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Date:16/4/6

デザイン思考が経営に採用されるという流れ。イタリア企業は経営にデザインを取り入れてきたという評判。この2つは繋がっているのか、似て非なる現象なのか。もう少し風景を描いていきましょう。

トム・ディクソンだけでなくデザイナーが家具・生活雑貨を中心とした自らのブランドを作るという試みは数多あります。今年のサローネ期間中も、ある名の知れたデザイナーが、そうしたブランドを発表する予定です。生産する場所は世界中に可能性があり、オンライン販売が普及してきた現在、「自分が当事者になってやっていこう」と考えない方が不思議なくらいです。なにせ悪名高きロイヤリティ契約は価格の数パーセントです。巨匠のロングセラー作品ならいざしらずー実際にはヒット作品のロイヤリティ契約の詰めが不十分でヒット作品では思うようなお金がもらえず、ヒットして高名になった後のデザインで稼いでいるケースが一般的「歴史的事実」ですがー、生活雑貨のデザインで大きく利益を手にするのはあまり期待できません。しかもデザイナーはメーカー外部の人間ですから、経営判断に関わるような内容に踏み込むことができないストレスを抱えます。

ストレスの背景には次のような事情も絡みます。「プロトタイプになるデザインの僅かのフィーをもらえればマシで、後はメーカーの意向が強い。しかも近年はカタログの更新頻度は高まり、いつ生産が中止になるとも限らない。ロイヤリティは長期間市場で紹介されてこそ旨みのあるシステムだ。現状の流れにはマッチしない」というわけです。

他方、皮肉にも(?)デザイナーの役割も変化を遂げています。製品開発の外部アシストがメインの役割だったのが、今や生産立上げまでの一切を仕切ることを期待されるようになってきています。マテリアルの選択だけでなく、サプライヤーのリストアップとそれぞれの会社との交渉まで。となると必然的に数パーセントのロイヤリティとは桁の違う金額を保証されないと割に合いません。仮にその金額が契約でサインされるなら、デザイナーの仕事はより経営的な判断に近くなります。つまり経営がデザインのプロセスを取り入れるとは、文字通りデザイナーが経営のなかに入り込む余地が大きくなった状況とパラレルでもあるのです。

・・・とすならば、「なんだ、こんなことなら、全部自分がリスクを背負って自分のブランドで商売した方がビジネス的に面白いじゃない。自分でも納得がいくし」と考える人がでてきますよね。メーカーの連中をクライアントとして説得するのに時間とエネルギーを費やし、もしそれが成功しても、どこで生産が打ち切られるか分からない仕事よりも、自分自身で市場の最終消費者に対峙して納得いくまで勝負をかけたい、と。それなりに名のあるデザイナーであれば投資家も味方することもあるでしょう。ただ、このようなトレンドを目の前にすると、「イタリアの経営者はデザインに理解があってデザイナーと二人三脚でやってきた」との評判の裏側にあったものは本当は何だったの???との疑問をもたざるを得ないことになります。

イタリアの経営者はこう言ってきました。「我々はデザインの強みを発揮して、職人的な技術や表現を量産的なシステムにうまくのせたことだ」 これは生活雑貨分野だけでなく、それ以外の分野のメーカーの人間も同様に語ってきたことです。家具や生活雑貨でのイタリアデザインの成功を踏まえ、とても地味な分野の製品を開発するのにデザイナーに委託してきたような会社の経営者が、特にこういうことを話すのです。

ただ、それが全ての量産品に適用されるのではなく、一部の限定商品に「デザイナーに提案してもらって、そのデザイナーの名前も使って企業イメージを向上させる試みをしたことがある」との範囲にとどまることが多いのは否めません。しかし、それでも(生活雑貨以外の企業であっても)何人かのデザイナーを知っており、実際に面談もし、一回でも何らかの製品開発を一緒にやったことがあるとの経営者がそれなりの数がいるー これが「イタリアの経営者はデザインに理解がある」という評判の大かたの実態ではあると思います。このテーマに絞って詳細にリサーチしたことはないですが、ぼくが多くのイタリアの中小企業とつきあってきての経験値です。

