ミラノサローネ2012 の記事

Date:12/4/23

昨日、MARU PROJECT のために4日間、南のバジリカータに出かけていた東大 i.school の学生たちがミラノに戻ってきました。若いといえど、さすがに身体は疲れているようですが、非常に清々しい表情です。身体ごとぶつかってひとつやりとげた充実感が顔に出ているのでしょう。ENIの財団のオーガナイズでTramutola に滞在した彼らは、市長から市民活動家までをふくめて多様な人たちに会い、イタリア国営放送RAIのニュースや地元3紙はかなりの紙面を割いて活動を紹介してくれました。市長の前で学生は地域活性や気仙沼との交流の5つのアイデアをプレゼンし、今後、ローカル同士で何かコトをおこしていく気運が出来てきました。今日、ディレクターの田村大さんとトリエンナーレの庭で話し合いながら印象に残った点-その後、ぼくが思った点もいれてーをいくつかメモしておきます。

地域活性化に異文化の人間が入り込むことは必須といえるほどに重要なことですが、バジリカータでもそれを感じたようです。しかし、その異文化の人はミラノのイタリア人ではなく、日本の人のほうが良く作用する場合があるのではないか、というのが一点です。「ミラノの奴には言われたくないが、遠い外国人の言うことは率直に聞ける」という微妙な心理があります。そのような文脈で、小さなローカルがお互いにイノベーションをおこすにアシストしあえる可能性は低くないという見積もりがたちます。特に、伝統に敬意を表しながら変えたほうがよい伝統に変化をおこしていくには、このような異文化の関係が効くと言うわけです。しかも、遠いローカル同士でそれを行うなら「痛み分け」というお互い様の理屈を使えます。

その次に、ローカルをマーケットにした場合、あまり無理な言い分に振り回される必要がありません。僕たちはどうしても、「それがいいのは分かるけど、似たようなものは世の中にたくさんあるよね。で、どんな点が世界で突出できるのか教えてよ」という攻め方に慣れ過ぎています。何兆円もの売り上げの世界的規模で商売をしている企業ではそういう話し合いが行われるのが当然ですが、さほどのサイズではない、しかし海外とのつきあいで突破口が開けるケースは意外にたくさんあるはずです。「グローバル基準」にアンチを唱えることで見えてくる道があります。

たとえば、「このプロジェクトはローカルの人の評価が中心であり、自然は相手にしません」(田村さん談)はどういうことかといえば、どこのローカルにも必ず自然賛歌や自慢があります。「富士山は美しい」という表現です。そうした美的評価の競い合いになってはいけません。「富士山は世界一美しい」と言ったら、決してローカル同士の付き合いは生まれません。距離的に離れた複数のローカルに住む人たちが、故郷の美しさはひとまずおいて、自分たちの価値を再評価するーあるいは評価しあうーことで歩は前に一歩進めます。大きな投資ではなく、小さな投資で世界を連鎖的に変えていく仕組みをMARU PROJECT のロジック内にもっているー内包という表現が適当でしょうーことになります。

これが、今日のサンケイBIZの連載コラムに書いたモノのデザインのロジックの「もう一つの発展系」です。

Date:12/4/22

今回、サローネを歩きながら気づいたことがあります。これは!と思った作品や展示をしているデザイナーと話をしたり、その後サイトでプロフィールをチェックすると文化人類学的素養をもっている人が多いのです。特に文化人類学を勉強していなくても、そのエリアを自分のカバーすべき範囲として意識している人という意味です。そういうことをお酒を飲みながらデザイナーの芦沢啓治さんと話していたら、「やはり、全体の文脈を見ていないと、作品を人に印象付けられるように見せられませんよね」とコメントがありました。彼は2008年からサテリテやデザイナーズブロックに出展しましたが、今年は見る側です。そうすると過去、他人がどういう立場から自分を見るか?という視線で考えていなかったかを思い返し、要するに「甘かった」と思ったようです。

彼は昨年の震災のすぐ後からクライアントのいた石巻に入り石巻工房を立ち上げました。アウトドアファニチャーなどの販売が回り始め活動は順調なようです。それに加え、総じて決して楽ではない道を自ら選んで歩いている彼のもとには、海外メーカーからのオファーも増えてきていているとのこと。2008年にサテリテで彼の作品をみてぼくが声をかけたのがつきあいのきっかけだったのですが、その彼がこう語ります。「結局、思うのは良いデザインを上手く見せていれば、見る人は見てくれるんだということです」 まったく人の行かない建物の上階に展示しても無理かもしれませんが、デザイナーズブロックであれどこであれ、およそ人がルートに入れる場所にあれば、「あれは見ておくといいよ」という情報は会期中に確実に伝わります。

昨年、ランブラーテの埃っぽい旧工場のデザイナーズブロックのはじっこに出していた茨木千香子さんの作品が、今年はフィエラの一番華やかなパビリオンのなかで展示されたことなど良い事例だと思います。この現象を逆に読み解くならば、たくさんのデザインが展示されているけれど、その中で光るものはやはり少ないということでもあります。そして考えるべきは全体のコンテクストを十分に考える必要があるが、それを全部自分で表現するのではなく、その全体の文脈のなかでの自分の位置をはっきり決めることこそが大切です。

