
ミラノのチャイナタウンの歴史は1920年代に遡ります。シルクの製造に中国人がこの地域で関わり始めたのが契機のようですが、この地域、もともとかなりシックな建物が並ぶ住宅地でもあります。このチャイナタウンが世界の他のそれと違うのは、店舗や人通りだけをみると住民の大半が中国人のような錯覚をうけますが、実際の居住者はあいからわずイタリア人が主流という点です。この10数年、路面店を小売りだけでなく卸業者が占めはじめ、荷物の積み下ろしのための作業で渋滞が生じる、地域住民が享受できないサービスが増加したなどが問題点として指摘されるようになりました。

このチャイナタウンが、また変化しつつあります。中国人の世代交代で一目では中国人経営とは判別しずらいイタリアのセンスに同化した店が増え、そこにはお洒落な若い世代が店番をしています。市が街の一部を歩行者専用道路にして、イタリア人も通りに戻りつつあります。最近、イタリア人の知人もこのゾーンにカフェをオープンさせました。変貌の兆しを感じ取った人たちが行動を開始させています。このチャイナタウンを写真とモノで表現した展覧会を、この地域と隣り合わせのファブリカ・デル・ヴァポーレで見ました。ファッションを学ぶ学生たちの報告です。中国で生産したモノ、イタリアでデザインされ中国で生産されたもの、純イタリアの食品・・・が並んでいます。このように客観的にチャイナタウンを分析しはじめた点から、イタリアにおける中国人社会への見る眼が違ってきていることに気がつきます。

今年のサローネを散策しながら思うのは、どこかの地域をモチーフするだけでなく、どこかの地域のマーケットを対象とすることを前面に出すデザインが大幅に減少したことです。アフリカのエスニックではなく、中国へのラブコールではなく、地域性がないというより、むしろ欧州の市場の文脈がメインストリームであることを確認させるような内容です。これは他地域での関心が薄れたということではなく(実際、アジア諸国とアフリカの市場開拓に熱心なビジネスマンは増えている)、リーマンショック後の「仕込みの減少」や「余裕のなさ」が、このような現象を招いているのではないかと感じます。

そのかわりという言葉が良いのか分かりませんが、各国デザインのプロモーションの増加です。昨年だと、ポーランドや北欧諸国などが記憶に残っていますが、今年はベルギーやドイツなどに加え、ポルトガル、タイ、台湾やクロアチアも目に入ってきたのが新鮮です。即ち、世界各国のデザインのプロモーションの場として、ミラノのサローネでの地位は上がっているのだろうと思わせる流れです。従って、先週、ミラノのアートフェアについて触れたように、アートやファッションと三位一体となったとき、ミラノのポジションはかなり圧倒的な強さをもつはずです。それはオランダや英国にはできないことでしょう。ドイツのファッションがそこまで急激にブランドをもつことは無理です。「それだけチャンスがあるのだから、ミラノよ、しっかりせい!」と声をかけたくなる場面も多いのが皮肉です。

昨年、DIYの製品を使い、ユーザーが独自にモデルを作れるマニュアルのオープンソースの普及活動をしているグループの紹介をしましたが、その Recession Design はより活動の場を広げています。本も出版されました。これは文字通り、リーマンショックの経済恐慌後の苦境をどう乗り切るかという発想でスタートしたのですが、当然の進展ながら、災害時の応急手当的なデザインをもカバーする動きとなっています。この活動はBOPの動きとも重なっていくはずで、来年はさらに充実した実績がみれるだろうと思います。

閑話休題・・・で、そのまま、このエントリーおしまい。上は自転車屋さんでみた「消防自転車」。このお店のムードをみると、イタリアが「自転車大国」であることが分かります。かくいうぼくも、自転車で街のフオーリサローネを巡っています。