即ち、こういうことです。一度でもデザイナーを名乗る職業人と仕事をしてきた経営者は、そういう経験がまったくなくデザイナーなる人間を生まれてこの方見たことも話したこともない経営者と違う可能性が大きいのか? そして仮に答えがYESならば、企業経営者がイタリアデザインをリードしたとの評判は、一度での経験でも経営者に与えた影響は大きいことによるという想定が成り立ちます。が、これはスタンフォード大学などで誕生したといわれるデザインシンキングなるものを好意的に受け入れることを意味しない。国を問わず、それまでデザインに関わってきた多くの人が「なに?デザインシンキング?笑わせるなよ」と反応するのとまったく同じです。

*今日の画像もミラノの病院にあるショッピングセンターにある店舗です。

 

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
Date:16/4/5

デザインシンキングという言葉がいろいろなところで聞かれるのは日本に限った話ではなく、イタリアも例外ではありません。「経営においてデザインシンキングが必要とされる」というセリフはイタリアの企業においても聞かれます。「デザインシンキングって、前からデザイナーが考えていた発想プロセスでしょう?何か新しいの?」というような反感を込めた言い方も当然あります。殊に「人間中心デザインとか、イタリアが得意としてきたことじゃない。スタンフォード大学がやっている?ナニ?」という土地ですから、「なぜ、今?」という疑問度は増すわけです。

歴史を辿るならばイタリアがデザインで主役に躍り出てきたのは1950年代で、それまでヨーロッパではデンマークなどのスカンジナビアがリードしていたわけですね。その特徴をイタリアのデザイナー連中に言わせると、「スカンジナビアは自然との調和がテーマだったんだね。いわば自然中心デザインなんだ。それに対してイタリアのデザインは、人、モノ、スペースの相互関係を重視した。それがデザインの世界を変えたんだよ。ねっ、今、巷で出回っているデザインシンキングそのものなんだよ」となるわけです。それが60年代後半からラジカルデザインが生まれてくるし、新しい材料の採用などが加速されてくる。カルテルが1940年代後半にプラスチックの製品を作ったところにスカンジナビアを追い越した原点があると語る人もいますから(以前、カルテルの創始者と話した時も、当然、そういうニュアンスを込めていた)、歴史の解釈は寛容であるという前提で話さないといけませんけど。

この黄金時代にジオ・ポンティからの系譜をつぐ巨匠が活躍したとなっており、イタリア人の才能が脚光を浴びたとされますが、「いや、その力を否定しないが、ミラノの近郊ブリアンツァのスタートアップの起業家精神に見るべきものがあった。その事実がイタリアデザインの中心に据えられるべきというところからすると、デザイナーのタレントではなく企業家が主役だ」という見方もあります。家具雑貨における「悪名高き」ロイヤリティ制度(メーカーはリスク軽減)がデザイナーたちを疲弊させた面が強いとの評価の逆をとると、企業家の商売のノウハウがイタリアデザインを牽引したと書けるわけです(ぼくは、ここでデザインのロイヤリティ制度のドラフトを作った弁護士の存在に行きついたことがあり、極めて小さいコミュニティでつくった慣習が時代を開拓するというエピソードに使っています)。これによって、外部のデザイン人材がメーカー社内の製品開発に介入するというシステムが正当化されたのですね。

1972年、ニューヨークのMoMAで開催された「ニュードメスティック・ランドスケープ」展がイタリアデザインの国際プレゼンとしてよく引用されますが、このあたりから外国人デザイナーがイタリア企業のために仕事をすることが増え、同時にイタリア人デザイナーが外国企業のために働くことも多くなり、その意味でイタリアデザインの国際化に一躍買ったわけです。が、今からみると、これまたミラノとその周辺の小さな、小さなコミュニティのプロジェクトであったという側面は見落としてはいけないところでしょう。このようにして、「イタリアデザインは企業のデザイン理解のもと、大きく発展した」という大きな物語がとにかくできたということになります。

ここで一言加えておくと、この大きな物語はミラノを中心とした地域で作られた家具や生活雑貨の分野に生まれたものである、という認識はしておかないといけません。1950年代にギア、ベルトーネといったトリノのカロッツェリアが車業界で国際的な名声を得て、海外の企業をクライアントに仕事をしていた歴史的事実は、「イタリアデザインは企業のデザイン理解のもと、大きく発展した」との物語に入っていません。イブレアのオリベッティは、トリノデザインとミラノデザインの間でどちらからも「物語りのれんに使わせろ」(と言われているかどうかは知りませんが)という強風のなかで漂う小舟という感がないでもない。もちろん、オリベッティという存在は小舟どころじゃあないのですが、多くの場合、ミラノ寄りにひっぱられるかもしれません。それだけ車のデザインは別枠で別格ということなんですね。

