2009年、外向きにならざるえを得ない

ミラノはまた雪です。昨日、ベルリンに住んでいる友人から「マイナス7度」というタイトルのメールがきて、雪景色のベルリンの写真が沢山送られてきました。「ああ、大変そうだなぁ」と眺めていたのですが、今朝はミラノの番。それも、さらさらとした雪。今冬はほんとうに雪が多いです。さて、年頭ブログの続きです。

今日も内田樹氏のブログを引用します。しかし、今日は肯定的に引用しかねる内容です。「内向きで何か問題でも?」タイトルで、日本は内向きで結構ではないかと書いています。わざわざ外向きになる必要ないじゃないか、と。自分の飯が国内市場相手に食えれば、外なんかみなくても良い、と。

「生活実感を思考の原点にする」ことに賛意を表しましたが、上記は違うなと思います。もともと、内向きであるというのは素の姿なようなもので、外向きであるのは好んで外向きになるのではなく、「外向きにならざるを得ない」から外向きになるのです。外国文化や外国人とは、好奇心以外に何の動機もなければ、普通の人たちにとっては「変わったもの」であり、必要あって外国人や外国文化と向き合うものです。必要性を満たさないと生きていけないから国際交流への努力が要求されるのです。かつてのべネツィアも英国も、必要あって外にネットワークを張っていきました。

韓国の電子機器メーカーと日本のそれらを比較した場合、前者が欧州ローカライゼーションが進んでいるがゆえに市場がシェアを取れているのは、韓国市場が小さいからだと思います。外に出て行かざるを得ないのです。後者である日本メーカーは欧州ローカライゼーションが中途半端であるがゆえに、市場での地位を低下させたところが多いとぼくは考えているのですが、それは「中途半端」に日本の市場が大きいからです。「中途半端」に大きいから、日本市場を軸においてだけで、そのまま外に持っていこうとしてしまいます。それで外で十分にマッチする製品を供給できないという結果に陥ります。

日本が国内市場だけで生きていけるかどうか?それはかなりネガティブに考えざるをえないのが普通で、いずれにせよ国外市場との取引を捨てるなどという発想はおよそ現実的ではないでしょう・・・こう考えるのが、ぼくの「生活実感」です。内田氏の「生活実感」とぼくのそれの間には、大きな乖離があったわけです。そして、本テーマについて、このぼくの実感に近いところを衝いているのは、池田信夫氏の以下ブログではないかと思います。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/ec32a60c32d34a92fb9026e3c1d1a9bf

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european.eyes@gmail.com

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Category さまざまなデザイン | Author 安西 洋之