ミラノサローネ2011 の記事

Date:11/4/22

なるほどねぇ、と思うことがあります。なにか気になると思うデザインは、やはり何かある。どこかひっかかるものは、背景にそれを考えた本人の論理的動機や思考が強くあるケースが非常に多いのです、ぼくの場合(と、一応、他人を巻き込まないことにしましょう)。あまり深く考えないで偶然にアウトプットがでたということもあるでしょうが、そこに印象に残るものがあるなら、デザイナー本人はあまり意識していたわけではないが、常々考えることや視点が反映されているのでしょう。

今回、サローネを巡り、このブログでいくつかの作品を写真で紹介しました。実は正直に言うと、デザイナーの名前を確認していない作品も多いです(趣旨が作品の横にあれば、なるべく読みますが、名前を見ても記憶に残らないというのが正確かもしれませんが・・・ぼくのデザインの見方は多分に管啓次郎さんの『本は読めないものだから心配するな』の読書論と近いところがあります)。しかし、ぼくが気になっていた複数の作品が、同じデザイナーであったと後になって知ると、「なるほでねぇ」となるのです。似たジャンルのデザインであったり、それこそ誰にも分かるアイコンを残すカリム・ラシッドのようなデザイナーの作品であれば別です。カテゴリーが全く違い、アイコンのようなものが見当たらない。が、今回、ある二つの作品に「なるほどねぇ」がありました。まず一枚目の写真。これです。

「チャイナタウンを客観視」で、ファブリカ・デル・ヴァポーレにおけるミラノのチャイナタウンをテーマにした展覧会を紹介しました。イタリア国旗がウィンドウにかかっていますが、これは中国人の靴屋です。この店の前を貨物を運ぶ青年が通りかかってしまい写真では見えませんが、このイタリア国旗の下には、次の作品が置かれていました。

鳥かごの中にある赤い靴。展覧会では店の写真とは別の所に展示されていて、説明もないので意味が分かりませんでしたが、何か中国とイタリアを結ぶことを暗示しているのだろうと思いました。他の展示が純中国製品か純イタリア製品のなかで、これだけは違う匂いを感じたのです。そして後日、この赤い靴は中国を表し、イタリアという囲いに閉じ込められているというメタファーであることが分かりました。数年前、チャイナタウンで中国人とミラノ市の間で衝突がありましたが、その事件を「イタリアに支配される中国人」という構図で捉えたのが、この作品だったのです。このデザイナーの作品を、ぼくはボヴィーザのトリエンナーレでも見ました。Independent Design Secession展にあった一つです。

 

人は生み出した人工物の増殖を制御する術をもってこなかったために、大いなる災難に悩まされています。元上智大学社会学の教授、八幡さんが「この問題は、人がなぜ欲望をもつかを突き詰めないと解決できないだろう。鳥は自分の巣があれば二つ目の巣をもとうとしない。しかし、人は二軒目の家を持とうとする。これは欲望の問題であり、この欲望をもつ心性を解き明かさない限り、人工物の増殖を制御することは不可能だろう」とぼくに語ってくれたことがあります。ぼくたちは、「そんなに豊かじゃなくていいいじゃない。もっと適度なレベルってあるんじゃない?」ということを言い勝ちです。しかし、その言葉は自己増殖への慰め程度にしかならず、およそ凡人は欲に流されるます。

上の写真の作品は、こういうテーマに近いところを考えています。で、以上の作品をぼくはブログで触れたわけですが(トリエンナーレの写真は掲載しませんでしたが)、このブログを読んだ建築デザイン事務所(ラーポ・ラーニ Lapo Lani)から、ぼくが何も知らないまま、彼の作品を紹介し続けていたことを指摘されました。だから、「なるほどねぇ」と呟くわけです。五感レベルの感覚における相性もさることながら、論理的思考における相性は普通人が思う以上に記憶に残る一例といえるでしょう。

 

 

Category: ミラノサローネ2011 | Author 安西 洋之  | 
Date:11/4/18

須賀敦子のいずれかのエッセーに、ミラノの鉄道の向こうは別の世界であるという表現があったと思います。大聖堂を中心にした同心円でいくつかの環状道路があり、その輪を外に行けばいくほど、いわば「正統的歴史資産」から遠のいていきます。トルトーナ地区もその外円にあたりますが、古い工房や街並みと大きな倉庫や工場との混在するところに新しい開発が行われています。トルトーナは中心とは違うけれど、運河も近くにあり、昔から「目をつけられていたゾーン」です。この時の変遷のなかで、外円のさまざまなゾーンにおいて、今までミラノ市内では見ることのなかった、ロンドンやベルリンにあるような建物が建ち始めています。一方、中心に近いところでは高層ビルが建築中で、風景が変わりつつあります。