もちろん拡大してファッションやテキスタイルも大きな物語に組み込まれることもありますが、どちらかというと、その場合は「メイド・イン・イタリーは世界を牽引するブランド性がある」や「イタリア人のクリエイティブな才能は地中海的な環境で花開いている」という広報的文脈において活用されていると思います。ぼくが言いたいのは、こういう文脈も含め、「イタリアの企業経営者はデザインに造詣が深く、デザインを判断する目があり、それらは商品開発において大いに活用されている」と海外の人たちから(特に日本の人たちから)思われる状況を有利に作ったところがエラかったと考えるのですよ。実際にそうだったかどうかは別にしてね。その象徴がミラノサローネという大イベントなわけです。

今世紀に入り、生産のグローバル化とインターネットの普及をベースにデザイナーが自分で、それこそデザインを経営の牽引にしてトム・ディクソンのようにブランドを作ってきています。ここでみるべきは、多くは生活雑貨の分野である、ということです。言うまでもなく、スタートアップの家電や通信デバイスのブランドも沢山ありますが、デザイナーが主導する多くのスタートアップは生活雑貨なんです。で、こういう分野はビジネスとしてみると大きいとは言えない。「ああ、雑貨ね」とスーツを着た人たちには見られる世界なんですね。好きでやっているファッションブランドとそう変わらない。こういう人たちが身を構えるのは、やはり、先週あったイーロン・マスクが発表したテスラの新モデルへの市場の反響くらいにならないとダメなんですね。イーロン・マスクはデザイナーじゃないけど、デザインが経営の根幹に入り込んでいる、という意味で参照の対象になります。

で、多分ですが、こういう反応をみると、「イタリアデザインという名で”イタリアン”デザインシンキングの上に胡坐をかいてちゃあいけない」とイタリアの経営人も慌ててくるのだと思います。「おい、おい、俺たちの”イタリアン”デザインシンキングは甘かった?」と。「過大広告はやはり通用しなくなかったかかあ」と。あまりに早くモノのインターネット化が経済をひっぱっていくと「やっぱり俺たちの領域に入ってきたよ」と事態を過小評価するでしょうから、これからの数年の転換をうまく読み切ると「イタリアデザインは使える」との再評価を得る可能性もないわけじゃないでしょう(ああ、なんと歯切れが悪い!)。あくまでもビジネスは個々の企業の問題であれ。

 

*画像は昨日も今日も、ミラノにある病院のなかのショッピングセンター

 

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
Date:16/4/3

ミラノサローネについて、このブログで書き始めたのは2008年。ですから今年は9年目になります。最初の頃は毎年かなり書いていましたが、この頃は少々さぼり気味でした。今年はもう少しマシにしようかなと思っています(まあ、ことが始まる前の決心はさほどあてになりませんが・・・・)。

さて、ぼくがサローネをみる理由の一つには、ズームアウトされた見方とズームインした見方の両立への訓練というのがあります。大きな社会トレンドと小さなプロダクトを繋ぐものが何であり、それがどういうスパンで変化していくか?というのを読む訓練って言うとよいかもしれません。そこで一応、毎年、何らかの目的や目標は自分のなかで設定しています。ただそう硬く考えているわけもないのですが、漠然とながら今年は2つを考えています。

一つはイタリアデザインを世界のデザイントレンドのなかでどう再び位置付けていくのが良いのか?です。巨匠の時代が過ぎた後、「イタリアデザインはイタリア人の才能の話じゃなくなったんだよ。だってイタリアで活躍しているデザイナーは外国人が多くなった。つまりデザインに前向きな中小メーカーとデザイナーがつながり、試作品への投資であれその表現の場であれ、あるやり方がイタリアには可視化されている。このシステムが確立されているのがイタリアデザインなんだよ」という解釈が通用していました。1990年代の後半あたりからでしょうね。