アートギャラリーの壁は普通、白です。作品の背景に色をつけない。また、白はコンセプトの骨格を見せやすい色でもあります。そういう色だと分かっているのですが、サローネを歩き回っていて、この白がどうにも「古臭く」見えてしまうのはどうしてなのだろうと思いはじめました。(17)で書いたようなカラフルなプラスチックに目が馴れているからなのか?と当初、思いました。しかし、そういう問題とは違うところに理由があるはずだと考えるに至ります。13日、サテリテで山本さんの作品を見たとき、他の多くのデザイナーたちがプロトの量産化に専念しているなかで、アイデアのプレゼンに特化しているのは、とても好感がもてました。

ただ、壁もインスタレーションのマテリアルも全て白いことが、ぼくにはひっかかりました。昨年、同じ場所でモッツァレッラチーズをイメージしたスツールを彼は発表しましたが、その時、ぼくはその白い作品がすっと目に心に入ってきました。でも、上の写真の白には違和感をもちました。山本さんは、このマテリアルを使用する制約条件もあったようですが、コンセプトをよく説明してくれる色であると説明してくれます。それは分かるのですが、どうもぼくは腑に落ちません。なぜ、そういう心境の変化がぼくの内に起こったのだろうと思います。そこで、ふとトリエンナーレでみたオブジェが想起されました。

日常にある西洋的なモノの文脈を解体し、それをインドの文化にフィットさせるオブジェです。西洋にある日常的なモノとは便器です。通常は白い便器が、色と組み合わせで全く違ったコンテクストを作っています。ぼくは、これを見たとき、ローカライズの発想のヒントになるなと思いました。文脈の解体という点に我々はもっと習練すべきではないかを気づかせてくれていると考えたのです。そのうえでの文脈の再構成ではないか、と。白い色でコンセプトを見やすくすると考えるのではなく、白い色が既にバイアスがかかっている色であるということに注視し、その文脈自身を解きほぐすことにまず意味を見出す時代になっているのではないか・・・と、そうぼくは感じ始めたようです(あえて、傍観者的な言い方をしますが)。

この数年、天から光を受けたような印象を与える、上の写真のような表現をあちこちで見ます。このようなインスタレーションが凡庸になっているところで、ここで使う白にも何か痩せ細ったコンセプトと目に映ります。膨張感のあるものに親近性を感じているときに、痩せ細ったごつごつした存在が、まるでダイエット中の禁欲性の象徴のようで、「ご立派だけど、ぼくが今欲しいのはそれじゃないし、世の中には色があるんだから、その条件でコンセプトが成立するのを見たいんだよ」と言いたくなってくるのです。「脆弱なプロトタイプでお腹一杯にしたくないんだ」とも語りたい。だから、オラ・イトのシトロエンの2つのプロトも見方が違ってきます。

これは2010年の”EVO MOBILE”です。これには、ぼくの心はあまり動かない。しかし、今年のUFO(下の写真)には唸ります。1950年代のDSのラインが如何にフューチャリスティックであったかを知らしめ、シトロエンのアイデンティティの強さに感心するのです。

これは白ではない。もちろん、色だけが判断の決定要素ではありませんが、白で表現しようとする発想プロセス自身に、ぼくが何らかの不足感を抱いてしまっていることが、だんだんとわかってきました。

吉岡徳仁が霧が充満するような空間に白い椅子をおいたことにOUT OF DATE な印象を抱いたのは、2005年の石上純也のレクサス展示と似ているからではなく、この白を巡る発想への疑問から発しているのではないかと気づいたのです。
<追記>
2003年、吉岡徳仁がサローネで霧を使ったインスタレーションを発表しているとの指摘を受けたので、そのイメージを以下にご紹介しておきます。
http://www.tokujin.com/art/clouds/
ぼくは、過去毎年のように、フオーリサローネでのレクサスの展示について散々批判をしました。特に、デザインフィロソフィーのL Finess のあり方は量産高級車市場のコンセプトとして間違えであると書きました。文化はトッピングで使うべきなのに、レクサスは、コンセプトの中に日本文化を入れ込もうとしている、と。そのトヨタが一昨年、グローバル戦略からローカル戦略に舵を切り、レクサスのサローネ参加もなくなりました。レクサスの販売は米国市場では成功しましたが、欧州市場では失敗したのは、サローネにおける展示を見ていれば一目瞭然でした。欧州で売れる文脈にのっていればやらないであろう、見せ方をしていたのです。