前述したように、どこの地域にも比較的共通するのは、何らかの「工業的遺産」はあったところです。ボビーザにあるポリテクニコやトリエンナーレ周辺もそうです。大きな空間を支える骨格はあった場所が再生され、それと一緒に新しい骨組みができていくという具合です。昨年からトルトーナやブレラなどと並んでプロモートをスタートさせたのがランブラーテで、冒頭の言葉を使えば「線路の向こう」になります。線路の手前にはポリテクニコがあり「正統性」があったところですが、「向こう側」は中心地と直接結ぶ文脈があまりなかった場所です。だからなのか、このランブラーテ地区は「イタリアデザインの出口」ではなく、「外国デザインの入り口」という役割を、このフオーリサローネで果たしはじめました。

実際、出展のトップはオランダ勢で、英国、ベルギー・・・とあり、イタリア勢は半数以下です。オランダのグループがこれまでのフオーリサローネのオーガナイズ経験をもとに、このゾーンのキーパーソンと組んだところに端緒があるようですから、合点がいきます。オランダ人同士が「ボンジョルノ」と挨拶しあって笑っている風景が象徴的です。このゾーンが充実したため、コルソ・ガリバルディやコルソ・コモ周辺に出ていた外国勢がいなくなったのだろうと想像されます。これが新しいイタリアデザインのコンテクストを(インターナショナルデザインというタームで)形成するのか、あくまでもコンテクストと分離されたままで続くのかは注目するところです。文脈に入ればブレラあたりに「出世」するのではないかという考え方もありますが、これは個々のデザインの競争力の面だけでなく、都市計画全体の文脈にも依存するところが大きいのではないかとも思います。

ぼくなりにこのようなバックグランド理解で歩いていると、「これは入り口を通過するかな?」「これは入り口を通過することを目的としていないな」という見方をしている自分に気づきます。「いや、そういう見方ばかりじゃあつまらない」と、頭を振って別の観点で見ようとしたりします。エコロジーやサステナビリティという言葉の次の掘り下げが必要になってきたと(17)で書きましたが、オランダのように、こういう言葉に熱心なところでも、次のステップに入ってきたなという感をもちます。

ひょいと覗いてなかなか刺激的なのは、ヒットラー、毛沢東、スターリン、ニクソンという世界で物議をおこしたリーダーたちが使ったデスクの再現です。同じ部屋にそれぞれのデスクの高さを同じにしてグレーにしています。ここで重要な書類にサインされ、それで多くの命が戦場などに送られたというわけです。「ニクソン以外に米国大統領を槍玉にあげないの?」と聞くと、何人かの大統領が同じデスクを使ったことがあり、選択が難しかったと言います。こういうリーダーたちの政治と日常性を斬っており、このあたりに突っ込み方がまだあったかと、デザイナー本人の顔を見つめながら感心しました。トリエンナーレでみた便器のオブジェと通じるロジックかと思います。

今回、一つ気になっていたテーマに、ある二つのものを融合させるのではなく、二つをそのまま出すことへのロジックがありました。サテリテでドイツ人の女性がデザインした2つの様式を一つにした椅子をみて、ひっかかるものがありました。デザイナーズブロックでオランダの女性がアンティークの家具に新しいデザインを加えて一緒にするというコンセプトを披露していて、やはり気になりました。ヨーロッパの建築インテリアなどで、古い壁にコンテンポラリーなデザインを施して両立させるのは別に珍しいことではありません。しかし、この二人が望んでいるのは、「古いものを生かして」「新旧のコンビの妙」ということではなく、2つの一方を切り捨てずに常に2つの成立を目指すことのように思えました。これは思考傾向の一つの変化ー西洋では選択への判断が尊重されてきたーが、ここにはあるのではないかと想像します。”OR”から”AND”への移行の視覚化でしょうか。

ランブラーテからボビザのトリエンナーレに行き、アンドレア・ブランツィやデ・ルッキの作品を見ました。特に好きなデザイナーではないのですが、静かな空間でデザインとアートに思いを馳せるにはちょうどよく、スケジュールをみて「アートと科学」をテーマに論じ合う日があったのを知り、そういえば今年のサローネは、デザインをまっとうに論じるようなシーンをあまり見かけなかったな・・・と思いました。センピオーネのトリエンナーレや王宮あるいはコルソ・コモ10といった、動向を鳥瞰的にみせてきた場所が、今年そういう役割を明確には演じておらず、これはやはりリーマンショック以降の「仕込み不足」がジワジワと出てきたのかと思います。1995年頃、パリのモーターショーに出かけたとき、日本車がメタメタでした。90年のバブル崩壊後の開発費の削減が、時差で見えてきたのです。あの情景を、今回のサローネを眺めていて思い起こしました。

