渋谷に近い料理屋で会う人

ぼくが日本へ行ったとき、ほとんど必ずといってよいくらいに会うのが水谷修さんです。今や「夜回り先生」といったほうが通りが良いですが、もう30年近い付き合いになります。知り合ったきっかけは大学の体育の授業です。本来体育は1年生と2年生で単位取得するのですが、ぼくの場合、あまり学校に通っていなかった(いや、行っていたけれど、教室には行かなかった)ので、体育も単位を落としていたのです。それで3年ー4年で挽回しました。その3年生のとき、確か水谷さんは6年生として参加していたと思います。彼はヨーロッパで2年ほど放浪の旅をしていたので、在学年数が長くなっていました。

土曜日の朝の体育なんてもう面倒でしたが、体育は必須ですから仕方がありません。その渋々やっていた体育で水谷さんと知り合うことになりましたが、あたりまえながら、こんなに長い付き合いになるとは思っていませんでした。

学生時代だけでなく卒業してからも頻繁に彼の家や外で酒を飲み歩き、たいてい朝方に寝につくというパターンでした。一緒に山を登ったり、旅行もしました。ぼくがイタリアに来るのを応援してくれたのも彼だし、90年の夏、ベルリンの壁が崩れた翌年、ミュンヘンでレンタカーを借り、ウィーンを通り、ハンガリー、旧チェコ・スロヴァキア、旧東ドイツ、旧西ドイツ、フランスと3000キロ以上の旅も一緒にしました。彼のクルマの運転は抜群で、ブラチスラヴァでドル稼ぎの警官の嫌がらせをうけたとき、彼は一瞬ハンドブレーキを引きクルマを急転回させ、逆の方向に逃げ切るという技も披露してくれました(?)。

先日、渋谷に近い小さな料理屋で彼と会いました。彼の話はとても面白く刺激的です。これからの社会の方向が実に的確に示され、且つそれに深さがあります。いくら深さに拘っても、方向があっていないと話にならないことが多いのが普通だと思いますが、水谷さんは昔から同じことを語り続け、その方向は同じところを指し続けています。彼は今、迷える多くの子供たちを救う活動をしていますが、これも実に自然です。彼の生き方を見ていて無理がありません。それは通常の人では想像できないくらいの我慢を強いられることが沢山あると思いますが、それでも水谷さんは、ひょっこりと笑顔で出てきてくれます。ぼくの日本滞在中の大切な楽しみです。

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Category さまざまなデザイン, その他 | Author 安西 洋之