デザインの言葉の指す範囲が広がれば広がるほど、あるいは電源をスイッチオンしないと何も用を足さないデバイスが増加すればするほど、物理的に小さなモノの造形美はより追求されていきます。今日アップしたサンケイBIZの連載コラムで、経済不況のなかでコストを抑えたデザインがなぜネガティブに見えないか?を書きました。これも大きな動向をちゃんと理解すること意味と必要性をぼくなりに説いたつもりです。

 

このページに掲載した写真は松村崇弘さんのデザインです。ミラノでデザインを勉強している学生で、サテリテに出しています。一見香水の瓶のように見えますが、彼はコンタクトレンズのユーザーの自らの立場から、レンズのケースと洗浄液のボトルを作りました。松村さんは「このサテリテではもっと大きなモノを出すべきでした。質問を受けて説明した人は気に入ってくれるのですが、ほとんどの人には目に入らず素通りで・・・失敗です」と話していましたが、その翌日に「香水メーカーが香水のボトルとして検討していたいと言ってくれました!」と嬉しそうにニュースを伝えてくれました。小さなプロトを何度も作り、小さな失敗と小さな成功を繰り返す経験が成長の糧であること物語るエピソードです。

 

Category: ミラノサローネ2012 | Author 安西 洋之  | 
Date:12/4/22

今年のサローネのポイントは2か所だと思いました。ひとつは Fabbrica del Vapore 。そこで実施されているLow Cost Design とAutoproduzione a Milano 。後者はエンツォ・マリの35年以上前のアイデアがベースになっています。今後、 Fabbrica del Vapore がFabLabのミラノの拠点になっていくことが時代の方向を指しています。

もう一つがDomus and Audi です。ここに FabLabトリノのオープンワークショップがあり、FabLab はエンツォ・マリの発想がやっと実現しつつあるという説明があります。すなわち、これがFabLab を巡るイタリアのコンテクストなのです。さらに、オープンソースを利用して実現したアイデアの数々をテーマにした展示が2階にあり、たとえばオランダの Droog Design が素材の再生社会システムを提案しています。ランブラーテではなくクレリチ宮という市の中心にある格式のある建物で、このようなイベントが開催されていることに今年のサローネの意味を見るのです。保守的なイタリアが、こうして外のトレンドと折り合いをつけ始めている、と。

上の写真のテーブルにあるのは3Dプリンターの原理を使って料理のレシピをフレキシブルに提供しようという提案です。スペイン人のデザイナーたちがシェフとコラボしながら進行中です。

まだまだ未完成ながら、とにかくプロトを出して多くの人からフィードバックを受けてアイデアを発展させていく姿勢が基本であり、デザインとはすべてのプロセスをカバーしていることがよく分かる事例です。

上はミラノ大学で行われているBMWのMINIに対する「非カーデザイナー」の提案です。これまでも「非カーデザイナー」のプロジェクトはいろいろとありましたが、この展示を見ていると、もうクルマのことはカーデザイナーの専有物じゃないという時代性をより強く感じます。EVへの潮流に加え日常性重視やオープンソースが当然視されていく現象を、この展示は物語っています。そのような気分のなかで、サムスンはよくその空気をとらえていると思います。

サムスンの軽妙なスペースをみていて、日本企業は「空気を読む」のが大好きなわりに、外国での空気にはあまり関心がないんだなということに気が付きます。しかも、日本企業はどうも展示イメージが「固い」。建築家を登用することがはやっているようですが、アーティストに任すともう少しイメージを軽めに出せるのではないかと思います。隈研吾が語っているような背景が建築家の周囲にあるにせよ、建築家はアーティストになりきれないでしょう。

隈:そう。ある若手の場合でいうと、有力なギャラリーが既に付いていて、彼をアーティストとして積極的に売り込んでいます。つまり、建築家を「建築のデザイン技能を持つ人」として扱わずに、一 種、アーティスト的な存在としてパッケージングして、早めに換金してしまおうとする仕組みです。

建築家の方も、そういうパッケージに乗れば、建築を設計するなんていうダサいことに関わるより、手っ取り早くお金が入ることに気づいてきた。僕は、そういう新世代の建築家をひそかに「パビリオン系」と呼んでいるんだけど。

街中で雑談をしている女性たちはもちろんファッション系「サクラ」ですが、このような「空気のつくり方」を日本企業も習得すると良いでしょう。

以上のような流れをじょじょに感じつつつ、一歩一歩前に歩を進めているのが千葉工大の山崎和彦教授の研究室です。2年前から10人程度の学生と一緒にデザイナーズブロックに出展し作品を販売しています。そして、今年は会場でワークショップも行いました。場所はカフェです。事前にワークショップのやり方が書かれたマニュアルを用意し、普通の場所で実施します。

ワークショップといえばポストイットや数々の材料をそろえて参加者をのせることが抜群にうまいファシリテーターがやるもの・・・という壁を取り払おうとしています。あの陶酔的なムードに至らないと敗北感を抱くことを排除しています。今回は個人個人が動物との経験談を書き出し、それを話し合うことで、体験の共通点と相違点をピックアップし、その共通点から動物のカタチをデザインするに至ります。

上の写真は学生の作品で、はがき大の板をレーザーカットして作ります。しかもオープンソース時代にあわせデザインパターンを用意し、デザインが苦手な人でもモディファイしていき実現が楽にできるようになっています。

有名ブランドの有名デザイナーの新作を追うだけなく、サローネの時期に集合知の生かし方を世界から集まった人たちが話し合う・・・そういう風景の変化がこれからもっと広がっていくでしょう。

 

Category: ミラノサローネ2012 | Author 安西 洋之  | 
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