最後に、今回みたなかで印象に残った日本人デザイナーの作品を2つ。サテリテにでていた田村(Nao Tamura) さん(http://nownao.com/)。システム全体のコンセプトを構築しながら、それを詩的に表現している。考えのプロセスがしっかりしていることがいいなと思いました。もう一人は、デザイナーズブロックに出展していた茨木千香子さんの書棚。視点が全体から迫った結果のデザインであるような気がします。インテリアデザイナーと伺って、なるほどと思いました。

さて、来週掲載する日経ビジネスオンライン『新ローカリゼーションマップ』は、このサローネをテーマにします。どのアングルから書くか?ただいま思案中!

Category: ミラノサローネ2011 | Author 安西 洋之  | 
Date:11/4/17

ミラノのチャイナタウンの歴史は1920年代に遡ります。シルクの製造に中国人がこの地域で関わり始めたのが契機のようですが、この地域、もともとかなりシックな建物が並ぶ住宅地でもあります。このチャイナタウンが世界の他のそれと違うのは、店舗や人通りだけをみると住民の大半が中国人のような錯覚をうけますが、実際の居住者はあいからわずイタリア人が主流という点です。この10数年、路面店を小売りだけでなく卸業者が占めはじめ、荷物の積み下ろしのための作業で渋滞が生じる、地域住民が享受できないサービスが増加したなどが問題点として指摘されるようになりました。

このチャイナタウンが、また変化しつつあります。中国人の世代交代で一目では中国人経営とは判別しずらいイタリアのセンスに同化した店が増え、そこにはお洒落な若い世代が店番をしています。市が街の一部を歩行者専用道路にして、イタリア人も通りに戻りつつあります。最近、イタリア人の知人もこのゾーンにカフェをオープンさせました。変貌の兆しを感じ取った人たちが行動を開始させています。このチャイナタウンを写真とモノで表現した展覧会を、この地域と隣り合わせのファブリカ・デル・ヴァポーレで見ました。ファッションを学ぶ学生たちの報告です。中国で生産したモノ、イタリアでデザインされ中国で生産されたもの、純イタリアの食品・・・が並んでいます。このように客観的にチャイナタウンを分析しはじめた点から、イタリアにおける中国人社会への見る眼が違ってきていることに気がつきます。

今年のサローネを散策しながら思うのは、どこかの地域をモチーフするだけでなく、どこかの地域のマーケットを対象とすることを前面に出すデザインが大幅に減少したことです。アフリカのエスニックではなく、中国へのラブコールではなく、地域性がないというより、むしろ欧州の市場の文脈がメインストリームであることを確認させるような内容です。これは他地域での関心が薄れたということではなく(実際、アジア諸国とアフリカの市場開拓に熱心なビジネスマンは増えている)、リーマンショック後の「仕込みの減少」や「余裕のなさ」が、このような現象を招いているのではないかと感じます。

そのかわりという言葉が良いのか分かりませんが、各国デザインのプロモーションの増加です。昨年だと、ポーランドや北欧諸国などが記憶に残っていますが、今年はベルギーやドイツなどに加え、ポルトガル、タイ、台湾やクロアチアも目に入ってきたのが新鮮です。即ち、世界各国のデザインのプロモーションの場として、ミラノのサローネでの地位は上がっているのだろうと思わせる流れです。従って、先週、ミラノのアートフェアについて触れたように、アートやファッションと三位一体となったとき、ミラノのポジションはかなり圧倒的な強さをもつはずです。それはオランダや英国にはできないことでしょう。ドイツのファッションがそこまで急激にブランドをもつことは無理です。「それだけチャンスがあるのだから、ミラノよ、しっかりせい!」と声をかけたくなる場面も多いのが皮肉です。

昨年、DIYの製品を使い、ユーザーが独自にモデルを作れるマニュアルのオープンソースの普及活動をしているグループの紹介をしましたが、その Recession Design はより活動の場を広げています。本も出版されました。これは文字通り、リーマンショックの経済恐慌後の苦境をどう乗り切るかという発想でスタートしたのですが、当然の進展ながら、災害時の応急手当的なデザインをもカバーする動きとなっています。この活動はBOPの動きとも重なっていくはずで、来年はさらに充実した実績がみれるだろうと思います。

閑話休題・・・で、そのまま、このエントリーおしまい。上は自転車屋さんでみた「消防自転車」。このお店のムードをみると、イタリアが「自転車大国」であることが分かります。かくいうぼくも、自転車で街のフオーリサローネを巡っています。

Category: ミラノサローネ2011 | Author 安西 洋之  | 
Page 2 of 912345...Last »