ミラノサローネ 2009(14)-バウハウス90周年

今年はバウハウス誕生90周年ということで、東京も含め世界各地で色々とイベントが予定されていることを、独シュピーゲル誌で知ったので、これについて書こうかなと思っていたのですが、いや、ここにある関連記事について書くべきでは?と思い直しました。それはシュピーゲルオンライン・インターナショナルの2月27日に掲載されているインタビュー記事です。

http://www.spiegel.de/international/zeitgeist/0,1518,610306,00.html

Philipp Oswaltという44歳の建築家がバウハウス財団のディレクターに3月1日付けで就任するにあたり受けたインタビューですが、この記事のタイトルは「ユートピアでは十分ではない」というものです。インタビューとは読者の平均的イメージを想定したところから、相手に迫っていくことが定石でもあり、記者はグロピウスと新ディクレターをダブらせようとします。対してOswaltは、「教師と学生が違った意見をぶつけ合うのはバウハウスの伝統であり、順応はバウハウスの伝統ではないが、しかしながら私を輝かしい歴史の中にはめ込むほどおこがましいことをするつもりはない」とけん制します。

1925年から32年のバウハウスは、シリコンバレーの初期のようであったと形容でき、そこはハイテク地域の中心地にあたり、化学産業のメインプレイヤー、航空機メーカーなどがあるだけでなく改革スピリット溢れ、労働力が集まっていた。しかし、現在はまったく逆の状況であると語ります。産業とは縁遠く、失業率が高い。そして移民も多いのです。だから記者が「カンディンスキーも、ここには来ない?」という質問をすると、「たぶん、来ないでしょう」と考えます。

カンディンスキーは、まさしくその時代のコアそのものを目指して外国から来たわけですが、今、バウハウスがすべきなのは、世界各地からさらに若い研究者たちが集まってくる教育センターにすべくがんばらないといけないというのです。つまり、新しい世界をつくろうというナイーブなユートピア思想では不十分であることを、今のバウハウスが認識していることのようです。「何か新しい」だけでは結局は不要なものになるだけで、何が都市の現状にとってキーエレメントとなっていくかを良く精査していく必要があると、極めてクールな発言を繰り返します。

これは非常に示唆的な内容ではないかと思います。旧東欧圏にあった熱気ある新しいムーブメントが、今は実質的結果を求めだしている、それに如何にバウハウスが答えていくかということです。そして、ここでは触れていませんが、現在の東欧圏の更なる経済苦境をみると、ドイツとしては「回顧趣味に浸っている時ではない」わけで、90周年記念イベントに対する考え方も、その意図をよく読みこまないといけないなと思いました。

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之