ミラノサローネ 2009(2)-時代の動き
Date:09/2/6
昨年の「ミラノサローネ 2008」第1回目で以下のように書きました。
ただインテリアデザイン外に広がった一つの理由は、工業デザインのトレンドがファッション産業と密接にリンクするようになったことがあげられます。コンテ ンポラリーアート→テキスタイル →アパレル→雑貨→家具→家電→自動車というようなデザインの流れが特に意識されだしたのも、この10年ちょっとです。90年後半にヒットしたスケルトン のアップルPCのアイデアは、90年前半のテキスタイルのトレンドを汲んだ雑貨デザインに源流があると言われます。もちろん、いまやこんな悠長な流れよ り、もっとパラレルな動きですけどね。
90年代後半は、まだネットの普及途上でした。世界中の人々が同時に同じ感覚を獲得するにはまだもう少し時間が必要で、自動車の4年の開発もさほど違和感のない「距離感」であったと思います。たしか2000年には至らぬ、多分1998-1999年頃、CNNの広告で、「ピーピー、ザァー」という音で現代を表現していたことがあります。この「ピーピー、ザァー」というのは、ネットを電話回線で繋げたときの音です。今、この音は懐かしい音と思われると思いますが、これを現代と思わなくなったのは、あの広告から3-4年もたたぬ頃であったと想像します。データを調べれば分かるでしょうが、詳細は割愛します。「あの広告から3-4年もたたぬ頃だったろう」とぼく自身が想像する感覚自身も指標として大切なのです。
2001年9月11日の米国での事件を境に、ある感覚が世界に一斉に広がることを人々は知りました。全てがボーダレスになるとことを諸手をあげて歓迎していた時代が、突如変化するのだと気づきました。「怒り」「心配」・・・これらが、まるで個人的に投げかけられるように、あるいは個人的にキャッチしなくてはいけないように、情報と感情が個人に突入をはじめたのです。それでも、今、まだ、この個人的レベルの集合体が個々人にははっきり見えていません。それを今年のはじめに書きました。
http://milano.metrocs.jp/archives/810
テレビとネットのアクセス数比較からみた場合、前者が常に圧倒的多数ではなくなってきたにもかかわらず、アクセスしている本人は、あいかわらず後者のネッ トアクセスを非常に個人的体験の領域とみなしている、というのです。ここに今という時代の特質があります。個人的レベルと思っている力の集積したものは、 ユーザーが考えるよりずっと大きい姿であるのですが、それが実感として見えていないのです。それは時により、「無意識の共感のうねり」を作ります。
もしかしたら、これが、何かを表現するとき、「個人的なこと」であることにさほど負い目を感じずに、素をそのまま外に出してしまうという流れとリンクしているかもしれません。「俺は、そんな大きな時代のトレンドなんか分かんないよ。俺自身の内から聞こえてくるものを発信しているだけ」という発言は、まさしく、あなた自身がトレンドセッターであることを物語っているのかもしれないのです。
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