それに引き続き、今世紀に入ると、「どこもローカルがそのデザインを売りにすることが少なくなり、マーケティングを主体としたインターナショナルなデザインが主流になった。イタリアデザインを語ること自身にあまり意味がなくなった」という解説も普及しはじめました。その一方、フオーリサローネや昨年のミラノ万博に見るように、各ローカルの地域プロモーションもあり、工芸品や食を対象としたデザインが強調されはじめます。ただ日本の各地の特産品がどれも似たようなデザインで衣をかけられているように、北欧であれ東欧であれ、その傾向にはあまり変わりがない。地域の独自性を語る言語がユニバーサルなのです。それは言ってみれば当然の帰結で、ローカルのモノをあまりに他の地域の人には分からない方言で説明されても理解できない。方言の味が残っている標準語で語りかけないとマーケットにならないのでしょうね。(したがって、この問題を日本の地方のデザインの次元に落とすと、「東京中心の考え方の弊害だ」とだけ批判していると、ものが見えてこない部分がある)

最近、ミラノでもハンバーガーの店が増えています。米国式ではなく、どちらかというとオランダやデンマークあたりのクリエイティブを強調したハンバーガーなのですが、これなんかを見ていても思うのですね。デンマークのクリエイティブがさまざまに話題になりますが、その要因の一つは、ユニバーサル言語とローカル言語のバランスのとり方に説得性がある、ということだと思うのです。ぼくも10年ほどデンマークの会社と取引をしてきたし、あの国のヨットハーバーに興味があったこともあり、ずいぶんと前から眺めていましたが、「アングロサクソンとはちょっと違う」ところにアンカーがおろされている妙に掴むべき要点がありそうだと感じていました。

まっ、そういう流れを踏まえて、スカンジナビアや英国のビッグデザイン(ソーシャルデザインまで含めたような)、あるいはIDEOのデザイン手法とか、そういうものが論議されているなかでイタリアのデザインはどうなんだ?ということでしょう。タイのデザイン振興政府機関のディレクターに「IDEO、ヘルシンキのアールト大学、ロンドンのRCAには先端のデザインがあるが、イタリアのデザインは遅れている」と言われたエピソードは色々なところで紹介してきましたが、これは数年前のことです。これに対してイタリアのデザインはどう説明を返しているのか?というのは、ぼくがこの数年考えているところです。この彼の言っていることが非常に狭い視点で語られ、外貨を稼ぐための新興国デザインという観点でどうなのか?とぼくは彼に反論したのですが、そう情けないことをイタリアデザインについて言われてしまう、という点にみるべきところがあると思います。

二つ目にぼくが考えたいのは、ミラノデザインウィークにおけるハイテク製品や自動車の位置づけです(アートやファッションとの区別については、ぼくの中ではある程度回答をもっているので)。サローネは家具の見本市であり、浴室や台所あるいは照明器具が手が伸ばせるところであり、ハイテク製品や自動車の会社がフオーリでやってきたのは「大企業の便乗である」という印象がどうしてもあった。レクサス、サムスン、キャノン・・・・いろいろあります。社内的には「トレンドを作るデザインの先端を知る人たちにプレゼン」とかなんとか説明したかもしれないし、ある会社ではマーケティング予算ではなく、デザイン部署の予算だったりというのが透けてみえるところはあった。そしてインテリアを中心として仕事をする人のなかには、それらのプレゼンを心地よく思わないか、分かっていない連中とみる現象もありました。いや、だいたい、ハイテク製品や自動車はインテリア業界と桁の違う予算をもっているので、インテリアの人たちにはロジックが分からないという要素もあるかもしれません。

しかしながら、10年以上前からハイテク製品や電気自動車が生活雑貨やライフスタイル全般のプロダクトと繋がることは見えていました。もちろん10年前にサローネに参加していた大企業の担当部署の人たちがその見込を踏まえて「デザインウィークに出ておくべき」と主張した可能性は低いです。実際、ぼくはそういう企業の数々と将来の企画を話し合うなかで、「そういう時代はくるけど、2012-3年あたり以降に市場に投入されるかどうか」という意見が多数でした。確かにアップル製品の自動車への組み込みとか、テスラやグーグルの動きをみていると、「2012-3年あたり」というのはバッチリだったのですが、逆にデザインウィークを企画する側にそういう構えがほとんど見られなかったがゆえに、「大企業の便乗」というイメージを不必要に長引かせてきた面は否めないと感じます。多分、これから変わっていくはずです。それが「どういう変わり方をするか?」を見ることによって、シリコンバレーあたりの物語が日常生活に嵌りこむイメージを実感するプロセスを考察できるでしょう。

 

 

 

Category: ミラノサローネ2016 | Author 安西 洋之  | 
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