ミラノサローネ 2009(5)-ああいうのは要らない

この数日、頭から離れない言葉があります。

「ああいうのは要らない」

社会思想史の仲正昌樹氏『日本とドイツ 二つの戦後思想』(光文社新書)の著者あとがきにあるフレーズです。

自分で書いてみて分かったのだが、日本の戦後思想史について「常識」として知られていることを、他の国と比較しながら相対化するというのは、なかなか難しい。「知っているつもり」のことでも、歴史的文脈を再構成しながら説明するのは容易ではない。

その意味でやりがいのある仕事ではあったが、先行するモデルがないので、結構試行錯誤した。すぐに書けそうな気がしても、いざ文章化しようとするとなかなかまとまらない箇所がいくつもあった。

自分でもこういうまとめ方で良かったのか、と疑問が残っているところがあるが、それらのポイントには読者の”具体的で建設的な批判”を待ちたいー一冊の本にまとめて書くときには単純化や細部の切捨て、ある程度強引な文脈の再構成が必要であることを基本的に理解しないまま、「話しが雑でいい加減だ」とだだっ子のような”批判”をするのが、日本のドイツ思想史研究者もどきには多いが、ああいうのは要らない。

「ああいうのは要らない」で文章が終わっています。こういう言い方をするか!とかなり驚きました。およそ一冊の本も書かない読者が多いなかで、本を書く苦労を分かって読むのが基本だと主張しているわけです。本だけではなく、何か一つの仕事を成し遂げるというのは、ある程度目をつぶることがあるのは、誰でもわかっていることでしょう。それをあえてこう書きたい、と思った裏には、今まで多くの不毛な批判にうんざりしてきた著者の気持ちがうかがえます。職人的スピリットといえば、そうです。

ある目標がはっきりとしているとき、その目標の達成効率を最優先に考えるとき、こういう表現がでてきます。そういえば、デザイナーも、自分のマーケットが鮮明に見えていれば「ああいうのは要らない」と他者の批評に対して言いそうだなと思いました。ミラノサローネに作品を発表し、「ああいうのは要らない」という態度をとれるかどうか・・・それは態度として見て心地よいかどうかではなく、どこまで自身のビジョンを描ききっているかという問題になると思います。

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Category さまざまなデザイン, ミラノサローネ2009 | Author 安西 洋之