その後の日本企業の「見せ方」を確認するべく、昨日、トルトーナに出かけてみました。展示を眺めていて気づいたのは、どこの企業ブースも日本人スタッフが多すぎることです。隅々に日本人が立っている。日本の流儀らしく、事前に綿密なプランをたて、そのプランがお互い実行されているか、必要以上に気を配りあっているのが彼らの動きをみていると分かります。もちろん、気配りは悪いことではないのですが、何か窮屈なムードを醸し出しています。イタリア人のコンパニオンの女の子の選び方をみても傾向があり、ややまじめそうな「日本寄り」な子が多い。フオーリサローネは「実験的なアイデアへ直接の声を聞く」「即の商売の結果を狙わない部分での認知度向上」というイベント全体のコンテクストを参加企業は理解したうえで、企画しているのか?という疑問が出てきます。韓国のサムスンや台湾のhtc の展示との比較で見ると分かりやすいです。

実は問題は単にスタッフの配置の仕方にあるのではなく、こういう配置をしようとする考え方そのものに潜んでいます。日本の本社での基準そのものを全て適用しようとする(いや、しようとするというより、それ以外のやり方の存在が目に入っていない)、結果的に、そこに嵌りきれないものにはチェックを入れるべきという態度を表明しているように見えるのです。いわば「異なるものへの許容度の低さ」が、日本人スタッフの数の多さとなって表現されていると解釈できます。本社の意向としては、なるべく多くのスタッフに現地の経験を積んで欲しいという願いもあるでしょう。それなら、「私服警官」ならぬ「私服社員」として、如何に影となってフィードバックを受け取るかということを課題にすべきだと思います。

キャノンはカメラのプロモーションをとても上手くやっているという印象をイタリアで持ちます。ファッションショーの入り口にキャノンのスタンドがあったり、バスの停留所のガラスに大きなポスターが目を引きます。写真撮るのっていいよね、と思わせる絶妙な場所にそういう広告があります。しかしながら、サローネでみるキャノンはどうも、こういう日常でみる上手さから乖離しているように感じます。レクサスは売れていない場所で外れた展示をやっていたという問題がありましたが、キャノンは逆です。「なんであのキャノンがこうなの?」という距離感というか違和感をもちます。それは、本社の意向の問題との絡みでいえば、本社の事業部やイタリアの販社が築いてきているだろう文脈と無関係な感じが、マイナスの結果を生んでいるのではないかと疑わせるのです。
ここにもう一つの問題が隠れています。このイベントや展示の位置づけが外部に不明である環境で(ブースのどこにも、そういう背景説明はありません)、この種のインスタレーションの良し悪しの判断はあまりに微妙すぎます。プロモーションすべき製品が何なのか、それを選んでいる理由が何なのか、そこで表現手段と場所をどういう背景で選択しているのかの明確化です。これが展示されている製品から明らか、あるいは受け手の文脈で自然なケースでは特に不要な説明ですが、受け手に何らかの混乱が予想されることをあえてやるときには、それなりの分かりやすさが期待されます。受け手を混乱させることでインパクトを与える手法として選んだとは思えず、「こうした整理がないままにミラノに来てしまった」と思わせるから、こう書くのです。だからこそ、日本人スタッフの数ときめの細かさで綻びを辻褄あわせしようというなら、何をかいわんやです。

震災で厳しい環境がこれから続きます。今後、プロモーションの目的と手段の選択がより精査されるはずです。そこで、ミラノサローネをあえて使うなら、もう一度、この場の意味と「市場が見る目」を問い直してみることが必要かと思います。