ウンブリアの夏 の記事

Date:09/8/7

今日のイタリアのニュースを読んでいると、今週末がバカンスの大移動のピークになりそうです。驚いたことに、バカンスに出かける人は昨年より10%の増加で、平均日数も増えています。経済不況が続き、英国では新型インフルエンザの蔓延が騒がれているなか、前年比でプラスというのには頭を捻りました。いずれにしても金曜日から土曜日にかけ高速道路に大型トラックは走らず、休暇に出かけるクルマでいっぱいになるでしょう。

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都市から田舎に出る人、北から南に行く人、山の別荘から海の別荘に移る人、山の家からギリシャに直行する人・・・・いろいろな形があります。場所を変えることに一番大きな意味があり、その異なった空間で違った質の時を過ごすことが大事です。それぞれの土地にある、独自の文化を維持するに、実はこうしたバカンスという行為は有益です。日本のブログを読んでいて、「地方の過疎化はなぜ悪?」と書いている人がいました。過疎化を防ぐために、あるいは過疎化した地域の公共サービスを提供するために税金が無駄に使われているというのです。

もちろん、そういう人は経済効率性を重視するのだと書きますが、文化の均質化が、いかに脆弱な社会を作るかということを考えてはいないのでしょう。多層的で多重的な「強い社会」は、経済の揺さぶりにしぶといということを見ていないのです。もっと地方に旅をして、どういう文化を構築していくべきなのか自分で気づいていかないといけないでしょう。

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そういえば、昨年末だったか、同じようなことー地方を捨て都市を活性化するーをブログに書いていた経済学者がいましたが、その人は半年後のあるシンポジウムで、自説を撤回していました。「ユニクロの本社は山口にあり、代表の柳井正氏は外に出ないで、あのような事業を行ってきた。東京人の発想ではない。みなが、東京に集中したら同じことしか考えられなくなる。だから経済効率からの都市集中型の提案は撤回する」と説明しているのです。ぼくはこれをその場で聞いていて「なんだ・・・そんな当たり前のことを無視して、都市集中を唱えていたのか・・・」と驚きました。

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異文化の共生が大きなテーマであり、その実現のために多大なる犠牲をも払いながら何としてでも実行すべきであるという強い意志が必要です。が、それは表層的なお題目を唱えることではなく、しぶとい社会を作るための重要な施策であることを心の底から分かるには、もっと多くの人がバカンスで経験を実際に積んでゆくしかないのかなと、つらつらと思うのであります。

Category: ウンブリアの夏 | Author 安西 洋之  | 
Date:09/8/2

イタリア語でいうフルボというのは、「ずる賢い」と日本語に訳されると多分に否定的な意味合いをもつように思われる。しかし、ご存知の方が多いと思うが、これはイタリア文化文脈のなかでさほど否定的ではないというより、より肯定的な意味で使われるといったほうがよい。それが生きる知恵であるという前提が認められている。たまにローマに行くと、それをいつも街のなかで感じる。観光客が多いがゆえに、通りを歩きながらでも、そのフルボを異邦人であるぼくは思う。

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ローマの夏は暑い。タンクトップの女性が非常に多い。しかし、タンクトップでサンピエトロ大聖堂には入れない。半袖でないといけない。そのためX線探知機の手前で急いでジャージを着込む人やストールを羽織る姿があとを絶たない。それでも、そのまま通り過ぎ、入り口で厳重に注意をうけることもある。これは権威のひとつの体系である。その体系の枠組みが、服装の指示に表れる。

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聖堂のなかを人々は熱心に歩き回る。どちかといえば、南米や東南アジア系の人たちのほうが、気持ちが濃いかもしれないと思わせる雰囲気があるかもしれない。それは信者の数の勢いとういう先入観だろうか。ここにはすべてがあるかもしれないと信じさせるシステムがある。しかし、すべてはないだろう。「フルボ」以外にローマでいつも感じることに、ローマは今のヨーロッパの中心からは離れているということだ。

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ヴァチカン衛兵がスイス人であるのをみると、そのヨーロッパとの距離感は、時代によって大きく変化していることがより分かる。このスイス人をみて、現代においてローマとスイスが近いと思うのではなく、過去のバチカンとスイスは近かったと思うのだ。だからといって、バチカンが過去に生きる世界であるというわけではない。世界の動きのなかで大きな極であることには変わりない。

Category: ウンブリアの夏 | Author 安西 洋之  | 
Date:09/7/30

昨晩、遅くまで「人権」について話した。ぼくも、あるときまで「人権」はすべての価値に優先すると考えてきた。しかし、それは決まった範囲内の定義ではないかと思い始めた。そのことを昨晩会ったイタリア人に話したら、猛烈な反発をうけた。それで夜中近くまでになった。

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毎年アムネスティのレポートがでるが、死刑執行の数では世界に民主主義を広めると大きな声で叫んでいる国がトップ5に入っている。その国はそれまで人権が最優先だと主張してきたが、国債を買ってもらうには、その最優先事項をとりあえず脇におくことを否定しなかった。この状況は、今までの世界の枠組みを大きく変える契機になると思った。

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すべては経済原理が優先するのか?そうとは表立って誰も言わない。それを言ってはいけない。そうとは必ずしも言い切れないからだ。イタリア人の客が帰り、外に出てみた。天の川がきれいにみえる。ユニバーサルとユニバースについて、再び思いを馳せた。

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