ミラノサローネ2013 の記事

Date:13/3/18

このブログでミラノサローネをネタに書き始めて6年目になります。

何で5年間続けて書いてきたのだろう・・・と考えてみると、20万以上の人がみるこのビッグイベントをリアルに経験しながら自分なりの解釈をほどこし、次の一歩を考える楽しさなのではないか、と思い至ります。市内で開催されている500以上のイベントを全て自分の目でチェックしている人は誰もいないでしょうから、いずれにせよ限定された1週間という期間で切り取った部分(=自分の目でみたパーツ)をどう料理するか?の勝負です。

その際、会場にいるデザイナーとの会話は理解の鍵になります。

よくデザイナーと話すと、「私はトレンドは追わないよ」と語る人がいます。とても誠実そうな表情で。他人の動向とは関係なく我が道をいくということなのでしょう。市場が求めることを追うのではなく、自分が欲しいと思うのが結局売れるのだ、との信念かもしれません。しかし、ぼくからすると、「そういうあなたのセリフそのものが、トレンドなんだ」と思うことがままあります。Aという流れに「アンチA」を作るのが、意識にのぼっているかどうかは別にして透けて見えてくるわけです。そして意地悪かもしれないけれど、「アンチA」の集合体というのは必ずあるのです。ですからトレンドを追わないという心意気は買いますが、そこにある「孤独」をぼくは「トレンドを追わない」という軸では評価しません。

関心のあるのは、ビジネス的に成立するかどうかです。

ぼくは日本人デザイナーや日本企業の作品が欧州人から「心から」評価してくれるポイントについて過去、このシリーズで書いてきました。「お客さんの頭の中が分かる」とは、いわば本音で評価して財布の紐を緩めるに値する作品としてみてくれるかの見定めができているか、です。外交的な絶賛はどうでもいい。いや、あえて言うなら、外交的評価とはどういう表現をするのかは知ったほうがいいかもしれません。日本では欠点を直せと教育され、欧州では良い点を伸ばすように褒めて教育する、というエピソードが定着しているにもかかわらず、自分の作品が欧州で褒められると、その言葉を日本の教育システムのなかの評価軸に置き換えてしまうのです。このクセは矯正しないといけないでしょう。

もちろん、ぼくにもクセはあります。

長い間、イタリアに住んできて自分についてつくづく分かったことがあります。それが、このシリーズで書くことにも反映しているのですが、ある文化圏のものを右から左に移動させたものにはほとんど興味をもてません。「本物の日本を伝える」というのをうたい文句にしているようなジャンルもそうです。そういうことに強い情熱をもつ人はおやりになればいいでしょうが、新しいコンセプトは欧州で生まれるに違いないと欧州に住むことを決意した人間(=ぼく)にとって関心の優先順位は圧倒的に低いです。それはイタリア文化に対しても同じであり、「本物のイタリアを日本に伝える」といいながら重箱の隅をつっつくような説明に時間とエネルギーを費やすタイプは、ぼくの視界から自然と消えていきます。本物はどこにでもあるといえばあるし、ないといえばどこにも本物なんてないのです。

さあ、ぼちぼちと頻度を上げて書いていきます。

 

Category: ミラノサローネ2013 | Author 安西 洋之  | 
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