ミラノサローネ 2009(7)ー日本語が亡びるとき 2

昨日に引き続き、水村美苗氏『日本語が滅びるときー英語の世紀の中で』(筑摩書房)からの引用を続けましょう。明治期に生まれた新しい文体に関する記述です。

もちろん、言語一致体がめざしたリアリズムに刺激され、和歌も俳句もルネッサンスというべき黄金期を迎える。新体詩も現れる。カタカナという表音文字も西洋語の音を表す文字として生まれ変わり、日本語の表記もさらに複雑にする。同時に、西洋語からの翻訳文という新しい文体も加わる。

「親愛なるあしながおじさん」などという日本語ではありえない文章も、西洋語の翻訳文として何の違和感もなく日本語の一部となって流通するようになる。日本人は、あたかも車のギアをシフトするごとく、西洋語の翻訳文を読むときは、読みのモードをシフトして読むようになったのである。これほど多様な文字と文学の伝統をまぜこぜにし、しかもそれぞれの歴史の跡をくっきりと残した文学ーそのような文学は私が知っている西洋文学には見当たらない。

「日本人は、あたかも車のギアをシフトするごとく、西洋語の翻訳文を読むときは、読みのモードをシフトして読むようになったのである」とあります。日本人はなんと器用なのでしょう。まさしく、この翻訳能力が、日本の近代の力であり、その能力こそが日本の強みであり続けてきたのです。だからこそ、西洋文化と日本文化の二本立ての教養は、日本が欧州に何かを売り込むとき、何かをコラボレーションするとき、優位性をもつ鍵になりうるのです。つまり、デザインについて言えば、欧州のデザイン文脈の読み込みをして戦略を立てるに際し、最初の土台がそれなりにあるので、より迅速かつ柔軟にできるというアドバンテージがあるのです。

日本の小説は、西洋の小説とちがい、小説内で自己完結した小宇宙を構築するのには長けておらず、いわゆる西洋の小説の長さをした作品で傑作と呼ばれるものの数は多くはない。だが、短編はもとより、この小説のあの部分、あの小説のこの部分、あの随筆、さらにはあの自伝と、当時の日本の<現実>が匂い立つと同時に日本語を通してのみ見える<真実>がちりばめられた文章が、きら星のごとく溢れている。それらの文章は、時を隔てても、私たち日本語を読めるものの心を打つ。

しかも、そういうところに限って、まさに翻訳不可能なのである。

ディテールから積み上げていく日本文化、大きな枠組みでコンセプトを構築してからブレイクダウンしていく西洋文化、この文化の違いが、小説において語っていることが、そのまま他の分野にも適応できます。そして、その「心を打つ」部分が翻訳不可能であるというのも、日本文化を知らない人達にジャパンデザインをアピールするとき、考慮にいれないといけないことです。

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之