネットワークで意味のイノベーションをおこした事例が沢山紹介されているのです。ヨーロッパで急進的なイノベーティブなビジネス展開を図りたい日本の中堅企業が知るべき内容がふんだんにありますよ。もちろん日本のなかのビジネス展開の参考にもなりますが、小さなチームと質の高い外部チームでヨーロッパでガツンとやるのも刺激的だし、なによりも長期的な利益の源泉を狙うに最適な道であると確信をもつに背中を押してくれます。特に、グローバルの統一ブランドやデザインからローカリゼーションを図る道筋が旧世代になり、ローカルな文化文脈が他のローカルに飛び火してローカライズし、そこにイノベーションを生む新世代には、大企業ではないサイズの企業が小さなチームをつくるのことで大企業にはないイノベーションをおこす可能性が大きいですからね。これが楽しみじゃなくてなんだろう・・・と思います。

 

 

 

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