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Date:08/9/3

漢字を覚えるのはアルファベットと比べると、とてつもなく面倒です。書くのも複雑で時間がかかります。しかし、一つの漢字そのものが伝えられる情報量はアルファベット以上です。その点にアレキサンダーの驚きがありました。何が効率的であるかということについて、彼はここで今までとは異なる座標軸を得たと言って良いでしょう。同時に、漢字の使われている象形文字が馬、牛、木、竹、草など自然や農業に関係のあることを知り、机上ではなく日常生活のなかでものを考える大切さを理解しはじめます。また、漢字を上手く書くために、左利きから右利きへも変えます。

<上の写真はアレキサンダーの父親です。第二次大戦時、アフリカで連合軍であるフランスの捕虜になり、戦後’48年に釈放になります>

アレキサンダーは半年間、日本に留学します。そのあいだ各地を一人で旅しますが、都内の下宿先は、昔ながらの冬は冷える家の二階で、彼は畳の上に座りひたすら哲学の本を読みます。日本で西洋人とつきあっても意味がないと、かなり禁欲的な生活を送ります。

彼が変わったのは日本文化だけが原因ではありません。’87年、母親がトスカーナに別荘を買います。イタリアで有名なTVジャーナリストの家で、今の自邸です。それまでもバカンスにはモンテカティーニを時折訪れていましたが、この’87年を境により頻繁にイタリアに来るようになります。イタリアで生きるには、すべからく実質的で実践的である必要があります。彼はこれを身につけていきます。彼の家系は15世紀のイタリアに遡るわけですが、自分の血にあるイタリアを発見していくプロセスがはじまったといえます。

Date:08/9/1

アレキサンダー・フォン・エルポンスがトスカーナの山の中の自邸に露天風呂を自分で作ろうと思ったという話をしますが、まずは彼のバックグランドから説明します。父方家系を辿ると15世紀のイタリアに行き着き、フランス、プロイセンと貴族の称号を得てきました。母親の家系もベルギーの金融界の重鎮でした。彼はドイツ人の父親とベルギー人の母親の子としてスイスに生まれたのですが、幼少の頃より、自宅の食事の席につくにも、ネクタイとジャケットを着るように言われる家庭に育ちました。ぼくは15年くらいの付き合いになりますが、夜中遅くまで酒を飲んだ翌朝早く、台所でネクタイをして前の晩の食器を洗う姿には感心しました。

<上の写真はアレキサンダーからすると4-5世代前の人になります。フィレンツェ大学で法律を勉強し、後にスペインの教会の法律顧問となりました>

ベルギーでカトリックの厳しい高校生活を終えたアレキサンダーは、将来は外交官になりたいと思い、大学では法学部を選びます。しかしながら、教養課程でさまざまな分野に触れ、特に哲学に関心が惹かれます。法律にとんと興味を失います。そこで母親にこう言われます。「法学部を卒業したら何をやってもいいから、法学部だけは出ておきなさい」

法学部に在籍しながら、彼は哲学の勉強を続けます。ハイデッガーやニーチェに傾倒していきますが、そのうちにハイデッガーと交友のあった日本の九鬼周造『「いき」の構造』 に出会います。彼は、ここで日本文化と遭遇します。あくまでもハイデッガーが主役であり、そのハイデッガーを通しての日本だったのですが、彼は哲学と並んで日本学も勉強したいと思うようになります。

ベルギーで法学部を卒業した彼は、大学の教授の紹介で、ドイツのミュンヘンに向います。そこで哲学と日本学を更に極めていきます。それまで、彼は合理的であること、効率的であること、 時間が何よりも重要であること、そういう価値観を重んじてきました。しかし、日本学を勉強をはじめてから、こうした価値観に大きな変化が生じてきます。そのきっかけは漢字の学習でした。でも、どうして漢字の学習で変わったのでしょうか。

Date:08/8/29

今までトスカーナには何度も行きました。この17年間で、70-80回、いや、それ以上行っているかもしれません。そのあいだ、海も何度も眺めました。海岸線にも立ちました。しかし、恥ずかしながら、一度もトスカーナの地中海の水には浸かったことがありませんでした。海といえば南フランスのコートダジュール、イタリアのリグーリア海岸のフランス寄り、あるいは昨日書いたペザロ周辺のアドリア海、このあたりに限定されていました。ですから、先週、アドリア海沿いのノヴィラーラから、トスカーナに移動し、ヴィアレッジョ近くのリド・ディ・カマイオーレの海岸で遊んだのは初めての経験でした。

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写真で見るようにとても砂浜が広く、しかも砂がとても細かい。まず、これに驚きました。今まで観光地化された海岸という悪い先入観におかされていたようです。そして陸側に目を向けると近くまで迫った山があります。その対比には迫力があります。訪れた日は天気は抜群に良かったのですが、あいにく波がかなりあり、泳ぐには難しかったです。しかしながら、トスカーナの海を「発見」したことには大満足でした。

トスカーナでは友人の家に泊まりました。モンテカティーニというフィレンツェから西北に車で1時間程度いった温泉のでる高級保養地があります。この街の背後にある山の中に友人の自宅があります。この友人アレキサンダーのことを次回から少々紹介しようと思います。彼の家の離れには、和式の露天風呂があります。メトロクスの下坪さんとも一緒に入ったことがありますが、この露天風呂にまつわるストーリーを書いてみようと思います。

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Category: さまざまなデザイン | Author 安西 洋之  |